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臨時 vol 132 「第70回血液学会総会を迎えるにあたって」

医療ガバナンス学会 (2008年9月25日 10:46)


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   ■□ 第70回日本血液学会総会を迎えるにあたって □■
       http://www2.convention.co.jp/jshjsch/
       <須田年生会長・直前インタビュー>
     ――新しい試み、患者学公開シンポジウム――


 須田:第70回日本血液学会総会 会長 須田年生(慶應義塾大学)
田中:第70回日本血液学会総会患者学シンポジウム司会 田中祐次
【ターニングポイントにある血液学】
田中
来る10月10日(金)~12日(日)、日本血液学会と臨床血液学会がひとつになった初めての総会が、京都で開催されます。須田先生、合併後初めての総会開催ということもありますし、先生ご自身の思いのこもったプログラムもあるかと思いますが。
須田
今回の第70回総会では、やはり両者一体となって新しいスタートを切るわけですから、内容にもそれに見合う新しい何かが求められてくると考えています。たとえばそのひとつが田中先生にお願いしている患者学の公開シンポジウムです。患者学は今の血液内科学にぜひ取り入れられるべき視点であり学問であるかもしれません。田中先生も日々お感じになるところがあるかもしれませんが、血液内科学はその歴史的に見ても今、少し元気がなくなってきているんですね。
田中
元気がなくなってきているといいますと……。
須田
ええ。やはり厳しい医療領域なので、若手があまり参入していないことがかなり大きい。血液学会の参加者も、もしかすると平均年齢がかなり上がっているんじゃないですかね。
田中
そうですね。
須田
しかし、だからといって若手がみな一様に”医師のQOL”を叫んで平穏無事な医師生活を望んでいるのかというと、そんなことはないと思うんです。医師を志して医学部に入学してきたからにはやはり「チャレンジしたい」と考えているんだけれども、それでもやはり報われない要素もあるのが現実ということです。
田中
具体的にはどういうところでしょうか。
須田
忙しいばかりで、日々のルーティーンに追われてしまって。たとえば僕が血液内科を選んだときは、骨髄移植はまだ確立していなかったから、それを立ち上げていくのにものすごく多くの人が情熱を燃やしていたんですね。
田中
その”波”はもうかなり前に去ってしまったと。
須田
ただそれでも、今はまた分子標的療法が出てきましたし、骨髄移植の方法はある程度確立したけれどもそういった新しい臨床腫瘍学が育ってきているので、もう一回、血液学も元気になるときがきているのかもしれませんね。その際に大事なのが、患者支援の人たちにも協力を求めていくことじゃないかと考えています。血液学会の広報委員会にも患者支援の人たちに入ってもらっているんですが、とてもアイディアが豊富で、医師や大学関係者だけの広報委員会とはぜんぜん違いますね。何を患者さんが求めているのかを彼らはちゃんと言ってくれますから。たとえば「こんなガイドラインが必要です」とか「専門の先生がどこにいるのかわかるようにしたほうがよい」などという意見が出たりして。後者については実際、Google Mapを使って専門病院がすぐわかるものを作ろうということになり、グループを立ち上げました。我々だけでは形にならないものも、アイディアを提供してもらったり、アイディアから形にもっていく後押しをしてもらったり。患者支援の人たちにとっても、彼ら自身が患者さんから得た情報やそれをもとにした考えを現場に還元して、彼ら自身が参加していくチャンスともなるでしょうね。
田中
彼らの活動の場の継続的な確保も、将来的なビジョンの上で非常に大切ですしね。
須田
ただ、1点だけ消極的にならざるをえないのが、血液学会と患者さんたちとの距離、位置関係の問題です。血液学会はあくまで純粋な学術集会の場であって、それが患者支援の人に加えて患者さんたちも参加することで市民集会のようになってしまうなら、やはり本末転倒ではないか、という考えがありまして、私もそれはそのとおりと思います。学会は患者会とは目的が異なるものですから。というわけで今回のところ患者学は”公開シンポジウム”というカテゴリーに入っているのです。これが今後どうなっていくかは、また検討していきたいと思って
います。
田中
僕も、患者さんと患者支援の人についてはしっかり分けて考えるべきだというご意見にはすごく同感です。参加して意見を言う患者さんと、それを責任もって実行まで持っていく”参画”してくれる人、たとえば患者支援の人ですが、彼らは役割分担ということですね。
【がん患者として考えたこと】
田中
ところで須田先生は、ご自身ががんを経験されたということで、そこから何かお考えになるところもありましたでしょうか。
須田
そうですね、あまり考えたことがなかったんですが、一点挙げるとすると、僕も本当は、入院中や退院後の生活についての指導などで「もっと経験者の話が聞けたらなあ」なんて思う場面は結構ありました。
田中
そうなんですか?
須田
たとえば私は大腸がんで直腸切除を受けて、術後にパウチの取り付けもベッドの上でやっていたんですが、たえず腸液は出てきてしまって、そうするとシーツもいちいち全部交換なんです。専門の看護師さんも来て、パウチの留め方は教えてくれたんですが、では家に帰ってから一体どこでそれをやるのか。「そのつどシーツ交換では大変な手間だ」と心配しましたよ。でも実際退院してみたら、何てことない、浴室でやればよかったんですね。あれは病室で寝巻きを着たままやろうとするから大変なんです。でもそういうことって、入院中は誰も教えてくれませんでした。
田中
そうでしたか。そういう方は意外と多いのでしょうね。
須田
私もたぶん、大腸がんの患者会などのホームページに入って情報交換すればよかったのでしょうが、実際には意外と難しいなと感じましたから。心理的なものなんです。経験者(サバイバー)の人たちを相手にすると、自分はこれからどうなるんだろうという不安みたいなものが先に立って、前向きになれない。「あなた方はもう済んでしまったんだからいいですよね」と、素直に聞く気になれない。
田中
ストレートに情報収集しに行けなかったと。
須田
ええ、ホームページや何かで情報収集するのは、意外と患者本人よりも周りの家族や友人なんですね。僕自身もダイレクトには調べたりする気になりませんでしたよ。というのも、どうも私の感触では、患者会の多くがひとつの雰囲気というかトーンを持っている。同窓会によく似てるんですよ。ほら、同窓会に来るメンバーってだいたいいつもきまっていて同じ空気感をもっている。逆に来ない人はずっと来ない。独特のペースについていけない。そこまで自分を持って行けない、という人たちも意外と多いと思うんですよね。
田中
わかります。そもそも患者会に参加する患者さんというのは、意外と少なくて、たとえメンバーが数千人いる患者会であっても、その病気の患者さんが実のところ数万人いるうちの一部でしかないんですね。
須田
ええ。かといって医師や看護師にそういったことが聞けるかというと、それも難しい。医療については医師や看護師から教わることもできますが、闘病中の生活の仕方なんかについては、彼らにも教えられないところですしね。やはり彼らの扱う範疇ではないというか。だからもしかしたら患者学みたいなものが、そこを埋めてくれることになるかなあと考えているわけなんです。
【コミュニケーションの視点から広がる患者学】
田中
患者学にはいろいろなアプローチが考えられると思いますが、須田先生も患者さんの手紙を対照として何か研究を考えていらっしゃるとか。
須田
ええ。実は、患者さんから医師への手紙を募集して、それを分析しようとしたんです。でもなかなか集まらない。手紙はタイミングが難しいというのもあるらしいです。主治医との関係が濃密な間はあえて手紙というのも恥ずかしいし、退院して時間がたってしまえば忘れてしまう。ただ、やはりごく限られた医師にはどうも手紙がくるようで、持っている人は持っていると。そういった人にも協力をお願いして、手紙に使われている言葉だとか、内容の分類だとか、網羅的に分析してみたいとは思っているんですが。
田中
手紙というものに少し壁もあるんでしょうかね。
須田
そうですね。メールでもそうですが、なかなかに壁がありますね。ほかに私が知っているところでは、慶應のSFCにいる方がたしかブログから言葉を拾ってきて、医師と患者さんとの間のコミュニケーションの解析をしていました。そういったコミュニケーション学からのアプローチというのが、患者学の柱として1つ考えられますね。
田中
そうですね。医学・医療コミュニケーションはすでにいくつかの大学で扱われているんですが、実際のところ「コミュニケーション」が「情報システム」や「広報活動」に置き換わってしまっているものもあります。もっと本当に患者さんやご家族に向き合ったものがないんでしょうか。
須田
慶應でもそれを作ればいいと思っているんですよね。コミュニケーションに関する私の問題意識は、まだ神奈川県立こども医療センターにいた頃にさかのぼります。当時はようやく小児の白血病が治るようになって、まだ治癒率もやっと50%を超えたという時期でした。私はまだ駆け出しの研修医だったんですが、先輩の医師が告知する際に「残念ですが……」と、まるで諦めることを諭すようにご家族に話すのを聞いていて、「なんでもっと希望が持てるような言い方をしないんだろう」と思ったものです。まあ、実際簡単な状況ではないですから、厳しく言っておくほうがむしろよいという、そういう時代だったんですね。でも今はまったく時代が違います。医療側と患者側とのコミュニケーションそのものについての関心も高まっています。
田中
慶應でもそういったような授業は始まっているんではないですか?
須田
ええ、いくつかそれらしい授業はたしかにあります。ただ、まだ体系化されていないですから。まあ講座としてきちんと1学期分成立させて、そこにたとえば田中先生の患者学も入ったり、あとは生命倫理も入ってくるといいのかなと。そう考えるとかなり広がりも出てきますね。たとえば今回、公開シンポジウムでいろいろな方にお話いただくので、その方々に原稿を寄せていただいて1冊の本を”患者学のはじめの一歩”としてまとめるのもいいかなと思ってるんです。そしてそれを核にいろいろなものを吸引していくと。そうすれば、それぞれの活動が患者学というひとつのまとまりをもって広がっていくんじゃないでしょうか。
田中
たしかに。僕も実は情報工学の先生と共同研究を進めたりしているんですが、僕ら医療者が現場で抱いている疑問なんかも、他分野の人が入ってきて解析してもらったり議論してもらうと、わかってくることが結構ありそうです。
須田
そうしていろいろな研究手法を医療者や研究者が知れば、後に続く人たちが現れるかもしれませんね。もちろんその過程で、従来の看護学や心理学との違いを明確にしなければなりませんが。あと、最近はMDで若手の医学研究者も慶應でもかなり増えていますから、そういう人たちが社会のニーズに応えるかたちで活躍できる職業を模索していくべきだと思っています。
【地方会の果たすべき役割】
田中
ところで今回、臨血と日血が統合されたことで、臨床血液学会の地方会の存続やあり方が検討課題のようですが。
須田
そうなんです。ただ一案として、地方会を活用して、地域医療そして地方の患者会をまとめていってもらうことができるのではないかと考えています。たとえば岡山あたりでは、一帯を血液学会の地方会が非常によくまとめていらっしゃいます。学会でも、そういった進んでいる地域の活動をロールモデルとして出してもらいたいと思うんですね。というのも、血液内科に限らず、地方ではまだまだ「誰が地域医療を中心となって担っていくのか」というような段階で足止
めを食っているようなところも多い。
田中
地方大学の教授なのか、日赤の部長なのか、というようにですね。
須田
ええ。取り合っているというより、互いに遠慮しあっているのかもしれません。一方、岡山では岡山大の谷本光音先生がまとめていらっしゃった。こういった進んだ地方会もあるんですから、それらの取り組みが損なわれるというんでは統合は改悪になってしまいます。
田中
たとえばですが、来年の総会の際に、地方の患者会について議論・検討するような場を設けるというのはどうでしょう。
須田
どこの地域が先駆となるかも重要ですね。たとえば先日、慶應大学で血液患者会が開かれたんですが、そこである患者さんから「慶應、つまりは、東京はいいですよね」という話が出ました。やはり東京だといろいろな意味でのアクセスにも恵まれているし、患者会を設立・存続させていく上での障害が少ないです。ですから本当にいわゆる地方から始めることが初期のロールモデルとして重要でしょうね。
田中
僕の知っているところで地方にも元気なところがあって、富山県立中央病院の「すずらん会」とか金沢大病院の「萌の会」とか、10年以上、充実して活動を続けている患者会があるんです。千葉の済生会習志野でもつくっていますし、岡山では倉敷中央病院もやっています。いずれも医療側が主導しているんです。京都のHLA研究所の佐治先生も血液に限らずいろいろながん患者会にかかわっていらして顔が広いので、今回の公開シンポジウムにもお招きしています。
須田
そうですか。そういった成功しているところにも是非、総会でブースを出してもらいましょう。谷本先生にもお願いしていますから、それぞれのモデルを出してもらうと。いろいろと事例があがってくれば、真似しようというところも出てくるんじゃないですか。そのためにも意外とこう、密やかにやっている人たちに声をかけられたらいいですね。東京よりもこうした地方でね。
田中
私もできるかぎりのことをさせていただきます。本日は貴重なお話ありがとうございました。

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