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Vol.039 “エッセイ講座”から見えてくる被災者心情

医療ガバナンス学会 (2015年2月27日 06:00)


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南相馬市立総合病院・神経内科
小鷹昌明

2015年02月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2012年の10月から毎月1回、一般市民を対象に“エッセイ講座”を開催している。
思想を紡ぐことによって何とか自分を保つことのできた経験が、この街においてはいくらかなりとも役に立つのではないかと考えて、私はこの活動を開始した。自身にとってのエッセイ執筆の効用を改めて述べるとしたら、「己の考えを俯瞰的に整理して、そこから進むべき方向をじっくり考察できる」ということで、「言語化した自己表現が、行動の礎になる」ということである。

もちろん、復興のお手伝いというとおこがましいし、“エッセイスト”というには面はゆいのだが、やってしまえばどうにかなるだろうし、名乗ってしまえば、それはそれでそういうものだろうから、自己流であろうが、売れていなかろうが、ともかくそういう講座を立ち上げた。付け焼き刃的に『エッセイの書き方』や『文章教室』のようなハウツー本を読みあさり、得られた知識から、題材の選び方、書き方のようなものを説いた。
無名な私の講座に来るような人は、ほとんどが知人だったのだが、回を重ねるほどに少しずつ関心を寄せる人たちが増えていった。
はじめは書くことをためらっていたが、そうしたなかにおいても「何気ないことだとしても、感じていることを文章にしてみましょう」と繰り返すうちに、徐々に思いを活字化する人がでてきた。「参加して面白かった」と喜んでくださる方や、「次回も楽しみにしています」というありがたい方によって、開講当初は4~5人くらいだったのだが、流動性はあるものの、現在では10人程度に増えた。そして、熱心に自分の文章力を身に付けたいと願う人から、相変わらずおしゃべりだけを目当てに来る人まで、その目的は多様化していった。

もちろん、どんな人が参加したって構わないし、目的なんかどうでもいい。私は私で、書かせることを目標とは考えずに、参加者全員が楽しめる空間を演出できるよう努めた。
と、ここまでは、まずまず安心して活動を重ねることができた。
ところが最近になって、震災前まで『海岸線』という同人雑誌を発行していた、もとメンバーの方たち2名の参加があった。それは、かつて福島県の三大文芸総合雑誌として数えられていた有名な同人誌で(他の2誌は、会津の『盆地』と、中通りの『少数派』である)、そのなかで詩や短歌や俳句、エッセイや旅行記など、さまざまな文芸作品が作られていたのである。そんなセミプロ級の文芸家が加わったのだ。震災によって一旦休刊されてしまったが、「こうして文芸好きな人がいるなら、ぜひ復刊させたい」ということを打ち明けてくれた。
責任はあるものの、素晴らしい目標だった。実現した際に、この講座からもエッセイを寄稿できれば、文芸の継続に寄与できる。これまで悠長にやっていた素人集団の講座だったが、それはとてもとても意義深いことのように思えた。

また、精神障害児を抱えた母親の参加があった。ハンディキャップを背負った子どもを持つ母にとっての発散の場がなかったのである。「子ども対する私の思いについて、何かを書き留めておきたい」という申し出であった。言い方は難しいが、もちろんそれは、大変有意義なことであろう。まさに私と同じように、文章表現によって心と体のバランスを保つことのできる人が出てくれば、それはそれで、私の、この取り組みも無駄にはならない。
その他、“椎茸農園”の解体を余儀なくされた若者の思いや、米国から支援に来たアメリカ人留学生の思いや、「1年をかけて、ようやく書ける気持ちになった」という警戒区域住民の思いなど、(もちろん、「この講座のお陰で」と言うつもりは毛頭ないが)少しずつだが確実に前を向ける人が現れた。

今だから明かせる事実がひとつある。開講当初にどのような人が集まったかというと、「それはもちろん、文芸好きの人・・・」、というわけではけっしてなかった。むしろ、本など普段はほとんど読まないという人が多数であった。ではなぜ参加を希望したのかというと、「なんとなく文化的なものに触れられると思って」とか、「本好きな人との落ち着いた集いの場が欲しかったから」などという理由であった。
意外なことだった。エッセイを書きたいというよりは、本や書き物好きな人と知り合うことができれば、なんとなく生活が豊かになるのではないかという期待であった。文章に関心のある人がどういう人物なのかよくわからないが、考えようによっては、それもひとつの自分と向き合うための方法だろう。「何をしたらいいかわからないので、わかっていて明文化できる人との関係を得たい」という行動の現れだったのかもしれない。
エッセイ講座なのに、書いてくる参加者は毎回1人か2人である。私は、講師として添削をするにはするのだが、そういうこととは別に、皆に読後の感想を尋ねることがいつものやり方になった。それぞれが、それぞれの思いで意見を述べる。エッセイの中という主人公になら、ある程度の意見が言える。共感もあれば、反発もある。講座は、書いてきた人の思いを皆で共有し合うという場へと成長(と言っていいのかな)していった。

エッセイを書くことにどんな意味があるのだろうかということを、改めて考えさせられる。
私は、私なりの意思で、この街に暮らしながら社会活動を展開し、それを丁寧に文章にまとめている。大袈裟に言えば、“生き方”の足跡である。生活の一コマや活動の一角を淡々と語る。いまの気持ちに寄り添って書くということであり、うまく言えないけれど、一段高いところから“私を眺める私”を存在させる。そうすると私は、何となくニュートラルになれる気がして落ち着いてくる。一種の自己暗示である。
深夜の3時間を机に座り、やっと書けそうなテーマが見つかって1行も書かずに安心して寝る。この時間は無駄ではなかったと納得する。私にとっての執筆とは、そういうことである。何度もその行為を繰り返すうちに最終的な突き当たりの時点で、ひと味というか、ひとつの解釈が意図せず出てくればいいと考えている。
が、しかし、ここでの“エッセイ講座”の意味は違うところにあった。参加している人にとっては、エッセイを書きたいということよりは、自分と向き合いながらこの街の様子を文章化できていく周囲の人の行いにこそ興味があった。私が参加者のエッセイを、とにかく褒める。「そういう生き方は間違いではない」と言う。そして、皆に意見を求めながらコメントする。添削のスキルもさることながら、そういうことの指摘の方に、私がエッセイ講師として講師たり得る理由があるのかもしれない。

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