医療ガバナンス学会 (2015年2月26日 06:00)
「三井記念病院事件では、歯科麻酔の研修中の歯科医が麻酔をかけたことが問題となった。72歳男性は、9年間透析を継続してきた。循環器系に問題を有するハイリスク患者だった。麻酔導入時に心停止し蘇生できなかった。病理解剖で急性心筋梗塞が死因と判断された。
日本麻酔科学会と日本歯科麻酔学会は、2学会合同特別調査委員会を設置した。この委員会に外部委員として医療問題弁護団代表の鈴木利廣弁護士が参加した。鈴木弁護士は、2007年9月14日の報告書の末尾に個人の意見を加えた。厚労省の2002年7月10日の「歯科医師の医科麻酔科研修のガイドラインについて」を取り上げ、「本ガイドラインの逸脱があれば、研修歯科医は医師法17条違反罪に問われ、指導医等はその共同正犯、教唆、幇助(従犯)に問われる」とした。2008年12月4日の共同通信社の記事は、「遺族の代理人の大森夏織(おおもり・かおり)弁護士は『遺族は、病院独自の事故調査委員会による調査や説明に納得しておらず、司法の手による真相究明を希望している』としている」と報じた。大森夏織弁護士は当時から医療問題弁護団の中心メンバーであり、2012年9月25日段階で、医療問題弁護団の副幹事長である。」(8)
「(産科医療保障制度の原因分析委員会の)報告書は分娩機関の利害にかかわる。弁護士は同種事件で利害関係を持つ可能性がある。当然、原因分析委員会、調整委員会の委員には利益相反があってはならない。医療問題弁護団の鈴木利廣代表は、産科医療補償制度の運営委員会、原因分析委員会の委員である。大森香織副幹事長は、原因分析委員会第四部会の委員である。他にも私の分かる範囲で数名、医療問題弁護団所属の弁護士が委員に就任している。
医療問題弁護団のホームページによれば、2012年9月現在250名の弁護士が参加し、内部に「弁護団による集団的検討のシステム」を構築している。ホームページには以下のような文言が並ぶ。
『集団の知恵でより質の高い活動ができるように努力しています。』『所属弁護士を4つの班に分け、相談活動は班を単位として活動しています。相談を担当する弁護士は必ずいずれかの班に所属しています。』『相談ケースや受任したケースについて弁護士同士で討議します。』
産科医療補償制度には毎年、300億円の公金が投入されている。特に公的性格の強い分野なので、利益相反の懸念を生じさせないような対策が望まれる。」(9)
日本の医療保険制度は、医療の恩恵を国民が広く享受できるようにするための制度である。このため、世界と比較して、医療にかけられている費用は小さい。また、紛争によるコストを医療費に上乗せできる仕組みになっていない。
一方で、医療事故をめぐる紛争を解決するためには、司法はなくてはならない。しかし、医療システムの内部に司法が持ち込まれると、紛争が大幅に拡大される可能性がある。紛争が拡大されれば、解決のための労力や費用も当然増加する。医療のための限られた資源を、一部の人たちが費消することになれば、日本の医療システムが損なわれかねない。
文献
1)小松秀樹, 井上清成:「院内事故調査委員会」についての論点と考え方. 医学のあゆみ, 230, 313-320, 2009.
2) 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新, Vol.1 2010年4月26日,
http://www.m3.com/iryoIshin/article/119297/
3) 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新. Vol.2, 2010年4月28日
http://www.m3.com/iryoIshin/article/119298/
4) 小松秀樹:東京女子医大院内事故調査委員会 医師と弁護士の責任を考える. m3.com医療維新. Vol.3, 2010年4月30日
http://www.m3.com/iryoIshin/article/119299/
5)小松秀樹:司法と医療 言語論理体系の齟齬. ジュリスト, 1346, 2-6, 2007.12.
6)小松秀樹:死因究明制度に関する厚労省第二次私案発表に寄せて 医療の内部に司法を持ち込むことのリスク. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン: 臨時Vol 45, 2007年10月27日. http://medg.jp/mt/?p=489
7)小松秀樹:規範的医療事故報告制度と認知的医療事故報告制度
8)小松秀樹:医療事故調問題の本質1:開業医は院内事故調査委員会に耐えうるか. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.682, 2012年12月20日. http://medg.jp/mt/2012/12/vol6821.html#more
9)小松秀樹:医療事故調問題の本質4:産科医療補償制度と特別裁判所. MRIC by 医療ガバナンス学会.メールマガジン; Vol.10, 2013年1月12日.
http://medg.jp/mt/2013/01/vol104-1.html#more