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Vol.041 事故調で「不幸な結果に終わった一例報告」を

医療ガバナンス学会 (2015年3月2日 15:24)


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この原稿は『月刊集中』2月末日発売号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2015年3月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.不幸な転帰をとった症例報告の減少
ここ数年、学会発表その他では、不幸な転帰をとった症例の報告が減少しているらしい。
医師らが自ら経験した症例の報告では、たとえば、不幸な転帰をとったものについての「症例」と「考察」を記述し、「改善策」などを考えてみたりする。しかし、自らの名を公開しての公表であるから、警察や患者側弁護士や当該患者・遺族の検索にひっかかるやも知れない。それが刑事責任や民事責任の追及の契機になったり、証拠資料になることもあろう。自供書面のようなものだからである。
このような不安を払しょくできない現状では、不幸な転帰をとった症例の報告が本当に減少してしまったとしても、医師らの自己防衛としてそれはやむをえないことと思う。ただ、この事態は、広く国民や患者一般としてみれば、医療の質や安全の向上という観点からも、決して好ましいものではない。

2.自己学習としての事故調
本年10月1日から施行される医療事故調査制度は、「不幸な結果に終わった一例報告」を約17万以上のすべての医療機関で実施するようなものであろう。医師らが自らの学習のために、いわば「不幸な結果に終わった一例報告」を復活させようとしたのである。
もちろん、この「報告」が刑事責任や民事責任の追及の結果をもたらしてはならない。さらに、その不安を払しょくできない現状では、細心の注意を払って、責任追及につながらないように諸々の工夫を組み合わせなければならないであろう。
この点を明記したのが、厚労省ホームページ上の「医療事故調査制度に関するQ&A」であり、高く評価してよい。Q&Aの第一番目の〈参考〉に、「今般の我が国の医療事故調査制度は、WHOドラフトガイドライン上の『学習を目的としたシステム』にあたります。したがって、責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています。」と高らかに唱った箇所がそれである。

3.「説明責任」と切り離して「学習」を
とは言え、「原因究明」の名の下に「説明責任」を柱に据えて、事故調を形作ろうとしてきた一部の患者代表や一部の患者側弁護士や一部の医療側弁護士にとっては、この発想の切り換えはなかなか納得がいかないものかも知れない。現に、2013年5月29日に取りまとめがなされた「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」では、確かに「原因究明」こそが中心の柱であった。ところが、その後の政治的な調整や社会保障審議会医療部会などを経て、柱が「医療安全の確保」や「学習」に変わったのである。この根本理念の大変革が行われてから後に、改正医療法に基づく医療事故調査制度が法制化されたのであった。
そして、「学習」をするための知恵として、「説明責任」が切り離されたのである。いわば「説明責任」を切り離して、まずは医師ら自身が事故調によって自ら「学習」をしよう。それこそが国民・患者全体のマクロの公益(医療安全)の推進になる、というコンセプトである。
責任追及型事故調はその反作用のゆえに良くないと共に、もともと責任免除型事故調を作ろうとしたわけでもない。単純に説明責任と自己学習とを切り離して別個独立のものとしただけのことなのである。

4.説明責任のための「遺族への誠実な対応」
今回の医療事故調査制度とは全く別個独立に「遺族への誠実な対応」が必要なのは、言うまでもない。説明責任は、医療事故調査・支援センターが関わるべきものでもなく、当該医療機関と当該医師らがもっぱらその責任によって果たすべきところである。今後は、「遺族への誠実な対応」のより一層の充実のために、そのやり方の適切さを高めていかねばならないであろう。
この説明責任の重要さは、今回の医療事故調査制度の施行によって何ら影響を受けるものではない。今後も説明責任の充実は、今までの十数年で進められてきた実務を、さらに同一方向で推進することによって図られるべきことであろう。極論すれば、今回の医療事故調査制度によって説明責任のあり方にはプラスも無ければマイナスも無い。
つまり、説明責任推進型事故調でもなければ、説明責任軽減型事故調でもないのである。個々の患者遺族に対しては、今回の医療事故調査制度とは全く別個独立に、当該医療機関や医師ら自身がより一層、誠実に対応していくべきであろう。

5.事故調の運用は慎重に
今回の医療事故調査制度は、約17万以上の全ての病院・診療所・助産所をその対象とする初の試みである。その反作用の広がりは、ちょっとしたものといえども、そのトータルはけた違いであろう。逆に、その医療安全の推進は、所々によってはちょっとしたものであっても、その総和(トータル)はまことに大きなものとなる。ちょっとした反作用で医療崩壊が広がってはならないし、逆に、ちょっとした区々のものであってもその国民・患者全体の利益の総和は計り知れないほど大きい。
うまく運用すれば、医療現場を傷付けないようにしつつ、国民・患者全体に大きな利益を享受させることができよう。「小さく生んで大きく育てる」というキャッチフレーズが、かつての第三次試案・大綱案の頃に聞かれた。今回の医療事故調査制度こそ、そのキャッチフレーズがよく当てはまるようにも思う。
くれぐれも事故調の運用は前のめりになりすぎず、たとえ区々で薄くてもよいので、我が国全体に広く浸透させるべく、慎重に運用されなければならない。そして、マクロの視点からの利益の総和を大きくして、国民・患者全体が享受できるようにすることに心掛けてもらいたいと願う次第である。

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