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臨時 vol 113 「コメディカル不足への処方箋」

医療ガバナンス学会 (2008年8月25日 11:03)


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               東京大学医科学研究所
               探索医療ヒューマンネットワークシステム部門
               特任准教授 上 昌広


 先週は福島県立大野病院事件に対して福島地裁で無罪判決がくだりました。検察が控訴するか否かはわかりませんが、この判決は医療界にとっては極めて大きな前進でした。現在、福島県立医科大学 佐藤章教授を中心に検察に控訴を取りやめるように求める署名を集めています
(http://spreadsheets.google.com/viewform?key=pVSu1jKcdiL1dT7HDioKlfA)。私も署名を済ませました。是非、皆様も御協力いただけませんでしょうか。
このような大野病院事件報道に隠れしまっていますが、毎年8月は各省庁が来年度予算の概算要求をまとめる時期で、霞ヶ関・永田町は大忙しです。通常、来年度予算の概算要求は各省が素案を作成し、与党、業界団体などと調整します。このため、勤務医や一般開業医の声が反映されることなど殆どなかったのですが、今年の厚労省では予算案作成をめぐり、面白いことが起こっているようです。
それは、「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会での厚労官僚と大臣の綱引きです。先週末は、十分な会議の時間を確保するため湯河原での合宿を予定していたそうですが、どうも一悶着あったみたいです。詳しくは、CBニュースの記事をご覧ください
(http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17799.html,

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/17816.html)。このような騒動が起こっていること、更に騒動の背景がオンラインメディアを通じて一般医療者に公開されるようになったことは、我が国の医療界を変化させた大きな誘因だと考えています。私たちの提唱している情報公開を進め、「現場からの医療改革」(http://expres.umin.jp/genba/index.html)が社会的な動きになりつつことを実感します。

コメディカル問題を御存知ですか?
福島県立大野病院事件以降、我が国の医療が崩壊しつつあることが、国民的なコンセンサスとなりました。本年6月には医学部定員数の抑制を定めた閣議決定が25年ぶりに撤回され、更に政府・与党は、来年度には医学部定員数を過去最大まで増員する方向で調整を進めています。舛添氏が厚労相に就任するまでは、政府・与党ともに医師の絶対数は不足しておらず、偏在が問題と主張していたのですから、この変化の速さは私たちの予想を超えています。
このように、医師不足は医師だけでなく国民的なコンセンサスとなったのですが、コメディカル不足については、皆さん、どのようにお考えでしょうか。おそらく、多くの医師にとって医師不足ほどの関心はないのではないでしょうか。日本の医療再生を考える場合、コメディカルの養成、雇用確保は、医師不足と同じくらい重要な問題です。
去る8月21日の「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会では、井上範江 佐賀大学医学部看護学科教授が出席し、問題点を解説しました。井上教授が配布した資料は、近日中に厚労省のHPにアップされるでしょうから、是非、ご覧ください。我が国のコメディカル問題をアカデミズムの立場から、簡潔に解説しておられます。更に、ジャーナリズムの立場からは、福原麻樹さんというコメディカル問題に熱心に取り組んでおられる方がおられます。昨年6月に講談社現代新書から出版された「がん闘病とコメディカル」は、コメディカル問題の入門書としてお奨めです。
コメディカルとは
医師以外の医療従事者をコメディカルと良い、看護師、保健師、助産師、薬剤師、臨床検査技師、診療放射線技師、管理栄養士、理学療法士、物理療法士など多数の職種が存在し、多くが国家資格です。世間では、「病院=お医者さん」というイメージが確立していますが、現代の病院医療が有効にワークするためには、このような専門家の存在が不可欠です。
ちなみに、日経テレコンのデータベースを用いて調べたところ、2007年の五大新聞の記事に「医師不足」という単語は約3500回出てきますが、看護師不足は700回程度です。看護師以外のコメディカルの供給量についての記載は殆どありません。このことは、医師以外の医療者の不足は、まだまだ社会的な関心が低いことを意味します。
病院で働くコメディカルが足りない
医療安全の専門家の間では、コメディカルの人数が少ないほど医療の安全性・質が確保できなくなることは常識です。例えば看護師数が多いほど、患者の安全性は高くなります。このような研究成果は、看護系の雑誌ではなく、JAMAなどの医学誌で発表されています。つまり、米国では医学界のコンセンサスなのでしょう。にもかかわらず日本の病院看護師数は欧米に比べて圧倒的に少なく、100床当たりの病院看護師数は英米独伊平均の138人に対し日本はわずか34人(2003年)で、近年、その格差は増大傾向にあります。
同様に薬剤師数が多いほど患者の安全性が高いことが国際的に知られていますが、100床当たり病院薬剤師数は米国885病院の平均9.8人に対し、日本はわずか2.5人です。ひとつの病院単位で見た場合、愛知県がんセンター名誉総長の大野竜三先生たちの研究によれば、同センターの100床当たり従事者数は、ほぼ同じ規模と機能をもつ米国MD アンダーソンがんセンターに対し、全職員わずか6%、看護師わずか17%、薬剤師わずか5%です。日本では欧米ほど安全性の高い医療を期待できないのも当然かもしれません。
米国では、コメディカルの量的不足の問題に加え、質的問題、つまり教育レベルについても議論が始まりつつあります。米国のAgency for Healthcare Research and Quality (AHRQ)の2007年度の報告によれば、大学卒業の看護師が10%増加すると患者死亡率が5%低下し、学士または修士を持つ看護師割合と、患者死亡率及び重症合併症患者死亡率とは、統計学的有意な相関があります。このレポートでは、看護師の教育レベルは、経験年数よりも医療安全に与える影響が強いとされています。例えば、学士を持つ看護師が20%から60%になれば、患者1000人当たり3.6人、重症患者1000人当たり14.2人の死亡が減少します。参考までに、日本の看護師養成は大学20%、短期大学6%、高等学校7%、専修学校2%、指定養成所65%です。医療が高度化した米国においては、コメディカルの量だけでなく、質の問題が社会的関心を集め始めています。
このように、我が国の病院では医師と同じく、コメディカルが不足しています。ただし、この不足問題の処方箋は医師とコメディカルでは異なります。最も違うのは、医師は絶対数が不足していますが、コメディカルの免許を持つ人はそれなりに養成されているのですが、病院で雇用されていないことです。
看護師のキャリアパス
看護師について説明しましょう。世界保健機構(WHO)によると2006年の我が国の看護師登録数はOECD加盟国中2位で、養成数はすでに飽和状態に近づいています。しかしながら、看護師の就業率は19位です。つまり、免許をもっていても、働いていない看護師が多いわけです。
看護師の国家試験合格者数は毎年約4.6万人に対し、病院に勤務する看護師数はピークの25~29歳でも1歳あたり平均2.7万人しかいませんし、病院に就職した新卒看護師のおよそ11人に1人が1年以内に退職します(離職率9.3%)。また、看護師は30代での離職が多く、病院への復帰はごく稀です。通常の看護師のキャリアパスでは、離職した後に復職しないことになります。これは、働く女性は一般的に30代に離職し、30後半から40代に復職するため、就業率はM字カーブを描くこととは対照的です。
看護師のキャリアパスの特異性については、看護師は女性が圧倒的に多く、結婚や出産等で変化するライフスタイルに、夜勤を伴う勤務形態が合わないことが大きな原因となっているのでしょう。また、生命に直結する医療現場で、直接患者に接するため、休職期間のブランクが大きな心理的障壁になっていることも想像に難くありません。昨今の医療訴訟の増加などを考えると十分に理解できます。
この問題を解決するため、厚労省は看護師配備に対する財政的支援を強化しています。具体的には、看護師の配置が多い病院に高い保険点数を認めているのですが、多くの病院では看護師を募集しても、応募者がいないため、十分な看護師を確保できていません。この問題は、「お金」だけでは解決しないようです。財政的裏付けと同時に、看護師の離職防止や復職援助など、女性の社会進出に対する社会的な働きかけがが必要不可欠なのでしょう。
薬剤師のキャリアパス
ついで薬剤師について考えてみましょう。薬剤師は、病院以外に薬局や製薬企業に勤務しています。厚労省の医師・歯科医師・薬剤師調査によれば、2006年現在、薬局、病院・診療所、医薬品関係企業に勤務する薬剤指数は、それぞれ12.5万、4.9万、4.5万人です。近年、病院・診療所の薬剤師数は横ばいですが、厚労省による院外処方の推進とともに、薬局の薬剤師数は増加し続けています。
病院に勤務する薬剤師のキャリアパスは、看護師とは大きく異なります。前述の厚労省の調査によれば、病院に勤務する薬剤師数は20-60歳までほぼ横ばいです。この事実は、病院に勤務する薬剤師は中途退職せず、生涯にわたって勤務する人が多いことを意味します。薬剤師は看護師と同様に女性が多い職場ですが、看護師で問題となるような30代での離職、そのまま引退という問題がありません。これは、病院に勤務するコメディカルと言っても、看護師と薬剤師では、置かれた状況が大きく異なることを示しています。
では、我が国の病院薬剤師の数が、欧米と比較して著しく不足している理由は何でしょうか。それは、病院が雇用する薬剤師の数が、そもそも少ないことです。看護師のように、募集しても応募者がいない訳ではありません。
薬剤師の国家試験の合格者数は毎年約8,000人ですが、病院に勤務する薬剤師数は、ピークの30~39歳においても1歳あたり約1,300人しかいません。厚労省の第2回「病院における薬剤師の業務及び人員配置に関する検討会」で、伊賀立二 日本病院薬剤師会会長は、「卒業生のうち病院に就職できるのは約1,300人で、病院に入れるチャンスは卒業生にとっては大変難関と指摘されており、病院の採用数が限定されていることがわかる。」と述べておられます。薬剤師にとり、民間企業より病院の給料が安いから、病院に勤務しないというわけではないのです。
では、どうして病院は薬剤師を雇用しないのでしょうか。民間企業の方々には理解できないかもしれませんが、医療は、我が国で唯一、価格と供給量が政府によって決定されている分野です。本来、提供する医療サービスの質を向上させるため、経営者である院長が、自らの経営判断に基づき、薬剤師の雇用を調整すべきでしょうが、現在の我が国の医療では、雇用できる薬剤師数は実質的に厚労省により決定されます。保険診療では、医療行為の細かいところまで、統制価格がつくため、厚労省が設定した価格がコストを割り込む分野には、院長は投資できません。つまり、病院薬剤師による医療行為に高い保険点数がつかなければ、病院は雇用できないわけです。このように考えれば、病院薬剤師の問題は、薬剤師の重点配置が医療安全に必須だという世界的常識に係わらず、厚労省がその働きをあまり重視しておらず、医療現場もそれに従っているというのが実情であることが見えてきます。
この問題は、医療分野における政府主導の意志・価格決定システムが、世界の医療安全思想の流れについていっていないことを示しているとも言えます。
まとめ
コメディカル不足は、医療安全や保険医療体制の存続に直結する問題です。高度化した医療現場では、分業が進み、資格を有するコメディカルが増えなくては安全に医療が提供できなくなっています。しかしながら、我が国の抱える様々な制約により、十分に対応できていないのが実情です。この点については、十分な情報公開と国民的な議論が必要です。

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