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Vol.064 群馬大「事故調」は本来の「事故調」で無い

医療ガバナンス学会 (2015年4月3日 09:00)


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この原稿は『月刊集中』4月号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成
2015年4月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.群馬大、「事故調」で社会問題化
群馬大学医学部附属病院腹腔鏡下肝切除術事故調査委員会による平成27年2月12日付け「群馬大学医学部附属病院腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」が公表されたが、この「事故調査報告書」の公表によって、マスメディアによる過熱報道が一気にエスカレートしてしまった。あたかも当該医師が連続死の重要参考人であるかのような、誤ったスポットライトのあて方をしている報道さえもある。過剰な個人責任追及の結果は、それ自体が人権侵害であると思う。
ところで、「事故調査報告書」を読む限りは、群馬大学医学部附属病院が何故に「事故調査委員会」を開催したのか、そして、何のために「事故調査報告書」を作成して「公表」したのか、わからない。
ただ、いずれにしても、それらは群馬大学医学部附属病院の特殊性から生じた特殊な事案処理ととらえるべきであろう。つまり、一般的な医療事故調査の先例としてはならない。

2.何故に「事故調」を開催したのか?
「事故調査報告書」の「1.概要」によると、「2010年12月から開始された群馬大学医学部附属病院(以下、附属病院とする)第二外科の腹腔鏡下肝切除術において、複数の死亡例があることが判明した。附属病院医療安全管理部による予備調査では、2014年6月までに確認された92例の腹腔鏡下肝切除術のうち、58例が保険適用外の疑いがあり、その内の8例が術後4か月以内に亡くなっていた。低侵襲とされる腹腔鏡手術において複数の死亡例が認められた事実を重視し、5名の外部委員を含む調査委員会を立ち上げ、各死亡例における医学的な問題、当該診療科の診療体制及び病院の管理体制等について検証し、2014年12月19日に中間報告として公表した。その後さらなる検証を進め、その結果を最終報告書としてここにまとめる。」とある。
「保険適用外の疑い」ならば診療報酬不正・不当請求の問題であって、医療事故ではない。また、「複数の死亡例」ならば、それぞれが個々に「予期しなかった死亡」かどうかに、まず焦点が当てられるべきである。「予期しなかった死亡」またはその疑いが認定されてから「事故調査委員会」に至るのであって、その認定がされるまでは「死亡症例検討委員会」や「医療安全管理委員会」または類似の組織が担当すべきことであろう。
この点は、「2.調査の経緯」の「2-1問題発覚に至った経緯」「2-2調査方針の決定」の辺りの記述でも、やはり明瞭ではない。
本来の「医療事故調査委員会」は、医療安全の確保のために医療安全管理の一環として、「医療事故」の発生が契機となって初めて開催されるべきものである。「医療事故」またはその疑いを適切に認定する前に開催してはならない。そして、「事故調査報告書」には、「予期しなかった死亡」またはその疑いを認定した旨とその経緯とを明瞭に記述しておくべきである。
この点も、「患者別事故報告書」には「説明同意書には合併症の羅列と、図示と術式、予測される簡単な経過が記載されて」あったとあり、「事故調査報告書」にも「当該主治医に対するヒアリングによれば、『口頭では、他の治療法を提示し、保険診療では認められていない術式であることや高難度手術であることを説明していた。』」とあることを考慮すると、あらかじめ慎重に「予期しなかった死亡」かどうかを認定してそれを記述しておくべきであったように思う。

3.何のための「報告書」作成・公表か?
作成・公表された「事故調査報告書」において何を置いても目を引くのは、「3-2死亡事例の医学的検証(個別事項)」である。8例すべてについてそれぞれ、「以上のことから、過失があったと判断される。」と明記してしまった。
少なくとも、医療安全の確保の観点からは、その目的外のものだから、過失の認定は不要である。むしろ、有害と言ってもよい。当該医療従事者に対する人権侵害となりかねないからである。もしも当該医療従事者が過失を認め公表にも同意していなかったとするならば、「事故調査報告書」で過失認定をして公表したならば、直ちに名誉毀損として個々の学内委員・学外委員に責任が及びかねない。これは、病院自体よりも、その認定をした委員個々人の責任が主であるので、波及が深刻である。
委員の名を匿名化したからといって、それら匿名委員(因みに、「事故調査報告書」では匿名の学外委員が2名いる。)の責任が免除されるわけではない。そして、むしろ、公表に承諾しない委員が存在するのであれば、逆に、病院が公表することこそが問題とされよう。
少なくとも、一般的な医療事故調査においては、医療事故調査報告書で過失認定をしてはならない。そして、公表もしてはならないのである。

4.事故調の国際的水準
WHOドラフトガイドラインによれば、報告システムには「学習」目的のものと「説明責任」目的のものの二種類があり、これら二種類は一つのシステムで同時に行ってはならない。これこそが医療安全管理の国際的水準である。しかし、残念ながら、我が国ではまだその域に達していない。
「説明責任」を患者遺族に対して適切に果たすのは当然である。過失があれば、それを認めて謝罪して補償する。とは言っても、「事故調査委員会」自体で過失認定する必要もなければ、「事故調査報告書」そのものを交付する必要もないし、ましてや「公表」する必要もない。そのようなことまでしたら、すべての国民にとって最も大切なマクロの医療安全の総和の増進を、逆に阻害してしまうのである。医療安全増進、それも我が国全体のマクロの総和(トータル)の増加にとっては、医療機関自身の純粋な自己「学習」こそが大切であり、これこそがすべての国民の真の関心事だし利益だと言えよう。
群馬大学医学部附属病院の事故調の事例は、その特殊性に基づくものなので、先例としてはならない。多くの医療機関の行なう一般的な事故調では、国際的水準にのっとった自己「学習」目的の事故調として運営してもらいたいものである。

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