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Vol.067 院内調査の文書化と開示について 

医療ガバナンス学会 (2015年4月7日 06:00)


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医療制度研究会
中澤堅次

2015年4月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


厚生労働省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」は2月25日、患者側と医療側の意見が対立し、最終取りまとめには至らなかった。事故調査制度は設計により対立関係を助長すると最初から指摘されていた通りである。決裂の原因となった院内調査の文書化と開示義務を中心に意見を述べたい。

院内事故調査は、事故が起きた病院の院長が、院内事故調査委員会に命じて行うもので、作成された事故報告書は、院長宛てに提出される内部文書である。したがって、調査の段階から外部に公開することを意識していない。

報告書の内容は、担当者の聞き取りが主で、事故にいたる過程を時系列に記載し、関連した部門や職種の動きを克明に記録する。通常では見られない事態があれば、遡って調査の範囲を拡大し背景に焦点を当てる。事故のあった現場に行き、供述の内容を現実に当てはめて検証し、なぜなぜを繰り返し、事故の全貌を把握する。

調査にあたり、多くの医療機関は、良い悪いを言わず、個人の責任を問わないことをあらかじめ職員に通知している。これがないと、責任問題に関係する証言を避ける気分が広がり、議論はそこで終わってしまう。医療行為は人間が行い、事故も人間が関係する。しかし、院内調査では、人間の問題を扱うが個人を対象としないという考えである。責任問題に関心のある人たちにとって、個人名が書かれる報告書は垂涎の的であることは理解できるが、要求に応じて院長が報告書を公開すれば、調査の前提が崩れ大事件となる。

たしかに、事故の被害者は事故の真相を知る権利がある。しかし、個人情報満載の病院の内部資料を入手し、病院や、関わった個人の良し悪しを検討する権利はあるのだろうか、また、法律を作って開示の義務化を要求する権利はあるのだろうか。日本中のあらゆる事故に内部調査の開示義務を課すことが出来るとすればそれは国だが、国もそこまで権限を主張できるとも思えない。
内部文書の開示が義務化された暁には、病院責任者は、職員の守秘義務のために開示を拒否し院内調査の実を取るか、法令に従い現場の責任を放棄するか、二者択一を迫られる。

不確定要素の大きい医療では、もともと個人の責任を問うことには消極的である。病気は年齢と密接に関係し、究極的には人は死に、死は自然の摂理という実感がある。それでも死の現場にいれば、診療との関連を自問する。診療と死はいつも不可分、確たる答えは無く、疑われても根拠を持って反論することは難しい。応召義務のもと、力及ばなくても生命の危機に関わる医療者にとって、死という結果に責任を問われることはかなりの重圧である。年齢や自然死の強い影響下での線引きは、誰がやっても決めつけが伴う。過誤と思ったことが、知らなかった病気の一面だったりすることもあり、調査の判断が必ずしも真実ではないということも、科学の世界ではありえることである。

多くの医療機関ではこの問題に対応するために、医療機関がすべての責任を持ち、当事者の責任を問わないことを前提に院内調査を行っている。誤りは病院の誤りとすることで病院職員の供述を正確に得ようとし、罪を病院の罪として扱うことで、悪意のない当事者を、故なき訴追から守ろうとする。得られた信頼性高い結果に基づいて、謝罪や補償を行い、専門的な内容はわかりやすく説明し、被害者の権利に応える。また個人の失敗を糾弾することなくシステムを改善し、ヒューマンエラーに対処しようということである。

今回の事故調査の仕組みには、家族への説明というプロセスが明記されている。これは院内調査の開示とは別である。結果は病院内で検討され、病院の責任で事故の全貌と、責任の範囲を決め、補償の内容と謝罪なども含めて説明し、理解を得ようとする。解りやすい言葉を用い、質問、不満など、何回もやり取りがあり、専門第三者の意見も参考に、修正を加え最終的な合意を図る。病院が責任を持つ限り、個人を特定せずに説明することができ、白黒つけがたいグレーゾーンの問題も、確固たる根拠がなくてもお互いの了解が得られる可能性は高い。

院内調査で真実が隠蔽されるという心配もあるが、今度の法律では第三者機関に届け出るシステムも準備されている。裁判所ではないから、第三者機関が両者の間に割って入り、判決を下すことは出来ないと思うが、院内調査と説明の間にある食い違いを検証し、結果を示すくらいはできるし、それだけでも十分隠蔽を防ぐ効果があると思う。

モデル事業では民間第三者機関がこの期待に応え、グレーゾーンの難問に判断を下すようなことをやっている。過誤があるとか、劣っているとかとする言葉が使われ、検察や裁判官のような立場で判断を下すようにも見える。犯罪と同じ手法で、懲罰や監視強化により再発防止ができると考えているようである。犯罪の意図がない医療事故では、同じ事故に遭遇することは稀だから、懲罰が事故の予防になると思わないほうがよい。懲罰や制裁を受けた個人が現場から姿を消し、経験は生かされず、また同じ事故が繰り返される。

どこの国でも、医療事故の責任と個人の権利との間に生じる問題に悩んでおり、それぞれ特有な対策をとっている。国営医療の北欧では、被害者救済に重きを置き、過失・無過失を問わず国が被害者の補償を行うことで対立を解消した。アメリカでは個人の権利と責任が重視され、訴訟中心の問題解決がされているが、医療費が世界一高いのは、訴訟費用の高騰によると言われる。病人の権利のために実効性のある対策は、医療側への監視ではなく、事故被害者への支援であることを示している。日本がどの道をたどるかはこれからだが、監視が新たな人権問題を起こさないことを望むものである。

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