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Vol.076 群馬大と医療事故調 ~群大「事故調」は混在の旧来型~

医療ガバナンス学会 (2015年4月20日 06:00)


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この原稿は『月刊集中』4月15日発売号からの転載です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2015年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.国際的水準の医療事故調
この3月20日に厚生労働省「医療事故調査制度の施行に係る検討会」の取りまとめが行われ、公表された。この取りまとめられた医療事故調は、WHOドラフトガイドラインにいうところの「学習を目的としたシステム」に準拠していて、国際的水準のものといえる。

この大きな特徴は、図Aのように、「学習を目的としたシステム」(非懲罰性、秘匿性などが条件)と、「説明責任を目的としたシステム」とを切り分けることにほかならない。「学習」による医療安全の増進の現実化のため、「説明責任」をはじめとする責任問題(刑事責任・民事責任・行政責任・社会的責任など)をことさらに切り離す。だから、事故調に責任問題が混在したもの、たとえば責任追及型事故調になってはならない。誤解してはならないのは、責任問題と切り離しているだけなのだから、決して責任免除型(または責任減少型)の事故調というわけでもないことである。単に、説明責任をはじめとする責任問題とは切り離しただけなので、説明責任などの責任問題とは関係が無いだけ、といってもよい。

http://expres.umin.jp/mric/20150420_inoue.figureAB.pdf

ところが、残念ながら、マスメディアの多くや一部の事故調関係者の思考は、約10年くらい前からの旧来型(原因究明と再発防止)のままである。旧来型は、「原因究明と再発防止」という標語で象徴されることが多い。図Bのように、「説明責任」と「学習」を一つの制度で実現しようとするもので、この二つが混在してしまう。往々にして、責任追及が中心にもなりかねない。幸いなことに、今般の医療事故調査制度(10月1日施行)は、国際的水準のものとなったので、「混在の旧来型」にならずに済んだ。

2.群馬大は混在の旧来型
この2月以降、「群馬大学医学部附属病院」を巡る報道が過熱してしまった。大きな契機は、同病院の「事故調査委員会」による「腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」の公表である。
最も目を引くのは、「死亡事例の医学的検証(個別事項)」において、8例すべてについてそれぞれ「以上のことから、過失があったと判断される。」と明記されたことであろう。過失の認定判断をして、しかも、その事故報告書を公表したことなどは、今般の制度のような「学習」を目的としたシステムではありえない。つまり、群馬大のそれは「混在の旧来型」だということである。

3.特殊状況下の事故調
国際的水準と掛け離れた「混在の旧来型」となってしまった理由は、群馬大の置かれた特殊状況にあると推測されよう。特殊状況の第1は、高い診療報酬をとれる特定機能病院の承認が危機に瀕していることである。厚労省医政局地域医療計画課(かつての指導課)による行政指導に基づくものではあろう。しかし、過熱報道や特定機能病院承認取消のプレッシャーの下では、まともな「学習」的な「事故調」などは到底期待できない。これ以上に「事故調」を続行したり追加補充しようとすると傷を深くするだけであるから、群馬大は、これ以上の「事故調」は開催すべきではなかろう。

第2は、大学の教授人事や運営の問題が絡んでいるであろうことである。問題性の一つは、教授の診療への指示・指導能力という教授人事制度の根幹に関わるものかもしれない。当然、運営問題も含めて文部科学省の行政指導もあったであろう。混在を越えて混線してしまっても仕方がないかもしれない。

第3は、マスメディアなども含めて皆が医師個人の手術の未熟さ・下手さに注目しすぎていることである。高い診療報酬を取りながら未熟だったり下手だったりすれば、確かに不当なことであろうし、比例的平等の原則にも反しよう。しかし、それ以上の問題性は、この未熟さ・下手さへの注目が刑事事件(業務上過失致死罪)に直結してしまいやしないかという恐れである。過失犯という犯罪は、悪いから罰するのであって、決して未熟だから下手だから罰するものであってはならない。それは刑法の責任主義に反することである。

第4は、虚偽の診断書の作成の疑いが持たれていることであろう。虚偽診断書作成罪(刑法第160条)は「公務所に提出」用のものに限られているので、この件では問題ない。しかし、たとえ生命保険提出用のものであっても、民間ではなく国立大学なので、虚偽公文書作成罪(刑法第156条)が成立する可能性がある。この犯罪は過失犯ではなくて故意犯なので、医師といえども犯罪構成要件に該当する事実があれば有罪とされうることもやむをえないであろう。

第5は、保険診療報酬の不正・不当請求の問題やその他の倫理問題も絡んでいるが、ここでは省く。

以上のとおりの特殊状況であるから、「事故調」をやろうとすると、どうしても「混在の旧来型」となってしまい、さらに混迷を深める。そこで、「事故調」で諸問題を包摂しようとせず、問題ごとに一つ一つ対処していくことが賢明であろう。まさにクライシス・ガバナンスの観点が要請される状況である。

4.医療事故調の目指すところ
ところで、群馬大は「改善報告書」も併せて公表した。その中に、「院内全死亡症例の収集と検証」「死亡症例検証委員会を設置、全死亡症例を収集」という項目がある。
実はこれこそが、10月1日の今般の医療事故調施行以降、すべての医療機関で、現場の実情に合わせてではあるが、やらなければならないことであろう。群馬大学医学部附属病院に限らず、すべての医療機関において、程度の差こそあれ、是非とも実施しなければならないことである。「予期しなかった死亡」ではなく、「予期していた死亡」を全死亡症例について、説明の有無、診療録記載の有無、または、医療従事者の事情聴取(医療安全管理委員会の意見聴取も。)の観点からスクリーニングしていかねばならない。

もちろん現場の負荷とのバランスで調整しつつではあるが、全死亡症例をスクリーニングしつつ、自然にインフォームドコンセントの向上と診療録記載の充実化へ誘導しようというのが、今般の医療事故調の目指すところであろう。全国津々浦々のすべての医療機関において、バラつきはあっても皆がそれなりに向上・充実化することこそが、マクロの医療安全の総和の増加につながるのであり、これこそが国民すべての利益であり期待でもある。

 

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