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Vol.080 阪神淡路大震災を経験した私が、福島・いわきで訪問歯科を営む理由

医療ガバナンス学会 (2015年4月23日 06:00)


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この原稿はハフィントンポストからの転載です。

http://www.huffingtonpost.jp/ayako-hagino/visit-dentistry_b_6966382.html

歯科医師、歯学博士、日本顎顔面補綴学会認定医
萩野礼子

2015年4月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「来年の夏は必ず福島で桃を食べよう」
2014年夏、初めて福島の桃を食べた瞬間、そのあまりのおいしさに感動し、そう胸に誓ったのです。

神戸市出身の私は高校生の時に阪神淡路大震災を経験しました。幸いなことに自宅はそれほど被害がなかったのですが、高校までの交通手段が完全に崩壊してしまっていましたので、しばらく自宅待機が続きました。なので、なにか少しでも自分にできることをと思い、母について避難所にお水や食べ物を運ぶお手伝いをしました。

しかしながら冷めて固くなってしまった揚げ物が多いお弁当を、高齢の方たちはうまく食べることができず(今思うと、地震発生が早朝であったため義歯を外したまま避難した方が多かったのかもしれません)、どんどん元気がなくなっていってしまいました。

ある日、朝自宅を出発して、三宮に向かって歩いていました。もちろん電車は動いておらず、13kmの道のりです。その途上で、震災前よく行っていたレストランが営業を再開していることに気付いたのです。メニューはポトフだけでしたが、寒い中ずっと歩いてきた私には極上の神戸ビーフステーキにも勝る食事でした。それで避難所の方たちにも温かい食べ物を食べてもらいたいと、炊き出しのお手伝いを始めました。そして、温かい食べ物を食べて笑顔になる避難所の方たちを見て……普通なら料理人を目指しそうなものですが、歯科医師を目指すことにしたのです。
歯学部を卒業後は大学院で顎顔面補綴学という、ちょっと特殊な専門分野を勉強しました。手術技術の向上や抗がん剤の進化に伴い、がん患者さんの予後は格段に改善しました。しかし、手術によっておこる障害、例えばうまく噛めない、うまく飲み込めない、顔貌が変わってしまうなどの理由で、日常生活のQOLは非常に低くなってしまうのです。それを特殊な義歯やリハビリで補うのが顎顔面補綴学です。もちろんがん患者さんだけではなく、事故や先天的な理由で口腔の機能や形態に障害がある患者さんの治療も行います。

ところが、まだ顎顔面補綴の治療を行える歯科医師はあまり多くありません。そして、そのほとんどが大学病院や総合病院に所属しているのが現状です。実際、私も大学院卒業後も大学病院で顎顔面補綴の診療を続けていました。患者さんは非常に多く、病院に来られなくなった患者さんのことにまで思いを巡らせる余裕はありませんでした。

一方、歯科医師を志した理由でもある、高齢者の歯科医療に興味があったので、外勤先に歯科訪問診療を積極的に行っている歯科医院を選択しました。歯科訪問診療とは、通院が困難な患者さんのご自宅や施設へ歯科医が出向いて治療するやり方です。最近は持ち運び可能な精密機器が開発されていますので、口腔ケアのアドバイスから虫歯の治療や入れ歯の作製、レントゲン撮影まで、ほとんどの治療が可能です。

当時、歯科訪問診療はまだ歯科医師の間でも認知度は低く、歯科訪問診療をやっているということに対する先輩歯科医師の風当たりは強く、「お金のためにやっているんだろう」と言われたり、「腕が落ちるからやめろ」などと言われたり全く理解を得られませんでした。確かに、在宅では院内のように教科書的な治療姿勢もとれませんし、材料も限られています。また、意思の疎通が難しい患者さんも多いです。なので、いくら機材が発達したとしても院内と全く同じ治療ができるわけではありません。だからといって、「完璧な治療ができないからやらない」というのはおかしいだろ、限られた状況の中、最高を目指すから楽しいんだろ、とますます私がやらなければという気持ちが強くなってきました。

そこで、神戸で震災を体験した自分の人生と、自分が専門として学んだ歯科の分野がひとつながりになっていることに、はたと気付いたのです。そうだ、病院に来られなくなった顎顔面補綴の患者さんのケアこそが、自分の人生を貫く意味なんだと。

その頃、偶然、本当に本当に偶然、同僚の患者さんで全身疾患が原因で通院が難しくなった方がおられ、ふとカルテを見たところ、住所が私が訪問診療で回っているあたりでしたので、思い切って、「おうちで拝見しましょうか?」と言ってみました。ご自宅で義歯を作り、普通の方より難しい口腔ケアも定期的に行いました。それからもう5年以上経過していますが、まだまだお元気でいらっしゃいます。このケースは本当に幸運だったとしか言えません。全国にはまだまだ顎顔面補綴の治療を必要としているのに、治療が受けられていない患者さんが大勢いらっしゃることを実感するきっかけとなりました。
どうしてこんなことが起きてしまうのでしょう? ニュースではしきりに歯科医師が余っていると報道されているのに、どうして必要な歯科治療を受けられない患者さんがたくさんいるのでしょう? それにはたくさんの理由があります。

まず、医師と違い、ほとんどの歯科医師が一生大学病院や総合病院で働くことができないということ。歯科や歯科口腔外科を標榜している病院は全国合わせてもそれほど多くありません。結果、歯科医師はある程度ベテランになると開業することになります。開業すると患者さんのほとんどは虫歯か歯周病です。ですので、顎顔面補綴のようなニッチな分野を勉強するよりも、普通の虫歯や歯周病の患者さんの満足度をあげるための努力をしたほうが開業が成功する確率は高くなります。それが歯科で専門医が育たない一番の理由だと思います。次に横の連携が全く取れていないこと。これは歯科医師サイドの周知啓蒙不足という問題でもあるのですが、医者やケアマネージャーや施設の方に歯科についての知識がなく、どういうときに歯科に依頼すればよいのか、歯科に依頼すると何ができるのか、実際どこに頼めばいいのかということがわからないため、本当は歯科治療が必要な患者さんが埋もれてしまっているのです。
それらの問題をどうやったら解決できるのか、悶々と考えている中、東日本大震災が起こりました。私はすぐにでも駆けつけたかったのですが、土地鑑も車もないままで現地に行って、むしろ迷惑をかけるんじゃないだろうかとか、材料や機材の調達はどうするのかなど(歯科は道具がないと何もできないのです。)なかなか決心もつかず、いつかは、と思いつつも日々の診療に忙殺されながら毎日を送っていました。

その間も、東京大学理学部の早野龍五教授や兄の大先輩である東京大学医科研の上昌広教授の活躍、そして、東京医科歯科大学剣道部の先輩である越智早枝先生が相馬市に赴任した話を聞いては、何もできない自分を恥じていました。しかし昨年夏、友人におすそ分けされた福島の桃を食べた瞬間、甘さとともに、自分のなかで『ある決意』が身体中に広がっていきました。そして、それまで全く面識のなかった上教授の研究室の扉を叩いたのです。福島産の桃、それはそれまで世界一と思っていた千葉産の梨に匹敵するおいしさでした。それが風評被害のせいで東京でもなかなか売れないという話を聞き、食いしん坊なりの義憤を感じたのです。

そしていわき市にある『ときわ会常磐病院』が在宅医療に力を入れたいと考えているというお話を紹介され、ぜひ力になりたいと立候補したのです。在宅にかかわるすべての職種、医師、歯科医師、看護師、歯科衛生士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、薬剤師、ケアマネージャーが連携をとれる医療システムを立ち上げる。私と同じことを考えている人がほかにもいた。しかもいわき市に。その日はうれしすぎて又兵衛(いわき市の地酒。地元でほとんど消費されてしまい出回っていない幻のお酒です)を飲みすぎて研究室に泊まる羽目になりました…

そこからはとんとん拍子に話が進み、2015年1月からは週に一回、施設の入所者さんの口腔ケアから始め、3月、正式に訪問歯科専門の歯科医師として常磐病院に赴任しました。
震災から4年もかかってしまったことは残念ではあります。でも無駄に4年間過ごしてきたわけじゃありません。20年前、炊き出しの手伝いしかできなかった私より、4年前、ちょっとばかりの義援金を送るしかできなかった私より、たくさんのことを学び、たくさんのことを考え、たくさんのおいしいものを食べ、たくさんの人の縁に支えられ大きくなりました(物理的にも)。

私は歯科医ですが、正確に書くなら食いしん坊の歯科医です。食べることの喜びと大切さを知っているからこそ、人生の最期までお口から美味しく食べることのお手伝いをしたいと考えています。

いわき市で訪問歯科と書いた銀のワゴンを見かけたら、どんな小さな悩みでも構いません。なんでも聞いてください。そしてついでにおいしいお店を教えてください。
萩野礼子
神戸市出身。阪神・淡路大震災でのボランティアを通して口から食べることの大切さを痛感し、神戸女学院大学英文科を中退、東京医科歯科大学で歯科医師免許取得。卒業後は歯学部附属病院で顎顔面補綴、歯科アレルギーを専門に診療。並行して訪問歯科診療に従事。今回の東日本大震災で何か被災地の人々の力になりたいと2015年より医局を離れ、いわき市に赴任予定。

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