医療ガバナンス学会 (2015年5月1日 06:00)
この原稿はロバスト・ヘルスより転載です。
http://robust-health.jp/article/cat29/mohnishi/000535.php
内科医師
大西 睦子
2015年5月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
◆税金対策で様々な”ビール”が誕生
数あるビール類から、例えば外国人に薦めたいものを選ぶ場合、判断基準としては例えば▽味▽香り▽喉越し▽スタイル▽品質、といったことが考えられるでしょう。一方、自分が普段飲むために選ぶとなると、上記だけでなく、▽値段▽糖質やカロリー、といった評価項目が追加されるのではないでしょうか。
そうなると気になるのが、伝統的な「ビール」よりも値段の安い「発泡酒」や「第3のビール」、「第4のビール」ですよね。いずれも見た目や香り、味さえもビールとほぼ変わりません。というより、できるだけビールに近いものを目指して作られています。酒税法上の違いを見てみましょう。
●ビール:法律でビールの原料として認められたもののみを用いてつくられ、 麦芽の使用比率が原料の3分の2以上のもの。
●発泡酒:原料の一部に麦芽又は麦を使用しているが、麦芽使用比率が3分の2に満たない、あるいはビールに認められていない原料(蒸留酒を除く)を使ったもの。
●第3のビール:麦芽をまったく使わず、その他の穀類や糖類などを原料としたもの。酒税法上は、「その他の醸造酒」に分類される。
●第4のビール:原料の一部に蒸留酒等の酒類を用いたもの。酒税法上は、主に「リキュール」に分類される。
こんなに続々と登場したきっかけは、ビール産業による税金対策です。ビールの税金は高めに設定されているため、「ビール」とされる条件である麦芽の量を減らし、「ビールそっくりだけれどビールには分類されないアルコール飲料」を作って市場に売り出したのです。発泡酒、新ジャンル(第3・第4のビール)の順に税金は安く、価格もそれを反映しています。
◆「ビール腹」はただの神話
発泡酒や新ジャンルには、糖質を抑えた商品が多いのも特徴です。逆に、「ビール腹」という言葉があるように、ビールには太るイメージがあります。
これについて、英ロンドン大学(University College London:UCL)のマーチン•ボバック医師とチェコ共和国プラハの臨床実験医学研究所(Institute of Clinical and Experimental Medicine)の研究者たちは2003年、伝統的にビールの一人当たり消費量が世界一多いとされるチェコ人およそ2000人を調査し、欧州臨床栄養学雑誌(European Journal of Clinical Nutrition)に報告しました。結論としては、ビールの消費量と肥満との間に関連性は見られず、研究者たちは「ビールを飲んで肥満やビール腹になるとは考えにくい」としています。
ビールに限らず、アルコールの摂取と体重との関係は複雑で、一概には言えません。過去に疫学調査もたくさんあるものの、そこから分かったことは以下の通り。
・適量(一日1〜2杯程度)の飲酒をする人はしない人に比べて肥満率が低い(=飲まない人の方が肥満率は高い!)
・特に女性は飲酒により体重が減少する傾向にある
・大量飲酒と肥満は正の相関関係にある
・長期間中程度以上の飲酒を続けている人は肥満率が高い
・アルコール依存症の人は痩せている人が多い
これらの結果から白黒はつけられないとしても、飲み方(量、期間、どのように)が関与しているとは言えそうです。では、どういう飲み方が太るのでしょうか。
純粋なアルコールは、1gあたり約7kcalです。1gあたり4kcalの炭水化物(糖類など)やタンパク質のほぼ倍で、1gあたり9kcalの脂肪を少し下回る程度です。単純に数字だけ見ると、アルコールのカロリーが糖より高いことにびっくりされるかもしれませんね。ただ、アルコールは糖や脂肪と代謝が違い、実質的なカロリーは体内に入った70%(1g=5kcal)程度で、ほとんど体に蓄えられることがないとも言われています。純粋なアルコールだけが元で太ることはまずないというわけです。
となると「お酒を飲んで太る」のは、実際には以下の3つが主な原因と思われます。
1)少量のアルコールの食欲増進作用
2)「お酒」に含まれる糖質のエネルギー(大量に飲めばカロリーオーバーに)
3)夜間の飲食(体内時計をつかさどる遺伝子や、体内時計の乱れが影響)
1)と2)により合計の摂取カロリーが多くなり、そこに3)の要因が重なることで肥満につながると考えられそうです。逆に、つまみなどは控え目にして、お酒だけを少量たしなむのは差し支えないということでしょう。
◆気をつけるべきは糖質よりアルコール
さて、糖質「ゼロ」や「オフ」、あるいは「カット」「フリー」を謳った発泡酒や第3・4のビールは、上記2)の問題を解決すべく生まれました。商品ラベルにも糖質「ゼロ」「オフ」「フリー」「カット」などの文字が躍っていますよね。確かに糖質制限ダイエットが流行している今、とても魅力的に聞こえます。しかしながら、これらの商品は本当にダイエットや健康にいいのでしょうか?
ビールの製造工程を見てみると、まず原料の麦芽を加熱し、酵素の働きでデンプンを分解して糖に変えます。これを酵母に食べさせると、アルコールと炭酸ガスが発生します(発酵)。糖がたくさん分解されるほどアルコール度数の高いビールになり、分解しきれなかった糖が多いほど糖質の高いビールになります。この残った糖についてビール企業各社が試行錯誤を繰り返し、糖質ゼロや糖質オフのビールが誕生しました。
しかしながら、例えば以前もご紹介した4大ビール企業の1つ、キリンの製品について糖質の量を比べてみると、普通のビールと糖質ゼロの発泡酒や第4のビールとの違いは、350ml一缶あたり9.5g(38kcal)。角砂糖2〜3個分です。ちなみに缶コーヒー1本(200ml)のカロリーはその2倍(76kcal)。そう考えると普通のビールと糖質ゼロの糖質量の違いは小さく、「糖質ゼロ」であることの価値の評価は難しいところです。
むしろ気をつけるべきは、糖質よりもアルコールの含有量です。過剰な飲酒は、アルコール中毒や危険な行動などの短期な健康に対する影響に加えて、高血圧、肝疾患、うつ病や不安などのメンタルヘルスの問題など、健康上の問題があります。ですからアルコールの総摂取量(度数と飲酒量)に気をつけて適量のお酒を楽しむことが大事なのです。そうする分には、普通のビールであっても糖質の量は「ゼロ」にこだわらねばならないほどには多くはならないですよね。
ボストンにはたくさんの日本食レストランがあります。健康ブームの米国では、日本食は多くの人の憧れであり、ファッションでもあります。先週も友人と話していると、(Bさん)「ハーバードスクエアの寿司レストランに行ってきたよ。やっぱり寿司と日本のビールは最高!」、(J君)「いやいや、寿司にはサケ(日本酒)だよ」といったやり取りがありました。私はこんな会話を聞くたびに、自分が褒められたような気分になります(寿司レストランに知り合いがいるわけでもないのに、です)。そして、生まれ育った日本の食文化を誇りに思います。日本酒はもちろん、日本の多種多様なビールはもはや日本の文化です。ラベルに大きく書かれた「糖質ゼロ」「糖質オフ」などの文字にとらわれ過ぎず、自分好みのビールを適度にたしなみたいですね。
さて、お陰様で講談社+α新書から拙著『「カロリーゼロ」はかえって太る!』が出版されました。今回の糖質ゼロ・オフ”ビール”の話をはじめ、肥満や健康などに関する最新の研究成果が紹介されています。これからも一緒に正しいダイエットについて考えていきましょう!
【略歴】おおにし むつこ
内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。
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