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Vol.100 『新・胃がん検診ガイドライン』現場と乖離する“検診ムラ”の論理(1)

医療ガバナンス学会 (2015年5月25日 06:00)


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ジャーナリスト・ドキュメンタリー作家
ノーザンライツスタジオ
代表 岩澤倫彦

2015年5月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


<はじめに>
現在、私は『胃がん検診』と『がん緩和ケア』をテーマにしたドキュメンタリーを制作している。いずれも、命に大きく関わる問題でありながら、医療者と一般の人々の間に、大きな情報格差と意識のギャップを感じたことが取材のきっかけとなった。
「胃がんの告知を受けた時に、“えっ、俺が?”と言って絶句しました。
主人は毎年、検診でバリウムを飲んでいましたから」
こう語る女性の夫(当時40代)は、食事の時に胸がつかえる等の違和感を覚えて、病院で内視鏡検査を受けたところ、進行した段階の胃がんが見つかった。
ガイドラインの通り、抗がん剤治療を受けたものの、副作用に苦しみ、その後に息を引き取った。
すべての医療に不確実性があるように、がん検診も人間が行う以上、見落としは避けられないことは理解できる。それでも、取材で入手したある検診事業団の内部資料に記された“バリウムX線検査で約3割の見落とし”に私は愕然とした。この数字は、検診関係者にとって常識的な範囲だという。
しかし、一般の人がこの事実を知ったら、ガイドラインが推奨する、バリウムX線検査を受けるだろうか?

<9年ぶりに改訂された、胃がん検診ガイドライン>
国立がん研究センターは、2005年のガイドラインで『バリウムX線検査』を対策型胃がん検診の方法として、唯一推奨した。「死亡率減少効果が認められる」という理由だ。このガイドラインは、国の方針として追認されて、自治体の胃がん検診を指定するものとなり、企業の職域健診などにも強い影響を与え続けている。
しかし、『バリウムX線検査』は、見逃し症例が少なくないこと、胃がんを発見する感度は内視鏡検査のほうが格段に優れていること、受診率が低迷していること、胃がんの最大リスク因子であるヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ)菌の感染等を検診に反映すべき等の理由から、消化器系の臨床医を中心にガイドラインの修正を求める声が高まっていた。
問題意識の高い一部の自治体や企業は、独自の判断で『内視鏡検査』や、『胃がんリスク検診(通称:ABC検診)』を導入、従来の2倍から3倍の胃がんを発見する等の成果を上げている。
このように混沌とした状況の中で、今月2日、国立がん研究センターは9年ぶりに改訂した『有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年版』をウェブサイトで公表した。(※1)そこで、私が取材した30人を超える消化器の臨床医や検診の専門家、放射線技師らの証言を基に、新ガイドラインの具体的な問題点を検証する。

<新ガイドラインの主な改訂ポイント>
1.『バリウムX線検査』と『内視鏡検査』を対策型・胃がん検診として推奨
2.対象年齢は、40歳以上→50歳以上に引き上げ
3.胃がんリスク検診(ABC検診)は、対策型検診として推奨しない
4.胃がんリスクの層別化は可能、測定結果の解釈や測定方法の検証が必要
5.ピロリ除菌による胃がん罹患抑制効果の傾向はあるが、確定的ではない

<内視鏡検査の推奨をめぐる、不可解な展開>
今回の新ガイドラインでは、新たに『内視鏡検査』が推奨された。内視鏡検査の導入は、胃がんから国民の命を守ることにつながると私は確信している。ただし、ここに至る経緯を辿ると、ガイドライン作成委員会の公平性、客観性、中立性に疑義が生じてくるのだ。
当初、新ガイドラインは2013年度の公開予定で、第一版ドラフトが同年7月に公表された。その時点では『内視鏡検査』は推奨されていない。6件の論文を取り上げて、「胃がん死亡率減少効果を認めていたが、個別の研究を検討した結果、研究の質については低いと判断した」と切り捨てている。
しかし、公聴会(胃がん検診公開フォーラム 2013/8/5開催)で異論が相次ぎ、これを報じた新聞記事の一節が、大きな波乱を呼ぶ。
『胃がん発見の精度は内視鏡の方が高いが、治療の必要がない早期がんを見つけてしまう可能性もあると指摘されている。』(朝日新聞 2013/8/19日付)
“指摘”したのは誰か?脈略的に関係者であるのは明らかである。
それまで、ガイドラインを静観していた日本消化器内視鏡学会は、朝日新聞に訂正を求めると同時に、「治療の必要のない病変はありますが、治療の必要のない“がん”はありません」とする反論を同会のホームページに掲載した。
これには伏線があり、ガイドライン委員会の中心的な存在である、斉藤博氏(国立がん研究センター/がん予防・検診研究センター部長)は、講演会や自著において、次のような主張をしていたのである。
「がんには、放っておいても命を奪わないようなものがあり、検診では、そういうがんが非常に多く見つかる場合もあります。(中略)その人が治療を受けた場合、それは無駄な治療ですし、さらに一定の割合で副作用も生じてしまいます。これが実はよく起きる、検診の隠れた不利益なのです」
(『がん検診は誤解だらけ』斉藤博著・NHK出版より)
そして、一年遅れで公表された新ガイドラインでは、『内視鏡検査』が推奨され、第一版で取り上げた6件のうち5件の論文をそのまま転載、「研究の質については低い」とした礼節を欠く表現は消えていた。

最も問題なのは、ガイドライン委員会の公平性である。
実は、内視鏡検査の新たな証拠として追加された論文3件のうち1件は、第一版で検討された研究を、ガイドライン作成委員会の濱島ちさと氏(国立がん研究センター)が、最近になって再解析したものであることだ。つまり、一度却下した論文を自ら手を入れて採用したに等しい。これでは、“お手盛り”と批判されても仕方がないだろう。
しかも、濱島氏以外に4人のガイドライン作成メンバーが、証拠採用された、他の研究に関与していた。検診学に精通する研究者がいくら少ないとはいえ、9人のジャッジ(ガイドライン作成委員)のうち、5人がプレイヤー(論文執筆者)では、公平性、客観性、中立性に疑問を抱かれるのは当然であろう。
さらに、証拠として追加された別の1件は、レビューを通した医学論文ではなく、韓国の国家がん検診報告書だった。エビデンスレベルとしては、下位の症例報告に該当する。
これまで、「死亡率減少効果のみが検診を評価する指標」として“質が高い”論文を絶対条件にしてきたガイドライン作成委員会の方針は、一体何だったのだろうか。

<課題が大きい、内視鏡検査の普及>
新ガイドラインが、内視鏡検査を推奨した根拠の一つが、新潟市の取り組みである。
2003年度から新潟市は、胃がん検診で内視鏡検査とバリウムX線検査を選択できる方式を導入した結果、「胃がん発見率は、内視鏡のほうがバリウムより3倍高い」と判明したという。(新潟県立がんセンター新潟病院・成澤林太郎氏)
ただし、内視鏡検査を行う医師の技術格差、という課題に直面した。
バリウムX線検査の場合は、検診車などによる集団健診が主体となるが、内視鏡検査は個人経営の診療所が中心となる。内視鏡の使用には資格試験がないので、医師によって経験や技術格差が存在する。そこで新潟市では、各診療所の医師が内視鏡検査を行った後、新潟大学の内視鏡指導医らによるダブルチェックを義務づけた。
すると、内視鏡検査を導入した2003年度は、発見された胃がん60件中14件がダブルチェックによるものだと判明した。割合にして、23.3%の胃がんを、内視鏡検査を行った診療所の医師が見逃した計算になる。8年後、ダブルチェックで見つかる割合は、6.8%までに向上していたので、診療所の医師の“腕”が確実に上がったと推察される。いくら感度の良いと言われる内視鏡検査でも、このような精度管理を行わなければ“見逃し”が起こりえるのだ。
この事例から分かるように、新ガイドラインが内視鏡検査を推奨する際に精度管理をセットで示すべきだが、「精度管理体制の整備とともに、不利益について適切な説明を行うべきである」と記述するに留まっている。これでは、ノウハウを持たない自治体が、内視鏡検査の導入を躊躇することは想像に難くない。
そして最大の課題は、全国的にも内視鏡検査を担当できる医師の絶対数が限られていることだ。現在、日本消化器内視鏡学会の会員は、約3万3000人、学会に属さずに内視鏡を扱う医師は存在するものの、現在バリウムX線検査を受けている約700万人の人々が、全て内視鏡検査を受けるのは不可能だ。
したがって、現段階でガイドラインが内視鏡検査を推奨しても、医師が集中する都市部以外での普及は難しいとみられている。
ただし、こうした内視鏡医不足の問題を解決する可能性が残されていた。すでに一部の自治体で導入されている、『胃がんリスク検診』である。

 

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