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Vol.101 『新・胃がん検診ガイドライン』現場と乖離する“検診ムラ”の論理(2)

医療ガバナンス学会 (2015年5月25日 15:00)


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ジャーナリスト・ドキュメンタリー作家
ノーザンライツスタジオ
代表 岩澤倫彦

2015年5月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

<胃がんリスク検診の導入に“死亡率減少効果”は必要か?>
『胃がんリスク検診』(通称:ABC検診)は、まず、ピロリ菌感染の有無と、ペプシノゲン(PG)値による胃粘膜萎縮の程度を組み合わせて、胃がんリスクをA群〜D群まで4段階に層別化する。
そして、リスクが極めて少ないピロリ菌未感染でPG値陰性のA群の人は、内視鏡検査から除外。B群からD群にかけて胃がんリスクが高くなるので、これに応じた頻度で内視鏡検査を受ける。こうすることで、限られた数の内視鏡医でも、対応が可能になるという。
神奈川県の横須賀市では、2007年度と2010年度にバリウムX線検査での胃がん発見数がゼロだった。これに危機感を抱き、地元医師会が中心となって2012年度にはバリウムX線検査を全廃、胃がんリスク検診に切り替えた。

その結果、受診者数21,773人の中から、108例の胃がんが見つかったのだ。(早期がん85例、進行がん23例)さらに、食道がん12例、胃悪性リンパ腫、十二指腸がん2例、胃MALTリンパ腫1例が発見された。
内視鏡検査でなければ、見つからなかった、がんである。また、ピロリ菌感染が判明した人は除菌治療を受けて、胃がん抑制を狙う。一方、受診総数の約5割がA群に分類され、不要な検査を受けずに済んだことになる。
2014年時点で、この胃がんリスク検診を導入している自治体は116、全体の6.6%という状況だ。(日本胃がん予知・診断・治療機構による)
横須賀市のような成果は、すぐに“死亡率減少効果”を示すことはできない。10年単位での追跡調査が必要となるからだ。

案の定、新ガイドラインは、胃がんリスク検診を対策型検診として推奨しなかった。「死亡率減少効果を検討した研究はなかった。偽陰性、偽陽性、過剰診断の可能性がある」という理由である。一方で「胃がんリスク層別化は可能である」と付記した。
この結論には、すでに胃がんリスク検診を導入している自治体は戸惑うだろうが、多くの胃がんを早期で発見している事実を重視すべきだろう。

ただし、胃がんリスク検診にも、いくつか問題点が指摘されている。
リスクが最も低いA群(ピロリ菌未感染、PG値陰性)の中に、ピロリ菌の除菌治療を受けた人が紛れ込んだり、感染有無を判断する抗体価のカットオフ値が、やや高めの設定であるために偽陰性(=陽性を陰性と判定)が起きている点だ。
この他に、リスク分けされたグループごとの内視鏡検査を受ける頻度が妥当なのか、という議論もある。胃がんリスク検診のこうした課題は、すでに解決策が示されているものもあり、修正しながら運用していくことが可能だと、導入した自治体は証言している。
従来の検診方法と比較すると、個人のリスク別に対応するマネジメントは非常に難しいと関係者からは指摘が出ていた。そこで、内視鏡医のグループが中心となり、厚労省の科学研究費によって、胃がんリスク検診のシステム構築を目指す研究を東北地方で進めていた。しかし、2年前に科学研究費が打ち切られたことで、研究の継続は不透明となっている。

「死亡率減少効果、というのは、実際の患者を診ていない疫学の論理であって、個人にとっては早期発見して粘膜切除で治療するほうが絶対にいいでしょう。内視鏡検査を毎年やる人、やらなくていい人、それを判断するのは今の時代では正しい方法であり、胃がんリスク検診は、いま走り出すべきだ。
エビデンスがない? それを作るのが、がんセンターの仕事だろう」
こう話す癌研有明病院・名誉院長の武藤徹一郎氏は、自身が内視鏡検査で早期の印環細胞がんが見つかり、完治したという経験を持つ。そして、次のように付け加えた。
「バリウムX線を推奨したガイドラインの委員に聞いてほしい。
自分の胃がん検診は、何でやっているのかとね」
もちろん、私は各委員に質問を投げかけた。その答えは近日中に公開したいと思っている。

<バリウムX線検査の光と影>
日本の胃がん検診は、1960年代に故・黒川利雄博士(東北大学・元学長)が、バスにX線装置をのせて地域を巡回したのが始まりだとされている。バリウムX線検査は、短時間で多くの検査が可能であり、撮影技術や読影など精度管理によって、胃がんの発見に大きく寄与した功績は大きい。
対策型胃がん検診は、各地の検診事業団に年間600億円以上の国家予算が配分される安定した事業であり、『がん検診利権』と揶揄された時代もあった。それが近年、がん検診にも自治体の入札制が導入されてからは、生き残りを賭けた価格競争が激しくなっている。中には、コスト削減で精度管理に信頼性がない検診事業者も現れているという。バリウムX線の場合、読影時に前年の画像と比較して病変を見つける手法があるが、入札制で毎年のように検診事業者が変わると、それが不可能になる懸念が出ている。
加えて、X線の画像がフィルムからデジタルに移行しており、各検診事業団は1台約6〜8千万円の検診車を買い替えなければならない。総額で数億円単位の投資となる。こうした背景事情があり、バリウムX線検査の継続は、まさに検診事業団の死活問題となっているのだ。

一方、看過できないのが、バリウムX線検査での重大な事故である。
10年ほど前から、画像精度の向上等を目的に、高濃度硫酸バリウムが使用されるようになったが、これに伴い偶発症事故が多発しているのだ。比較的軽いものは、誤嚥、嘔吐だが、深刻なのはバリウムが体内で固まって、腸閉塞や直腸穿孔を起こすケース、そして死亡例も出ている。
2005年、沖縄県で60代女性が胃がん検診で飲用したバリウムが大腸内に残留し、穿孔を起こして敗血症により死亡。2006年、山口県で80代女性がバリウムによる腸閉塞が原因で死亡。そして2012年には、滋賀県で50代女性がバリウム飲用後にアナフィラキシー・ショックを起こして死亡している。
健康な人を対象にした、がん検診で命を落とすのは、“不利益”の範疇を超えており、絶対にあってはならないことだ。しかし、新ガイドラインでは、「このほか、死亡1 件(0.03/10 万)も報告されている」と記す程度で、詳しい言及はない。推奨した検診方法で起きた事故である以上、因果関係を調査して再発防止策を提示することが、ガイドライン作成委員会の責務ではないだろうか。

<対象年齢の変更>
新ガイドラインでは、対象年齢を40歳以上から50歳以上に引上げた根拠について、次のように記述している。
「40歳代については、罹患率・死亡率の低下が著しいこと、胃X線検診、胃内視鏡検診のいずれの方法であっても50歳以上に比べて確実に不利益が大きい」
統計学的な観点からは、妥当な判断かもしれない。ただし、40歳代のピロリ菌キャリアレートが低いから胃がんも少ないと考えるべきで、少数でも胃がんリスクの高い40歳代の人は存在する。単純に年齢層を引上げる前に、胃がんリスク検査を再考すべきではないだろうか?
また、国のがん対策事業は「働き盛りの世代のがん死亡を減らす」のが目的であったはずだが、高齢化社会に伴って検診対象世代が上がっているのが現実だ。実際に、自治体の胃がん検診会場を取材すると、高齢者が大半を占めていることが分かる。
80歳代より上の世代は、バリウムの誤嚥などの事故が起きやすく、仮に胃がんが見つかっても治療しないほうが本人にとってメリットが大きい可能性もある。したがって、対象年齢の上限設定を検討すべきではないだろうか。

<がん検診にかける希望>
対策型がん検診については、国立がん研究センターを中心とした、“検診ムラ”の限られた人によって方針が決定されている、と言っても過言ではないだろう。自分で出した論文を自分で審査するなどは言語同断だが、莫大な厚労省科研費の分配に強い影響力を持つ国立がん研究センターには、誰も口が出せない状況になっている。
だが、築地の威光など意に介さない臨床医が、日本には存在する。
「別に僕は失うもの、ないですから。胃がんで死ぬ人を少なくするには、治療できるがんを早く見つける。早く見つければ、胃を取らずに済む。それだけですよ」
横須賀市で胃がんリスク検診の導入を実現した、松岡幹雄医師の言葉だ。
いま、5万人が毎年胃がんで命を失っている。
10年後、胃がんリスク検診がガイドラインで推奨されるまで待つかー
それとも、いま動いて埋もれている胃がん患者の命を救うのかー
どちらが正しいのか、時の流れが証明してくれるだろう。
※1[有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年版]

http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/iganguide150331.pdf

 

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