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臨時vol 79諫早医師会 「日本医師会会長への手紙」

医療ガバナンス学会 (2008年6月12日 12:41)


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「厚生労働省第三次試案に関する日本医師会の見解」についての意見書
諫早医師会
会長 高原 晶


われわれ諫早医師会は、本年1月23日付けで、厚生労働省が発表した「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案(第二次試案)」ならびに自民党が発表した「診療行為に係る死因究明制度等について」において創設が謳われた「医療事故調査委員会(医療安全調査委員会)」に対する反対意見書を、日本医師会に提出いたしました。
4月3日、厚生労働省は「医療の安全の確保に向けた医療事故の死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案(第三次試案)」を発表し、これを受けて日本医師会でも「厚生労働省第三次試案に関する見解」を出されましたので、これに対して改めて意見具申させていただきます。なお本意見書は、5月6日付けで当医師会が厚生労働省に提出したパブリックコメントを下敷きにしております。
第三次試案では、第二次試案に比べ、医療死亡事故の届出の範囲を限定するなどの見直しがなされたものの、医療安全調査委員会の調査に基づいて故意や重大な過失のある事例などは捜査機関に通知するとされており、最大の問題点であった調査と刑事処分とを連動させる仕組みは変更されておりません。また調査報告が行政処分に直結し、民事手続きに活用される点もそのまま残されています。事故調査の領域では調査結果を不利益処分に用いないことが国際的常識であるにもかかわらず、この枠組みに変更がないのであれば、この制度の目的が理念としては原因究明と再発防止であろうとも、実質的に医療従事者の責任追及のために機能することは明白です。われわれを含む多くの関係者がくりかえし訴えてきたように、事故原因の調査と責任追及とは独立した組織で行なわれるべきであり、日本医師会はそのように主張すべきです。
故意・悪意をもって行なわれたのではない医療事故は、刑事罰の対象から外すべきであるというのは、医療従事者にとって究極の願いですが、そのためには国民的議論を踏まえた大がかりな法改正が必要で、相当の年月を要します。したがってわれわれは、次善の目標として、捜査機関が医療事故に対して最大限に謙抑的に対応することを望みます。日本医師会が、「医師法21条に基づく死亡事例の警察への届出義務から始まる刑事訴追への誤った仕組み」を正して、警察ではない「新たな届出先として中立的な第三者機関である医療安全調査委員会」を設置すべきであるとしているのは、まさに医療への刑事司法の介入をできる限り抑制するためと理解しております。
しかし、そうであるならば、医療安全調査委員会の調査と判断が警察・検察よりも優先することが法的に担保されていなければなりません。実際、これまで日本医師会は、新制度では「警察は(医療安全委員会から)通知された事例に限って、捜査を開始する」「警察に通知されなかった事例は刑事訴追の対象とはしない」と説明し、警察庁や法務省との間にこうした約束が「明文化されている」と言明してきました(日医ニュース第1117号)。ところが、本年4月4日の衆院厚生労働委員会での岡本みつのり議員の質疑や、4月22日の衆院決算行政監視委員会での橋本岳議員の質疑で、第三次試案に示された医療安全調の捜査機関に対する優先性は単なる口約束に過ぎず、法的な根拠はもちろん、厚労省と警察庁・法務省との間の合意文書など一切ないことが明らかにされました。つまり委員会の調査が行なわれていようがいまいが、あるいは委員会の調査結果がどうあれ、捜査機関が必要と考えれば独自に捜査が行われるということです。
貴会の木下勝之常任理事は、 5月28日の記者会見で、捜査機関との文書による取り決めがないことを初めて認めたうえで、「文書は交わしていないが、試案の記載内容の遵守を求めていく」としています。では、その記載内容とはどういうものなのか。別紙3の問1、答1・2では、あえて回りくどい表現が使われていますが、その意味を正確に取ると、『故意や重大な過失や悪質な事例を委員会が適切に捜査機関に通知しているかどうか、捜査機関が判断し、それが適切であれば尊重する』ということになります。すなわち、捜査機関が捜査すべき事例か否かを、最終的に判断するのは捜査機関であるということです。刑法や刑事訴訟法の改正なしに捜査機関の活動を拘束できるはずはないのですから、これは当然です。
では捜査機関はいったいどのような事例を、重過失・悪質と考えているのか。
3月21日に行われた福島県立大野病院事件の論告求刑を見ればこれがはっきりします。検察は、被告医師が、癒着胎盤を十分に予見しながら剥離を中止する注意義務に違反し大量出血させるという「重大な過失」を犯したとした上で、「真摯な反省や謝罪が見られない。事実を曲げる被告の態度は許し難い」と糾弾しているのです。以上より、第三次試案の枠組みでは刑事訴追が減るどころか、大野病院事件のような不当逮捕すら防ぐことはできません。
第三次試案の問題点は、このように医療への刑事司法の介入が抑制できないというだけではありません。添付した当医師会のパブリックコメントに述べたように、医療安全調査委員会の制度そのものが、患者と医療従事者を対立関係に引き込んで応報感情を煽り、調査報告書が「鑑定書」となって、かえって民事紛争を激化させる可能性があります。加えて、システムエラーの改善を指導するという名目の下に、厚生労働省の医療機関に対する処分権限が強化されようとしています。むしろ厚生労働省のいびつな医療行政こそが指導の対象になるべきであり、これらの点もわれわれの強く懸念するところです。
今回示された日本医師会のアンケート結果では、「第三次試案に基づき制度を創設すべき」という回答が多くの都道府県医師会から示されたと総括されていますが、その中身を見れば、賛成の回答の中にも多数の疑問や危惧が表明されています。また4月24日の都道府県医師会担当理事連絡協議会でも、多くの反対意見が発表され、逆に第三次試案そのままでよいという意見はあまりありませんでした。これをもって、医師会の8割近くが賛成しているという結論を導き出すことには無理があります。
さらに看過できないのは、4月22日の国会質疑で前述の合意文書がないことが明らかになり、24日の都道府県医師会担当理事連絡協議会で、木下理事自身が文書がないことを認めたにもかかわらず、同氏が、5月16日の外科学会総会や、5月21日の神奈川県産婦人科医会において、「捜査当局は、委員会から通知された事例だけを刑事罰の対象とする」「医療安全調査委員会の調査により、捜査機関への通知は極めて限定された事例であり、通知されなかった事例に関しては刑事捜査は行われない」(木下理事のスライドより)という説明を繰り返したことです。これは明白な虚偽、あるいは、控えめに言っても事実誤認です。医療安全調の方が捜査機関よりも優先するということが保障できているのかという部分が第三次試案の大きな争点になっているとき、まさにその点について、事実を曲げてでも、賛成させようという木下理事の態度は極めて不誠実であり、日医会員として遺憾に思います。日本医師会執行部として同氏の言動をどのようにお考えなのか、お尋ねしたい。今回公表されたアンケート結果は、このような誤った説明を基にしているのですからそもそも無効であり、新たに正しい情報を公開した上でやり直すべきではないでしょうか。
学会などの反応を見ても、日本救急医学会や日本麻酔科学会、日本脳神経外科学会、日本消化器外科学会や全国医学部長病院長会議など、既に多くの団体が第三次試案に対する反対意見を表明しています。医療崩壊の最前線にある日本産科婦人科学会の立場も、一部報道されているような条件付賛成ではなく、実質反対であることは意見書を精読すれば明らかです。5月16日に公開された厚労省の第三次試案に対するパブリックコメントの中間まとめでも、圧倒的多数の医師が反対しているという事実を、日本医師会執行部は把握しておられるのかどうか。もし把握しておられるのであれば、この結果をどのように評価するのか、ぜひお聞かせ願いたい。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/kentou/iken-matome080516.html

さらに、情報発信と世論形成の場としていまや無視できない存在になっているインターネット上の数多くの医療系のブログは、第三次試案に対してほぼ完全に反対一色です。5月30日に日経メディカル オンラインにて開始された、「あなたは第三次試案に賛成?反対?」という調査(現在進行中)でも、厚労省へのパブコメと同じく、圧倒的多数の医師が第三次試案に反対しています。

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/doctors/blog/editors/200805/506637.html

これらを見れば、より現場に近い、若手の勤務医で、訴訟リスクの高い分野にいる医師ほど、強く反対していることが分かります。過重労働と訴訟リスクに押し潰されそうになりながら、ぎりぎりのところでわが国の医療を守っているこのようなグループの意見は、他の誰よりも尊重されるべきです。
以上述べてきたように、厚労省第三次試案の枠組みは第二次試案と本質的に変わっておらず、われわれは強く反対します。同じくこの第三次試案に基づく医療安全調査委員会の法制化を要望するという日本医師会の「見解」にも強く反対します。われわれは、日本医師会に、第三次試案に対する決して少なくない反対意見に真摯に耳を傾けるよう求めます。日本医師会執行部や大規模な学会の幹部と、現場の若手の医師との間に、この問題に関して極めて大きな意見の対立があるという事実を率直に認め、その理由を真剣に検討すべきです。ここで、これらの声を無視する形で、日本医師会が強引に第三次試案に基づいた制度を実現しようとすれば、医療界内部での対立が深刻になり、とりわけ若手の勤務医の大きな反発を招くのは必至です。わが国の医療の明日を担う若い医師の支持を失っては、日本医師会に未来はありません。われわれは、日本の医療を崩壊から守るために、日本医師会がこの問題に慎重に対応し、患者・国民と医療従事者がともに満足できるような制度を構築することを切望いたします。
当医師会が本年5月6日付けで厚生労働省に提出したパブリックコメントです。
(http://mric.tanaka.md/2008/05/15/_vol_64_1.html)

 
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