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臨時 vol 78 「今,医療者は何を考えどうするべきか:思いを綴った2冊の著書」

医療ガバナンス学会 (2008年6月9日 12:42)


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獨協医科大学神経内科
小鷹昌明 (おだかまさあき)
 「おたくの科の先生,こんなこと言っていましたよ!態度も良くないし,あれでは患者さんに失礼ですよ」,「患者の入院と言われましても今は満床ですから,入院の必要な患者がいるなら誰か退院させるしかありません」と看護師からのクレームを聞かされる.上級医からは,「あの医師はいい加減なところがあるから,もう少しきちんとさせないとダメだぞ」,「言うことを聞かないのは指導が甘いのではないか」などと小言を言われる.さらに,下級医からも,「患者の入退院がスムーズにいかないのは,病棟医長の対応が悪いからじゃないですか?」,「入院させなければならない患者を,部屋がないからといって外来で待たせちゃ仕事にならないですね」などとも言われる.最後のとどめとして,患者からは,「私はあと1週間くらいしか入院して居られないのでしょうか?」,「先生や看護師さんはナースステーションで書き物ばかりしていて,私たちのところへはあまり来てくれませんね」と一言漏らされる.
 日頃の看護師の苦労には感謝していますし,気も使っています.患者を丁寧に看護し,指導もしていただき医師を代表してお礼を申し上げます.下級医にも丁寧にお願いしています.私にとって,「忙しいところ申し訳ないが」が口癖です.上級医には取り敢えず良い返事をして,後でゆっくり解決方法を模索しています.患者のクレームには誠実に対応するよう心がけています.私が3年間務め上げた病棟医長の実態である.
 医療崩壊が深刻化するなかで,大学病院勤務医師のできることには限界があるということを嫌でも思い知らされた.日本は世界第2位の経済大国,平和を愛する国民がいて,自由が保証され,国民皆保険制度があり,年金,介護保険もそれ程ひどいというものではない.世界一の長寿国にもなった.文句を言えばきりはないが,一国の国民が飢えずに暮らしていける国は日本を含め世界に十数ヵ国しかない.私は,長くそう思ってきたし,そのことに疑問はなかった.それなのに,何故,世間は医療に満足していないのか.何故,毎日のように医療崩壊が報道されているのか.医療現場の何がそんなに問題なのか.大学病院に勤める平凡でどこにでもいるような医師が,病棟医長と医局長を経験して,医療現場の矛盾に気付いた.どうしようもない閉塞感を何とかしようと思い,自費出版を覚悟で『医者になって十年目で思うこと:ある大学病院の医療現場から』と,『医者の三十代:後悔しない生き方とは』 (近代文芸社) というエッセイを続けて執筆した.私は大学病院の医療現場を見続けて実感したことを訴えずにはいられなかった.自己満足であることは否定しないが,現代医療の何かが自分を突き動かしている.本書では,そんな大学病院勤務医師の素直な疑問に対する著者の見解を綴っている.
 医療の崩壊は,患者や医療者はもちろん行政など関係するすべての人々を不幸にしつつ静かに進行してきた.医療の現況に関する詳述は本書に譲るが,最近になって,ようやくマスメディアで取り上げられるようになり,国会でも議論されるようになった.医療者自らが執筆した書籍やブログも目立ち始めた.そのどれもが現場における危機的な現況を述べている.無力感や閉塞感を漂わせる内容が多く,現代の医療は何かがおかしい,何かが病んでいると感じさせる.ここへ来て,医療がとんでもない方向へ向かっているということに気が付いた.その間医療者は何をしていたのか.医療をしていたのである.医師たちは,こうした状況になることを薄々感じてはいたが,役割と正義感から公の場において,批判されることを覚悟のうえで意見表明を行おうとはしなかった.その”付け”が一気に噴出している.医療や介護,年金問題に対して,医師や看護師,患者,政界,マスコミ,官界,財政界,経済界の人々によって多方面から議論されるようになった.しかしながら.それぞれが自分の立場を主張してばかりいては,平行線のままのような気がしてならない.結局のところ,議論は国民や医療者へのパフォーマンスに終わってしまう.
 認識してもらいたいことがある.基本的に医療者は,医療制度などにはまったく興味はない.また,保健医療などというものにも常に無頓着でいたいと切に願っている.そんなことを考えるのが医師の仕事なのだろうか.経営のことばかりを考えていて,良い医療が実践できるであろうか.現場の医師の働きにくい,縛られたシステムが本当の医療制度なのか.医療者には,医療だけに集中できるような環境を作ることが基本である.
 医療事故に関しては特に議論が絶えない.医療ミスがあった場合に,医師は素直に謝罪し,示談に応じた方が負担が少ないと感じている.争うのは,自分に過失がないと思っているときである.たとえば患者が亡くなっても,「精一杯やったとしても医療とはそういうものである」という意識があるから,やるせない思いを示すが謝罪はしない.お互いに解決したいという気持ちがあったとしても,納得しない遺族は仕方なく医療訴訟に踏み切る.確かに一部において,医療訴訟は能力の低い医師や不良医師を排除するためには必要かもしれない.しかしながら,優良な医師までも現場から追い出してしまいかねない諸刃の剣であることを認識する必要がある.やる気に満ちた医療者が,医療の現実を知るにつれて,諦め,疲弊し,第一線の医療現場から立ち去る.何が彼らをそうさせるのであろうか.医師不足による過労,整備されていない医療体制,実益の伴わない評価と報酬,患者からの無理な要求,訴訟の危険性など,さまざまである.最前線に立つ医療者たちを,本質の伴わない制度や攻撃でどうか絶望させないで欲しい.
 現在の官僚主導の医療改革は長期的な視点が欠落しており,現場医師の状況を知らない (ふりをする) ことで,実に短絡的に,短期間に制度を変えてくる.厚生労働省自身は「巧みな政策誘導」と自負しているようだが,朝令暮改によるハシゴ外しは,誰との事前相談もなく一片の決定事項で唐突に行なわれる.病院は猫の目のように変わる診療報酬体系に振り回され続けている.
 医療者がそのようなことを主張したとしても,国民は医師が自分たちの立場を庇護するために言っているとしか思わない.おそらく一般の人からみれば,最近の医療過誤における訴訟結果はさして違和感のあるものではなく,事故によって人生を終えた無念を考えればむしろ当然と映る部分もあると思う.医師の一方的な独りよがりになっていないかという批判もある.「医療者は,”医療が崩壊する”と大合唱するだけで,自分をかばうだけである.患者や被害者の立場に目を向けず,医療不信を拭い去るために動こうとしていないではないか.これではどんな主張も社会に受け入れられない」という意見もある.それも当然だと思う.患者には命がかかっている.
 医療者が叫べば叫ぶだけ,信頼が失われていくようにも思える.客観的な中立的な情報でなければならない.終身雇用の時代は薄れ,優秀な勤務医師であればある程腕一本で亘っていける自信があるために,いざとなったら条件の良い病院に移ることを考えている.医療現場を良くしようという感覚にはならない.医療現場の改善には,その病院に一生努める可能性のある事務方や技師,看護職員先導であってもいいはずなのに,そうはならない.改善を求める医師としばしば衝突する.医療制度改革を訴える前に,医療者自信が変わらなければならないことは言うまでもない.自らを振り返ってみると,すべてとは言わないが医師は基本的には偏屈で,我儘でお調子者で,人には厳しいが自分には甘い.迷惑をかけてばかりの性格異常者である.しかし,まったくダメでは医師は務まらない.良いところもあるので,医師の集団の中では何とか溶け込めている.医師はカルテやレントゲン写真は出しっぱなし,自分の机は散らかり放題,時間には特にルーズ,約束は守れない,言ったことも聞いたこともすぐに忘れる,字は下手,まともに書類も書けないし,大事な書類の管理もできずに時々失くしてしまう,複雑な話しは通じない,まわりの空気が読めない,まったく躾がなっていない驚異的な世間知らずであるが,そのことを自覚していない.医師は今一度,自らの生き方を哲学してみる必要がある.
 現代の医療機器の発達には目を見張る一方で,病院システムは問題が山積している.癌や血管内の病気がたちどころにわかってしまう先端機器が開発されている.しかしながら,医療システムはお粗末極まりない.人件費が医療費の4~5割を占めるために,どの病院でも効率化と称してなるべく人手を減らし,IT化を図ることで乗り切ろうとしている.しかしながら,わが大学病院にIT機器が導入されてから4年経過しているが,業務がスリム化している実感がわかない.医療の安全性や質を担保するための書類 (同意書の類) が増えているからである.患者を診る時間より,書類作成にかかる時間の方が圧倒的に長い.病院の有能な医療者は,病院の自助努力と称して医療收入や安全に関する会議と調査だけを行っている.これでは良質な医療が実践できるはずがない.本末転倒である.心身ともに弱った患者が真に癒されるためには,人と人との温かな触れ合いが必要である.病院に効率化は馴染まないし,効率化だけではけっして癒しは生まれない.
 24時間途切れることなく来院される患者の対応に,特に小児科医師は過労死寸前の状態で働いている.医療者は労働基準法など知る由もない.「患者のたらい回し」という報道が流れても,受け入れが本当にできない病院の医師は,仕方がないとしか思っていない.東京都内の31病院に断られた末に,1時間30分かけて当院に搬送された妊婦がいた.「私の場合は何とかバトンをつなげてもらい無事出産することができた.でも,妊婦の誰もがいつ行き場を失ってもおかしくないということを思い知らされた.」と涙ながらに語っていた.
 現代の医療環境は不安だらけで希望が見えない.医療の世界は,まだまだ未発達で不確実な要素の満ち溢れるとても未成熟な分野である.政治家や役人たちは頼りない.本音でものを語らない.もう任せてはおけない.本書では,これからの時代を行き抜くための医療者としての心構えに対する持論を説いている.医療再生に向けて医師の生き方のヒントになれば幸いである.
略歴
1967年,埼玉県生まれ.
1993年,獨協医科大学医学部医学科卒業.
同大学病院神経内科で研修後,博士課程,助手を経て2001年よりイギリス,グラスゴー大学に留学.現在,再び獨協医科大学病院神経内科に講師として勤務.病棟医長を3年務めていたが,2007年より医局長へ.
現場から医療状況を伝えることが,医師の責務と考えている.
専門は免疫性末梢神経疾患の病態および治療.

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