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臨時 vol 75 「医療現場に情報公開を: ボルテゾミブによる肺障害事件を振り返る」

医療ガバナンス学会 (2008年6月3日 12:46)


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            日本対がん協会 がん対策のための戦略研究推進室
室長補佐   成松宏人

●未承認薬の個人輸入が増えている
 近年の情報化社会の発展は、様々な分野でグローバル化をもたらしました。医療においても例外ではなく、患者および医療者は容易に海外の情報を手に入れることができるようになっています。特に、日本で未承認であっても近年欧米で承認された抗がん剤のニーズは、年々高まっています。これらの薬剤は医師が薬監証明を厚生労働省に提出し、代行業者などを通じて個人輸入を行い、患者に対して処方することが合法的に可能です(1)。
 3月26日、厚生労働省は混合診療について保険外併用療法における「高度医療評価制度」を設け、薬事法で承認されていない医薬品や医療機器を使った場合でも、一定のルールに基づけば保険診療との併用を認める方針を示しました。従来、未承認薬使用時は保険医療との併用ができませんでしたが、この制度の創設により、未承認薬を用いて混合診療を行った場合の患者の経済的負担が軽減されることが期待されます。一方で、高度医療評価制度では厳密なデータ管理体制が求められ、実施施設も高度医療施設に事実上限定されることが予想されます。この新しい制度が患者のニーズや医療現場の実情に即したものか今後議論する必要があります。
●ボルテゾミブによる肺障害事件
 筆者の専門とする血液・腫瘍内科の分野では最近、未承認薬の副作用が大きな問題となりました。この経験は今後未承認薬の問題を考えるにあたり大きな教訓を残しました。筆者も一員である東京都老人医療センターの宮腰重三郎医師らの研究グループにより、最近のLancet Oncology誌にこの経緯が報告されましたので紹介させていただきたいと思います(2)。
 ボルテゾミブ(商品名:ベルケイドR)は多発性骨髄腫に対する新規薬剤です。骨髄腫細胞の増殖に関わるプロテアゾームを阻害することにより抗腫瘍効果を発揮します。海外での臨床試験により、他の薬剤に抵抗性の多発性骨髄腫患者にボルテゾミブを投与したところ効果が認められたことが報告され(3)、2003年5月に米国食品医薬品局に承認されました。昨年のアメリカ血液学会では、初回治療においてもボルテゾミブを使用した治療は従来の治療と比べて有効であるという国際大規模比較試験の結果が報告され、初回治療でもその効果が期待されています(4)。また米国では悪性リンパ腫の一部に適応承認されており、多発性骨髄腫以外の悪性腫瘍の治療としても期待されています。
 日本でも2004年5月より日本における発売元のヤンセンファーマ株式会社によって臨床試験が開始されました。このように有望な新規薬剤であるにもかかわらず2006年10月に日本で承認されるまでは、臨床試験にエントリーできない多発性骨髄腫患者にとっては、個人輸入がボルテゾミブの治療を受ける唯一の選択でした。そのため、臨床試験の進行と同時に国内でも投与を希望し、かつ医師が投与が適切だと判断した患者には臨床試験外で個人輸入されたボルテゾミブの投与が行われました。その数は2006年1月までに少なくとも52例にのぼりました(5)。
 ヤンセンファーマによる治験は、重篤な間質性肺炎を発症した患者が出たため、一旦中断されました。この重大な副作用は今までの欧米での臨床試験では報告されておらず、日本人特有の副作用の可能性も考えられました。肺癌の新規分子標的薬であるゲフィチニブ(イレッサ)で日本人患者において急性肺障害が多発したことが問題なったばかりであり、ボルテゾミブについてもその安全性を確保するために、試験を中断しての慎重な検討がなされたのです。しかし当時、治験中の副作用情報を公開するルールが確立されておらず、臨床試験に参加した医師以外は、この間質性肺炎発症の情報を得ることができませんでした。
●どのようにして医療者に情報がいきわたったか
 個人輸入でボルテゾミブを投与していた宮腰医師は、この副作用を経験し、その重要性を認識しました。彼は血液内科の友人に問い合わせたところ、同じような副作用を経験した医師が複数存在したことがわかったのです。具体的には、2006年1月現在、個人輸入されたボルテゾミブを投与された13人中4人の患者に致死性の肺合併症が起こっていました。問題の重大性を鑑み、宮腰医師たちは医薬品医療機器総合機構(PMDA)、ヤンセンファーマ、個人輸入代行業者、関連学会に報告すると同時に、学術論文を作成しました。この報告はアメリカ血液学会の機関誌であるBlood誌に速やかに受理され(6)、直ちにオンラインで公表され、驚きをもって迎えられたと同時に、多発性骨髄腫診療にあたる多くの医師たちが初めてその副作用を認識しました。
 更に、この問題は朝日新聞など一般誌でも取り上げられ、日本血液学会および日本臨床血液学会は直ちに日本におけるボルテゾミブ投与患者の肺合併症の頻度についての全国調査を行いました(5)。この調査でも、ボルテゾミブの肺障害が確認されています。また、個人輸入仲介業者であるRHC USA Corporationも、顧客である医師に情報開示を行いました。通常は治験中の薬剤のデータが公表されることはありませんが、新薬の審査を担当する医薬品医療機器総合機構(PMDA)は患者の安全性を考慮し、ヤンセンファーマに対して国内の治験において間質性肺炎が出現していることを公表して医療現場に情報提供することを要請するという柔軟な対応をしました(7)。それを受けて、ヤンセンファーマも医師に向けての注意喚起情報をウェブで提供し、治験に参加していなかった医師にもようやくボルテゾミブによる間質性肺炎発症の情報がもたらされることとなりました。この事例は他の製薬企業にも大きな影響を与え、他の製薬企業も治験中の重大合併症をオンラインで公開するようになりました。
●薬剤の情報公開制度を作ろう
 この事例は、未承認薬の安全性についての情報収集・公開の制度が必要なことを示しています。例えば、PMDAも個人輸入された未承認薬については、患者数、効能・効果、副作用やその件数などの情報を収集・提供していませんし、そのホームページは臨床医の使い勝手のいいものとは、言えません。各病院や医師会・学会も、一般医師や患者に対して、そのような情報の提供を行っていません。さらに、治験で得られた安全性情報を、製薬企業は治験に参加していない医師にリアルタイムに伝えていません。もし、このような情報の開示ルールが確立されていれば、ボルテゾミブによる重篤な肺障害の発生を減らせたのかもしれません。
 患者のニーズと医療現場の実情に即して未承認薬をより安全により効果的に使用していくためには、どのような仕組みを作っていくべきでしょうか。ボルテゾミブの事例は、情報の公開・共有が安全性の向上にとって有効である可能性を示唆しています。情報開示・公開については、舛添厚生労働大臣も厚生労働行政の中で最も重視していることを表明しています。(8)今こそ、医療現場からの議論が必要と考えます。
著者ご略歴
1999年 名古屋大学医学部医学科卒業
1999-2004年 愛知県厚生農業協同組合連合会 昭和病院 研修 医・内科医員
2004年 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 血液内科 受託研修医
2005年 豊橋市民病院 血液内科 医員
2008年 名古屋大学院医学系研究科分子細胞内科学(血液・腫瘍内科
学)修了
2008年4月より現職
引用文献
1.厚生労働省医薬局長通知. 個人輸入代行業の指導・取締り等について (医薬
発第0828014号).   [cited; Available from:
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/diet/tuuchi/0828-4.html
2.Miyakoshi S, Kusumi E, Kodama Y, Narimatsu H, Hamaki T, Matsumura T,
et al. Adverse events of unapproved drugs in Japan. Lancet Oncol. 2008
May;9(5):414-5.
3.Richardson PG, Barlogie B, Berenson J, Singhal S, Jagannath S, Irwin D,
et al. A phase 2 study of bortezomib in relapsed, refractory myeloma. N
Engl J Med. 2003 Jun 26;348(26):2609-17.
4.Miguel JFS, Schlag R, Khuageva N, Shpilberg O, Dimopoulos M, Kropff M,
et al. MMY-3002: A Phase 3 Study Comparing
Bortezomib-Melphalan-Prednisone (VMP) with Melphalan-Prednisone (MP) in
Newly Diagnosed Multiple Myeloma. ASH Annual Meeting Abstracts. 2007
November 16, 2007;110(11):76-.
5.Gotoh A, Ohyashiki K, Oshimi K, Usui N, Hotta T, Dan K, et al. Lung
injury associated with bortezomib therapy in relapsed/refractory
multiple myeloma in Japan: a questionnaire-based report from the “lung
injury by bortezomib” joint committee of the Japanese society of
hematology and the Japanese society of clinical hematology. Int J
Hematol. 2006 Dec;84(5):406-12.
6.Miyakoshi S, Kami M, Yuji K, Matsumura T, Takatoku M, Sasaki M, et al.
Severe pulmonary complications in Japanese patients after bortezomib
treatment for refractory multiple myeloma. Blood. 2006 Jan 12.
7.審議結果報告書 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構.   [cited;
Available from:
http://www.info.pmda.go.jp/shinyaku/g061004/800155000_21
800AMX10868000_A100_3.pdf
8.厚生労働省改革元年にーーー大臣就任から半年を経過して 2008年2月27日
舛添要一.   [cited; Available from:
http://www-bm.mhlw.go.jp/kaiken/daijin-aisatu/080227-1.html

 

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