医療ガバナンス学会 (2015年5月21日 06:00)
大学病院における選任・監督の責任
月刊集中4月末日発売号の転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2015年5月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.民法の使用者責任の定め
一般に組織の活動において不法行為があった場合、まずもって、当該不法行為を行った者を「選任・監督」した者の法的責任が問われよう。通常、使用者責任という。その第1項では、「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」と定め、第2項では、「使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。」と定めている。つまり、選任・監督者と監督代行者は法的責任を免れない。
実際に具体的に人事権限や指導監督権限を行使したり行使すべきであった者は責任を負う、というのが重要な点である。組織においては往々にしてトカゲのしっぽ切りが行われがちであるが、それでは済まない。逆に、名目上形式上のトップが責任を取りさえすればよい、というわけでもないのである。大切な点は、真の人事権限者や指導監督権限者こそが責任を問われるべきだ、という点であろう。
もちろん、これは法的責任に限ったことではない。組織のあり方の一般原理と言ってよいであろう。
3.診療現場の選任責任
平成27年2月12日付け「群馬大学医学部附属病院腹腔鏡下肝切除術事故調査報告書」には、診療科長に関して、次のような記述がある。
「3-3-4 診療科長の診療科管理
腹腔鏡手術の死亡例が続いていたが、診療科長はそのことを問題として十分に把握できていなかった。診療科長へのヒアリングでは、問題を把握できなかったことについて、自分の認識の甘さ、指導力のなさに問題があったと述べている。診療録記載が乏しいのは、第二外科消化器グループ全体というより、当該主治医に顕著であった。診療科長からそのことについて主治医に指導があったとのことであったが、改善されなかった。」
この報告書の短い記述が果たして事実に即した正確なものかどうかはわからない。しかし、仮に正確な記述だとしたら、その診療科長はそもそも自ら腹腔鏡下肝切除術を行う技術は有していなかったであろうし、場合によれば当該術式を十分にはわからないのではないかとすら思う。もしそうだとしたら、いくら研究・教育に優れた医師であっても、高度な医療を安全に行うべき特定機能病院の当該診療科の長としては能力が足りない、という結論になる。もしも仮にそのような状況だったとしたならば、当該医師を診療科長または教授に選任し高度な医療を託した人事権限者の選任のあり方こそが真に究明されるべき事柄となるであろう。
最も重要なことは、診療の能力・資質に即した診療科長人事または教授人事が行われたかどうか自体の適格性に対してエビデンスに基づく事後チェックを行うことである。特定機能病院に即した選任人事のあり方こそが検討されるべきポイントであろう。
4.診療現場の監督責任
「東大病院救急部長」の週刊文春の記事は、見出しが刺激的な割りには大した内容ではない。あいまいな記述で東大教授たる救急部長を誹謗中傷しかねない内容なので、不快に感じる記事である。ただ、その救急部長がプライベートとは言え、その素人の対象相手からは「診療」と誤認混同されかねない行為を行っているかも知れない点は、懸念が生じてしまう。
霊感商法云々は誹謗中傷の類いであろうし、報酬受領の有無もそもそも問題ですらない。問題なのは、東大教授たる救急部長の行為なので、医業に類似したような行為に見えかねないことである。ともすれば、素人の行為対象たる相手からは「診療」行為だと誤認混同されかねないことである。
東大病院が既に具体的な事情を知っていて許可しているならば格別であるが、そうでないならば東大病院としては是非とも速やかに具体的な事情を把握しておくべきことであろう。事情を把握すべきポイントは、対象となった相手の誰かからか「診療」だと誤認混同されていなかったかどうか、という一点である。
このことこそが診療現場に対する監督責任を東大病院自身が果たしたと評しうるゆえんであろう。救急部長自身からの事情聴取はもちろんであるが、週刊文春の記事によればその光景の録画テープもあるそうなので、できればそのテープのような客観的なエビデンスをも検証しておくことが望ましい。
5.大学における診療
大学の医学部は、教育や研究のみならず、附属病院を設置するなどしていわゆる大学病院において「診療」も行っているところにその特長がある。しかし昨今は、「診療」部門は独立化すべきという声も大きい。もしも大学病院における選任責任や監督責任が十分に果たされていないと評価されるようになってしまうならば,「診療」部門の独立化の声が有力なものとなって行くであろう。
今こそ選任・監督のあり方を見直して、その充実を目指していくべき時期である。