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Vol.097 『フィールドからの手紙』 第9回目 働きながら学ぶ看護師大学生

医療ガバナンス学会 (2015年5月20日 06:00)


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星槎大学副学長
細田 満和子

2015年5月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


◆働きながら大学で学ぶ看護師たち

筆者の勤務する星槎大学は、共生科学部共生科学科というただひとつの学部学科を持つ通信制の大学です。共生社会を担う人材を育成する為に、環境、教育、国際関係、福祉といった各分野を、学生が自由に履修できるようになっています。多くの科目は、学習指導書に沿った自学自習で、北海道から沖縄まで各地にある学習センターにおいて、週末スクーリングも行われています。
このために、学生は北海道から沖縄まで全国にいます。こうした学生の特徴としては、短大や専門学校からの編入はもちろんですが、四年制の大学卒業者が多いことが挙げられます。学生には社会人も多く、年齢も平均が30代後半で、中には80代の方もいらっしゃいます。
ひとつの科目からも履修可能なので、キャリアチェンジや資格取得、継続教育や生涯学習の一環として学んでいる学生もたくさんいます。海外研修も盛んで、ボルネオやモンゴル、ブータンへの短期留学のプログラムもあります。これまで本部キャンパスは北海道芦別町にあったのですが、2013年4月からは神奈川県箱根町に移りました。
筆者も教員としての講義のほかに、卒業論文指導や、ブータンへの短期留学の引率などをさせて頂きました。その中でふたりの看護師の学生さんと出会いました。ひとりは卒業論文の指導学生で、もうひとりはブータン短期留学の参加学生でした。今回は、このおふたりを巡るストーリーを紹介したいと思います。

◆チーム医療の卒業論文

卒論指導をさせて頂いた看護師の方は、九州在住の40代の女性で、ご自身が看護大学で看護学生の実習指導者をしていらっしゃいます。Mさんと呼んでおきましょう。Mさんは実習先の病院で看護学生の指導をしている中で、学生と他職種との関わりが、患者への良いケアを導いていたという事例を基に、チーム医療という観点から分析したいという希望を持っていらっしゃいました。
Mさんの担当した看護学生が看ることになった入院患者は、胃がん手術後に嚥下困難になった方でした。この病院には言語聴覚士はいなかったため、看護学生は医師や管理栄養士とNST(栄養サポートチーム)を組んで話し合い、看護計画を立てました。看護計画には、嚥下に関わる頸部の筋肉トレーニングを盛り込み、この看護学生は熱心に患者にトレーニングを働きかけたそうです。このことで患者も闘病意欲がわき、看護学生の実習最終日には、ゼリーを嚥下することができたそうです。
この様子を実習指導者として見ていたMさんは、まさにチーム医療によって患者にとっての良いケアができた事例として感銘を受け、卒論にまとめたいと思ったのでした。そして、教員案内の中に私の名前を見つけ、主査に指名してくださったのです。

◆社会科学・行動科学(SBR)の研究倫理と施設内研究倫理審査会(IRB)

ところで、このような人々の行動や関わり方を観察したり、聴き取りしたりする研究は、一般に社会科学・行動科学(Social Science and Behavior Science Research:SBR)と言われています。SBRを行う際に、社会学や文化人類学や教育学などの社会科学の分野では、対象者に心理的ストレスを与える可能性や個人情報の保護に配慮すべきという共通了解があります。しかしながら、実際に研究倫理審査という形式的手続きをすることは未だに一般的ではありません。
一方で、人を対象とした研究に厳しく倫理的配慮を求めてきた医学や看護学の分野では、たとえ身体的侵襲性が低いSBRの研究であっても、施設内倫理委員会(Institutional Review Board:IRB)による研究倫理審査を受けることが慣例として義務付けられています。
Mさんも、実習時の体験を卒論にまとめたいと病院に申し出たところ、実習先の病院から、IRBの承認が必要と言われたので相談してきました。しかし当時、星槎大学にIRBはありませんでした。星槎大学には文科系と自然科学系の教員しかおらず、人を対象とした研究を行う際に必要とされるIRBのような倫理的手続きに関して必要性を感じている教員は、わずかしかいなかったのです。
そこで急遽、学長にIRB設置の必要性を訴え、事務方と協力して研究倫理に関する内規を作成し、申請から審査、承認に至る仕組みを作っていきました。こうして星槎大学研究倫理規定として、侵襲性の相対的に高い本審査と低い簡易審査の2種類が出来ました。Mさんの卒論研究は、簡易審査の結果、患者や看護学生の匿名性を保ち、情報管理を徹底させるといった一定の条件のもとに承認されました。そして、Mさんは承認書を病院に提出して了承され、卒論を書く道筋がつきました。

◆看護学におけるSBRの在り方

ところが今度は、Mさんが所属している看護大学の方から待ったがかかりました。学生実習で得られた情報は、実習前には申請がなかったのだから、たとえ卒業論文を書く場合でも利用してはならないというのです。
Mさんは確かに、看護学生を持つ以前に、この学生がチーム医療をすることを予測して、研究対象にすることはしていませんでした。この学生がすでにしてきたチーム医療の実践を見て、研究対象になると考えたのです。このことを鑑みると、たしかに事後承認ということになってしまいます。しかし、だからといって全く可能性を摘んでしまうことに意味はあるのでしょうか。
たとえば私の所属している日本社会学会は、日本で最大規模のSBRの学会ですが、研究倫理に関しては倫理綱領第3条に「会員は、調査対象者のプライバシーの保護と人権の尊重に最大限留意しなければならない」と記されていて、細則のようなものもありますが、基本的に自己規制の範疇であり、第三者が審査することはありません。
だからむしろ、対象者の信頼と社会的理解を得るために、社会学や文化人類学の研究者も、対象者の人権の尊重、自発性の尊重、プライバシーの保護、被りうる不利益への対応など、基本的な倫理的配慮が必要なことを知るべきであると考えています。
しかし、看護学や医学におけるSBRの在り方は、人文社会科学と比べると過剰な配慮と規制になってしまっているのではないかと危惧されます。看護学におけるSBRの在り方について、もっと議論することが望まれます。
Mさんの卒論は、結局、いくつかの事例を組み合わせた架空のケースをつくって、それを分析するということで対応することにしました。Mさんには大変な思いをさせてしまって申し訳ありませんでしたが、今後の大きな課題を頂いたと感謝しています。

◆共生フィールドトリップinブータン

もう一人紹介したい星槎大学の看護師学生は、上信越地方に住むAさんです。Aさんは40代男性で、精神科の病院に勤務しています。星槎大学は、いつでも好きなだけ学修ができるということで4年制をとっておらず、何年かけてもいいので所定の単位を修得することで卒業認定をしています。Aさんも2007年から学生として登録し、自分のペースに合わせて、毎年単位取得を積み重ねています。
ところで星槎大学は、保育園・幼稚園から中高、大学院、各種教育関連事業やNPOを擁した星槎グループの一員ですが、星槎グループの会長である宮澤保夫氏は、ブータン王国と20年以上前から交流があります。その関係で、ブータン唯一の私立大学であるロイヤル・ティンプー・カレッジ(Royal Thimpu College:RTC)と星槎大学は姉妹校となり、毎年交換留学が行われています。

◆共生とGNH

Aさんは、私が引率者を務めた8泊10日の「共生フィールドトリップinブータン」に参加して下さいました。このトリップの目的は、参加者に、ブータンという国を通して「共生」を学んでもらうことです。
ブータンは、「国民総幸福量(Gross National Happiness:GNH)という概念で有名ですが、共生とGNHはかなり重なるものがあります。そこで、このトリップのプログラムは、ブータンでは人々の行動規範として、いかにGNHが実現されているかを、現地で感じ取ってもらうように組まれました。よって参加者は、RTCをはじめ、小学校や中学校、障がいを持つお子さんのための学校と訓練センター、伝統芸術院、国会図書館、国会議事堂などの施設を訪れ、現地の方々と交流の場を持ちました。

◆ブータンの伝統医療

Aさんは、このトリップのテーマとして「伝統医療院の存在について学ぶ」ことを決め、出発前から首都ティンプーにある伝統医療院を訪れるのを楽しみにしていました。ブータンの医療の特徴は、現代医療(西洋医療)と伝統医療が、対等な位置づけであることです。双方とも保健省の管轄で、どちらを受診しても患者は無料で医療を受けられます。
ブータンの伝統医療は、17世紀初頭にチベットの医師によってもたらされたと言われています。これは、チベット仏教の思想や哲学に基づいた医療です。伝統医療院の校長先生のお話によると、まずは患者の話を聴いてどこが不調の原因なのかを探り、食生活や生活態度を改めるようアドバイスをするそうです。
それでも良くならなかった場合には、薬(=薬草)で治療します。ブータンは山の中の国というイメージがありますが、南部はインド平原に接していてそれほど高くなく海抜は97メートルです。一方で高いところはチベット高原に接しており、7,570メートルにも及びます。この様な高低差のある地形の恩恵で、ブータンにはバラエティに富んだ植生があり、「薬草の宝庫」となっています。
そして薬草でも良くならなかった時は、さらに侵襲的な介入(=お灸、鍼灸、瀉血など)をするということでした。この哲学は、伝統医療院の入り口に掲げられた曼荼羅の中に読み取ることができます。

◆伝統医療からの学び

Aさんは、伝統医療院の校長や、現場で働く伝統医療の医師の話を熱心に聞いて、さまざまな学びがあったことを報告してくれました。特に印象に残ったAさんの感想は、ブータンでは物質的豊かさだけではなく、こころ(スピリチュアルも含む)の豊かさが大切であることが、GNHの思想によって国民の多くに届いていることを実感したということでした。
Aさんは、精神科の看護師なので、こころの問題を抱えた患者を、日々、沢山見てきています。だからこそ、今回のトリップでは、自分の職場でのヒントを得ようと伝統医療院について知ることをテーマにしたのでした。伝統医療の医師へのインタビューでは、家族や近しい人との絆、安心して暮らせる環境、助け合い支え合う関係、生活の中に根付くすべての生き物を尊重する仏教の教えが、人々の心身の健康を守っていることを知ったといいます。
この様な学びを提供できることは、私にとっても本当に嬉しいことです。MさんやAさん以外にも、星槎大学には看護師学生が何人もいらっしゃいます。そして、それぞれの学びを重ねています。今後も精一杯、応援していきたいと思っています。

星槎大学副学長。社会学をベースに、医療・福祉・教育の現場での問題を、当事者と共に考えている。主著書は『脳卒中を生きる意味』(青海社)、『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』(明石書店)、『チーム医療とは何か』(日本看護協会出版会)、東日本大震災後の子どもたちの心のケアを扱った上昌広氏との共編著『復興は教育からはじまる』(明石書店)。近刊書は『グローカル共生社会へのヒント』(星槎大学出版会)。

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