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臨時 vol 20 「輸血による悲劇を繰り返さないために (5)」

医療ガバナンス学会 (2008年2月26日 14:14)


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□■ 病原体不活化技術の安全性 ■□
信州大学医学部附属病院 先端細胞治療センター
下平滋隆

輸血は輸注する成分により赤血球、血小板、血漿輸血などに分かれますが、海外で病原体不活化技術が臨床応用されているのは血小板と血漿です。残る赤血球輸血に関しては、まだ研究段階で、海外でも臨床応用されていません。我が国では、血小板と血漿輸血に関しても、諸外国と比べて病原体不活化技術の導入が遅れていますが、その理由として、不活化技術の安全性に対する不安が強いようです。今回の病原体不活化技術の安全性について、ご紹介いたしましょう。
このようなシステムを臨床応用するには、まず、薬物動態と安全性試験を含む前臨床試験を行い、その後、新規医薬品の申請に則った臨床試験を行います。安全性試験では、一般毒性、安全薬理試験、光毒性、生殖毒性、血管刺激試験等において毒性はみられないという根拠が重要です。ヒトへの最大耐用量を考慮に入れた不活化製剤の安全性を検討する場合、フリーの化合物や照射産物が、輸血されても生体にとって安全域であるという数字を出す必要があります。
まず、血小板・血漿に対する不活化システムには、大きくわけて3通りの方法がありますが、いずれも血液製剤に化合物を混ぜ、何らかの光線を照射します。具体的には、ソラレン誘導体であるアモトサレン(S-59)に紫外線(UVA)照射、リボフラビン(ビタミンB2)に紫外線(UVAおよびUVB)照射、メチレンブルーに可視光を照射する方法が開発されています。日本赤十字社では、何も添加せず、紫外線照射だけの方法により問題解決を図ろうと検討されています。この方法は諸外国で承認されていません。
まず、ソラレン誘導体を用いる方法から解説しましょう。ソラレンはレモン、セロリなどの食品に多く含まれる化合物です。レモンをパックにして日光(紫外線)に当たるとシミの原因になることが知られていますが、ソラレンは、この反応に関与しています。ソラレン誘導体であるアモトサレン(S-59)を用いるIBS(INTERCEPT BLOOD SYSTEM)という不活化システムが、海外では承認されています。このシステムでは、輸血中に混入されたS-59が混入している病原菌の核酸にインターカレート(架橋)し、UVA照射によって、その架橋が不可逆的になることにより、輸血製剤内部での増殖を防ぎます。この方法を用いる場合、輸血製剤中に残存するS-59 が輸血時に患者に移行するため、発ガン性を憂慮する血液事業関係者がいます。現時点で公開されている前臨床、および臨床試験の結果は、この可能性を支持していません。ちなみに、S-59という化合物が核酸を変異させるという実証はありませんが、この方法を用いた場合、血小板輸血の回収率(効率)がやや低下するという報告があります。
ついで、リボフラビンと紫外線を用いる方法について述べます。リボフラビンは水溶性ビタミンであるビタミンB2で、卵白、レバー、ほうれん草など食品に含まれる栄養素です。糖質、脂質、蛋白質の代謝に重要で、体の恒常性維持に不可欠の生理活性物質です。リボフラビン(ビタミンB2)を用いるMirasolTM PRTSystemでは、UVA~UVBの照射により核の一部を壊し、紫外線により励起されたビタミンB2が核酸と複合体を形成、グアニンなど塩基への変性を起こすことで不活化を発揮します。ただ、不活化効果の範囲に限界があると考えられているようです。
紫外線照射については、UVA(長波長領域320-400nm)は最も可視光に近く波長が長いためエネルギーは小さく、UVC(短波長領域200-380 nm)は最も波長が短くX線に近い性質を持つようになります。UVBはその中間です。例えばIBSではUVA(長波長領域320-400nm)、 MirasolTM PRTでは265-375nm(UVA-UVB中波長領域)の波長を使用しています。より長波長ほど、血小板への損傷が少なく、UVAによる照射はUVBに比べて血小板の活性化にも影響が少ないことも報告されています。in vivoでのクリアランス増加で見たUVAの損傷効果に蓄積性はなく長期処理で回復性がありますが、一方UVBの損傷効果は蓄積性があり回復性が悪いことが報告されています。
DNAやRNAに突然変異を起こさせる方法は、UVCやガンマー線照射をすることです。DNAやRNAをランダムに切断し配列を変えてしまいます。変異だけではなく、短い波長のUVCを照射する方法では、血液成分の機能障害を起こすリスクが明らかに高い事は論文や学会発表で公表されています。
光触媒として強力な還元作用を有するメチレンブルーは、細胞核の染色として用いられ、金魚や熱帯魚の細菌感染に対する魚病薬として使われています。クレゾールや逆性石鹸などの消毒薬、亜硝酸塩による中毒では、メトヘモグロビン血症(赤血球内のヘモグロビンにある2価の鉄イオンが酸化されて3価になり、酸素の結合・運搬が失われた病態)を呈し、救急医療の現場においてメチレンブルーが1~2mg/kgで投与されます(医薬品ではないので自家調製)。メチレンブルーには変異原性および生殖毒性と、臨床的に溶血性貧血の報告があります。また、メチレンブルーは、可視光照射により生成される活性酸素やフリーラジカルにより核酸や脂質2重膜に損傷を与え、グアニン‐シトシン塩基に結合して核酸を壊しウイルスを不活化します。ただ、血小板の活性を損ない、血漿活性の低下が報告されています。
不活化に関する臨床データがベルギーおよびフランスから報告されてきました。従ってトロントでの不活化技術に関するコンセンサス会議の結論にあるように、長期の安全性情報は各国の関係機関が協力してフォローアップすることが重要なのです。
以上の内容について引用した論文を以下に示します。
1.Transfusion 37:423-435,1997 : L.Lin et al. Photochemical inactivation of viruses and bacteria in plaltelet concentrates by use of a novel psoralen and long-wavelength ultraviolet light.
2.Blood 101:2426-2433, 2003: D.van Rhenen et al. Transfusion of pooled buffy coat plaltelet components prepared with photochemical pathogen inactivation treatment: the euroSPRITE trail.
3.Vox Sanguinis 86:239-245, 2004: K.Janetzko et al. Implementation of the INTERCEPT Blood System for Platelets into routineblood bank manufacturing procedures: evaluation of apheresis platelets.
4.Vox Sanguinis 85:171-182, 2003: V.Ciaravino et al. Preclinical safety profile of plasma prepared using the INTERCEPT Blood System.
5.Transfusion 44:320-329,2004: S.M.Picker et al. Functional characteristics of buffy-coat PLTs photochemically treated with amotosalen-HCl for pathogen inactivation.
6.Blood 104:1534-1541,2004: J.M.McCullough et al. Therapeutic efficacy and safety of platelets treated with a photochemical process for pathogen inactivation: the SPRINT Trial.
7.Transfusion 45,920-926,2005:J. Li et al. Evaluation of platelet mitochondria integrity after treatment with Mirasol pathogen reduction technology.
8.Transfusion and Aphresis Science 35:5-17 2006: R.P.Goodrich et al. The MirazolTM PRT system for pathogen reduction of platelets and plasma: An overview of current status and future trends.
9.Mutation Research 298:9-16,1992: H.Kale et al. Assessment of the genotoxic potential of riboflavin and lumiflavin. A. Effect of metabolic enzymes.
10.Photochemistry and Photobiology 80:15-21,2004:Ⅴ.Kumar et al. Riboflavin and UV-Light Based Pathogen Reduction: Extent and Consequence of DNA Damge at the Molecular Level.
11.British Journal of Haematology 114:721-723, 2001: J. DE La Rubia et al. Role of methylene blue-treated or fresh-frozen plasma in the response to plasma exchange in patients with thrombotic thrombocytopenic purpura.
12.Vox Sanguinis 86:246-251, 2004: A.Aivaretz-Larran et al.  Methylene blue-photoinactivated plasma vs. fresh-frozen plasma as replacemnt fluid for plasma exchange in thrombotic thrombocytopenic purpura.
13.NTP(The National Toxicology Program) Technical Report (CAS NO.7220-79-3)(Scheduled Peer Review Date: June 12,2006) NTP technical report on the toxicology and carcinogenesis studies of methylene blue trihydrate in F344/N rats and B6C3F1 mice.
14.Transplantation 84:1174-1182, 2007: H.Asano et al. Treatment with Riboflavin and Ultraviolet Light Prevents Alloimmunization to Platelet Transfusions and Cardiac Transplants.
15.Transfusion 44.877-885, 2004: P.H.Rane et al. Photochemical inactivation of selected viruses and bacteria in platelete concentrates using riboflavin and light.
16.Vox Sanguinis (in press),2008 : J.C.Ossler et al. An active haemovigilance characterizing the safety profile of 7,437 platelet transfusions prepared with amotosalen photochemical treatment.
17.Transfusion (in press) 2008: C.Laurence et al. A prospective Observational Cohort Safety Study of 5,106 Platelet Transfusions Using Components Prepared with Photochemical Pathogen Inactivation Treatment.
 
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