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臨時 vol 21 「~亀田テオフィリン訴訟オープンカンファレンス 傍聴記~(前編&後編)」

医療ガバナンス学会 (2008年2月27日 14:13)


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  □■ こんなことで救急医療が崩壊したら堪らない ■□
                    ロハス・メディカル発行人 川口恭

東大医科研で、標題のようなオープンカンファレンスが開かれたので傍聴してきた。
素人なりに非常に勉強になったのと、救急医療の萎縮の背景としてこんな司法がを放置していたら国民は大いに困ると思ったのと、司法内部では、どう考えるのか知りたいと思ったのと。くだらない感想は置いて、報告を始める。
主催の上昌広・東大客員准教授の挨拶で開始。
「今回は医療裁判の問題を取り扱う。私どもの研究室は医療紛争の問題を研究している。きっかけは福島県立大野病院事件。事例ベースで検討したいということで、今回は亀田病院で高裁判決まで出ているものを扱いたいということで亀田病院の方々にお願いして、このような場を設けさせていただいた。
患者さんのニーズが高まり一部で軋轢が生じている。どうやって円満に解決させるか。今までは裁判しかなかったけれど、裁判では絶対的な対立関係になってしまうのでお互いに満足度が低いとか、医学的事実と法的事実が食い違うとか、いくつか問題が指摘されている。今回に関しては法的探求と医学的事実との間にどのような乖離があって、どう埋めていくべきか検討していきたい」
司会は中川武正氏
(和歌山・川添診療所所長、前聖マリアンナ医科大学教授)
まずは、本島新司・亀田総合病院呼吸器アレルギー科部長が事例の流れを報告。
「2001年1月1日に起こったある種の事件についてご報告したい。患者さんは亡くなって、2007年12月13日に東京高裁判決が出ており、病院側が負けている事例だ。判決上で争点となっていることを判決文から引く。
・穿刺部位より約3cm頭側で静脈を損傷し、カテーテルが静脈外に留置されている可能性が高い。
・鼠径部に挿入されたカテーテルの先端が、動脈血管を損傷した蓋然性が高い
・前記動脈血管等の損傷による後腹膜の出血が、出血性ショックの原因であった
・(メモ漏れ)血液凝固異常は、血液吸着の施行にあたって抗凝固剤の使用が不適切であったため?(メモ漏れ)
・死亡原因に・・・テオフィリン中毒がこれに影響を与えたことを認めるに足りる的確な証拠はないと、いうあたりが判決の判断になっている。
午前4時30分に悪心嘔吐で救急外来に歩いて受診。当直医がたまたま患者さんが入院していた時に知っていたため、思い付きでテオフィリン濃度を測定し、中毒に気づいた。他の医師であれば、おそらくノロウイルスやロタウイルスの消化器感染症と考え、補液などだけして帰宅させたと思う。判決文のように誤った穿刺が死亡原因であるなら、テオフィリン中毒の診断をつけずに帰宅させていれば死亡しなかったことになる。さて、いかがなものか。
この患者さんは3歳のころから当院を受診されていて2000年にも3回入院している。テオフィリンの治療濃度はガイドラインなどによると、5?15μg/mlで、直前の入院中に測った時は大体よい濃度だった。ところが、この日に測ってみたら突然103.5。その後、検査室にストックしてあったものを調べたら12月11日以降は、ほぼ血中濃度がゼロ。12月4日まではきちんと内服していたけれど、それ以降、内服していなかったと思わざるを得ない。血中濃度が突然高くなったのは真相は分からないが、ある程度まとまった量を飲んだとしか考えられない。計算してみると、少なくとも45錠を一度に飲んだことになる。
(この時の処方量は1回6錠)
血中濃度が判明した後、午前8時ごろ私に電話があった。どうしたらよいかというので血液吸着を行うべきだ、腎臓内科に依頼しなさいと答えた。担当医はご丁寧につくばの中毒センターにも問い合わせて同じ回答を得ている。脱水治療のために点滴を開始した後、腎臓内科に依頼、9時20分には活性炭で胃洗浄を行った。その洗浄液には血液が見られたとカルテに記載がある。午後2時23分に吸着を開始。この間、ずいぶん時間が空いているじゃないかという意見もあるだろうと思うが、これは純粋にマンパワーの問題。1月1日という1年で最も人数の少ない日だったため、透析センターを動かすギリギリの人数しかいなかった。午前の透析が終わってからでないとできなかったということ。
血液吸着を始めるとカラム内で2回凝血した。最初は抗凝固剤としてフサンを使用した。2回目はヘパリンを用いた。最初にフサンを用いたのは、テオフィリンは胃酸の分泌を亢進させることが知られており、テオフィリン中毒の剖検例では大量の消化管出血を認めた例がある。しかも胃洗浄で血液混じりの回収液があった。このため最初から多い量のヘパリン投与は危険と考えたようだ。
血中濃度は62.88まで下がった。これは単に半減期で下がったのではなく吸着療法の効果と思う。できれば40位まで下げたいということで透析をしようと準備していた午後4時20分に全身痙攣を起こしてしまった。ここで挿管して人工呼吸器に乗せて、午後4時45分に鼠径部から問題のカテーテルを挿入した。この際、カテーテルが血管内に留置されているか確認するため注射器を引いたところ、血液の逆流は確認できたものの、その血液が注射器の中ですぐに固まった。すぐ直後に膀胱からも肉眼的血尿が認められるようになっており、先ほどの血液吸着の時と併せて同時に3カ所で凝固異常が起きている。カテーテルの挿入時には既に凝固異常があったと確信している。
鑑定の中には、吸着の過程で凝固を生じたことが全身の凝固異常の引き金になった、すなわち活性化された凝固因子が全身に流れ込んだのが原因というようなことも書かれていたものがあったが、それは理論上はありうるのかもしれないが、んな実例は見たことも聞いたこともない。
膀胱カテーテルから肉眼的血尿を生じ最後まで止まらない。痙攣によるミオグロビン血症だったのでないかとの意見もあるがCPKは563に過ぎない。ヘモグロビンの低下を考えると総出血量は少なくとも3リットル以上で、後腹膜内に溜まった分だけでは済まず膀胱からの失血も大きい。
この際にヘパリン5000単位を投与している。カテーテルから引いた血液がすぐ凝固したことから考えて、異常な凝固亢進が起きている。大きな凝血塊が肺動脈に詰まれば頓死してしまう。エコノミー症候群と同じだ。これを予防するためにヘパリンを投与した。これによって出血が止まらなくなるか、だが、肺血栓側塞栓症の治療では体重×80単位を静脈投与した後、1時間あたり体重×16単位を投与することになっている。この患者さんにあてはめると最初に4400単位と1時間あたり880単位なので、5000単位が非常に多い量とは言えない。
午後6時12分に、脳出血、肺塞栓症の有無を確認するため胸部・腹部CTを撮影。脳出血も肺塞栓もなかった代わりに後腹膜内に出血していることが分かった。入院時14あったヘモグロビン濃度も6.4まで下がった。このため輸血をオーダーするとともに、循環血液量を保つためアルブミン、ヘスパンダーの輸液を開始。その量およそ9リットル。
ここで判決の中で最大の問題になっていたカテーテルがどこに入っていたかにかかわってくるのだが、もし鼠径部のカテーテルが静脈外に出ていたのなら、輸液したものは全部後腹膜内に出てしまったことになり、剖検時に溜まっていた2リットルとは合わない。判決中では、上腕からも入れていたので、どちらからどれだけ入ったか分からないと言うが、上腕の針は20Gであり、カテーテルの14Gと比較すると、内腔断面積の比は1:4.5。入った液の量もこの比率になるはず。輸血まで含めると鼠径のカテーテルから9リットルは入っている。この一つだけ見てもカテーテルが血管外にあるはずがない。またCTで見ると穿刺部の3cm頭側に造影剤の出血が見えるのだが、これは造影剤の濃度から見て動脈由来だ。かなりの勢いで吹き出している。穿刺からCT撮影まで1時間20分。穿刺が原因でこれだけの勢いで出血していたら既に失血死しているはず。
では、後腹膜の出血はなぜ生じたのか。調べてみると、特発性後腹膜出血(SHR)というのがあり、外傷や明らかな血管破綻のない後腹膜への出血のこと。190例のSHRをまとめた報告によると、うち89例は何らかの抗凝固療法中であり、さらにそのうちの14例はこれが原因で死亡している。本例はテオフィリン濃度が高く、抗凝固療法中と同じ状態であったうえ全身の痙攣が激しく起きている。その痙攣が誘因で、後腹膜のあちこちで小さな血管の出血が生じ血小板凝集が抑制されていたために止血されず相当量の出血量に至ったと推定する。
この症例では輸血開始が午後8時35分と遅れているが、これは血液凝固異常のために血清が取れず、血液型を決められなかったため。今は血漿から決められるようになっているが当時の亀田総合病院では血清を用いて決定していた。さらにクロスマッチ時にフィブリンの凝固塊が形成され判定できなかった。そうこうしているうちにヘモグロビンが2.9まで下がったためクロスマッチなしに5分間で24単位輸血した。しかし午後8時40分、心停止した。
剖検の結果、肺鬱血が著明であり、死因は急性心不全、ポンプ機能不全が挙げられている。海外でもテオフィリン中毒の剖検例は多くないが、しかし何例かには鬱血の所見が挙げられている。テオフィリン中毒が死亡に結びつく機序としては
1)コントロール不能な不整脈、しかも、これを制御する薬がない
2)ポンプ機能不全の急性心不全
の二つが挙げられており、動物実験では、テオフィリンは心筋の壊死を誘発し動物は死んでいる。人間でも心筋梗塞を起こしたという例は報告されている。心筋細胞壊死の原因として、テオフィリンによる強力な細胞活性化 か 酸素不足が考えられる。
以上のような経過を踏まえて判決文に戻る。
・穿刺部位より約3cm頭側で静脈を損傷し、カテーテルが静脈外に留置されている可能性が高い。これに関しては否定する。
・鼠径部に挿入されたカテーテルの先端が、動脈血管を損傷した蓋然性が高いこれに関しても否定する。
・前記動脈血管等の損傷による後腹膜の出血が、出血性ショックの原因であった血管の損傷はなく、文章自体があり得ない。
・(メモ漏れ)血液凝固異常は、血液吸着の施行にあたって抗凝固剤の使用が不適切であったため?(メモ漏れ)判決文に矛盾があり、臨床的にも見たことがない
・死亡原因に・・・テオフィリン中毒がこれに影響を与えたことを認めるに足りる的確な証拠はない大変に疑問である。
最後に申し上げたい。元旦という最も条件の悪い時に担当医および協力した他科の医師たちは可能な限りの治療を行った。担当医は12月31日夕方から1月2日早朝まで寝ずに働いた。その瞬間瞬間の判断に大きなミスはないと思う。しかし救命できなかった。私にはテオフィリン中毒が死因としか思えない。次に同じ患者さんが来た時に私たちはどうすればよいのか。判決に矛盾が多すぎ、仮定の話の上に組み上げられた空論が多すぎる。今回のような事例はヒトで実験するわけにいかないのだから、世の中には分からないことがたくさんあることを認めていただかないと、療は成り立たない。さらに今回は異状死として警察へ通報したにもかかわらず警察はまったく反応しなかった。このために病院の中で病理解剖されることになった。うちの病理解剖では血管は傷ついていないという所見だったのに、判決中では全く無視された。これが司法解剖されていれば判決は違ったのでないかと残念だ」
中川
「質疑応答は後ほどまとめてするが、一点だけ司会者として質問したい。この患者さんにはベガも併せて処方されていたはず。それは出血傾向を助長する薬なので、テオロングだけでなくベガの影響もあるのでないか」
本島
「残念ながら、血液サンプルは他のものを測るのに使ってしまい、ベガに関して測っていないのでデータがない」
続いての演者は臨床薬理学の立場から石崎高志・帝京平成大教授。
「テオフィリンは1937年にドイツで抽出されたハーバルドラッグ。呼吸中枢の刺激、全身痙攣、不整脈がよく起きる、気管支の平滑筋を弛緩させる。ノルアドレナリンが増える。水・電解質の離脱を促進する。カルシウム濃度を上げる。胃酸分泌を増やし、吐血、消化管出血が見られる。
この症例では痙攣が起きているが、テオフィリンによる痙攣に対抗する抗痙攣薬はない。
有効血中濃度は5?15か20あたりだと好ましい作用を呼ぶことになっている。50あたりから痙攣が起きてくる。60から上は非常に危ない。
この症例の103というのは、普通の投与量ではなり得ない。このような急性中毒を起こす原因として一番多いのが自殺企図で、次が医師の処方間違い。
テオフィリンで果して中枢神経性の痙攣が起きるものかということで脳に入るかどうかだが、血中濃度と髄液中の濃度は良い相関にある」
続いて救急、血液吸着療法の専門の立場から織田成人・千葉大教授
「テオフィリンは非常によく活性炭に吸着される物質として教科書にも出ている。実際の事例は多くないが、急性中毒で血中濃度80以上、慢性で60以上は活性炭による吸着をすべしと書いてあるので、活性炭による吸着を行ったことは間違っていない。
最初は体外循環で行われている。blood accessが上腕動脈から脱血して上腕静脈へ戻している。これはよくやられている手法。
抗凝固剤として普通はヘパリンを用いる。ただし救急や急性血液浄化の場合、出血傾向の見られることも多く、こういう場合、半減期が短く強力で出血傾向を増悪させることがないのでフサンを用いることもある。ただしフサンは分子量が小さく活性炭によく吸着されるので抗凝固作用が失われてしまうこともある。いずれにせよ禁忌ではない。
凝固異常が全身痙攣の原因になったかだが、カラムの容量は110CC。2回の凝固で220cc分が失われたとしても献血の半分に過ぎない。私どもの血液浄化でも2回、3回固まることはあるけれど、それが全身異常につながったことはない。鑑定書の中に、凝固促進因子が全身に流れ出したとの節があったけれど、カラムは活性炭が入っていて、そんなものが戻る血と一緒に血管内に入ったら大変なので、血球成分より大きなものは通さないようフィルターがついている。まずありえないと考える。
カテーテル挿入時の合併症について考察する。大腿静脈へ挿入したカテーテルは、我々の使っているものと同じで直径が7?8ミリの3層構造になっているものだった。これの材質はポリウレタンで、室温では硬いけれど血管の中では軟らかくなって血管に沿って動く。まず血管を突き破ることはない。過去に一例もないかというと、心臓のそばに長期間留置されていたものが拍動に伴って動いて血管を破ったという例はあったが、挿入した直後に破った例はない。他には穿刺の際に針が傷つける可能性はある。それからガイドワイヤに被せてカテーテル用のトンネルをつくるダイレーターという器具があり、これは材質が硬いので、血管を傷つける可能性はある。出血部位をCT画面で測ってみると、穿刺部位から頭側に3cmだが表面から奥へ入っているので、実際には6cmの距離がある。6cmも針で刺すことはありえない。ダイレーターは届く。しかし、それで傷つけていれば、剖検時に血管損傷が分かる。以上からカテーテルが血管を突き破って、血管の外にあるというのはありえない」
続いて血液凝固の専門家として高見秀樹・弘前大教授
「弘前は凄い吹雪でやっと来たんだけれど、そうして来たわりに、結論は分からないということで申し訳ない。
今回の症例でとにかくビックリしたのは、採血した時に注射器の中で凝血したということ。こんな事例を経験したことがない。吸着療法を行った時には既に過凝固状態は起きていたと推測され、トロンビンあるいはトロンビン様物質の過剰存在を示唆している。吸着療法の際に血液凝固させてしまったのが凝固異常の原因であるというのは屁理屈でしかない。しかしまた、通常のDICとも違う。というのが極めて短時間に起きていることと血小板の数が最後までよく保たれていることがある。
以上つなぎ合わせると
テオフィリン中毒 → ??? → 過剰なTF(組織因子)の血管流入 → 外因系凝固の活性化 → トロンビンの過剰生成 → DIC類似の症状
という流れが書けそうである。
とはいうものの、私も30年血液凝固をやっているが、このような凝固異常の報告はない。原因も分からない。あくまでも私見として、非常に致死的な凝固異常であり、膀胱や後腹膜の出血は凝固の立場からすると納得できる」
続いて画像診断の専門家として高野英行・千葉県がんセンター画像診断部長
「判決でカテーテルが血管を傷つけたという推論をしているのは、そういう鑑定書があったからだが、その鑑定の唯一の根拠は、CTでカテーテルが血管の外にあるように見えるということだ。
そもそも、この患者さんは全身痙攣が起きていて息止めもできていないから画像がブレている。それから後述するように、アーチファクトもあるので、カテーテルが正確にどこにあるかなんてCT画像だけでは分かるはずがない。それなのに、こういう鑑定書を書く人がいるというのが信じられない。
まず亀田では、カテーテル留置直後に、きちんと入っているか確認するために単純X線を撮影している。この画像を見ただけでもきちんと入っているのが分かる。80分後にCT前のX線撮影を実施した時、カテーテルは動いていないのに腸管は左に大きく動いている。カテーテルの周囲で出血していればカテーテルも動く。だから出血部位はカテーテルの周囲ではないと推論できる。
さっきも言ったように、この患者さんは途中で動いちゃっている。こういう画像を見ても血管の位置が言えるはずがないし、カテーテルが血管の内にあるか外にあるかも言及できないと思う。臨床的に見れば内側にあると考えるのが普通だ。
それから4?8列のマルチスライス・ヘリカルCTは出始めのころは早く撮影するために画像を犠牲にしていて、その前の世代の1枚ずつ撮影するのと比べると風車上に外側へ膨らむというアーチファクトがあった。ちょうど亀田の機械がそれにあたる。で、それをコンピュータで補正しているのだけれど、補正がかかるのは臓器などの軟部組織についてだけであり、それよりも高い濃度の信号が出てくるものを映すと実際の位置より外側に見えてしまう。実例をお示しする。このように高信号のものは実際より長く見えたり、大きく見えたりする。斜めになっていれば、その分、外側にあるように見える。CTはコンピュータで画像を作っているものなのに、その作っているということを忘れちゃう。決してCT画像は、そのものをそのまま表したものではない。高濃度のものを見た時に、その位置を信じちゃいけない。
CTに映っている出血は濃度から見て、造影剤が動脈を流れているうちに外に出た。造影剤は上腕部から入れており、心臓内の造影剤濃度の方が動脈内より濃いことなど考慮し、この時点での後腹膜内の出血量を見ると、どんなに早くても出血が始まったのは10分前から20分前。カテーテルの挿入時からはだいぶ時間が経っている。
要するに、位置、時間とも、カテーテルによる出血とは言えない。
鑑定は根拠不明だ。アーチファクトで説明がつくということと、95年ごろからのCTでこのようなアーチファクトがよく見られたことを、果たして鑑定人が認識していたであろうか。
最後に付け加える。カテーテル挿入なしに救急患者の治療はできない。今回の判決が確定すると100%安全に挿入しなければいけないし、たとえ安全に挿入したとしてもそれを確実に記録に残さなければならない。今回の訴訟で負けた原因をあえて探すなら、留置後の撮影が単純X線だけだったからだ。全例造影CTを撮影するのか。CTも意外と危険であるということと併せて考える必要がある
と思う」
続いて救急の立場から須崎紳一郎・武蔵野赤十字病院救命救急センター部長
「今までの先生方の繰り返しは省く。自分が当直していたらどうするかという目でどう見ても、大きな病態はテオフィリン中毒としか見えない。その時の対応も、吸着を行うのは私もそうだと思うし同じことをする。他のことを考えようがない。
非常に異常な血液凝固異常と出血傾向があり、その説明がうまくいかない。我々が分からないだけなのか、なにがミッシングリングがあるのか。全体として見た時に、申し訳ないがあまり問題を指摘することができない。
結果が死亡という不幸なことだから医療事故には違いないだろうが、事故と過誤とは似て非なるもの。医学的に議論するとしたらテオフィリン中毒に関してしかないと思う。医療的には、異常な出血傾向を見た時に、その後どのように対処するかとそんな話になる。103という血中濃度の患者さんを来た時には見かけ上元気だったから当初は一般病棟で見たのがどうかといったことだ。
裁判の争点に関して言うと、穿刺したカテーテルがどうしたかなんていうのは、ハッキリ言ってトンチンカン、筋違いも甚だしい。そんなことは医学的にカンファレンスしたとしても全然話題にならない。解剖されて、その病理医の見解を否定してしまうとはナンセンスだ。
この裁判では原告、被告とも細かいことばかり言い合っているけれど、木を見て森を見ないもので、全体像に対する洞察がない。トンチンカンだ。
1月1日の朝に来て、現場では必死にやった。救急にはベストはない。ベストというのは後付けのことでしかなく、ベターを探っていくというか、我々にできるのはワーストを避けることでしかない。私の立場ではそれしか言いようがない」
最後に喘息治療医の立場から鹿間裕介・昭和大学准教授
「現在は喘息のコントロールには吸入ステロイドを用いるのが一般的でテオフィリンの増量はしないので、最近は呼吸器科では中毒症例の報告がない。むしろ救急分野。よく見られるのが吐き気、消化管出血。あと前の先生方はあまり述べなかったけれど、酸塩基平衡異常もある。
血中濃度が髄液中濃度と平衡するのが30分後なのに対して、痙攣が起きるのは8時間ほど後。今回の症例によく合うのでないかと思う。
結論として、本症例は典型的な急性テオフィリン中毒であり、しかも極めて重篤な例であると考える」
休憩を挟んで質疑応答。この時点で既に予定の時刻を超過しており、中川所長が帰ったため、司会が上客准教授に交代。以後、敬称は省略させていただく。
上「会場からご意見を」
藤田保健衛生大・齋藤「本島先生にお訊したい。入院中に薬を飲んでいなかった?」
本島「後でわかった。亀田総合病院では入院中の血液検査の検体を2、3週間とってある。で、ひっぱりだしてきて、全部測った。そしたら12月14日以降の血中濃度はほとんどゼロだったとわかった。だから処方された薬を飲んでなかったんだろう、と」
齋藤「他に処方されていた薬は、ベガだけ?」
本島「他にもある。胃薬とか色々。吸入薬も。でも血小板凝集に影響を与えるのは、中川先生が指摘されたベガという薬だけ」
熊本回生会病院・川嵜「テオロングの内服量が45錠と推定されていたが、患者さんが12月28日に退院したときに何錠退院処方として患者さんに渡されたのかと、入院中にテオロングを飲まなかったのが推定何錠くらいになるのかを」
本島「退院処方は通常2週間だしている。2週間後に次の外来受診。入院中は、12月4日まではきちんと飲んでいて、その後は飲んでいないと推定されるので、2週間は飲んでないということになる。6錠×14日、だと90錠くらい飲んでいないことになある」
聖マリアンナ医科大学・駒瀬「14日間薬を飲んでいなかったのにかかわらず、喘息のコントロールが良くなって退院されたのか」
本島「非常に良い質問。我々が何故400mgから600mgに上げたのかというと、本当は400mgでやりたかったが、なかなかうまく実はいかなくて、ピークフローが、この方600いくら予測値があるにもかかわらず、400台だった。それでテオフィリンを400から600にあげた。それからオノンをベガに変えた、オノンの反応性が良くないなあと。それから吸入薬を、結構な量使った。しかし、結局あまり良くなくてピークフローが400のまま退院した。僕らももう少し良くなるはずだと思っていたが、年末ということもあり、完全に良い状態ではなくて帰した。ただ悪くはなかった。今考えると、実はあまり良くなかった原因の一つは、きちんと処方された薬を飲んでくれていなかったのではないかと。テオフィリンをきちんと飲んでいてくれたら、ピークフローは400ではなくて、おそらく550くらいいっていたのではないのかと。そのへん、僕らも何でかなと思いつつも、すごく悪くないから帰したというところがある」
東京日立病院・神田橋「入院中はどういう体制でみていたのか」
本島「ICU管理ではない。当時はICU専任医がいなかった。入院を入れた人間が基本的に見る。救急車で受け入れた患者さんは救急部が見る。ただその人は救急で来たが救急車ではないので、救急外来でみた医者、もしくは呼吸器の医者がたまたまお腹の病気をみた場合なんかには消化器のオンコールの先生を呼ぶことになっていた」
神田橋「入院されてから、急にどんどん出血傾向がひどくなっていると思うのだが、患者さんがそこで新しく何か薬を飲まれたというようなことは可能性ないか」
本島「それは無いと思うが、病棟では見ているので、24時間ではないかもしれないが。外来でのテオフィリンの採血結果のときの採血は外来受診してすぐ」
神田橋「それはその時点で飲んでいた量は間違いない」
本島「もう一つわかってないのは、あれがピークだったかどうかがわからない。透析までの時間があるので、ピークが入院直後なのか、それ以後にきているのかがわからない、本当は透析前にもう少しあがっていたのかもしれない。そこは確認していない。でも来た時点で100を超えていて、十分に死亡領域だった」
神田橋「CV(中心静脈カテーテル)いれた後で中の血液は引けた? 回した(=透析を行った)?」
本島「その後HD(人工透析)は回していない。全身状態が悪化して血圧も下がって不安定になっているので、あの状態ではHD回せないだろうということで、回していない」
西村こどもクリニック・西村「最初にいらっしゃったとき、歩いて来られた。そうすると、普通だったら中毒と考えるより、最初先生が言われたとおり胃腸炎と診断して胃腸薬を処方して帰すくらいだと思う。せっかくいろいろやったのにということと、僕は女子医大にいたので、テオフィリン中毒で痙攣が止まりづらいのも経験がある。そういうことから考えると、なぜこんな判決になるのか」
上「今日は折角法曹界の方も来られている。中村先生、いかがですか」
法政大学・中村教授「医学の論理、司法の論理という話というよりも、今日のようなオープンカンファレンスを裁判官の前でやったら判決が変わったんじゃないかと思う。つまり、一番の問題点は鑑定のありかた、手続きの問題があったのではないか。このケースは千葉地裁で、複数の鑑定人に依頼してということでやっているが、このケースは、今日は色々な専門家が集まっていらっしゃるが、このケースでは一つの病院の三人に鑑定を依頼しているというやりかたをとっていて、一つの病院で三人というのは良くわからないが、色々な立場からの議論がそもそもなかった。そして裁判の争点になったのが、死という結果の、何か原因探しをしていくなかで、見あたるものはカテーテルによる血管損傷という争点しか見つからなかった。逆にいうと、テオフィリンの中毒の専門家が鑑定の中にいなかったとおっしゃったが、テオフィリン中毒によって何が起こりえるのか、血液凝固とか出血傾向とか、そういった部分に対して指摘がなかった。判決にもほとんどとられていない、文献にないと簡単に書かれているだけで、結局何がおこるのか、裁判というのは結果から原因探しをして、原因を探してから逆に結果を推定してしまうようなことをしがち。本島先生がその場その場の判断だと言われたが、裁判というのは現在からさかのぼって、規範的に見ていきがちで、これができたんじゃないか、と見てしまう。
逆に救急医療は限られた時間でやれることも限られているわけだから、司法でももう少し考えてもらう、わかってもらう必要がある。鑑定人が分からないと書きにくいのと同じように、裁判官も分からないとは書けないので、他に原因がなければ、明らかに見える原因だけ、このケースならば、カテーテルの血管損傷ではないかと。血管損傷を一方的な鑑定によるお題にして、先ほどの説明の外にあるか中かという、なかなか認識し難い判決になってしまっているというところがある。これから司法そのままの論理の問題もあるかと思うが、もうすこし鑑定のあり方みたいなところで、最近では東京地裁あたりでもカンファレンス方式で複数の鑑定の方がそれぞれ意見交換をする場をつくって、鑑定をするやりかたもだんだんひろがってきているので、ただ、テオフィリン中毒の様なそれぞれの専門家が意見をかわさないといけない、しかもそれでもわからないという現実を突きつけるというか、そういうところで議論を組み立てていく、そういうところに司法を巻き込んでいくとい体制が必要なように思う」
上「本日は司法系のメディアの方にも声をかけたが、実力不足か、認識不足か、たぶんここにお越しいただいていない。こういうことは1歩1歩進めていかないといけないのだが、現時点は、医療者の中でこういうことをやらしていただいたけれど、なかなかまだ司法にリーチしていない。今日せっかくメディアの方がこられているので、橋本さんコメントいただけますか?」
Sonet-m3com・橋本編集長「テオフィリン中毒がどうしようもないから予想どうりに本当に死んでしまったのか、そこもわからないから結局司法のほうでは、原因をほかに求めてしまった。じゃぁ、先ほどほかの先生がおっしゃったように、同じ患者さんが来たときに、本当にどうすればいいのか、これに対する答えはこの裁判では全然考慮されておらず、先ほど『木を見て森を見ず』という話があったが、結局、裁判をやっても分からない。同じ症例を見てもどうと、答えが出ないと、本当に色々示唆に伴う症例だったのかなという感想を持った。
それでもやっぱり、患者さんというのは、17歳のお子さんを突然死んでしまったことに対して、なんらかの形で、思いというものをぶつけたかったのかと、その結果が裁判になったのかと。その思いは裁判でも結局、たぶん遂げられなかったのかなと思う。結局、医療側にとっても、患者さんにとっても、あまり納得できなかったのだと思う」
高野・千葉県がんセンター画像診断部長
「結局、救急の医者はこれだけカンファレンスをやってもわからないような状態で実際にやっている。その中で結論も出ないようなことを一生懸命患者さんのためにやろうというしている事に対して、その結果が悪かったから、それに対して訴えますとしたら、結局防御的になるしかない、医者のほうとしては。こんなに、専門家をあつめて、それでもわからないというのを、やっとわかった。そういう状態のものを、救急の場で、それを解決しながら、理解しながら、治療するなんて、無理。
そういう無理だと思うような場面にあったら、将来的には『もうやらない』という医者が増えるのは当たり前。わからないけど、そこのところを一所懸命やってください、治療する努力をしてくださいと言わないといけない。
なにしろ、医療なんてわからないことだらけ。わからないから、毎日毎日新しい論文がでている。結局科学、医学というのは、今日の常識が明日の常識ではないかもしれないし、わからないことはがいっぱいあるから、続いている。そこのところをわかってもらわないといけない。それに、司法の方は後から見て、こういう風に見えるじゃないかと言って、しかも、それがあいまいででも、自分たちが決めないといけないから、白黒つけてしまう。あいまいなときは、基本的には無罪にしてもらわないと医療はやれない」
上「おっしゃる通り。実は今日こういうカンファレンスをしたのは、医療の真相究明をどうやっていくか関心を持っていて、現在厚生労働省から、医療事故調案というのがでていて、非常に議論をにぎわせている。今回はまさに最適なケースと思った。細かいところは結局ほとんどわからない。今回の鑑定人の先生も誠実に鑑定しているのだと思う。悪意があったと思わない。臨床医が鑑定した意見があのような意見で、素人の裁判官の方は、ああいう判決をだした。現在の医療事故調で検討されているのは、8条委員会、といまして、有識者の先生が何人かこられて、意見をいいながら最終的に決断を下していくもの。
神田橋先生の意見とか、すごいと思う。実は入院後のアクシデントも起こったかもしれないし、何が起こったかよくわからないし、様々意見が出て、結局まとまらなくて、おそらく状況証拠はテオフィリン中毒だろうということで収まると思う。こういう場を作って、猛烈に沢山の方で、自分が知っている一番いいと思う方が、多くはここにおられて、これだけの知恵をしぼっていくと、当初の予想と全く違う意見がでていると。私がともに考えたかったのは、誰かいいとか悪いとかという議論をしていない。熟議の民主主義というが、みんなが自分の思ったことをいって、だんだんコンセンサスを得られてきて。結局わからないことがあると。
ところが、いまちょうどやられている、誰かに判断を仰ぐって、鑑定人が8条委員会に代わるだけ。有力な有名な先生が、例えばCTならある世代がすぽっと抜けているような話が入ってしまえば、こういう問題はまた起こると思う。わたし、どっちも正しいと思っている。鑑定人の意見も正しいし、我々の意見もある意味正しい。多様な意見が多様に反映されるような仕組みを作らないと、だれかの意見で決めるような、鑑定人の意見や8条委員会の意見で医療事故を鑑定する仕組みは私は非常に危険だと思っている。こういう仕組みをあえて実験としてぜひやらせていただきたいと、思った。
一番最初にいろんな先生のご意見を伺ったのは、プレゼンテーターと現場のお医者さんたちは、かなり視点が違う、その一つ一つが、ものずごく重要なポイントをついていた。たとえば、どうして普通に正月にきた人に、いきなりテオフィリン濃度をはかったのか、ものすごいバックグラウンドがあったと思う。普通絶対わからないと思うから。たぶんいろんな側面がこういう話をして出てきていると思う。そういう点に関して、医療者もメディアも建設的に作っていかないといけない。こういう医療の真相をどうやって明らかにしていくか、あるいは、一般の方に何がわからないのか、何はわかっているのか、医療というものは全く不確定で、航空機事故調とは全く違うということを、どうやって言っていくか、その中で、現場はどんどん治療しないといけないことを、いかにして社会に訴えていくか興味がある。ぜひ、そういう点に関して、会場からご意見いただけますか」
東大医科研・田中「僕が一番注目している点は、なぜ大量に飲んだのか。ずっと入院されていて、医療者や医師や看護師や薬剤師がいろんな方が指導したなか飲まずに、退院した後に薬を大量に飲むということが起こった。それに気付かなかったのは、そういう精神的な面についてコンサルトしたりとか、そういう精神的な面に及ばなかったのか、というのが日常の臨床の限界なのかということについて、家族も含めて、17歳という年齢ということも含めて、議論がなかったのかということについて知りたい」
本島「昨日実は中川先生と夜中に和歌山から来ていただいて1時間ほど話した。中川先生の一番の疑問はそこだった。なぜこの子はテオフィリンを45錠も飲まなければならなかったのか。これに関しては実は裁判のところでは全然ディスカッションもなにもされていない。言い出すといろいろなことを言わなければならなくなって、中傷的なことも言わなければならない」
田中「長い間入院している中に、誰かが高校生の方のそういうところに気づき、それとリンクして、症状が良くなってこないこと、薬の量を400から600に上げても症状が良くならないところに誰かが注目できなかったのかと思いう。もちろん限界はあると思うが」
本島「それは本当にそう思う。実際は何となく感じていたけれども、例えば精神科にコンサルトするとか、そこまではやってなかった」
上先生「この議論は非常に重要だと思う。今やっている議論は、医療紛争の起こった後のサブサブシステムについて議論していて、本当は紛争になるまでの話とか、そういうところをもっとしないといけないと思っている。彼は患者学というのを一生懸命やっているもんで、そういう、患者さんといかにやっていくかというのは、別のところで議論する必要がある。今日はちょっと違うが、非常に重要な視点だと思う」
駒瀬「私はアレルギーと呼吸器が専門で、この症例はすごく注目をしていた。今日初めてここにきて、何が起こっているか分かった。いろんなところでいろんなニュースを見ていても、血管損傷とか入れたのが悪かったんだろうとか、テオフィリンの血中濃度が高いのは特異体質だったんじゃないかとか、いろんな情報が錯綜していて、何が起こっているのかさっぱりわからない。今日初めて、こういう経緯だったのかと納得して、全体の症例が見渡せた。そういう情報がきちんと伝わってこない。非常に断片的な情報しか伝わってこず、医療者でもわからないのに、一般の人に理解できるわけがない。やはりその辺も大きな問題があるということを感じた」
久我山病院・峰村「実際に裁判になった後、ごく一部の鑑定人で意見が決められてしまうという問題がある。事故調とかも作っているけれど、現実的にはすぐにはできないという状況。例えば係争中の事件であっても、学会でこのような機会を設けて、議論をするというのも一つの手なのではないかなと思う。それと、法政大学の中村先生にお聞きしたいが、今回の事件を見ると、鑑定人の選び方にしても、原告側が血内と腎内と放射線科の医者を希望していて、亀田側は千葉県内の6大学のうち3つの病院から選択して、しかも、血液学、薬学、腎内、病理、さらに一番基本の救急医学の専門家を依頼するということをしていたが、結局選定されたのは1大学の血内、腎内、放射線科の3人だけだったということがあって、しかも鑑定は書面によりされただけで、証人尋問がされていない。反論の余地はなかったと。これを称して千葉地裁では複数鑑定といって、複数といっても、1大学しかいない。で、そういうものを、複数鑑定といって千葉地裁は医療訴訟については先進的であると言っているわけだけれども、こういう現状を、法曹の側から変えていこうという認識はないのか。もうひとつ、実際問題として、今これ上告中だが、上告は普通は事実関係については高裁で決定されたものはもう、普通は覆されないということになっているはずで、よっぽどのことがないと上告は簡単に棄却されると思っている。何とかして最高裁で受理してもらうというか、高裁に差し戻してもらうという方法はあるものなのか」
中村「私が答えるのが適当かどうかは疑問だが、複数鑑定については、たしかに千葉地裁は、3人のそれぞれ別々の病院の鑑定の方にお願いするのを本来の複数検定と呼んでいる。このケースは千葉の中でも特殊の、一つの病院の中の異なる専門の領域の3人の方にお願いしている、それをもって複数鑑定といっていると。なぜそうなったのか、よくわからない。たぶんテオフィリン中毒で、いろんな異なった専門分野の方々が関わらないと、わからないという、そういう特徴があるというところで、必ずしも複数といった場合はそういうことが分かる方々のセットを何セットか用意しないと、本来の意味での複数にはならないのではないかということはおそらくあると思う。で、そういうことについては、議論はしているのだろうが、限界があって、カンファレンス方式で意見交換ということもされているが、なかなかまだごく一部の裁判所で行われているにすぎないということがある。鑑定のやり方は逆に医療の方から問題提起していただいた方がいいように思う。
上告が受理されるということについては、ご指摘の通り事実認定を単純に争っても上告理由にならない。あくまで経験則の違反という、法令に違反するようなものがないと、なかなか認められにくいというのが事実。むしろ最近は最高裁で原審破棄されているのが、逆のタイプ、つまり原審で責任が否定されて、最高裁が責任があるだろうという形で破棄している例がところどころ出てきている。
今回の場合、1審2審で責任が認められて、経験則に反するではないか、ということを言わないといけない。臨床現場で、どういうことが起こるか分からないということを全体の中で考慮されていない。カテーテルの血管損傷というような、全体像が全く見えていないということを、先ほどおっしゃっていたが、そういう、本来の意味でおかしいところを指摘してというような展開が可能なのかそういうことが上告審で扱われている。ただ、救急医療というその問題提起を最高裁は、事実認定を単純に判断するだけのところという基本的なスタンスがあるので、世論にほとんど惑わされないということを昔最高裁の判事が言ったというようなこともあったけれど、最近はそうでもないかもしれない。これについてのやはり、法についての解釈というのが、裁判所の役割とか司法の役割とか、三権分立の中ではそういう建前自体も、それはそれとして残っている。そういった個別の判断の中で、特にこういうよく分らないということを、どうとらえていったらいいのかということについて、司法の場でもう一度問い直さないといけない」
耳鼻咽喉科医会・清水「患者さんが一人亡くなったら、原告側と被告側が証人を出し合ってというこんなことをいちいちやっていたら、医療はやっていけない。トラブルのときは一人一人の意見も違うので、それをいちいちああだこうだとやっていたら、医療はやっていけない。医者の中で、今度こういう患者さんが来たらこういうことがあるから気をつけましょうというようにやっていくのはいいけれども、いちいち大々的にこういうふうにやっていくのは、医療はなりたたない」
上「実はこの企画は医学のディスカッションをやりたい、と思ってやった。ADRとか色々あるが、医学の真相というのはどうやったらいいのか、ということでやった。医学の真相究明の方法は今のように鑑定医だったり、医療事故調査委員会のようにいわゆる8条委員会のような、偉い先生をあつめて2週に1回議論するようなやりかたが検討されている。この例でわかったのは、膨大な専門の先生が時間をかけて議論してやっと理解にいたるということだと思う。
手続き論として8条委員会をつくるのは可能だが、必要なのは数多くの先生が時間をかけて議論をする、学会に頼むとか色々な方法があるが、まず思いついたところから自分たちで始めればよい、そういう提案でやった。医学の議論でも、これだけの専門家が集まってもわからないことがこれだけある、それが非常によくわかった。で、学会がやれ、という意見に対して言うと、学会は理事会が決めるので動きにくい。それから特定の領域の人の発言力が妙に大きかったりするので、様々な分野の専門家が集まりにくい。別のネットワークでないと出来ないなあと思う。これが私たちの描いている真相究明機関というかシステムの一例」
西村「病理解剖の先生が見て血管損傷なかった。それが血管損傷したと認定されている状況は何なのか。新聞だけみると、テオフィリン中毒があって、血管損傷もあったのかなと思っていた。そうじゃないとしたら、事実誤認以外の何者でもない。理不尽だ」
本島「病理の診断書は裁判所に提出し、病理医も裁判所で説明した。肉眼的に損傷は全くない。僕も剖検に立ち会ったが血管損傷はなかった。それを裁判所はとりあげてくれなかった。僕が思うには、司法解剖がされていたら、必ず取り上げられていると思う。司法解剖の診断書なら無視することはない。民間病院だから馬鹿にされたとしか思えない。病理の先生は警察に電話して法医解剖が適切だと訴えたが、動いてくれなかった」
上「裁判は、弁護士や裁判官の議論ゲームのような部分があるから、純粋に医学的な議論だけではない部分がある」
本島「でも司法解剖されていたら、判決は違っていたと思って、納得できない」
高野「千葉県は犯罪関連死で検事が動かないと司法解剖にならない。承諾解剖は病理医が行うので今回と同じだが、できれば違った病院だったら良かったのだろう。一県一医大のところもあるわけで、いわゆる現在の異状死(原因不明、医療関連死)に対する司法解剖の裏付けがなくて、剖検率も低くて、そのしわ寄せでお互い嫌な思いをしている」
埼玉筑波病院・籏野「今回は、亀田総合病院というすぐれた病院の例で、証拠もあり、誰が聞いても医者は腹が立つ。しかし日本の現状を考えると、先ほどマスメディアの方が『家族の気持ちを考えると問題じゃないか、どうでしょう』とおっしゃったことに対する医師の答え方を見ると、医師だから自分の立場を守るというか、萎縮医療になっていかん、医者はやれないということが強調されたお返事の仕方の中に、医者が隠そうとしているのではないか、守ろうとしているのではないか、という不安が感じられるのではないか、患者が医者より弱い立場で訊きたいことを訊けないということもあるわけで、患者が納得いかないことを納得させるような、受ける体制があることが大切。一般の検査も証拠保全もできないところで亡くなった場合にどうしたらいいんだろう、このほうが数は多い、大多数の病院が人手もなく体制も不十分な中でやっている。それらをどうすれば良いのか。ドクターも守り患者も納得がいく体制というのは非常に難しいと思う。どうしたら良いのか、非常にわだかまりがある」
高野「亀田総合病院はベストの事をやったのに訴えられ負ける、カテーテルを入れたらちゃんと写真を撮っている。普通の病院で色々やるべきところをやっていなかったら仕方がないかもしれないし、低いレベルのところでこの判決なら萎縮医療とかそこまでは言わない。当時できることをすべてやっても、司法では認めてもらえない、となると萎縮医療になるしかないと思う。今日いらしている皆さんに伺いたい。亀田以上のレベルの医療でこの患者さんを助けられたと思う? 思わないはず。ここまでのことを言える段階まで持って行ってもなお負ける。であれば、ほとんどの80~90%の病院は治療するな、ということと同じ。曖昧な情報しかなければ萎縮医療になるとは言わない。ここまでベストのことをやっても、訴えられたら負けるのか、という疲労感があるということ」
籏野「よくわかっている。今の制度、法律の制度、二審で決まったら法律上の手続きだけが問題で医学の肝心なところが話題にもならないという、法の制度に問題があることがわかって、びっくりもしたのだが、これでは勝ち目がない、法律の制度自体にも手をつけなければならないこともわかった。
先生のおっしゃることはよくわかるが、医者が患者に対応するときには、イギリス、ドイツでもあるように、上先生が既に提案してこられたように、病院の人と患者さんとがじっくり話す。これが大事。これだけ説明されたらそれで患者さんもわかりました、と理解されたと思う。それで納得できなかったら、次のステップは裁判で話し合う、それでダメなら、となると良いのだが、今はいきなり司法がからんでしまう。ここを変えないと、患者は文句も言えないと。しかし私は、患者の気持ちを医者が考える余裕があると良いと。医者が自分たちのプロフェッションをこれでもか、とおしつけてくると患者さんも納得がいかないのではないかと。医療者も国民の納得が得られるように十分注意深く対応していかないとならないなと思う」
上「おっしゃる通りですね」
別府市の中村医師
「私はネットでみて来た。来た理由は亀田総合病院の症例であることが一つあった。今日聴いてわかった事実がたくさんあり、カテーテルの問題。これがそのまま通ってしまったら、先ほど小児科の先生が言われたように大変なことだと思う。裁判では原告被告の弁護士も裁判官も医療のことは全くわかっていないので、係争中の原告・被告、裁判官にこのようなカンファに来てもらうとよい」
JR東京総合病院・小林「昨日病院評価機構のバージョン5がやっと終わった。私も委員として苦労した。膨大な説明書と同意書をとることになっている。今回の症例でCV入れるときにも同意書を取っているはず。今回、CTの説明通り血管に入っていると思うが、万が一、百歩譲ってCVが出血の原因だったとして、その同意書が裁判で全く役に立たない。機能評価であれだけの労力をかけさせるのなら、司法とネゴをして、同意書が免責の要件になるようにしてもらわないと、膨大な説明と同意書を整える意味がない」
上「機能評価は厚生労働省内の議論なので、法務省は関係ない」
神田橋「最後に、同じ症例がもう一度来たらどうするか。FFP入れながらどこかに運ぶのか。亀田さんは三次だから違うかもしれないが、ウチのような二次病院に来たら、ヘパリン投与しながら三次救急の病院に転送するしかなさそう。具体的にはどうするのが一番良いか」
本島「これは我々も、凝固異常が何で起きているのかわからず、ご家族にも説明のしようがなかった。もし今度同じような方が来られたら、これまでの症例報告をみても、それだけの血中濃度だったら100%の方が亡くなっているので助かったらラッキーと思って下さい、と同意書を取ってから治療開始するしかない」
神田橋「いや、救うにはどうすればいいか、なのだが」
本島「FFPは入れても良かったかも、とか、輸血も早く始めれば良かったかもというのはある。ただし、輸血はO型をクロスマッチなして開始するということは検討されるが、O型MAPに含まれる血漿成分から何か別の事故が起こるかもしれないので議論が必要だと思う。吸着は行うしかない。凝固亢進があるとヘパリンは少量からでも使わざるを得ない。そうすると細部は違っても、同じような治療となると思う」
神田橋「結局は同じ治療方法。我々のような専門外の内科医だと、ヘンな徴候がでてきたら、どこか他の病院に送るしかないということになる」
石崎「臨床薬理学的には、テオフィリン中毒単独では、過凝固の報告はないので、わからない。レビューでは、アメリカでは、テオフィリン中毒では最初に胃の中に活性炭を飲ませて腸管からテオフィリンを吸着させます。カラムも活性炭のカラムを使う。普通の透析じゃ抜けない、かえって体の組織からテオフィリンが血中に出てきて血中濃度があがってしまう。又、成書にあるが血小板減少に注意が必要。もう一つは、痙攣に対して、フェノバルビタール、フェニトインは効いたという証拠がない。ジアゼパム、ロラゼパムは有効ではない。唯一バルプロ酸は皆さん使われていない。将来検討してみると良いのではないかと思っている」
上「これが我々の抱いている医療事故の医学的な真相究明。この議論の中に、亀田総合病院の何々先生の重過失と判断するとか、訴えるとか、そういう議論をしている人は誰もいない。バルプロ酸を使うのはどうかという、専門家からの再発予防策の提案もなされた。これからの医療安全のため、再発防止策を考えるための医学的な真相究明では、法的な判断とか、過失を問うとか罰則を科すとかいう観点をどけないと、議論ができない。医学的な真相究明をするには、このような専門家が多数集まる議論をどんどんすることだという提案として、このような会をさせていただいた」
駆け足だったが、どのような感想を抱かれただろうか。全国で救急医療の崩壊が起きている背景に、こんなトンデモない訴訟があったこと、それなのに今までほとんど国民に知らされていなかったこと、何より多くの人が被害を被っていること。「タライ回し」と言って騒ぐ前に、もっと怒るべきものがある。
この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(<a href=”http://lohasmedical.jp”>http://lohasmedical.jp</a>)にも掲載されています。
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