MRIC vol 4 「医療/ 公衆衛生×メディア×コミュニケーション」
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第6回 舞台はインドへ2 糸とマッチと新聞?
林 英恵
前回は、ヘルスコミュニケーションの時代の変遷及び、HIV/AIDS分野に関してヘルスコミュニケーションを積極的に取り入れているUNICEFインド事務所の話を書きました。今回は、その続きです。インドのHIV/AIDSの状況、メディアや教育に関するターゲットとなる人たちのバックグラウンド、そのような中でどのようにヘルスコミュニケーションが展開されているのかについてお話させて頂きます。 【2006年時点でのインドのHIV状況】 まず、自分がインドに滞在していた2006年時点で発表された資料から、同国のHIV感染の状況を共有したいと思います。インド国家エイズ管理機構(National AIDS Control Organization-通称NACO)の推計によると、1990年時点で20万人程度であった同国のHIV感染者数は、1990年代後半から急増し始め、2000年には390万人となりました。2004年(当時最新データ)の感染者数は513.4万人。これは、530万人の感染者数を持つ南アフリカ共和国についで、世界で2番目に高い数字となっています(当時)。年間10~50万人のペースで感染者が増加している状況でした。また、AIDSにかかっている人も増加傾向にあり、同国累計11万1608人(2005年7月末)の報告となっていました(※1)。 全人口約10億人に対し、500万人の感染者とすると、感染率は約1%です。感染率が約20%である南アフリカに比べればその率が低いのですが、人口の多さから感染の増加が懸念されていました。アジア全体の陽性者数の3分の2を占めているといった結果もUNAIDSから報告されています(※2)。 同国の主なHIV感染源は性交渉だと言われています。実際、UNICEFの発表によると、新規感染者のうち、半分以上が15~24歳の層に集中しています(※3)。 【ユニセフの関わりと予防啓発活動におけるハードル】 1995年に、ユニセフはインドでHIV/AIDSに関する活動を始めました。当時は、文化的背景から、性について、またHIV/AIDSについて口にすることも難しかったそうです。UNICEFは、教育省とNACOとともに、急務として予防プログラムを推し進めました。 インドにも、もちろんテレビやラジオ、新聞、インターネット等の媒体はあります。そして、学校もあります。しかし、中学校に通うべき年齢の子どもの4分の3は学校に通っていません。また、貧困により、一部の人たちを除いて、上であげたメディアへのアクセスは限られています。例えば、自分が調査で訪れた農村では、映像と音を見せたい場合には、電気が通っていないので、村の集会所で発電機で映画のように電気をおこします。また、例えメディアがあったとしても、2001年発表での識字率は64.8%(※4) 。3分の1の人は文字の読み書きができません。さらに、ヒンディー語と英語がよく使われるのですが、実際100を超える言語が存在するということで、地方に行くとヒンディー語や英語が通じないことが よくあります。 学校に行っていない子どもたちは読み書きができないケースが多いので、こういった場合、口頭でのコミュニケーションか、もしくは絵や写真などのビジュアルを使っての理解に限られます。読み書きのできない状況がどういう弊害をもたらすのか、現場に行ってみて初めて現実に直面したのですが、「書きとめることができない、もしくは読んで理解することができない」ということは、記憶した情報を消化できる量に影響を与えるのかもしれません。「伝えた内容を覚える(量・質ともに)」ということに対して、読み書きのできる人よりも配慮が必要だと言うことを感じました。 状況は以上のような感じです。 こう書き連ねると、この国でのヘルスコミュニケーション活動が、日本やアメリカと比べて、いかに「一筋縄ではいかない」条件のもとで行われる必要があるかということがわかります。この国でいったいどんな活動が繰り広げられているのだろう??と思ったのが私の第一印象です。当時は、まるで、ヘルスコミュニケーションを展開するにあたって条件が一番厳しい国に来てしまったようにも思いました。 しかし、活動していくうちに、「難しい」と思っていたのは先進国からの視点しか持たない自分の見地だったことに気づきます。ここには、MRIC記事第2回(9月20日号http://mric.tanaka.md/2007/09/)でお話した教育工学の原点(メディア=テクノロジーではない・そして追記で新たにお話させて頂く項目・・・ファシリテーターとキーになるインフルーエンサーの存在を活かすこと)の宝庫だったのです。 滞在中、主に自分が担当したのは、予防のためのTVコマーシャル作りと、教材研究でした。MRICでは後者の教材研究に焦点をあてて話を進めていきます。 【ユニセフインドでのヘルスコミュニケーション】 ユニセフインド事務所では、いくつかある行動変容のモデル(BehaviorChange Theory)の中の一つのモデルであるStages of Changeモデルを使用して行動変容のキャンペーンとして教育活動を行っています。簡単に言うとこのモデルは、人の行動が変わっていく流れを5段階に定義しています(無関心の状態→関心を持って熟慮→行動に移すための準備開始→行動中→保持)(※5)。このモデルに従って、同事務所では各州の地域事務所や地元NPOと連携を取りながら教材を開発・使用していました。 勤務初日にユニセフキットと呼ばれる教材一式が入ったバッグを渡されました。中に入っていたのは、使用する地域の言語で書かれたテキストブック一式(教員・ファシリテーター用)、紙芝居、性器の模型(コンドームの着用方法を実際に披露するため)、男性・女性用コンドーム、カルタのようなカード、そして、3色の糸と、マッチ箱と新聞紙でした。 「これ、何に使うのですか?」と職員に尋ねると、「フィールドに連れて行くから見てごらん」とのこと。 次回は、この3つの「メディア」の使い方と、インドが教えてくれたことについて話します。 ※1日経BPオンライン2006年9月25日 ※2 UNAIDS資料 抜粋 ※3 信濃毎日新聞掲載資料(日本ユニセフ協会HPより) http://www.unicef.or.jp/children/children_now/india/sek_id15.html ※4 外務省HPより http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/india/data.html ※5 Theory at a Glance-A Guide For Health Promotion Practice- U.S. Department of Healthand Human Services ☆お知らせ☆ 前回お伝えさせて頂きました、「臨床+α」のセミナーは、おかげさまで定員を上回るご応募を頂きました。ご関心を持っていただきましてありがとうございます。今後もイベント等ございましたら、ご案内させて頂きます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。 HPはこちら→ http://medical.nikkeibp.co.jp/all/rinshoplus/ 林 英恵(はやし はなえ) 早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会社マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンにて、ジュニアストラテジックプランナーとして勤務。2008年より同社のサポートを得てハーバード大学公衆衛生大学院修士課程(ヘルスコミュニケーション専攻)進学。「臨床+α」広報・渉外担当。