臨時 vol 18 「 「輸血による悲劇を繰り返さないために (4)」」
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□■ 新興感染症・再興感染症の脅威 ■□
信州大学医学部附属病院 先端細胞治療センター
下平滋隆
感染症が蔓延した場合、それは地震などの天災被害同様、あるいはそれ以上に大きな災害をもたらします。病原の流行や特有の感染症の背景は、国々によって異なりますが、感染症への対策は、ワクチンや輸血血液の場合には病原体の不活化技術導入などプロアクティブな政策が重要です。 鳥インフルエンザウイルスが変異し、人から人に感染する新型インフルエンザ発生への懸念が強まっています。昨年秋には、日本政府は新型インフルエンザ対応総合訓練のシナリオを発表しました(新型インフルエンザ対策行動計画、平成19年10月改定)。1918年のスペイン風邪は世界で4000万人が死亡していますが、今、このような大流行が心配されており、最悪の場合、国民の4人に1人が感染、200万人が入院し、64万人が死亡すると政府は推定し、ライフラインの維持をどうするかが検討されています。 一方で最近、シンガポールではチクングニヤ熱(Chikungunya virus)の患者が発生しました。香港、台湾でも発生しています。いずれも旅行者ではなく住民が発症しています。韓国ではマラリア患者の発生が知られています。シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、べトナム、香港、台湾ではデング熱(dengue virus)とチクングニヤ熱が追加して配慮すべき病原になっており、韓国はマラリアが同様に配慮すべき対象に入っています。いずれの病原も蚊を媒介とする感染症です。 米国は地域にもよりますが、シャーガス病(アメリカトリパノソーマ症、昆虫を介した原虫Trypanosoma cruzi感染)、蚊を媒介としたウエストナイル熱(WestNile virus)、マラリア、デング熱、チクングニヤ熱などに汚染されています。欧州でもフランス、イタリアは既にチクングニヤ熱に汚染されています。感染症や輸血関係の学術集会でも大きく取り上げられている話題です。 国内でもウエストナイル熱(平成17年9月)およびチクングニヤ熱(平成19年1月)の患者が海外帰国者から確認され、厚生労働省から対応要領や休暇期間の海外渡航者に対する注意が払われています。ウエストナイルウイルスの感染者のうち発病するのは5%程度と言われているので、もしこの確率が正しければ日本では20人程度の健康保菌者がいても不思議はないことになります。 安全な輸血血液の供給に目を向けてみます。輸血を介して感染する病原が、日本で新たに見つかった場合、献血基準を強化して受血者の安全を考えてきました。日本の献血適格者規準では、感染リスク軽減のため、海外旅行者および海外生活者について帰国日(入国日)当日から4週以内の方は献血できません。マラリア、シャーガス病、トリパノソーマ症、バべシア症などの原虫症の流行地域への渡航、生活歴があると献血できません。変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)、いわゆるBSEの流行国である英国に1980年から96年期間で1日でも滞在した人が、献血できなくなったことは記憶に新しいところです。BSE以上にリスクのある新興・再興感染症の発生は血液供給への影響も懸念される訳です。 また、冒頭に示したように政府は、新型インフルエンザの最悪のケースが発生した場合、国民の4人に1人が感染すると推定されていますからそのような事態に陥った場合には、献血活動は瞬く間に窮状に陥ります。血小板製剤は、その有効期間が4日間ですから、献血が止まった瞬間から必要としている血小板減少症を呈する患者への血小板輸血は止まるという事態が発生するのです。流行が1週間続いただけでどのような事態が発生するかは誰でも想像できることです。 グローバルな社会においては、感染症は人災のひとつと言えるかも知れません。感染症へのプロアクティブな行動計画の策定は、輸血血液の供給を含め、全ての国民生活のライフライン上、国民的議論をしなければならないところまできています。