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臨時 vol 63 「日本の医療崩壊を防ぎ再構築するための緊急アピール」

医療ガバナンス学会 (2007年12月14日 14:22)


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医療法人医真会 理事長
森 功

 

●はじめに

最近の医療界は「低医療費政策、実質混合医療:保険対自費、公的保険対民間保険、医師・看護師の総量不足+配置不備=地方からの医療機関の消失現象、高額医療機器の無統制配置、開業医の自由標榜・開業の放置=無駄使いなど」地域医療を破壊する要因に満ち溢れている。特に勤務医はその将来に鋭く危機感を持ち、開業して収入確保-開業医:勤務医=2.5:1、事故責任からの開放=医療事故訴訟増加(主として勤務医対象)を希望する医師が増え、立ち去り型で退職する傾向がある。志望する診療科では理学療法、皮膚科、眼科、婦人科が増加し、産科、外科、救急診療科、循環器科等デューティが重い科は減少傾向にある。数年先には手術は待機時間が延び、救急診療は破綻、出産事故は増加、地方では心筋梗塞などでの死亡率は増加することになる。

そういう背景を理解しつつ、厚生労働省は国民への当座の医療事故対策として、「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性に関する第二次試案」を提示し、検討会を行っている。厚労省も小泉内閣の規定に従い、800兆を越す財政赤字を減らすためには「社会保障費の減少=2200億円×5年」を実施せざるを得ない状況下でとりあえずやっている振りだけでも、というレベルの施策をとりつつある。法学者を委員長とする検討会は「医師の法的責任の追及」が主体となり、今春からの検討会でも厚労省の認めた委員がただ思うところを述べただけで、医療基盤の欠陥、根本的な対応はなんら検討されなかった。それを行えば後述の基本法が制定され予算措置を必要とする事態となり、社会保障費減少にはそぐわなくなる。

平成19年10月17日「医療事故調査委員会設置に関する第二次試案」が公表された。

世界に類を見ない「医療への司法-刑事の介入の可能性を前提とした試案」であり、実現すれば前述の医療崩壊の実態は一層進むこととなる。

地域医療研究会としては、地域医療の破壊と医師ほか医療者と住民との信頼関係を失わせ、医療現場を荒廃させるこの企画を以下の通り分析し、その趣旨に反意を呈するとともに国民の医療に合致する施策を提案する。

試案は「医療は疾病に対する医療従事者と患者・家族との協同作業-闘い」と定義し「医師等の真摯な対応」を求めるとともに、なお「医療事故の発生」を認めざるを得ないと記すことから始まっている。協同作業を謳う上には、両者は信頼関係に無ければならないことを言外に意味している。その上で、患者にとっては「事故の真相究明」から「情報開示」、「謝罪・反省・補償」とともに「再発防止」に至る一連の妥当な対応を必要としている。

そのためにプロセスの基盤となる「真相究明」の方法-あり方を提案している。

しかし、この作業を完遂するには以下に述べるような一連の要因を立体的に整備しなければならない。背景には「医師と患者の信頼関係を失わずに事故解析と対応を行うには、医療事故がヒューマンエラーであっても組織事故として処されるべきであるという認識」がなければならない。その延長には「非難のサイクルへの誤入」、「恣意的犯罪行為は別として通常の医療事故の傷害事故への転化」などは決してしてはいけない認識が必須になる。現在の世論、警察関係者、医療職能団体、行政の対応にはそうした認識が欠けていると思われる。

その日本的課題を考えるに当って、最近のフランスでの「医療事故補償制度」を参考としてみる。多くの先行する文明国で実施されているADR(裁判外処理法 Alternative Dispute Resolution)を基本とした制度と主旨を共有している直近に開始された制度である。

この制度を保障する法律は2002年に制定され、直ちに実践されている。

同制度は3種類の機関で成り立っている。

①医療事故全国委員会:「鑑定」とそれに関連する体制の整備-鑑定士の任命他を主業務とし、法務・保健大臣直属機関

②全国医療事故補償局:公的機関で補償全般に対応

③医療事故補償調停地域委員会:各行政区域にあり、被害者が訴え、審査を受ける機関で、鑑定の要否も決める機関事故が無過失で補償相当=②で補償、医師の過失→責任医師・医療機関・保険者に意見書:医療・保険側が拒否すれば②が被害者に補償するとともに訴訟を代行

補償は「国の財源=税金」から支出され、2007年は8000万ユーロ=約90億円であった。

これらの機構を維持する費用も勿論税金から支出されるが、全て「法律」に基づいている。

フランスも含めて欧州、オセアニアではそれぞれの国の文化、歴史のもとで「組織的に対応」されているが共通しているのは「基本法に基づいている」ことである。

また、大切なことは、いずれの国々でも「医療事故のほとんどのケースは刑事訴追の対象とは考えていないという文化」を持っていることである。
●日本の医療危機に際して地域医療研究会として以下の通り緊急アピールする●

厚生労働省の「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性に関する第二次試案による医療事故対策」に対するアピール

1.診療関連事故の発生に関してその基盤の持つ基本的弱点を認識し是正する

1)医療提供体制の持つ欠陥
医療職の量と質の不備:医師・看護師の量的不足と教育・研修の不備
病院機能評価の不徹底と社会的無評価:病院の定義があいまい、医療の品質の評価を放棄
医師会の任意加入団体の放置:利益団体としての側面が強く、医業内容と医師の審査・審判が不可能
自由標榜の放置:低医療費政策下での開業医と勤務医の業務内容と報酬の格差の容認=アマチュア診療の放置-事故多発
診療記録の監査の欠如:患者との意思疎通のための開示 が不可能
個人情報保護法の不徹底→情報開示が未発達
医療の品質と安全管理の監査機構の欠如

2)診療関連事故への対応を可能とする「基本法の欠如」:これがなければ法的権限と義務、財政的な保証などが得られない。いずれの国でもこの整備を元に診療関連事故への対応を実践している。
医療職審判法:真相究明と鑑定、審判と再生
医師会法:強制加入医師会化から医師の職務規範の履行と監査
医療被害者救済法
患者の権利法

2.ADR:Alternative Dispute Resolution 裁判外処理の確立は国家の責任で行う。

試案では「民事裁判とADRは民間のADR機関に委ねる」とされている。

この方針が意味するのは、試案は上記の本旨を完遂させるものではなく、厚生労働省が「日本の医療事故の現状をとりあえず刑事とタイアップして形式的に処理する機関としての調査委員会を国民に提示するための施策」であることを示している。このような対応はリスク管理の世界ではCosmetic Complianceと評価され、むしろやらない方がその後の正しい取り組みの実現を早めるといわれている。前述のフランスも含め他の国々では、90%以上のケースを「法律下で整備された機構によるADRで処理」することにより、医療現場での信頼関係を維持し、簡潔に被害者を救済し、責任者に対処しているのである。安易に民間に委ねることは不可能である。試案の示す「死因究明のあり方に関する課題」へのアプローチが行政にとって必要な部分に特化されていて、結果として危険な内容を含んでいる。しかも調査委員会の設置は財政的制約もあり非現実的である。

今年前半に行われた第一次試案の検討段階でブレインストーム的に諸問題を出し切って、整理することがなされておらず検討が浅い総花的内容に終始したことが原因でもある。

平成19年前半に行われた検討会では、議論の対象が”届け出の義務化”、”刑事訴追の合法的導入”、”実施困難な病理・法医解剖の過重視、内容が不備になることが明らかな「鑑定」で究明の形式を整える”といったことに終始している。これはまさにこの試案にも示された形式的対応への誘導であったといわれても仕方が無い。例えば、解剖を重視しているが、病理医は大学でのアカデミック病理学が中心で臨床病理は、軽んじられた結果、「巷間での24時間体制での病理解剖」には対応し得ない。急遽保険給付対象として「病理診断医」の存在をアップしても意味は少ない。法医学者に至っては病理学的素養を持つ人は1/3以下といわれ、日常、臨床医療との関りもほとんどなく内因死の評価など不可能である。そもそも解剖室を持ち、技師などのスタッフを整備している病院は少ない。そういう現実の改善は現行の低医療費政策、医局講座制主体の大学という環境下では10年を費やしても確保しがたい。

3.「根本原因分析」を行うために「専属の医療職を始めとする組織が整備されねばならず医療機能評価機構の全面改革が必須」である。

現在のような単なる「情報受理と表面的統計処理」を行うレベルでは科学的な「根本原因分析」は不可能である。

少なくとも欧米のように「十分な財政的基盤をもち、量・質の整った人材によって運営される機関」が必須であり、法的基盤が整備されることが前提である。

4.医学的鑑定の充実が必須である。
真相究明は届け出られたケースの鑑定作業では「解剖を前提とする」ことは不要な場合も少なくないが、鑑定者はプロセス管理を検証しなければならず、それぞれの専門分野で「専門職として認定された人材」でなければならない。

提示される診療情報は客観的に証拠保全的に収集され、提示されるが、その作業は現状でも(裁判所の職員と弁護士が立会いで行い、”30万円”を要する)人と金のかかる作業である。膨大で、不特定の案件に対して財政的措置が必要である。

5.地域および病院の専属組織としての「監査機構」が不可欠でそのための財政的保障が必須である。

調査委員会を整備することが記されているが、臨時で兼任者による委員会では十二分に機能できないのは1999年以来の「安全管理委員会設置」と「深刻な医療事故の増加-少なくとも医療事故調査会の12年の実績では何ら改善はない-」はこういう措置が無効であることを示している。二次医療圏内に「地域医療監査機構」の整備することが実効を上げる措置でもある。

6.医療事故の警察への届け出は不要である。

他の条件を整備しないのに「医療事故の報告義務化と警察への届け出強化」を先行して実施すれば、「医師は萎縮・防衛医療に傾き、急性期医療はスイスチーズ状になる」ことは明らかである。

既に現在でも「救急医療現場は事故の起こりやすいケースは他の機関に転送する」という傾向がある。

●おわりに

医療事故は「患者も医師も他の医療者も”人間”であり、疾病もまた”個性豊か”であり常に起こる可能性」を秘めている。当然、”個人事故”ではなく、”組織事故”として認識され、”組織事故”は”組織で対応=専門の監査機構”とすることとなる。医療行為が本来”傷害行為”であることから、事故はAE:Adverse Event 有害事象:不可逆的障害あるいは死亡事故-となって患者に被害を与える。その際には、何よりも当事者に最も近い事故担当者=RMが客観的に評価し、とりあえずは”共感的謝罪と被害者の状態の改善努力”を行う。ついで事故内容の把握に努め、第一次評価と当事者の調査に入り、その情報を整備・分析し、経過のドキュメントを出来るだけタイミングを逸せずに被害者に報告する。こういう患者対応はMSWも含めた専任の担当者を決めて密着して行う。(mediation)必要に応じて外部委員会を設置する。医療機能評価機構への報告も時宜をたがえない。原因分析から防止策の作成は当然行う。これらのことを透明性を維持して行う限り、警察への届け出など何ら意味をなさない。残念ながら医療職能団体の取り組みも「自己保存」を前提として行われており、何ら有効なものは無い。他の文明国のように「国民の基本的人権、生存権、快適な生活保障」を維持しようとする英知=実は日本国憲法の主旨でもあるが、をわが国も「ADRを主体とする被害者救済・医療事故分析・審判」を根底から作り上げる時期にあるといって過言ではない。

著者ご略歴
昭和15年大阪府生まれ。大阪市立大学医学部卒業。
ケニアエンブ市立病院、アメリカ・ジョンスホプキンス大学(心臓病理学)勤務。帰国後、大阪府立病院、淀川キリスト教病院、八尾徳洲会総合病院院長を経て、1988年医真会八尾病院を開設。1995年民間団体、医療事故調査会の発足に従事し代表世話人となる。1995年に医療法人化とし医療法人医真会理事長に就任。そのほか、2000年国際医療協力機構を設立(NPO法人)理事長、京都大学大学院医学研究科・非常勤講師も務める。
著書に『診せてはいけない』(幻冬舎)他がある。

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