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臨時 vol 65 「院内医療事故調査委員会の問題点」

医療ガバナンス学会 (2009年3月25日 10:04)


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-自治体病院から-

新潟県立新発田病院 循環器内科
伊藤 英一


厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検
討会」が2007年に開始されてから多くの議論がなされ、収束する様子には見えな
い。この検討会の議論と平行して、個別の医療機関の院内医療事故調査委員会の
役割や位置付けが、各々でどのように考えられてきたのかは分からないが、前記
の検討会と関係して、厚生労働科学研究「院内事故調査委員会の運営指針の開発
に関する研究」が現在進行中と言われている。

いわゆる福島大野病院事件では、県の事故報告書が警察介入の端緒となったと
伝えられた。主治医はこの報告書に違和感を抱いたが、県に「患者様の補償のた
め」と説得されて押し切られたという判決後のインタビューを読むことができる。
自治体病院では、時に現場意識から大きく乖離した指示がいわゆる本部から出さ
れることがあると日頃から感じている。新潟県立病院の院内医療事故調査委員会
の状況を以下に紹介する。


●新潟県の院内医療事故調査

新潟県での医療事故対応の取り決め(以下、「要領」)は、調べた限りでは
1987年に遡ることができるが、当時の内容は不明である。2000年には、ほぼ現行
の「要領」が定められ、現在に至っている。なお、当時の状況としては1999年1
月の横浜市立大学病院で手術患者取り違え事件、2月の都立広尾病院事件、2000
年5月の「医療事故防止のための安全管理体制の確立について」(国立大学医学
部附属病院長会議常置委員会・医療事故防止方策の策定に関する作業部会中間報
告)公表、2000年8月には厚生省国立病院部「リスクマネージメントスタンダー
ドマニュアル委員会作成報告書」があった。

現行の要領では院内事故調査委員会での検証について以下のように記載されて
いる。

(1)委員会は、病院長の諮問を受け、発生した事故等について検証を行う。
(2)検証は、一連の医療行為が適切に行われたかについて個別具体的に問題点
を抽出しながら進め、最終的に次の2点の判断及びその根拠を示すことを目的と
する。

<1>当該事故が「医療事故」に該当するか否か。なお、ここでいう「医療事故」
とは、発生事故のうち次の要件をいずれも満たすものをいう。ア患者・家族等に
身体的障害又は精神的障害が発生していること。イ医療従事者等に過失があると
認められ、病院が損害賠償の責任を負うと考えられること。
<2>当該事故が「新潟県立病院医療事故公表基準」(平成12年11月27日策
定)(以下、「公表基準」という。)に該当するか否か (以下略)

この委員会の検証結果報告書に具体的に検証すべき項目が定められており、そ
れに関する注意書きが記載されている。以下に紹介する。
http://mric.tanaka.md/Ito.pdf

1 検証項目 (それぞれの項目について、判断の過程、結論とその理由を具体
的に記入すること。)

(1)医療的準則違反
医療的準則:a.当該医療行為における常識、基準、医療従事者として当然従う
べきこと。     b.院内のマニュアル等により周知され、遵守が求められて
いること 

(2)注意義務(一連の医療行為において、当該病院に要求される医療水準に適
合した注意義務が果たされていたか)
a.予見義務(一般的な発生頻度、行為者の経験等についても検証)b.回避義務
(結果の回避は可能であったか、そのための措置を講じたか)c.説明義務(医療
行為の目的、方法、リスク等について患者・家族等に十分な説明がされていたか)


(3)当該医療行為と結果との因果関係

(4)「相当の障害」(与えた障害の程度、治癒までの期間等から)

(5)同様の事故発生防止のために講ずべき対策等(既に実施した場合はその対
策の内容)

2 医療安全推進委員会の結論(該当するものに○印を付ける。)

(1)医療事故該当性  医療事故(有過失) / 病院に過失なし

(2)公表基準 公表基準に該当 / 公表基準に該当しない / 病院局に協
議する

病院局とは新潟県立病院の「本部」であり、県庁内にある。a.などの記載は見
出し事項の解説になっている。また、「医療安全推進委員会」とは、この文章で
言う医療事故調査委員会に相当する。なお、新潟県には規模も役割も様々な県立
病院が15あり、医療事故調査委員会は必要時に各々の病院で開かれることになっ
ている。

私は院内事故調査委員会の委員ではない。事故当事者は必要に応じて委員会へ
の出席を求められることがある。ある事案検討で若い医師が委員会に呼ばれ、オ
ブサーバーとして出席を求めて参加したのが、私にとって初めての出席の機会で
あった。そこでの議論は驚かされることが少なくなかった。当事者への質問は時
に査問のようであり、論点は焦点が定まらず、何に対して結論を出そうとしてい
るのか明らかでなく、会の目的が不明だった。途中、委員のみでの議論のために
退出を求められたが、検討結果は正式には当事者に伝えられることがなかった。

この機会の後に、この委員会の成立ちや位置付けを前記のものと確認した。医
療事故の検証としてはあまりに不適切ではないかと感じたが、数年来この形式で
行っていると聞かされて更に驚いた。私の違和感を周囲の人に伝えると、「言わ
れてみれば」という反応が最も多かった。

紹介したとおり、新潟県立病院の医療安全推進委員会検証結果報告書(以下、
報告書)では、当該事故での病院側の過失の有無とそれに関する損害賠償の責任
の有無を判断するものになっている。そもそも過失の有無という法的な意味を有
する判断を病院内の委員会が行うことは適切でない。報告書で過失の判断の前提
と位置付けられている医療的準則違反、注意義務(予見義務、回避義務、説明義
務)も医学的に判断できる事項ではなく、医療事故が訴訟になった際には、まさ
に争点となる事項である。

医療従事者が医療事故の検証を行う目的は、事故の原因を調べることにより再
発を防止し、医療の安全を図ることにあるはずである。その際には、一連の医療
行為の個々のプロセスを詳細に検証することによって原因を明らかにし、再発防
止の方策を検討しようとする。この作業において、個々の行為に対して価値判断
は行わない。原因追求と再発防止の活動には当事者の協力が不可欠だが、この活
動と当事者の責任追及は並存し得ない。

「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」で作成される報告書も同様
の問題を孕んでいたことが反省されている。平成20年7月の運営委員会で以下の
抜粋のようなマニュアル案が提示、了承された。”(モデル事業の目的は)その
根本原因を分析して再発防止への提言を行うことであり、また、医学専門家が透
明性と公正性をもって同僚評価を行うことであり、医療関係者の責任追及ではな
い。(中略)この医療評価は関係した医療従事者個人の責任追及や、因果関係に
関わる過失評価などの法的評価を行うものではない。(中略)この評価結果報告
書は医学的評価を目的としており、医療従事者の法的評価を目的とするものでは
ない。(以下略)”

モデル事業においても、評価報告に責任追及、過失評価、法的評価が紛れ込み
やすいことへの懸念が繰返し表明されている。医療事故の検証は医療従事者の責
任においてなされるべきであると考えるが、その目的は医療安全にある。過失の
有無は、最終的には裁判所にしか決定できない。院内的な責任追及がどうしても
必要であれば、それは院長のみが可能な筈である。医療安全のための調査検証と
過失の判断は全く異なったものであり、両者が並存し得ない。両者が混在してい
る現行の「要領」は改める必要がある。

委員会の議論が混乱する理由は、報告書が示している委員会の目的が適切でな
いためと思われる。原因究明、再発予防のための議論が過失の有無の判断という
責任追及の議論と共存しており、この両者を同時に行おうとしていることが問題
を生じている。報告書の書式からは、この委員会の主目的は責任追及の議論であ
り、医療安全のための議論はその前段に添えられているに過ぎない。因みに、こ
の委員会は各部署の責任者が委員を構成する、所謂「あて職」委員会である。繰
返すが、責任追及を主目的とした事故検証の議論が、構成員数の多い「あて職」
委員会でなされている。私は、現在の「要領」は職員を危険に曝していると考え
ている。責任を問う委員は他の職員の過失を認める時、その責任を負えると考え
ているのであろうか。事故調査に協力する当事者は、実は責任を問われているこ
とを理解しているであろうか。職員の大多数は、この「要領」とその意味を知ら
ないと思われる。

この「要領」の修正を病院局に求めたところ、以下の返事(抜粋)を受け取っ
た。報告書の書式と整合性のある返事である。「本報告書は、民事上の賠償責任
の有無を判断するため作成している。「賠償責任の有無=過失かつ因果関係の認
められる障害の有無」であり、過失の判断を行うにあたり、各注意義務に対する
検証が必須となる。」

当院では数年前に刑事事件化した死亡事案があった。警察への連絡後、直ちに
捜査活動が開始されて物件の押収なども行われた。刑事訴訟法に基づく捜査が行
われている最中に病院で過失の有無を議論するという悲劇的な事態が生じていた。
更に、この議論の成果である報告書は、後に警察から提示を求められることになっ
た。


●むすび

私はずっと他院の院内医療事故調査委員会の位置付け、役割を知らなかった。
最近、他院の状況を聞き、新潟県の「要領」が異様であると改めて感じた。他の
自治体病院でも、同様の形式の医療事故調査委員会が存在しているかもしれない。
「本部」にとって保険会社との交渉に必要な情報は現場からしか得られないが、
その情報に評価を下すことができないためである。「要領」や病院局の返事から
は、事故後の関心事は保険会社との交渉材料の収集と公表の是非にしかないよう
に思われる。報告書には再発防止策を記載する欄はあるが、病院局はその内容を
評価できないであろう。また対策に関して支援することも少ないようである。病
院も病院局も、医療事故調査のあり方をともに再考する必要がある。

現在進行中の「院内事故調査委員会の運営指針の開発に関する研究」について、
1月下旬に中間成果報告会が開催されたと聞く。議論は公開されていない模様で、
その内容は断片的にしか伝わってこない。医療現場を混乱させ、軋轢を生むよう
な運営指針にならないことを切に期待している。自治体病院は中央官庁の指針を
そのまま受け入れる可能性が高く、その結果としてこの研究が病院へ与える影響
は大きい。従ってこの研究での議論は公開されることを望む。

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