医療ガバナンス学会 (2007年8月29日 14:43)
以前の連載に、適量の赤ワインがアルツハイマーの発症に対して予防的に働くという動物実験の結果をご紹介したが、今回は運動が高齢者の認知症、さらにアルツハイマーの発症に対して予防的に働いたという、アメリカのワシントン大学の研究者の報告をご紹介したい。彼らは1,740人の65歳以上の正常な男女を対象にして、2年ごとに認知症の症状の有無、ならびに定期的な運動を実施しているかどうか、の両方の調査を平均6.2年にわたって行っている。この調査では運動の定義として1回に15分以上の散歩、ハイキング、水泳、ストレッチング、エアロビクス等の中のどれか1つを行うこととしている。その結果、1週間に3回以上、上述の運動を行っている人達が認知症になる割合が13.0人/1,000人/年であったのに対して、それ以下の運動しかしていない人達の場合、その割合が19.7人/1,000人/年であった。すなわち定期的な運動をすることによって高齢者が認知症になる割合が34%減ったとのことである。定期的な運動が心血管障害や糖尿病などの生活習慣病に対して予防的に働くことはその機序を含めて以前からよく知られている事実である。しかし運動がなぜ認知症に対して予防的に働くのか、その理由は不明である。この問題に関連してアメリカのコロンビア大学の研究者がネズミを使った実験によって、運動後ネズミの大脳の海馬と呼ばれる部分、その中でも特に記憶に関係した部位の神経細胞が増加していることを脳を解剖することによって見出し、報告している。この動物実験に引き続いて、彼等は11人の健康な成人に3カ月にわたってエアロビクスの運動をしてもらい、その前後で磁気共鳴映像(MRI)によって脳の血流を測定している。その結果、人間でも脳の海馬の中の記憶に関係した部位、すなわちネズミで運動後神経細胞が増加した部位の血流が、3カ月間の運動後増加していることを見出している。その血流の増加は、おそらく、その脳の部位での神経細胞の増加を意味している可能性が高いことから、運動による記憶に関係する神経細胞の増加が、認知症の進展を抑えているのではないかと推定される。
最後に医療事故の話をご紹介したい。最近スイスのジュネーブにある世界保健機構(WHO)が、世界中で10人に1人の患者が医療事故の被害にあっているという数字を報告している。この割合には、もちろん国による相違があると思うが、大変高い割合である。WHOはその報告の中で医療事故を防ぐ基本的な注意として①医療従事者の手洗いの励行、②患者の名前を確認することによって他人の薬を誤って与えたり、新生児を別の両親に渡すことを防ぐ、③手術が、目的とした患者の目的とした部位に対して行われていることの確認、④類似した名前の薬の処方の場合の二重チェック、⑤注射針の再利用の禁止、⑥医療従事者間での患者引き継ぎの際の患者の状態の確認、の6項目を挙げている。この項目をみても、いかに単純な操作や行動のミスによって重大な医療事故が起こるかが分かるであろう。