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臨時 vol 28 「第5回 診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方検討会傍聴記」

医療ガバナンス学会 (2007年7月18日 15:00)


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~ 同床異夢があらわに ~

ロハス・メディカル発行人 川口恭


この日は平河町の都道府県会館会議室にて。これまでの検討会で、参考人や委員から出された意見を、事務局が試案の柱立てに沿って箇条書きにした「これまでの主な議論」という資料が出てきて、これに沿って委員が議論を深めるという議事次第。いつものように資料は厚生労働省サイトにアップされるのを見てほしい。

事務局の佐原康之・医療安全推進室長が25分ほど説明してから議論に入った。

前田座長「多くの論点を忠実にまとめていただいていると思う」。

確かに検討会の場に出たものは幅広く拾っている。しかし、あの膨大なパブリックコメントは一体どうなった? 参考人や委員は厚生労働省が選んでいるのだから、厚生労働省の意に沿わない意見は議論の俎上から消えてしまったことになる。

今日の議論がシャンシャンだったら、この点をネチネチ書くところかもしれないが、この日は委員の方々が本質的なことを述べあって実に有意義だったと思うので、あまり茶々を入れずに報告していきたい。

前田座長「だんだんまとめの段階に入ってくるので、できるだけ全員にお話しいただきたい。まずは、『策定の背景』から。これまでの所、特に議論はなかったが追加があれば」

鮎澤委員(九大准教授)「冒頭が『患者・家族にとって』という文言で始まっているけれど、同じことが医療従事者にとっても願いである。今後の書きぶりの中に共通の願いであるということを加えていただきたい」

前田座長「事務局よろしいですね」。いきなり事務局へ振った。

事務局がすべて作文していることを語るに落ちてしまうと思ったか、佐原室長「ここに書いてあるのはご議論の結果だから、そのようなご議論を積み重ねていただければ」

前田座長「そのような発言があったわけだから」。ごもっとも。

そして佐原室長の「文言を入れたければ発言せよ」という言葉が恐らく契機となって、いきなりここから事務局にも座長にも制御不能の本質論へと入っていく。

樋口委員(東大教授)「繰り返しで恐縮だが、『真相究明』の言葉の意味が、この組織が何を目的にするかによって全て異なる。刑事責任を考えるなら疑わしきは罰せずが原則で謙抑的でないといけないので真相も限定的なものになるだろう。被害者救済に目的があるなら疑わしきは救済という話で真相にズレが出る。再発防止だとすれば、その時点では専門家の判断として仕方なかったかもしれないが、数か月とか年とか経って考えれば、こういう選択肢があったのでないか、今考えれば本当はこちらだろう、そういうことまで考えたうえで真相究明ということになる。真相がキーワードだが多義的なもので、あらゆる真相究明をしようと第三者機関に何でもやらせると結局何にもできなくなる、その難しさの認識は共有した方がいい」

確かに樋口委員が初回の検討会で整理して、そのままになっていた。前回の検察・法務からの意見聴取もそうだが、こんな「そもそも」の話を残したまま本当にとりまとめるつもりだろうか。

前田座長「再発防止だけというわけにはいかない。刑事・民事にもどう使えるか考えないと。再発防止だけと大上段にやっちゃうと止まっちゃうというか、刑事はまったく別という話になると、刑事に原則行かないようにするというもくろみが外れる。真相究明は確かにマジックワードで複雑だが、広い意味での真相究明を目指すしかないのでないか」。苦しい! だが、まだ座長の権威は保たれていた。

高本委員(東大教授)「鮎澤委員の発言に付け加えたい。患者・家族と医療従事者が二つに分離しているが医療とは、そもそも両者が共につくりあげる事業だと思う。こういうコンセプトの方がいい。医療者側は患者や家族に十分説明しないといけないし、その代わり患者も医療に責任を持たなければいけない」。明らかに記録に残すことに意義を見出した発言と思われる。

前田座長も心得たもので「資料は今までの議論を忠実にまとめたものだから今のご指摘は重要なことで、次回の議論につないでいきたい。『背景」はそれくらいにして『組織』について議論を進めて参りたい。評価組織にご遺族が参加することの可否について、もう一歩議論が深まっていないので今回ぜひ発言していただきたい。監察医制度を充実させる件についてはまだ整理がついていない。この問題は難しいので強い意見がない限り今回はこれに留めさせていただきたい。いかがか」

誰も何も発言しない。この後に起きたことを考えると、まさに嵐の前の静けさだったと思う。前田座長も余裕があった。「特にこちらから指名するというのはしないので、どなたでも。私は刑事の専門だから裁判のことで言うと、被害者を入れなければいけない方向で動いているのだが、公正なジャッジができるのか、という意味では非常に難しい」

ここで豊田委員(医療事故被害者)「遺族で参加したいという方はいらっしゃるだろうが、解剖に立ち会うようなことはほとんどできないと思う。それよりも参加したいという言葉の裏には病院の調査委員会が信用できないという思いがあるので、第三者組織の公平性が保たれているのなら、必ずしも遺族が参加する必要はないと思う。調査段階で弁護士の代理人を頼んでいる人は少ないので、代理人に入ってもらうと言ってもなかなか難しいが、信頼できる誰かに第三者的に入ってもらえるなら遺族も納得・理解はできると思う。私の場合も、調査委員会を開く前に聞き取りされなかった。それが信用できないという思いにつながった。きちんとされていれば必ずしも遺族が入る必要はないと思う」

前田座長「調査機関が信頼感を得ることができる、遺族からも刑事からも、そのことが最終的には重要。一番根底にあるのは公明・公正・フェアな組織ができれば、ほとんど解決すると思う。それを目指していくべきだろう」。

組織を構成する人間の人柄に依存せず、システマティックにそんなことを保証できるものだろうかという疑問はある。が、法律家だから、こういう抽象論でいいのだろう。

樋口委員「私は英米法が専門なので、こんな話しをするのだが、イギリスで基本的な正義の第一原則というのは当事者が裁判官にならないこと。調査や評価に当事者が入ると、それでは客観的に第三者でということにならないので、遠慮していただくしかないのでないかと思う。もちろん、そういうものを我々が欲しているかという問題はあり医療従事者以外の人が第三者として入るのならともかく当事者が関与するのはどうなんだろうか、第三者機関に望まれてもちょっと違うのでないか」

前田座長「私も法律屋なので全く同感。ただ豊田委員の指摘のように調査の前にヒアリングを受けていないというようなことがあると、ちゃんとやってもらってないのでないかという不信感を持たれる。両当事者が出てきてガチンコでやるのも手だろうが、しかし医療に関しては基本的に専門性が高い」

鮎澤委員「第三者ということに力点があるなら検討の場に入れるのは違和感がある。しかし公正な機関ということに力点があるとするなら遺族を入れたからといって、公正が妨げられるものではない。そこは議論を切り分けるべきだ」

辻本委員(COML理事長)「中立性を担保するのは客観的に見て難しい。議論をもう少し深めてもらいたい。遺族を外してしまって本当にいいのか。患者も世代交代が進んできており、世代によってニーズが違う。事前の聴き取りをキッチリやったうえで議論の途中で質問・発言の機会も保証すべきでないか。遺族からすれば、納得したいというのが基本。理解はしても納得できないということが往々にしてある。システムを固めてしまうのでなく柔らかい構造を作ってほしい」

前田座長「評価には入れないけれど途中経過として入る仕組みを作るということは可能だと思う。公平・公正さが疑われるとしたら医師は医師を庇うと思われがちなところであり、本来的には医師の倫理としてやるのでないと根本的解決にならない。医師の倫理として公平にやることができるのか必要な質と量を揃えられるのか、そうした取り組みの中で遺族の納得も得られていくだろう」

これに関しては、その通りだと思う。本来は厚生労働省に頼らず医療界が自主的にやるべき話だったのだ。して、いよいよ検討会の意義そのものを問い直さざるを得ない本質論へと入っていき、座長の発言も迷走を始める。

山口委員(虎の門病院院長)「この組織の目的は死因究明ということになっているが、モデル事業をやってみて踏み込めないと感じているのが実際の医学的な事実ではないこと。『あの時こういう説明だったが、違っていた』『あの時こういう説明だったが、後から聞かされた』というように家族にどう伝わったかという点に、遺族の要望の大部分があり輸血が是か非か、手術が是か非かというような医学的な解明とは違う。この調査組織は再発防止にピントが合うなら医学的議論がよろしい。しかし遺族に納得してもらって満足度を上げるためにインフォームドコンセントや満足度など遺族の求めるものの対応策は純粋な医学的議論とは別に考える必要がある」

辻本委員「モデル事業を通して、プロセスの中でインフォームドコンセントがどのように伝わったのか遺族側がどう受け止めたのかという点がポイントになることが多かったので付け加えさせていただく」

ここまで議論が戻ってしまうとは前田座長も想定外だったようだ。慌てて論点変更に取りかかる。「この委員会の射程を純粋に再発防止に絞るのか、紛争解決に役立つ活動が入るかどうか。そもそも前提に医師が信頼されていないことがある。医師がプロフェッションとして公平な判断をして、それが紛争解決の重要な資料になっていくような遺族側はそれを期待している。もちろん、それをやるだけのキャパがあるかということはある。組織の問題はこの程度にして、次は『届け出制度』について。これも、もし議論に付け加えて新しい主張があれば承ることにしたい。私個人としても言いだせばいくらでも言いたいことはあるが今日のところはこの位にしたい」。開会の際に取りまとめ段階だから多くの委員に発言いただきたいと言っておきながら、一体どういうつもりだろうか。

前田座長はしゃべり続ける。「『調査のあり方』についてご議論いただきたい。特に死亡に至らない事例の問題を取り扱うか」

しかし堺委員からは、そもそも論の続きが出てきてしまう。「先ほどから出ている真相究明とは何ぞやというのが、この論点に集約されていると思う。純粋医学的な解析だけを行うのか、病院の家族への対応も含めたものを解析するのか、この調査組織がどれをめざすのか。純粋に医学的なことだけで済ませるとかなり問題を残す。並行して病院と患者の関わりのような医学以外のことも解明する必要があるだろう。その際に一番大事なのは常識でないか。調査組織の中に、医療者でもなく、法律家でもなく世間で良識があると見なされている人に入っていただくことで、いわゆる広い意味での真相究明にお応えできるのでないか」

前田座長は話を調査する対象へと戻そうとする。「遺族も含めて理解できる調査報告書をという意見もあって、それも重要な論点とは思うが、今のままでエイヤーと純粋に医学的なものだけやると、医師会が望んでいるような方向へ発展させていくのが難しくなっちゃう。非常にファジーな部分があるのは仕方ないと思う」

医師会が望むような方向、すなわち、原則刑事免責は、この検討会では得られるはずがないのにまだ言っている。「当面は解剖との関係が前提になると亡くなられた方だけを対象にせざるを得ない。しかし、恐らく重大な障害の出た事例についても取り扱ってほしいというのが国民のニーズでないか」

鮎澤委員「第三者機関に対する期待は非常に大きい。亡くならないと検討してもらえないの? という、そこにこそ個人的には非常に大きなニーズがあると思う。しかしながら、今すぐこれをできる仕組みがつくれるか、というと確実なところから始めるしかないと思う。射程としては重大な障害の出た事例も念頭に置きつつ、今つくりあげていく形は死亡事例のみが現実的でないか」

山口委員「私も同じように感じる。モデル事業で純粋に医学的な死因解明をするだけでもスキームを作って動かすのは大変だった。解剖を含めてデータは十分あるにも関わらず、なお議論の一致しないことが珍しくなかった。解剖データのない重症障害の場合よほどスキームがしっかり出来上がって、慣れた人、組織ができないと。とはいえ将来はしないわけにいかないと思う。今立ち上げにあたっては全国で同じレベルのものにするのが当面の目標だから、死亡例だけを対象にまず組織を立ち上げることが大切だと思う」

この二人は組織をつくる前提で「将来は」と言っているが死亡事例以外のものを扱えないのだったら、そもそもモデル事業と別立てに急いで作る必要があるのだろうか? 将来死亡以外が扱える保証もないまま組織だけ作るのは、単に厚生労働省所管団体の定員を増やすだけではないか。

児玉委員が別の本質的な話に戻ってくる。「一番最初の部分に医療不信への対応を掲げている。不信が高度の専門性ゆえという捉え方だが必ずしもそうではないのでないか。『医療不信という氷山を砕く』という表現も気になる。むしろ氷が溶けるようなことが望ましいのでないか。高度な専門性と同時に公平・中立性も大切で普通の人間に分かりやすく答えるという要素が大切でないか。医師の言うことが分かりづらいという理由は『~かもしれない』というのが多い上に言うことがコロコロ変わるから。しかし医療というのはそもそも仮説を立てながら暗闇を進む特異性があるのだ。亡くなられた後に解剖すると『~かもしれない』が減る可能性がある。だから遺族に対して言えるのは解剖すればもう少し分かりやすく言えるかもしれない、ということで、普通の人への分かりやすさという観点からメッセージを発したい」

前田座長「委員会の構成にも関わる話だと思うが」

児玉委員「判断する人の構成に関しては議論があるだろうが、少なくとも私どもはモデル事業の際に遺族から質問を出していただいて、それに対する回答がそろった時点で初めて調査終了にしている。問いに分かりやすく答えることが不可欠だ」

高本委員が「末梢のことだが」と前置きしながら言ったことがちょっとした波紋を呼ぶ。「『手術の過程をビデオで撮影し』とあるが、ビデオがないといけないという風になっていくと困るところが多いと思う。ちゃんとしたビデオを録るには一人専属の医師が必要。でないと術者の腕で術野が全然見えないことになる。必須になると現場は難しい。あれば出すことはやぶさかでないが、必須にすると機材も人材も必要になってしまう。ただでさえ現場は人が少なくて厳しい。それからビデオで私が実際にイヤな思いをしたことがあるのは、10時間もあるのはいくらでも悪意を持って編集できる。長い時間の中には冗談を言ったり笑ったりすることもある。その部分だけ切り貼りされたことがある。ビデオの取り扱いはよほど注意しないと」

議論が本質論から外れたことで前田座長ホっとしたのだろう。つい口が滑る。「ビデオといえば刑事の問題として捜査を可視化せよという意見が強くなっているが、それも同じことが言えると思う。そもそもマスコミというのは余り信用できないので注意しないと」。

言ってしまってからマスコミの人間が検討会委員にいたことを思い出す。たしかに南委員(読売新聞編集委員)は初回に一度発言しただけだから忘れても仕方ないのだが、慌てて「南委員のことではありませんので」と謝る。

辻本委員「11ページに『遺族からの申し出で調査開始』とある。だとすると、受付窓口の相談能力・機能も重要。そこのところを加味してほしい」

前田座長、失言が騒ぎにならずホっとしたのだろう。大きくうなずいて「室長、今の点、大丈夫ですね」

ヨレヨレながら、どうやら予定調和の結末へなだれ込むつもりかなと見ていたところで、加藤委員の大きなマサカリのような一撃が振り下ろされる。

「13ページのd)『過半数の外部委員を加えた事故調査委員会を作ることを義務づける。外部委員にはできれば調査組織の代表を加えることが望まれる』は、どういう意味か」

前田座長「事務方説明を」

佐原室長「ヒアリングの中でこういう発言があったということ。意味を問われても困る」

加藤委員「前後関係が省略されて発言者の真意が伝わらなくなっていると思う。再現できれば前後を教えてほしい」

佐原室長が議事録の該当部分を読み上げるのを聞いてから、加藤委員。

「ここからは私の意見。一定の規模の医療機関には内部調査委員会設置の義務付けが必要と思っている。外部委員には基本的に患者側で医療訴訟に携わってきた弁護士を入れるべき。かなり重要な位置を占めると思う。私の経験から言っても公正さを担保するうえで大事な役割を果たすし、いくつかの論点を深めることができる。で、先ほどの調査組織の言葉の意味合いなのだが、調査の専門家のような人が参加することを想定しているのか? それは違うと思う。調査組織と言うのが何のためにつくられるかと言えば、再発防止のために根本原因に遡ることではないのか。医学的な部分だけでなくシステム上の弱点、現場の労働環境、医療行政といった所まで原因として出てくるに違いない。第三者機関が担うものは何だろうと考えると、どういうところまでやるのかという話になる。運営組織としての中に被害者代表が入ってくるのであれば個別の真相解明の場面とは分けて考えていく必要があるだろう」

厚生労働省も腰を抜かしたに違いない。行政に「理解」のある人だけで検討会を作ったはずだったのに、事故の原因に行政があることを指摘できる、そんな組織にすべきだという主張が出てきてしまったのだ。

前田座長「個別より上のものを扱うという意見だが、基本的な制度設計はそういうことになっていないのでないか」

南委員「国民・患者さんが求めているものはまさにそれだと思うが、それは医学的な死因究明とは色彩が違ってくる。この会議の役割が医療版事故調を作るのか、死因究明の意味するところの共通認識が必要でないか」。さすが御用記者。マスコミが批判されても口を開かなかったのに厚生労働省のピンチになったら突然出てきた。

加藤委員「ご指摘の通り、今日の議論は死因究明が何かを避けては通れない。死因を究明するということは再発防止につながる一つの材料を得ることになる。ただしその背後の要因分析まで入って来なければいけないという前提で参加してきた。純粋に死因究明だけなら監察院を充実させるべきで、座長の進行で監察院について保留した以上、第三者機関には、もう少し医療の安全に大きな役割を期待して、ここにいるのだと思っていたのだが間違っているか」

前田座長、ここから何を言っているのか分からなくなったので、理解できた部分だけ書きとめる。「解剖をキッチリやっていくのが大切という意味では、やや議論の方向を設定してしまったのがマズかったのかもしれないが、事故調をめざすことは間違いない。加藤委員と南委員とでズレはあるのかもしれないが大したズレではない」

お得意のフレーズに会場から失笑が漏れ、座長もバツが悪そうに「私は何でも丸めてしまう人間なので」。

加藤委員が追い打ちをかける。「9ページに解剖を基盤にした臨床評価の重要性が謳われている。また10ページの③のa)に背景要因を含めた評価ということが謳われている。しかしながら、これらについてモデル事業で十分やりきれているかというと、いささか心もとないと思っている。本当は大胆な提言のできないような調査機関であっては医療の安全・質が失われると思う。根本原因に遡って提言できる背景を持っていないと意味がないのでないかと思うが」

前田座長あいかわらず何を言っているのか分からない。「解剖所見が大事であることは間違いなく、監察院の果たす役割も大きいのだろうが、今はそこのところは除いて議論しようということ」

たまらず佐原室長が助け舟を出す。「『再発防止のためのさらなる取組』の中で、15ページに『調査報告書を通じて得られた診療関連死に関する知見や再発防止策等の集積と還元』という項目があり、今後ご議論いただく論点でないかと」

前田座長「全部の論点がつながっているということ。仕切りが悪くて申し訳ない」

これだけ凄まじいやりとりの後に楠本委員(日本看護協会常任理事)が突如「遺族からの申し出で調査開始をするということだが、届け出先はどこなのか。保健所ということも書いてあるが、遺族からの申し出先は調査機関へ直接ということもあるのか」

前田座長も毒気を抜かれたように「21条の受け皿とは別の問題。異状死の届け出義務は医師に課せられているので遺族は調査機関へ申し出ることを想定している。私の仕切りが悪くてゴチャゴチャしてしまったが」

でも話はやはり先ほどの議論へと戻る。児玉委員「加藤先生ご指摘の根本原因について補足する。最近では医療界でも root cause analysisというのが盛んに言われるようになっている。背景要因というか本当の根本の原因を明らかにするには、ひとつの症例だけで検討するのでなく多くの症例を集めて検討することが欠かせないという風に考えられるようになっている。例えば誤注射の事故は非常に数多くある。一つひとつ見ていくと器具の配置だとかナースの勤務条件が過酷だとかが原因と見られるのだが、たくさんの事例を見ると違って見えて、病院内のあらゆる液体が誤注射されていることがわかる。なぜか。病院内のすべての液体が、注射器で計測も運搬もされているからである。毒は注射器とは違う
容器で計測し運搬し患者の点滴につながらない容器を使えば良いということが、たくさんの事例を分析して初めてわかる。一例の医学的解析も非常に重大だが、もう一つ重要な側面は個別事例を集積・公表するとともに、それらの共通にある背景を探るroot cause analysisをすることだ」

前田座長「それが加藤先生の話につながる? そうなら私はピントを当て違っていたのかもしれないが、それはそれとして個別の責任はないという方向に行ってしまうと遺族側からは納得が得られず紛争解決にもつながらない。誰かが決定的な間違いをしたのであればその責任を明らかにすることが必要で、それができないのであれば、この調査委員会の機能は患者側の納得と離れる」。

この反応を見る限り、ミクロとマクロとでは見えるものが違うという科学者の常識を知らないのかもしれない。メタ解析の思想を知らずに座長をしていたとしたら、あまりにも自然科学をバカにしている。

加藤委員「今の座長の問題意識は理解しがたい。第三者委員会で調査する根本目的は何なのか。個別の事例に関して刑事や民事責任につなげること限りでの調査もあるだろうが、この機関は、尊い犠牲から引き出せるものをできるだけ引き出す、医療の安全なり質の向上につながっていくものだと考えている。根本の原因まで遡る努力をしないといけない。それが基本的な方向性にならなければならない。国の機関としてつくる以上、根本のところ、行政の制度上の問題点まで触れなければならない。そこに立脚して設計してほしい。AさんBさんに責任があるといったことを直ちに引き出したいというのは、とりあえず、この機関が目的にするものではないと考える。いかがか」

私などから見ると、もはや勝負ありである。同じ法律家であっても、現場を知っている人と知らない人とでは、ここまで差がつくものなのだなあと感心する。前田座長も劣勢は感じているのだろうが、かといって、ここで加藤委員に同意したら厚生労働省から二度とお呼びがかからなくなるに違いない。

前田座長は必死に論点すりかえをする。「そうした趣旨を否定するつもりは全くないが、この組織を作るというそもそもの出発点は医療不信を取り除くために何かできないかということであり、遺族の納得する解明は不可欠だと思う。それらは全部刑事でやればいいということではないのでないか。医学的な真相究明で解きほぐしていく、その制度設計は必ずしもできていない。下手人捜しだけやればいいというものではないが、併せて医療不信が取り除かれるような問題解決能力を持つ必要があるのでないか」

樋口委員「この議論の検討対象は、院内の調査委員会から発展しているのだと思う。私などは院内調査委員会にかかわったことはないのだけれど、本来的には院内の委員会が自分のところで何でもやらないといかんのだと思う。再発防止策も誰がミスしたのかも被害者救済も院内で全部議論するに決まっている。その院内委員会が総合的・客観的な面で信頼され、そこで全部できればよいのだが、現実にはそれが苦しい。では第三者機関に何ができるのか。医学的解明などといったって、そもそも医療不信があるときに説明の過程、臨床の経過や評価、root causeまで目を向けて現実的にどれだけのことができるのか。できるのは、医療側と患者側とで齟齬がある時に、その齟齬を書くことまでで、こっちが正しいというのは簡単に出てこないのでないか。そこから導き出せるのは再発防止の目的だけで、結果的に刑事や民事の何らかの責任追及につながったり被害救済に用いられたりすることはあるかもしれないが、この第三者機関ですべて取り扱うのは現実的でなく、かえって組織の役割を曖昧にしてしまうのでないか」

前田座長「そこの点は一番大切なところで第三者機関がどこまでやれるか。期待されていることのうち残った部分が大きくなれば、別の組織がその役割を果たさざるを得なくなる」。医師会や看護協会の代表から後押しする意見が出て来なければ座長は孤立無援になるのだが、ここまで論理が破たんしていると、さすがに後押しもできないようだ。

「今回も不手際で申し訳なかったが、既に時間がなくなってしまったので『行政処分、民事紛争及び刑事手続との関係』については次回議論をしたい。この点に関しては山本委員にお話をしていただこうと考えていたのだが、次回でよろしいだろうか」

山本委員(一橋大学教授)「あいにく次回は欠席する」
前田座長「では文書ででも意見を出していただければ。あ、今短くでも話しされるか」

山本委員「医療紛争の解決に裁判だけでは十分でないことは間違いない。話し合いのスキームが大切であることは争いのないところで、この委員会が補うべきかどうかの問題がある。ADR法が施行されて民間でも紛争解決にいくつかの機関で名乗りを挙げているところはある。そういう機関がうまく機能するならば、こちらは純粋に医学医的な調査・評価だけ行えばよいことになる。しかし、果してそれがうまく機能するのか今の段階では確たることが言えない。可能な範囲でそういった役割を担う道を閉ざさない形で設計するべきであろう。現実に可能な範囲で道を残すように考えた方が良いだろう」

ちょっと聞くと、ごもっともに聞こえるのだが、民間組織に機能する保証がないのと同様に第三者委員会が紛争解決に機能する保証もないではないか。むしろ樋口委員が指摘したように多くの役割を担わされる分だけ、うまくいかない可能性が高い。

この日は委員どうしの激しいやりとりが見られて、また頭がクリアになった。要するに、まだ意見は全然まとまっていないということで、それをムリくりまとめて案を仕立てたとしても、そんな組織に予算をつけてくれるほど財務省や国会は甘くないはずだ。

(この傍聴記はロハス・メディカルブログ<a href=”http://lohasmedical.jphttp://lohasmedical.jp”>http://lohasmedical.jp</a> にも掲載されています)

 

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