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vol 6 「医療/公衆衛生×メディア×コミュニケーション」

医療ガバナンス学会 (2009年3月23日 10:09)


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第19回 インサイト?
林 英恵(はやし はなえ)


ヘルスコミュニケーションの分野で働くにあたり、いつもぶちあたる壁という
のが、英語の概念を日本語にどう訳すかということである。もともとヘルスコミュ
ニケーションは欧米が発祥の地である。(医療従事者と患者などの相互のコミュ
ニケーションなどは、もちろんどこの国でも存在しているものだが、それを学術
的に確立したり、分野として設立したりしたのは、欧米が中心である。)そして、
ここ数年で、日本でも急速に広まっている。


前回、ターゲットを理解することが大切で、そのためには、調査をすることが
大切であることを述べた。なぜ、調査が必要なのか。この過程を通じて、コミュ
ニケーションを生業とする人たちが、必死で探し出したいものがあるからなので
ある。これが「インサイト」と呼ばれるものである。ターゲットの「インサイト」
を理解することが、コミュニケーション活動の成功を握る。

この、「インサイト」は、日本語で非常に訳しにくい概念である。広告代理店
を観察していると、この概念を説明するために、それぞれのプランナーや研究員
がありとあらゆる日本語で説明している。例えば、ある研究員はそれを「潜在化
されたニーズ」と訳していた。「心のホットボタン・スイッチ」と説明した人も
いた。インサイトは、「そこを突かれると行動を取らずにはいられない」とか、
「その気持ちがあるからその行動や言動をした(する)」というような、人の心
の奥の方に埋まっているその人の行動や言動に直結する思いや気持ちのことであ
る。(というわけで、”ボタン”、つまりそのボタンを押されると~せずにはい
られないというものとして使用されているのだと思う)

この「インサイト」は、口では簡単に表現できるが、それを見つけ出すのは、
簡単なことではない。なぜなら、心の奥の方に秘めた思いであるために、いくつ
もの層(例えば、世間体であったり、遠慮であったり、それを口にするのが恥ず
かしいといった気持ち)に覆われていて、インタビュー調査で、通常行動の理由
を聞いて最初にあげられるものとはほど遠いからである。

ここで分かりやすくするためにいくつかの例をあげたい。

たとえば、ペットを飼いたいという独身女性がいたとする。なぜ「ペットを飼
いたいのか」という問いに、始めは「犬が好きだから」、「休日に犬と遊びたい
から」などという答えが返ってくる。しかし、インタビューを進めているうちに、
その女性の深層心理には、「一人でマンションに帰ったあと誰もいないのが嫌だ」
という気持ちや、「誰かが自分のことを必要としていることを感じたい」といっ
た気持ちが存在していたりする。このようなその人の「深層心理」や「本音」と
言える回答の奥底に潜んでいる気持ち=インサイトと言える。

これは、一般的なものだけでなく、医療や公衆衛生に関するときにも当てはま
る。たばこを吸う少年に「なぜたばこを吸いたいのか」という彼のインサイトを
聞き出すためにインタビューをすると、最初のうちは、「かっこいいから」「た
だなんとなく」という回答が返ってきたりする。しかし、実は、「(たばこを吸
わないと)仲の良いグループ内で自分の居場所を見つけられないかもしれない
という不安が彼の行為を促していることがわかったりする。

子宮がん検診に行かない女性に、「なぜ行こうと思わないのか」ということを
聞いた場合も、インサイトは奥底に隠れていたりする。たいていは「面倒くさい」
「時間がない」、「自分は危険性を感じない」といった回答が出てきたりするも
のだが、中には、「(がん検診に行くというと、年を取ってから行くというイメー
ジがあるから)自分がそういう年齢になったということをわざわざ自覚したくな
い」というようなインサイトが隠れていたりする。


これはあくまで一例で、このようなインサイトは、通常1対1、もしくは、グルー
プインタビューでのやりとりで明らかにしていく(もちろん、量的調査でも探る
こともできるが、量的調査では、深く聞くことができないのと相手の表情や動作
を見ることができないので、質的調査から探り出すのが最も適している)、

インタビューの過程でも、インサイトを掘り出すには、多面的な質問構成と相
手の心に入っていきやすいインタビューの流れ、言葉だけでないしぐさ、表情を
読み取るインタビュアーの洞察力とコミュニケーション力が欠かせない。これら
を探るために、通常、広告代理店などでは、通常の学術的なインタビューではあ
まり見られない方法でインサイトを探っていくことが多い。インサイトは、実は
答える本人ですら気付いていなかったなどというような場合もあり、インタビュ
アーの質問により、対象者が自分自身についての理解を深めていくようなケース
もよくある。

こういったインタビューをするには、限られた時間で対象を理解する必要があ
るため、例えば、聞きたい項目に関して、日記のようなものを書いてきてもらっ
たり、インタビューの対象項目(例えば、子宮がん検診について聞くなら、検診
や、産婦人科のイメージなどインタビューの目的に応じた課題)のイメージを切
り抜きで持ってきてもらったり、「言葉で表すことができない」心の中をありと
あらゆる方法を使って表現してもらう。

キャンペーンの核となるメッセージは、対象者の「インサイト」から抽出され、
その「インサイト」に響くものでなければならない。心が裸になった状態の気持
ちに触れることができたとき、プランナーたちはこの上ない喜びを感じるのであ
る。

林 英恵(はやし はなえ)
早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会
社マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパン パブリックヘルス部門 戦略
プランナー。2008年秋よりハーバード大学公衆衛生大学院修士課程(ヘルスコミュ
ニケーション専攻)在籍中。

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