医療ガバナンス学会 (2007年5月28日 15:55)
私は、放射線治療を中心としたがん治療を行っている勤務医です。昨年5月、34歳で原発性肺癌(腺癌:Stage 1A)と診断されました。きっかけは、外勤先のクリニックで、たまたま撮影した胸部レントゲン写真でした。出来上がったフィルムを見て、左下肺野に1.5cm大の腫瘤影があり、仰天しました。転移性がんも考えられましたが、その後の精査で、幸いにも他病変はなく、肺原発の病変ということが分かりました。病理検査も兼ねた手術を東大病院呼吸器外科にて受け、正式に原発性肺腺癌Stage 1Aの診断が下りました。5年生存率は75~80%程度ですが、現在のところ無再発生存で、術後1年経過しています。
私の上司である東大放射線科の中川恵一准教授より、「がん治療を行う者が30代前半の若さでがんとなり、しも自己発見をしたということは貴重な体験であるから、世間にその経験を還元する必要がある」と、今回の体験に関する本の執筆を勧められました。そして、ロハスメディア社に取り持っていただき、この5月25日に発刊していただくことになったわけです。
――どんな内容ですか。
がんの自己発見から精査、手術、術後に至るまでの過程と、検査結果から鑑別診断を除外する過程など、自分の医者としての経験に基づくがん患者としての体験を綴りました。日本国民の2人に1人は罹る「がん」という病気を、身近な問題として多くの人に考えてもらいたいとの思いと、更には本来身近であるはずの自分の死を意識して生きるということの必要性とを、自分の医者としての経験にも基づいて書いております。
――サブタイトルが、かなり意表をつくものだと思います。
一時期のメディアによる医者叩きは、ある程度は沈静化しつつあるようですが、個人的実感としては、まだまだ世間の認識とのギャップを感じずにはいられません。つい先日も、知人の地方公務員に、「医者は給料がよくて、いい生活ができていいよなぁ」と、面と向かっていわれることがありました。世間の多くの人は、一昔前の羽振りの良かった頃の開業医と、現在の勤務医を同列に考えているように感じます。勤務医の給料はもとより、夜間・休日の呼び出しの実態など、理解されていないことが多すぎるように感じています。自分が勤務医として働いての実感、とりわけレジデントの生活について、少しでも世間に知ってもらいたいと思い、そこの部分にもかなりの紙幅を割きました。
放射線科治療部門に関しては、あまり知られていないかとも思いますが、市中病院だと2-3人体制であり、病棟当直の割り振りもままならず、卒後20年を過ぎても主治医が常にファーストコールという現状があります。がんのエンド・ステージの方も多く、夜中・週末も病院から離れられないことも少なくありません。
しかし小児科・産婦人科・外科系など、ほかの多くの科では、さらに大変な状況だと察します。
勤務医なら誰しも経験しているであろう、病棟からの無制限の呼び出しは勿論、院内のメッセンジャー代わりの薬剤運びやカルテ運び、患者さんの搬送など、多くの雑用が医者に押し付けられている現状を変えるには、世間にもっと勤務医の実態を知ってもらう必要があると考えています。
――世間に知ってもらうと何が変わるでしょう?
私は、医者は医者にしかできないことをするべきであり、先ほど述べたような雑用をする時間を、患者さんを少しでもよくするための勉強をする時間にあてるべきだと思っています。そのためには、コメディカルを含めた人員増加や、医療費増加を行うべきであると考えています。
――大きな提言ですね。
少しでも日本の医療をよくするためにも、医者・患者は勿論、患者予備群の全国民が出来ることをするべきだと思います。末端の一勤務医が訴えるには、少々差し出がましいことではありますが、むしろ末端の人間だからこそ分かる現場の実態を、自分の経験を具体的に挙げながら提起したつもりです。
不幸にも若くして癌になった私は、今回、勤務医の激務の実態を世間に対して訴える機会を得ることができました。このような機会を与えてもらった私は、勤務医の劣悪な労働環境を世間の多くの方に知らせる義務があると考えました。日本の医療を少しでも良くするためには、まずは勤務医の過重労働を改善するべきであるとの主張を述べています。がん患者の心境及び勤務医の労働実態を、広く知ってもらえればと考えております。
全国の勤務医の皆様に、少しでもご共感をいただければ、幸甚に存じます。