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臨時vol 7 特集 医療紛争を考える 第1回 「医療事故死因究明制度のあり方をめぐって」

医療ガバナンス学会 (2007年3月16日 16:10)


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早稲田大学法務研究科 教授 和田仁孝

 

<事故調設置への動きと背景>

医療事故の第三者死因究明制度をめぐって、現在、自民党、民主党が法案化への動きを見せ、3 月9 日には、厚労省が、「診療行為に関連した死亡の死因究明制度」、いわゆる事故調(以下、とりあえず事故調と呼称する)についての素案を公表した。私自身、この動きの中で、民主党での勉強会や、自民党の政策審議会で、医療事故ADRのあり方について意見を表明する機会を得た。私は、今回の制度は、その設計如何によっては、医療崩壊をくい止めるどころか、加速しかねない危険を帯びていると危惧している。そこで、以下、この制度設計のあり方についての私自身の見解を述べておくことにしたい。

まず、この事故調は、どのような機能をもつ機関として設定されるべきかを考えてみよう。こうした動きが出てきた背景には、いうまでもなく医師法21 条の異状死の届け出義務をめぐる問題がある。本来、医師法21 条は、犯罪による死体や伝染病による死体など、いわゆる変死体を念頭に置いて制定された法律であるが、法医学会のガイドラインも含め、最近では、「診療行為に関連した死亡」すなわち、医療事故による死亡にまで適用されるようになってきている。産科医が逮捕された福島県の大野病院事件でも、この医師法21 条違反が問題とされたことは記憶に新しい。それまでも、民事訴訟の増加に応じて強まっていた防御的姿勢や産科、外科等での医師減少の動きは、この大野病院事件をきっかけに、さ
らに強まり、医療崩壊はすでに現実化してきていると言われる。

そもそも海外では、医療事故に対し刑事手続きが適用されること自体、きわめて稀である。私自身の経験でも、アメリカや、カナダの研究者と話す中で、日本では医療事故に関し、刑事手続きが発動されることがある旨を伝えると、皆、一様に非常に意外であると驚きを示す。これは医師だけではなく、法学者の反応でも同様ある。医療事故(Medical Malpractice)が、なぜ、刑事の問題になるのかと問い返され、返答に窮することもあった。
警察の捜査が始まると、医療者側はもちろん、遺族側も、事情聴取され、その過程で深く傷つく場合も多い。しかも、警察の捜査が始まると、あらゆる情報が公開されず、医療側も、遺族側も、情報がない中で、疑心暗鬼が募っていく。情報の不足と刑事手続きそれ自体が、まさに紛争をエスカレートさせる効果を持ってしまうのである。

こうした刑事手続きが持つネガティブな効果を払拭しようというのが、この事故調への期待であり、設置への動因でもある。モデル事業は、そのための第一歩であったが、今や事態は急であり、制度確立への圧力がより強まってきた結果が、今回の動きということができよう。
<事故調における解剖をめぐって>

事故調が設置されると、必然的に医療関連死は、警察ではなく、この新しく設置される事故調へすべて報告されることになる。ここまでは大きな分岐はないが、そこから、いくつかの争点が生じてくる。たとえば解剖のあり方である。

1)解剖は強制的に行われるか、承諾がある場合のみか、
2)解剖を行う場合、法医解剖か、病理解剖か、
3)解剖を行う場合、どこで誰が行うのか、

解剖に関してだけでも、これらの論点がある。遺族にとっては、遺体は「死体」ではなく、固有の名前をもったその個人そのものである。日本では、とりわけ解剖への抵抗が強く、すべての医療関連死で、強制解剖を行うことは非現実的であろう。実際、現在でも、医師法21 条があるがためにやむを得ないとはいえ、警察に届けて解剖がなされたがゆえに、遺族側が病院に怒りと不信を持つといったケースさえある。最近の事例では、遺族側がそれまでの病院の対応に満足し、事故後も警察への届け出をしないように望んでいたにも関わらず、医師法21条があるため、病院としては届けざるを得ず、その結果、「死んでしまえばモノと同じなのか」と遺族の強い怒りを買うに至ったというケースがあった。事故調は、刑事手続きとは異なり、こうした遺族の感情にもセンシティブであって欲しいと思う。個々の遺族の感覚としては、解剖による事実解明よりも、遺体への敬意の方が優先するニーズであり、死因究明が紛争を解決するという短絡的な見方は、あまりに短絡的に過ぎる。

法医解剖なのか、病理解剖なのか、いずれが主となるべきかについては、次の論点とも関わってくる。
<法的評価機能を持つべきか否か?>

紛争解決にとって、もっとも重要な論点は、事故調が、

(1)死亡に至る経緯や状況を客観的・科学的に分析した結果を示すのみに留めるのか
(2)刑事適応事案かどうかを入り口の段階でスクリーニングしたり、出口で判定・評価したりする機能を果たし、そのための捜査権限を持たせるのか
(3)さらに民事責任についても、判定・評価をするのかどうか

という点である。

もし、(2)ないし(3)の機能を事故調が果たすためには、たとえば、事案が持ち込まれた時点で、あるいは一定の時間をおいて、医師や法律家など専門家によるスクリーニングがなされ、その判断によって、警察に移送するとか、事故調内の強制捜査手続きを発動させるとか、さらには、民事責任の有無が判定されるということになる。それはある意味で、刑事手続き・民事手続きの事前手続きを事故調が果たすことを意味する。それでは、結局、現在とあまり状況は変わらないと言えないだろうか?むしろ、司法的な適正手続きが担保されないところで、刑事的判定や民事的評価がなされるとすれば、医療機関は、事故調にすべて開示し協力する態度を持てるだろうか?それが再発防止のためのフィードバックを効果的なものにしてくれるのだろうか?

実際、これまでは医師法21条があっても、実は警察の動きは、基本的に謙抑的であったといえる。遺族からの告訴がなされるか、あるいは極端な例でない限りは、実際には警察も謙抑的に動いてきたと言える。しかし、事故調ができ、刑事適応を判定する権能を持つことになれば、その運用の如何によっては、今まで以上に刑事手続き発動の可能性も高まることになりかねない。しかも、対象は、「診療行為に関連した死亡」であり、「異状死」よりも、刑事適応が考慮される事案の範囲は格段に広がる。それは、医師法21条の問題を回避しようとして、かえって刑事発動の可能性を拡張することを意味する。それによって、防御医療、萎縮医療、医療崩壊が加速されるとすれば、それはブラックジョーク以外の何者でもない。

こうした点から考えて、私は、事故調の機能は①に留めるべきであると考える。事故調は、法的評価とは一切関係なく、淡々と事故の経緯について客観的・科学的な分析を行い、死因や事故の経緯について報告すれば、それで足りる。もし、分析の過程で、明らかに犯罪性があると判明したら、その段階で、事故調の職員(公務員)としての義務で警察に届け出ればよい。それには、事故調自体に特別な手続きを設ける必要もなく、犯罪を発見したら我々が警察に通報するのと同様の例外的な出来事としておくことで足りる。ごくごく稀な事案のために、事故調に捜査権限や判定機能を持たせ、結果的に、医療機関側を萎縮させるとすれば、制度設計的にもバランスを欠くことになる。

また、民事責任についても(刑事もであるが)、事故調の分析結果報告を受けた患者側が、自主的に弁護士などを通じて法的評価を得て、その結果、民事責任有りとして訴訟を選択するなど、当事者の判断に委ねればよいのである。事故調自身が、法的な評価判定する必要はない。事故調が法的判定機能まで持つとすれば、それは、再発防止へのフィードバックといった本来あるべき機能を弱体化し、いわば疑似司法機関に堕してしまうことになろう。

また、このように考えれば、事故の経緯を客観的・科学的な分析を行うという目的のためには、病理解剖が主となることが現実的であろう。事故が発生した個別医療機関での解剖に疑義が残るということであれば。事故調からそこへ、第三者の中立的な病理医を派遣すれば足りる。
<事故調の司法機能説の背景とADRの必要性>

では、なぜ、事故調にそうした法的評価判定のような機能を持たせようという発想が出てくるのか?それは、そうした判定が第三者機関でなされることで、紛争がスムーズに解決するという「神話」ないし「幻想」があるからである。これは法律家や法の動態を知らない法学者に強い思考である。事案が解明され、法的責任が判定されても、それだけで紛争が解決することはあり得ない。法的判定は、狭隘な法的意味世界での解決であって、患者や遺族にとって、それは真の意味での解決ではない。紛争解決過程の実証的研究に携わってきた者の視点から言って、そうした幻想のもとで、法的判定機能を事故調に持たせることは、21 条が問題になっている状況の中で、事故調を設置する意味を半減させるか、あるいは医療崩壊を加速するような効果を持ってしまうと言わざるを得ない。

さらにいえば、客観的に事故の経緯や死因が解明されたとしても、それもまたそれだけで、紛争の解決が達成されるわけではない。それは、紛争解決におけるピースのひとつに過ぎない。そうした客観的分析結果を受けて、それを尊重しつつ、医療側と遺族側が対話によって解決を図っていくことが、双方にとって、望ましい効果を持つと考えられる。そのためにこそ、ADRが必要となってくるの
である。

しかしながら、このADRについても、実は事故調と同様の問題が存在する。次にこの点を検討してみよう。次回はこの点について検討することにしよう。

 

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