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臨時vol 8-11 特集 医療紛争を考える 第2-5回 「福島県立大野病院事件第三回公判傍聴記 その1~4」

医療ガバナンス学会 (2007年3月21日 16:09)


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~ 検察のイリュージョンショーと医療者の司法リテラシー ~

ロハス・メディカル発行人 川口恭

福島には雲ひとつない青空が広がっていた。
3月16日、福島地方裁判所で県立大野病院事件の第三回公判が開かれた。この日は前回に引き続き検察側証人2人の尋問である。
午前は当該帝王切開手術に立ち会った県立大野病院のS助産師。
午後は当該手術の麻酔医だった県立大野病院のH医師。

初公判こそ抽選に外れて入れなかったものの、サポートいただける方々のお陰もあって、前回と今回の連続で公判を傍聴することができた。そして2つ感じたことがある。
今回の法廷が「イリュージョンショー」になっていること
そして医療者と司法との相性の悪さである。

順に説明しよう。
まず「イリュージョンショー」の方から。

S助産師は(弁護人の反対尋問によれば)高卒後に看護学校へ行き平成12年に看護師資格を取得、1年ほど小児科クリニックでパート勤務をした後、助産学校へ1年通って平成14年に助産師となっている。事件当時までの出産立会いの件数は40~50件、うち帝王切開は5回~10回(6回が正しいらしい)。

検察  帝王切開の際、助産師の役割は一般的にどういうことですか?

S助産師 先生がとり上げた赤ちゃんを受け取って処置した後で新生児室のスタッ
フへ引き渡して、それから胎盤を持って帰って計測するのと、手術後
のお母さんの状態観察をします。

検察  なぜ胎盤の計測をするのですか。

S助産師 胎盤に欠けている部分があった場合、それが子宮内に残っていると収
縮が悪くなって出血が止まりづらいからと理解しています。
(間に別のやりとり)

検察  Aさん(亡くなった患者さん)の胎盤を計測したのは誰ですか。

S助産師 私です。

検察  どこで計測したのですか。手術室で計測したのですか。

S助産師 分娩室(筆者注:手術室ではないということ)にある流し台のところ
です。

検察  胎盤は既に分娩室にあったのですか。誰かが持ってきたのですか。

S助産師 はっきり覚えていませんが、私が取りに行って持ってきたのかなと思
います。

検察  胎盤に特に変わった点はありましたか。

S助産師 変わっていました。

検察  どんな点が変わっていましたか。

S助産師 大きさが大きいのと母胎面がグチャグチャになっていて、母胎側の実
質にないころがあって、今までに見たことがないものでした。

検察  どんなものか絵に描いていただけますか。

と、ここで弁護人から異議が出る。

弁護人異議 実物の写真が証拠として出ているのですから、絵など描かせずに写
真を使えばいいではないですか。

検察  本人のイメージを言葉にしにくい面もあろうかと思いまして。

裁判長  イメージを表現するということですよね。結構です。

理解不能である。写真があるのに、それを使わない理由は何だ?時間の無駄も省けるではないか。
こう思って呆然と眺めていると、再度弁護人から鋭い声が飛んだ。

弁護人異議 検察官の指示に従って描かせてるじゃないか!

裁判長 (珍しく不快気に)指示しないように。(証人に向き直って)あなた
の記憶に残っている通りに描いてくださいね。

S助産師 はい、うまく描けないんですが。

一枚の円盤ではなく、夫婦岩のように山が二つある絵を描いた。

検察  実質がない部分はどうなったのですか。

S助産師 ここに実質があったのか取れてなくなったのか何なのか。

検察  どう感じましたか。

S助産師 ここにあったものが取れてしまったのかと思いました。

検察  取れてしまったものは、どこにあるのですか。

S助産師 膿盆になかったので子宮にあるのかなと思いました。

検察  母体から取り出したものは皆膿盆に載せることになっていたのですか。

S助産師 はい。

検察  だから子宮に残っていると思った。

S助産師 はい。

これだけ聴いていたら、出血が止まらなかった原因はこれか?
と結構驚く話である。
しかし。。。

検察  医師に報告しましたか。

S助産師 報告をしに行ったような記憶がありません。

検察  なぜですか。

S助産師 ・・・(10秒ほど沈黙)

検察  先ほど子宮に残っていると収縮が起きづらいという証言をされました
よね。とすれば医師に報告しなければとは考えなかったのですか。

S助産師 剥がして取ったのが先生なので、先生は分かっているんじゃないかと。
あと胎盤の計測をした時にはそういう状況じゃなくなっていたので。

検察  そういう状況じゃないとは、どういうことですか。

S助産師 病棟もいろいろ忙しくなっていたので。

検察  具体的にはどういうことですか。

S助産師 輸血を注文したり、採血するためA型の職員を集めたり。

検察  今回の帝王切開のためですか。

S助産師 はい。

検察が書証として証人が記した当該手術の看護記録を示す。
先ほど書かせたのと同じような胎盤の図が描いてあり、先ほど「実質がなかった」と証言した部分について、「膜だけ」「欠損」などとの記述とともに「不完全」に丸がつけてある。
この看護記録が、県の調査報告や警察の捜査に影響を与えたことは想像に難くない。

この後、補充尋問があって、弁護人の反対尋問に移る。
初登板の女性弁護士が「あなたはね」と、やたら語尾に「ね」をつけて圧迫するように話すので、そんなに詰問口調にならなくてもと最初は思ったが、途中からなるほどーと思うようになった。

弁護人 あなたはね、Aさんの手術の前にね、前置胎盤の手術に立ち会ったこ
とがありますか。(以下、「あなたはね」は省略)

S助産師 ないです。

弁護人 このケースが初めてだったということですね。

S助産師 おそらく初めてだったと思います。

弁護人 その後はどうですか。

S助産師 記憶にないので恐らくないのかなと思います。

弁護人 このケースの前に癒着胎盤の手術に立ち会ったことがありますか。

S助産師 ないです。

弁護人 このケースの後はどうですか。

S助産師 なかったです。

弁護人 前置胎盤の人の胎盤を見たことがありますか。

S助産師 見たことないです。

弁護人 癒着胎盤の人の胎盤を見たことがありますか。

S助産師 見たことないです。

弁護人 用手剥離された胎盤はどうですか。

S助産師 普通の帝王切開の人のは見たことがあります。でも経膣分娩の人のは
見たことないです。

(間にしばし別のやりとりの後)

弁護人 胎盤病理の専門家は、今回の対談を膜様胎盤もしくは分葉胎盤でない
かと鑑定しているのですが、そういうものであるとは考えませんでし
たか。

S助産師 その時はそういうことは考えませんでした。

(弁護人交代して、しばしやりとりの後、胎盤の写真を示して)

弁護人 これは卵膜ではありませんか。

S助産師 はい。

弁護人 あなたが不完全と言ったのは、どこの部分ですか。

S助産師 (画像を指差す)

弁護人 卵膜が途切れなく続いているのは分かりますか。

S助産師 はい。

弁護人 あなたがグチャグチャと書いたのは、どこの部分ですか。

S助産師 (写真を指しながら)普通はツルンとしているものが、カレーの固まっ
たような感じというか。

弁護人 要するにあなたの「グチャグチャ」というのは、この写真のような状
態のことを言うのですね。

S助産師 はい。

弁護人 看護記録には「欠損か?」とクエスチョンマークが付いてますね。

S助産師 はい。

弁護人 元々なかったとは考えませんでしたか。

S助産師 少し考えました。

弁護人 だからクエスチョンマークが付いているのですね。

S助産師 はい。

弁護人 胎盤病理の専門家は今回の胎盤を分葉胎盤か膜様胎盤でないかと言っ
ているのですが、そのような胎盤があることを知っていましたか。

S助産師 その当時は知りませんでした。

検察官異議 弁護人は不同意鑑定の内容に基づき尋問しています。

既に弁護側は一度尋問してしまっているのだが、今日は検察も少し気が抜けているのだろうか。

裁判長 鑑定を持ち出さなくても端的に知っているかどうか尋ねればいい話で
すよね。

弁護人 今は知っているのですか。

S助産師 はい。

弁護人 今なら、この胎盤をそうだったと見るかもしれませんか。

S助産師 私にはちょっと判断できないのですが。

ひどい話である。
子宮も胎盤も警察が押収しており現存しているのである。
このような経験の浅い助産師の記録や記憶に頼らずとも現物を鑑定し判断すればよいではないか。
尋問に慣れていない関連証人に対して、本来は答えられないような範囲のことまで証言を求め、それを根拠に事件の構図を組み立て、心証形成を狙う。まさに「イリュージョンショー」である。
ただし当然のことながら、尋問に答えた側にも責任がある。
それは二項目目で述べる。その前に、もう一つイリュージョンの実例を示そう。

検察  その手術にかかわったのは一人でしたか

S助産師 二人です。私のほかにもうひとりです。

検察  通常は帝王切開に助産師が二人はいるのですか?

S助産師 いつもは一人です。

検察  なぜそのときは二人入ったのですか。

S助産師 手術に対して患者さんの不安が強く、不安軽減のため赤ちゃん係とお
母さんの声かけ係とでスタッフが二人になりました。

検察  もうすこし大きな声でお願いします。ではそうすると、患者さんの不
安ということで、不安の内容はどういうものでしたか。

S助産師 具体的に不安をきいていないですが、手術の前に、前が帝王切開で、
前置胎盤だから、出血が多くなる可能性があるとか、危険性の説明を
されているので不安なのかなと思っていました。

検察  前置胎盤のとき出血が多くなるということですか。他にはどういうこ
とが考えられますか

S助産師 出血が多くなると、子宮摘出術や他病院へ運ぶ可能性があります。

検察  患者さんが子宮摘出を嫌がっていましたか。

S助産師 特に嫌がる言葉を聞いたことはありませんでした。

検察  手術の説明はどなたがしたのですか。

S助産師 加藤先生が説明しました。

検察  患者さんの出血が多くなるとか子宮摘出に不安をいだくことは手術の
支障になりますか。

S助産師 特別そういうことはないと思います。

検察  患者さんが不安を感じていたということだが、証人自身は不安を感じ
ていましたか。

S助産師 不安は感じていました。

検察  それはどういう内容の不安ですか。

S助産師 手術の前に、県立医大で似たような症例で、大変な出血でとても大変
だったという話を聞いたので。

検察  具体的に教えてください。その手術は12月17日より前のいつ頃のこと
ですか

S助産師 そういうことがあったと聞いたのは、患者さんが入院された後でした。

検察  入院後ですね。

S助産師 話を聞いたのは入院後でした。

検察  県立医大で手術が大変だったと、それと比較してどういうところがど
う違っていたのですか。

S助産師 県立医大には産婦人科医がたくさんいる。それでも大変だったという
ことなのに、今回は人がまったくいない。普通の病院には産婦人科医
が一人しかいなく、同じようになって対応できるか、輸血を注文して
も届くのに時間がかかるし、もし同じようになったときうちの病院で
対応できるか不安でした。

検察  他の同僚に不安を話したことはありましたか。

S助産師 ありました。

検察  加藤医師に進言した方はいましたか。

S助産師 先輩助産師が進言したというふうに聞いています。

検察  先輩助産師はどなたですか。

S助産師 たしかKさんだったと思います。

検察  加藤医師は進言を受け入れてくれなかったのですか。

S助産師 直接私が聞いていないのでわかりません。

検察  患者さんは不安ということの他に問題となることはありましたか。

S助産師 特になかったと思います。

弁護人 患者さんの不安の話は、本人から直接にはきいていないのですね。

S助産師 はい。

弁護人 でもあなたは不安を感じていた。

S助産師 はい。

弁護人 それはなぜですか。

S助産師 県立医大で似たような症例で大変だったという話があったので。

弁護人 似たような症例とはどのようなものでしたか。

S助産師 はっきり覚えていないのですが、おそらく前回帝王切開で前置胎盤の
患者さんだったと思います。

弁護人 そこで、あなたも不安を感じたわけですね。

S助産師 大丈夫かなと漠然と不安はありました。

弁護人 大野病院で手術しない方が良いと進言した本人から直接聞いたのですか?

S助産師 その状況もよく覚えていないのですが、ナースステーションで何人か
でそういう話をしていました。

弁護人 誰かが「進言したらしい」と聞いたのですね。

S助産師 はい。

弁護人 大野病院で前置胎盤を扱ったことがあるのは知っていましたか。

S助産師 はい。

弁護人 知っていてもなお不安だった。

S助産師 はい。

弁護人 点滴ルートの確保は誰がしましたか。

S助産師 私です。

弁護人 何ゲージの針を使ったか覚えていますか。

S助産師 18か19ゲージだったと思いますが、覚えていません。

弁護人 では看護記録を見てみましょう。この署名はあなたのものですね。

S助産師 はい。

弁護人 これを見るといくつのラインですか。

S助産師 20ゲージです。

弁護人 医師の指示は何ゲージだったか覚えていますか。

S助産師 覚えていません。

弁護人 では指示書(?)を見ましょう。何と書いてありますか。

S助産師 18Gから20Gと書いてあります。

弁護人 20Gを選んだのはあなたですか。

S助産師 そうだと思います。

弁護人 なぜ20Gを選んだのですか。

S助産師 なぜだかは分からないです。

弁護人 分からないときは、いつも20Gを選ぶのですか。

S助産師 18Gは太いので、18Gだと失敗するかもしれないと思いました。

弁護人 20Gの方が細いのですね。

S助産師 はい。

弁護人 あなたにとって細いゲージの方がやりやすい。

S助産師 はい。

弁護人 県立医大の例で不安だったということでしたが、不安の内容は出血で
したか。

S助産師 はい。

弁護人 そうであれば出血に備えて点滴ラインは太いものを確保すべきではな
かったのですか。どうして太い18Gで確保しなかったのですか。

S助産師 18Gの方が良いのでしょうけれど、この場合は・・・

弁護人 現実に不安を感じていたのなら、18ゲージで確保すべきだったのに
しなかった。それはどういうわけですか。

S助産師 ・・・(10秒ほど無言)

検察官 異議あり。証人が記憶にないことについて理由を尋ねています。

裁判長 端的に質問してください。異議を棄却します。

弁護人 分からなければ分からないで結構ですが、証人はそれほど具体的な危
険を感じていなかったので、20Gを選択したのではないですか

S助産師 そうかもしれません。

「前からそう思ってたんだよ」と後で言うのが人の常とはいえ、いやはやである。その他の不安要素もすべて伝聞でしかない。
そんな「私は元から不安に思っていた」を根拠に、無謀な手術を行ったと結論づけられたらたまったものではない。
さらにもう一点、イリュージョンを示す。今度はH医師の尋問からである。

検察側が供述調書と公判証言との食い違いをさんざん指摘した後で

検察  弁護人と面会したことはありますか。

H医師 はい。

検察  それはいつですか。今年に入ってからですか。

H医師 はい。

検察  3月に入ってからですか。

H医師 はい。

検察  その時、弁護人以外に誰か同席していましたか。

H医師 1回目は同席者がいました。

検察  なるほど2回面会しているのですね。面会は証人から申し出たのです
か、弁護人からですか。

H医師 弁護士さんの方から。

検察  1回目の時に同席したのは誰ですか。

H医師 産婦人科のY先生です。

検察  それはどのような人ですか。

H医師 福島医大の助教授です。

検察  その方からは何か話がありましたか。

H医師 何かと言いますと?

検察  確認しますが、Y先生は福島県立医大の何科の医師ですか。

H医師 産婦人科です。

これだけ聞くと公判前に弁護側が圧力をかけたかのようだ。
しかし

裁判長 今回証言するにあたって、検察官と打ち合わせはしなかったのですか。

H医師  しました。

裁判長 その時、調書との食い違いは指摘されなかったのですか。

H医師 指摘は受けました。

裁判長 指摘を受けたとは、どういうことですか。

H医師 こう喋りましたね、と言われました。正直記憶がないので、そう書い
てあるのならそうなんでしょうね、と言いました。

裁判長 訂正したいところは特に無かったと。

H医師 本当にそう言ったのか記憶が曖昧なので、絶対に間違っているとも言
えませんでした。

なんのことはない。検察側だって、調書の内容を覆されないよう圧力をかけていたのだ。

ウンザリしただろうか。では、二項目目の医療者と司法の相性の悪さについて述べたい。こちらもH医師の尋問からである。
検察官は前回公判の産婦人科医・K医師の時と同じように(ご存じない方は、<a href=”http://lohasmedical.jp/blog/2007/02/24/http://lohasmedical.jp/blog/2007/02/24/”>http://lohasmedical.jp/blog/2007/02/24/</a> をご覧いただきたい)、今回の麻酔科医・H医師に対しても、その検面調書(不同意書証)の署名指印部分を示してから、あの時はこう言いましたよねという尋問を行った。
さらに弁護人とH医師との事前打ち合わせの際に、福島県立医大産婦人科のY助教授が同席していたとの先ほどの証言を引き出して「医療界がグルになって圧力をかけて証言を変えさせている」との心証形成を諮った。
前回が前回だっただけに安っぽい三文芝居に見えてしまうのだが、それでも、場合によっては裁判の流れを決定づけかねない攻撃だ。

検察側がこのような攻撃に出るのは、元をただせば、重要な点について、供述調書の内容と公判証言とが食い違うところに問題がある。

警察・検察の取り調べの問題に帰すことは簡単だし、それが最も大きいのだろうとは思うのだが、全てとは言えないのでないか。司法と医療との間に、溝を埋めがたいほど、根本的な考え方の違いがあるように思えてならない。

なお下記のやりとりは、麻酔記録を見れば分かることを事件後2年以上も経った記憶と照合させるという一般人には意味を理解しがたい主尋問を延々と繰り広げ、かなりの部分に関して「記憶が曖昧」という証言があった後の検察による再尋問である。

検察  今日の証人尋問の前に検察で事情聴取を受けたと思いますが、その時
は当時の記憶に従って説明したということでよいでしょうか。

H医師 はい。

検察  話した内容は供述調書を読んで確認しましたか。

H医師 その場で確認しました。

検察  内容に訂正したいところがあれば訂正し、確認し署名をしましたか。

H医師 はい。

検察  複数回取調べを受けて、記憶のはっきりしたところははっきりと、曖
昧なところはそのように証言しましたか。

H医師 はい。

検察  供述調書の署名指印を証人に示します。

(複数の供述調書の署名指印をH医師に見せる)

検察  甲23号証、平成18年3月3日に検察で取調べを受けたのは覚えています
か。

H医師 日付までは覚えていませんが、取調べがあったことは覚えています。

検察  pumpingを開始した理由を説明していますが、どのように説明したか
覚えていますか。

H医師 いいえ覚えていません。

検察  では、記憶喚起のために読み上げます。「看護師から出血2000mlの報
告があり、目に見え出血が増えていました。通常の輸液では間に合わ
ないので、2本あったラインの左側でpumpingを開始しました」。3月3
日当時の供述を聞いて、pumping開始が2000mlの報告と目に見える出
血を受けてのものと証言したことを思い出しましたか。

H医師 思い出せませんが、記録がそうなっているのであれば、その時はそう
いう記憶があってそう話したのだろうと思います。

検察  pumpingとヘスパンダー投与の前後関係は覚えていますか。

H医師 覚えていません。

検察  「pumping開始後まもなく血圧が下がったので、pumpingによってヴィー
ンFを全て体内に送り込んでから、さらに左右それぞれヘスパンダー
500mlをつないだのです」。

H医師 しゃべったかことは覚えていませんが、そう記録されているというこ
とは、そう言ったのでしょう。

検察  目に見える出血もヘスパンダー投与の理由と話していますが。

H医師 そう言ったかは覚えていません。調書にあるならそう言ったので
しょう。

検察  子宮内から血が風呂のようにわき上がってきたのが、どの時点からか
は今ははっきり記憶していないということでしょうか。

H医師 はい。

弁護人 異議。不同意調書について読み上げている。

検察  証人の記憶喚起のために読み上げているのであり、弁護人の異議には
理由がないと思料いたします。

別の検察官 刑訴法227条だよ。

裁判長 捜査時点と今との一致を確かめているわけですよね。異議は棄却しま
す。

検察  「子宮を切開した開口部と手やクーパーの隙間から子宮内の様子が見
えた事が何度かある。子宮内から血がわき上がるように出ていた」。

H医師 調書の記憶はほとんどありません。

検察  記録があるなら喋ったのだろうということですか。

H医師 そうなりますね。

検察  「子宮から大量に出血していることが分かった」。

H医師 書いてあるなら。

検察  どういう器具だと思ったのか。

H医師 クーパーかと思ったが断言はできなません。

検察  「どの時点からクーパーを使っていたのかは分からない。子宮を切開
した開口部と手やクーパーの隙間から子宮内の様子が見えた事が何度
かある。子宮内から血がわき上がるように出ていた」。

H医師 特に警察の場合がそうでしたが、こちらのニュアンス的なものを全て
断言するような形にされてしまったんです。

検察  表現がどうかはともかくとして、内容として、記憶に無いことをある
として述べたことはありますか。

H医師 ありません。

検察  「子宮を切開した開口部と手やクーパーの隙間から子宮内の様子が見
えた事が何度かある。子宮内から血がわき上がるように出ていた。子
宮から大量に出血していることがわかった」という記憶があって説明
したと。

H医師 そうだと思います。

検察  「実際の出血範囲は分からないが、見た感じの印象として子宮内全体
からわき出るように出血していました」。

H医師 そう調書にあるなら。

弁護人 主尋問の時点で既に予定時間を30~40分オーバーしています。長すぎ
ませんか。

検察  反対尋問の内容を受けて、確かめるために新たに質問する必要があり
ます。

裁判長 異議を棄却します。

検察  器具を使い始めたことと出血の増減については、今は曖昧ですか。

H医師 はい。

検察  捜査当時は「クーパーを使い始めたのと2000mlの報告の前後関係ははっ
きり思い出せません。ただ、出血が急激に増えてきたのはクーパーを
使った後でした」。

H医師 そういう記憶で言ったのでしょう。

検察  警察での最初の事情聴取が平成17年4月23日にありましたか。

H医師 日付は覚えていませんが、警察で取調べを受けたことはありました。

検察  出血についてどう説明したかは覚えていないということだが、「子宮
が壁となって断言はできないがクーパーのように見えた」と。

H医師 細かいニュアンスは無視され、断言していないところを断言したよう
に書かれました。事情聴取というのは、こういうものなのかと警察に
対しては半分諦めていました。

弁護  員面調書は開示すらしていないのだから関係ないでしょう。

裁判長 関係ないですね。

検察  証人の認識として、警察より検察の方がニュアンス的なものを取って
くれたということでしょうか。

H医師 そうですね。警察よりは。

H医師の証言が、どんどん投げやりになっていくのがお分かりいただけると思う。そして「Y助教授が同席していた」との証言につながっていく。

明らかに検察は、H医師が圧力をかけられて、あったはずの記憶をなくした、という物語を描こうとしている。

さて弁護側はどうするのか。反対尋問である。

弁護人 警察から被疑者として取調べを受けましたね。

H医師 はい。

弁護人 今まで被疑者として取調べを受けたことはありますか。

H医師 今回初めてです。

弁護人 警察の取調べでは半分諦めていたということでしたが、何を諦めてい
たのですか。

H医師 細かなニュアンスが無視され、断言していないところも断言したよう
になっていました。不快な態度も取られ、調書というものは断言した
感じに書かれるものなのだろうと。

弁護人 調書を取られる時に不快な態度を取られたりして、自分が不利益を被
るかもしれないと思ったことはありますか。

H医師 あります。

弁護人 検察官の調り調べは3月3日で、2月18日の加藤先生の逮捕の直後、
ちょっと後ですが、あなたも逮捕されるかもしれないという不安はあ
りましたか。

H医師 逮捕を覚悟しておりました。

弁護人 検察官の取調べでも断定したように書かれましたか。

H医師 警察よりはましでしたが、裁判に使われるとは思わなかったし、裁判
で使われるとは知りませんでした。

弁護人 断定的に書かれたのですか。

H医師 断定的に書かれました。

弁護人 警察で話した内容に引きずられて、検察で考えた内容が言えずに不正
確になったことはありますか。

H医師 おおよそ合っていましたが、ニュアンスの面や、断言については微妙
です。

弁護人 現在の法廷での証言では心理的圧迫は無く、記憶にしたがって証言で
きていますか。

H医師 はい。

弁護人 Y先生との打合わせで記憶と違うことを話しているということはあり
ませんか。

H医師 記憶とは違ってないです。

弁護人 警察や検察での取調べの時のあなたの心理状態と、公判廷でのあなた
の心理状態を比べて、どちらが自由に真実に近く話せていますか。

H医師 記憶に近いのは今の方です。

検察側が思ったほどポイントを取れなかったと思われるのは、先ほどの裁判長質問からも伺える。
しかし繰り返しになるが、なぜ証人が皆、検察のイリュージョンに加担するような供述調書を取られているのか。
本当に警察・検察が一方的に悪いのだろうか。
最後にこの日の公判でほとんど登壇しなかった女性検察官が追加尋問を行った。
察するに、この検事がH医師の調書を作成したものらしい。
失礼ながら、このやりとりは、大人が子どもを「ダメでしょ」と諭しているようだった。

検察  検察官の取調べで、断定できないところでも断定するように取られた
という証言ですが、その場では訂正を申し立てなかったのですか。

H医師 申し立てたかもしれません。覚えていません。

検察  自信の無い部分も断定的にされたと。

H医師 断定的に書かれました。

検察  調書の内容を確認した方法ですが、まずプリントアウトしたものを渡
されて黙読し、同時に検察官が音読するという方法で確認しませんで
したか。

H医師 はい。そういう方法でした。

検察  違うと思うところがあれば言ってください、と言われませんでしたか。

H医師 はい。言われました。

検察  何度か申し立てをして訂正するところを訂正しませんでしたか。

H医師 はい。

検察  その後で清書に署名捺印をしたのではなかったですか。

H医師 はい。

H医師からすれば「客観的事実に照らして判断してください。照らすべき事実がないなら『疑わしきは被告人の利益に』でしょ」という心境ではないかと推察する。
だが現在の司法ルールでは、いったん署名捺印してしまったなら、それは証拠能力を持つのだ。
立場を引っくり返した検察側が(そもそも事件の見立てがおかしいという問題はさておき)、きちんと手続きしたのに、なぜ揃いも揃って証言を翻すのかと、怒り心頭になるのも分からないではない。

要するに、司法ルールを当然のことと考えて行動している人たちから見ると、医療者の「司法リテラシー」は低すぎるのであり、一体どういう発想で動いている職業集団なのか理解不能だと思う。
トラブルに巻き込まれないためにも、医療者は、もう少し世の中の動きに関心を持って、一般の社会人として振舞うことも考えた方が良いと思う。

ただし、一方の患者サイドから見た場合、医療者に司法リテラシーを求めるのが果たして良いことなのか。
傍聴記を離れてしまうが、なぜにここまで医療者は司法ルールに無頓着で、司法の場でオロオロしてしまうのかという問題と併せて、私なりに考えたことを述べてみたい。

人間が生きていく中で従わねばならない最も基本的な規範は何か。
現在の日本ではほとんどの人が「憲法」とか「法律」とか答えるのであろうが、少なくとも医療者にとっては(科学者にとっても?)法律よりも自然法則の方が上位概念ではないだろうか。

社会が(イコール人間が)どんな決まりや約束事を作ろうが、人間にできることなどタカが知れており、できないことはできないのである。法律で病気が治ったり、まして死にそうな人が蘇生したりは絶対にしないのである。
であれば医療者が日常で学び指針とすべきは、自然法則であり、過去からの経験の集積であって、法律ではない。

医療者は違法行為をしても許されると主張しているわけではない。医療といえども社会システムであるから、社会のあり方と無関係に存在するわけにもいかず、その目が医療者に対して厳しくなっている現状は否めないのだが、角を矯めて牛を殺すなかれ。
ただでさえ学ぶべきことが多い医療者に対して、司法ルールを学びなさい、法律を第一に考えなさいというのが、本当に社会全体の利益になるのかは考えどころだ。
なお、この傍聴記は、ロハス・メディカルブログ(<a href=”http://lohasmedical.jphttp://lohasmedical.jp”>http://lohasmedical.jp</a>)にも掲載されています。

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