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vol 2 「コーチングに対する疑問や質問」

医療ガバナンス学会 (2007年1月20日 16:15)


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インテグラス株式会社
取締役/エグゼクティブコーチ
渡部一男(わたべかずお)

 
こんにちは。私はインテグラス株式会社エグゼクティブコーチの渡部と申します。弊社は主に企業の管理職を対象としたマネジメント研修、コーチング研修を事業の柱としております。前回は諸橋が企業のマネジメント現場の実態というテーマで執筆いたしましたが、今回は私が今日までに企業研修で出会ってきた数千人の受講者、そして1コーチとして出会った数百人のクライアントの皆さんから尋ねられた疑問、質問を思い出しながら、その時のやり取りや、私なりの答えを通じて、「コーチングって何?」から「コーチングって・・・かも?」「コーチングって・・・かな?」と皆さんに色々考えていただければと思います。
1).「コーチって日本語に置き換えると?」
以前、ある企業で社長含む30名の管理職の方々にコーチングトレーニングを実践している中、50歳を越えた中年の管理職の方が、非常に素直でピュアな瞳を輝かせながら、こう訊ねてこられました。
Q1.「渡部さん、コーチを日本語に変えると何になりますか?」

①コーチの語源は、「四輪大型馬車」・・・もともとはこれ。ここから「乗せた人を乗せた人の行きたいところにより早く、より安全、確実に運んでくれる存在」となる。ヨーロッパのローカルエアラインでは今でも一部、エコノミーシートをコーチシートと呼んでいるそうです。ちょっと古いヨーロッパの映画でシチュアーデスのうしろのドアにCoachと書かれているのをみたりします。

②運動競技の技術などを教えたり、指導したりすること。また、それをする人。
コーチャー。「バッティングをコーチする」「ピッチングコーチ」といいますね。

スポーツコーチと、今いわれているビジネスでのコーチとどう違うのですか?という質問の答えは「もともとスポーツの世界から始まったもの」となります。
さて、一般論はここまで、その時の私の答えは

A1.やはり、「伴走者」。

そこから発展して→「いつも私のそばにいてくれる人」→「いつも私のそばにいて、私をよく観てくれている人」→「私のそばにいなくても、いつも寄り添い私のことを観てくれている・・・その思いが私を動かす」・・・そんな存在。それがクライアントにとってのコーチ。時々会って話しをする、いつもいつもそばにいるわけではないのに、「私にはコーチがいる」そう思えるだけで1歩前に足を踏み出すことができる、それもひとりじゃなく。

時にはやさしく、時には強く背中を押してくれる。そして一緒に走ってくれる・・・そんな存在になりうるのがコーチ。(※クライアント:コーチングを受けている人)
2).「コーチングってアメリカのものでしょ?」

「コーチング?そんな横文字被れの・・・・ものなんて好かん。」

そういってご自身の持論を展開、食わず嫌いの人に時々というより多くお目にかかります。

確かにコーチングはヨーロッパ生まれ、アメリカ育ち、そして日本に輸入されてきたものです。もっともっと掘り下げると「かのソクラテスは、実はコーチング的なスタンスに立った理論を展開していたのだ。」思わず「ほんとっすか?」と言いたくなってしまうような説?もあります。

さて、こちらも、とある企業で人事部の皆さんと打ち合わせをしている最中、人事部長さんから発せられた質問、というより否定文。

Q2.「コーチング?横文字の何たらというのが・・・、どうも私には・・・」

この時の実際の場面では、私はその人事部長さんの持論をまずはお聞きする、という対応をさせていただき、こちらからの投げかけはいたしませんでした。なので、今ここで自宅の丸テーブルから、私が思っている事を発信します。

A2.「QC、TQM、EQ、エンパワーメント、カウンセリング、メンタリング、リーダー、マネジャーetc.etc. みんな横文字。意味がわからないと何か怖い?けど、ちゃんと意味がわかれば、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。」

さて、これで事が済めば簡単なのですが、それで済まないのが浮世のおもしろさ。実はコーチング的コミュニケーションは、日本ならでは、我々日本人だからこそ必要かつ開花する可能性がある文化?である。と私は思っています。

何故コーチングはアメリカで発展してきたのでしょう?コーチングの出発点は「一人ひとり皆違う、だからまずはよく相手の話を聴く。評価とか判断はせずに素直な心で相手の話を聴き、お互いの価値観を認め合う」ということです。まさに「一人ひとり皆違うという文化」アメリカだから発展してきたといえます。

対して、日本には独特の「パラダイム」が存在 しています。それは、「みんな一緒だ」ということ。 隣の人も、どこかで出会う人も日本人であれば大体同じ価値観を持っていて、同じものを見れば大体同じことを感じるはず。という暗黙の了解をしてきたのです。それは、日本人の素晴らしいところでもある察するという性質から来るものだとも考えられます。

ただ、「みんな一緒のはず」の為に、「相手の違うところを観る、認める」ということが習慣的に育まれていない。「違うことは間違っている・・・。」そんな風に思ってしまうのです。

でも、どうやら私たち日本人も「みんな一緒」じゃないかも?いやいや「一人ひとりみんな違う」かも?ということに気づき始めてきた。

アメリカじゃとっくに「一人ひとり皆違う」と思っていたし、だからこそコーチングが発展してきたのでしょ?という声が聞こえてきそうですが。気づいたその先に日本人が持っていた、育んできた(はず?)の何でもかんでも「契約」文化ではない、必要かつ大事なセンス「みんなで頑張ろうよ」があります。人に興味関心を持ち、言うところの「おせっかい」。実は、これがあればこその「コーチング」なんですね。

とっ、ここで、今回私に与えられた尺はここまで。次回は「私はどうもおせっかいが過ぎてねぇ・・・」とうれしそうに私に話しかけてきたよくしゃべる、人の良さそうなマネジャーさんとのお話から。それでは、ごきげんよう。

著者ご略歴
1979年中央大学経済学部卒業。
1979年富士ゼロックス(株)入社。
2004年(株)富士ゼロックス総合教育研究所へ入社。
2006年インテグラス株式会社設立に参画し、同社取締役就任。

 

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