医療ガバナンス学会 (2006年11月15日 16:23)
メタボリックシンドロームの疾患概念づくりを主導し紫綬褒章を受章した
松澤佑次・住友病院院長
MRICインタビュー vol 17
聞き手・ロハスメディア 川口恭
http://www.lohasmedia.co.jp
――このたびは紫綬褒章受賞おめでとうございます。医療に携わる方々にとっても励みになることと思います。まずは受賞の感想からお聞かせください。
どんなところが評価されたのか分からないんですけれど、医学研究といえば免疫か遺伝子かという流れの中で、研究の中心には見られない身近な病気の臨床に長いこと取り組んできたこと、そして単なる臨床に留まらず生物学的に研究したこと、それが学問・サイエンスとして日の目を見たのは非常に良かったなあと思いますねえ。
我々が取り扱ってきた現代の生活習慣病というのは、エネルギーの過剰摂取と運動不足が原因になって、糖尿病、高脂血症、高血圧、そして血管疾患が引き起こされるというもので、基本的に昔はなかったものですね。ともすると、「そんなん食わんかったらエエんや」とか「日本人は大して太ってないじゃないか」と片づけられがちだったのです。
よく我々がたとえに使っているのが、文学にも純文学と大衆文学があるように、我々のやってきたのは非常に身近な大衆医学。みなの関心は非常に高いのだけれど、その解明は簡単なようで実は難しいことだったわけです。臨床をきちんとやった結果として、その分かりにくいことが最終的に分かっただけに達成感はあります。
――いみじくも研究の中心に見られないと仰いましたが、なぜ、その分野の研究をなさったのですか。
もともと身近な病気に関心があったというのがあります。免疫疾患や癌のように苦痛や生命の危険を伴う難病は、研究者が必要とされやすいですし、何かやっていることも研究らしく見えますよね。では、生活習慣病は研究の対象にならないのか、と考えてみると、肥満になると病気になるというのは一見当たり前のようなんですが、よく考えてみると、なぜ肥満が悪いのか分かっていなかった。
糖尿病にしても高血圧にしても高脂血症にしても、現実に存在する疾患であり、一見痛くも痒くもない熱が出るわけでもない、しかしある日突然心筋梗塞や脳梗塞を引き起こして命や体の自由を奪うわけです。これが戦後何十倍にも増えたのですね。原因が遺伝子や細菌のせいとは思えない。そこで食べなきゃエエんや、という発想になりがちなのですが、きちんと本体を特定すれば患者数を何十分の一にできる可能性があるわけです。そういう意味で、そこに取り組むのは面白いと思ったのです。
――なぜ脂肪に着目されたのですか。
私たちが医師になったころは、脂肪というのは何の面白みもない存在と考えられていまして、私も最初から研究していたのではありません。ただ、例外からアプローチしなさい、つまり教科書に載っていないようなことが起きたら、それを研究しなさい、という教育を受けてきました。
我々が子どものころは、肥満が健康に悪いなんてことは誰も言っていなくて、むしろ太っている方が栄養状態がよくて健康だ、と見られていました。でも、先んじて豊かになった欧米では肥満は生活習慣病を引き起こすということが早くから常識と見なされていたようで、さすがに我々が医師になったころには、肥満は病気の元である、と教科書に書いてありました。
私が所属した大阪大学第二内科脂質研究室に当時としてはさきがけ的な肥満研究グループというのがありました。その研究を傍から見ていると、肥満が生活習慣病につながるというのは確かなんですが、例外があるのです。つまり、体重150kgとか200kgといった珍しいほどの肥満の人は、むしろ数値に異常がないことが多くてビックリする。一方で70kg、80kgの人が、1kg太った程度でドカンと血糖が上がったり中性脂肪が上がったりしているのです。それから肥満の代表選手と言いますか、相撲取りもあんなに太っているのに、健康で激しいスポーツをしていますよね。
してみると、肥満が病気につながるのだとはいっても、脂肪の量が決めているのではなく、何か質的な転換が起きているのでないかと推測できる。このことに気づいたのが、脂肪に着目するきっかけで、1980年代はじめごろのことでした。
――それで脂肪を。
ちょうどその頃、CTスキャンが国内に普及しだしまして、体腔内を見られるようになりました。それまでは肥満とは皮下脂肪蓄積のことだったのです。皮膚の上からつまんでみて掴めたら、お前太ってるぞ、ということですね。しかし、CTで腹腔内を見てみると、中に蓄積しているという人が結構いて、その人たちに数値異常があるのです。皮下脂肪の薄い人でも、内臓脂肪があると、数値に異
常がある。
どうやら内臓脂肪が直接のリスクファクターであるらしいと分かってきたわけです。そこで、これはむしろ内臓脂肪症候群と呼ぶべき疾患でないか、と発表したのが87年のことです。欧米でも同じころに、マルチプルリスクファクター疾患として、シンドロームXとか死の四重奏とか言われ始めていました。ただし、欧米の場合は単に生活習慣病が複数重なると危ないというもので、キープレイヤーが何かの考察はありませんでした。
続いて90年代はじめごろから、欧米でコレステロールだけを管理しても動脈硬化は防げないということが言われ出しました。ビヨンド・コレステロールですね。スタチンが開発されて、これで動脈硬化は防げると思ったのだけれど、どうもそれだけではないようだ、むしろ高血糖、高血圧、高脂血症が1人の人に集中している状態が大きな要因でないかという考え方に変わってきて、メタボリック・シンドロームの概念が世界的に認められてきました。ただし、まだこの段階でもキープレイヤーについては議論がありまして、数年のディスカッションを経て、昨年4月に内臓脂肪がキーだということで世界的にようやく一つのコンセンサスを得たわけです。
――なるほど。
臨床データだけしかなかったらコンセンサスを得られなかったかもしれませんが、脂肪組織が一体何をしているのか、皮下脂肪と内臓脂肪で一体何が異なるのか、他の臓器と何が異なるのか、なぜ症状が出るのか、といったことを生物学的に調べた成果がものを言いました。
90年代はじめごろ、松原謙一先生(大阪大学名誉教授)にご指導いただいて、内臓脂肪細胞で発現している遺伝子を網羅的に解析するボディマッププロジェクトを始めたところ、我々もまったく予想しない結果が出てきたのです。
エネルギーの蓄積と放出にかかわる遺伝子は当然発現していると思っていましたが、それ以外にも分泌タンパク、細胞の外へ放出されて他の臓器をコントロールしているものがたくさん作られているという驚くべき発見でした。見つかったタンパクは例えば、炎症を起こすTNF-αや昇圧に働くアンジオテンシノーゲン、血液凝固を促進するPAI-1などでして、これらは内臓脂肪が溜まるとたくさん作られるようになるので、内臓脂肪が溜まると血栓性疾患が起きやすくなるという因果関係がクリアになってきました。
さらに未知のタンパクもいくつも見つかりました。特に内臓脂肪細胞で最も強く発現していたのが、アディポネクチンでして、インスリン抵抗性の改善や抗動脈硬化作用があるということで、現在のところ世界的に最も注目されています。我々が最も早く発見し、アデイポネクチンという名も我々が付けました。ラッキーでした。米国でもほぼ同じ時期に、ネズミで似たたんぱくを見つけたグループが2組ありましたが、ネズミだったせいもあったのか解析できていませんでした。
このアディポネクチンは、先ほど挙げた疾患を引き起こす因子などと異なり、内臓脂肪が増えると、なぜか発現が減ってしまうことも分かりました。これによって、内臓脂肪が増えると、抗糖尿病、抗動脈硬化力が落ちてきてしまうメカニズムも分かってきたわけです。
これら脂肪が分泌している生理活性物質を「アディポサイトカイン」と総称することにしようと提唱したのも我々です。米国では最近、「アディポカインだ」と呼んで新しい概念のように言っていますが、まあ名前はどうであれ、脂肪が生理活性物質を大量に分泌しているということに辿りついたのが大事だと思います。
整理しますと、肥満が生活習慣病に結びつくメカニズムに関して、研究の端緒となる現象を見つけ、その現象の原因となる仮説を臨床で見つけ、仕組みを分子生物学的アプローチで明らかにしたことになります。最初から最後まで我々でやり切ったわけですから、非常な達成感があります。
――CTやDNAチップなど新しい技術を貪欲に使ったのですね。
富士山に登りたいという時、地道に一歩一歩山の周りを登っていくことも大切だけれど、周辺をウロウロしているだけだと、いつまで経っても山頂に着きませんよね。研究にブレークスルーを生むためには、ある瞬間に山肌を垂直に登っていくような、アイデアと新しい技術の組み合わせが不可欠だと思います。
我々がラッキーだったのは、ちょうど日本でCTが普及し始めた時期に、脂肪量を測定したいと考えていたことでしょうか。もちろん、いきなりCTを思いついたのではなくて、最初はどうやって脂肪量を測ったらよいか分からないから、アルキメデスの原理で比重を計ったらどうや、と、大きな水槽に肥満患者をドボンとつけて、排水量を測定したりしていたんですよ。そんなことをしているうちに、放射線医学の雑誌に、放射線を当てると臓器毎に見え方が異なるという論文が掲載されたんですね。で、これは使えないかと、徳永君(勝人氏)と工夫して測定法を編み出しました。といっても、CT写真を青焼きにして、ゼロックス複写して、内臓脂肪のところだけ切り抜いて、その紙の重さを測るという原始的なものです。紙をチョキチョキ切っている姿を見て、これのどこが医学研究なんだとウチの研究室に入るのをやめる人もいたくらいです。
そうやって苦労して測った輪切りの内臓脂肪量と症例とをクロスしてみると、皮下脂肪と内臓脂肪の比率が人によってマチマチで、明らかに内臓脂肪が悪いだろうという傾向が見えたのです。欧米では日本ほどCTが一般に普及していなかったので、脂肪量の指標をウエスト径で済ませていました。この差は大きいです。
――新しい技術といっても、実は泥臭いのですね。
分子生物学的アプローチになってから一気に成果が出て華やかになってしまったのですが、その花が開いたのも「水槽にドボン」や「紙をチョキチョキ」の時代があったからです。
最近はこうした地道にふもとから歩いていく作業を省略して、ヘリでいきなり山頂に下りるような研究者が増えているように思います。臨床抜きで、いきなり遺伝子に着目してノックアウトしたりトランスジェニックしたり。それで面白い結果が出れば確かに論文は書けますから、見かけ上の業績は積み上がるでしょうが、ふもとから地道に歩いた方が達成感は間違いなくありますよ。前段の苦労するところがあるから、発見の喜びも大きくなるのです。
――松原先生とは、どのようなご縁で?
松原先生は非常にアクセクタブルな方で、当時は全く面白くないと見られていた脂肪細胞の解析を面白がって引き受けてくださいました。とてもありがたかったです。研究室から1人ずつ2~3年ずつ松原先生の所で助教授をしていた大久保先生に弟子入りしまして、非常に厳しくご指導いただいたそうです。ラッキーなことに、1人1個ずつ大発見をしてくれました。
最初にポスドクだった下村君(伊一郎・現阪大教授)がPAI-1、次に行った前田君(和久氏)がアディポネクチン、次の栗山君(洋氏)がアクアポリン・アディポスといった具合です。このような優秀な仲間に恵まれたのは非常にラッキーだったと思います。もちろん結果が出なかった人もいますけれど、先ほども
言ったように、それもムダではなく彼らの蓄積があったから成功があったのです。
――非常に勉強になりました。ところで、患者さんに対して、これは知っておくといいですよというようなことはありますか。
生活習慣病はリアルタイムに直接症状があるわけではありませんので、何のために高脂血症、高血糖、高血圧をコントロールするのか、まず理解いただきたいと思います。ある日突然、血管疾患に襲われることのないようにということですね。これをドクターも患者さんも共に理解していれば非常に良い予防医学となると思うのです。
しかしながら、20世紀は病気の切り売りといいますか、絡まった糸をほぐすように病気を分解して理解してきた経緯があります。そして分解した一つ一つについて上流へ遡って原因となる遺伝子異常がないか探す、こういうアプローチで研究されてきたのですね。しかし、今のところ必ずしも全てが成功したとは言えないと思います。むしろ、個々の数値にフォーカスしすぎて、その管理を強調するあまり、なぜ管理が必要なのかウッカリすると忘れてしまう。たとえば、血圧と血糖に2つ異常があれば2つの病気として扱い、2つ以上の薬が出るわけです。これが医療費を上げた原因でもあります。冷静に考えれば、血管疾患のリスクさえ下げられればよいはずなのに、血糖値や中性脂肪値が自己目的化してしまいが
ちです。
これに対して、メタボリックシンドロームは初めて複合的なものを複合的なまま理解して、背後に潜む黒幕を明らかにしたという意味で、21世紀型の疾患概念です。氷山に例えれば、水面上に高血糖、高血圧、高脂血症があるけれど、水面下に内臓脂肪過剰があり、それを何とかしなければ、いくら水面上を削っても意味がないわけです。
このことが分ければ、運動強化やダイエットといった生活改善の努力はシンドイことではなくなるはずです。これまでは、なぜ肥満がいけないのか、運動不足がいけないのか、ピンと来なかったと思います。しかし、この概念ならば、生活改善してメリットのある人だけを選び出して、地に足の付いた説明で生活改善を促すことができるのです。
――そういう捉え方ができるのですね。
あと一点、患者さんに知っていただきたいのは、内臓脂肪は増えるのも減るのも早いことです。よく普通預金と定期預金にたとえられますが、内臓脂肪は普通預金ですから、少し生活を改善するだけで成果を実感できます。それから、ウエストはあくまでも分かりやすい指標として選ばれたものです。体重やBMIではピンと来ないけれど、ウエストなら毎朝ベルトを締めるときに分かる、それだけのことです。あくまでも内臓脂肪の量が問題なので、ウエスト径が自己目的化しないようにしていただきたいと思います。
――なるほど、何か言い漏らしたことなどございましたら。
欧米での研究を根拠に、ウエスト径の基準がおかしいと批判する声もありますが、内臓脂肪研究に関しては欧米は後進国です。そもそもウエストの細い太いで病気のあるなしは決まるはずがない。血管疾患のリスクが下がればよいのであって、ハイリスクで生活改善のメリットがある人を選び出す目的を考えれば、今の基準で大きな間違いはありません。今後大きな疫学調査が行われれば、その段階で検討すれば良い話で、今欧米の真似をする必要はないのです。日本のエビデンスに基づいた、日本の診断基準でいくべきです。
やたらとウエスト径の基準を厳しくしようとする動きもありますけれど、生活改善のメリットがあるというのを極論すれば、メタボリックシンドロームは働き盛りの男性と更年期以降の女性だけ気をつければよいものです。たとえば閉経前の女性は、少々数値に異常があっても、血管疾患に関してハイリスクではありません。そういう意味のないものまで引っ掛けるように基準を厳しくするのはナンセンスです。
今後は、リスクを直接定量できる血中アディポネクチン量の測定、内臓脂肪の簡易測定が主流になってくるでしょう。アディポネクチンに関しては既に一般診療として申請中ですし、内臓脂肪の簡易測定も開発が進んでいます。
(松澤佑次先生ご略歴)
1941年 和歌山県生まれ
1966年 大阪大学医学部卒業
1991年 同教授
2000年 大阪大学医学部附属病院院長
2003年 住友病院院長
この間、日本動脈硬化学会理事長、日本臨床分子医学会理事長、日本肥満学会理事長などを歴任。
2006年 日本人として初めて国際肥満学会最高賞のヴィレンドルフ賞を受賞。