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臨時 vol 188 「秋葉原のオタクと非常識な医師」

医療ガバナンス学会 (2009年8月13日 06:10)


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医師は「人格者」であるべきなのか

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されたものを転載したものです他の多くの記事が詰まったサ
イトもぜひご覧ください

URLはこちら → http://jbpress.ismedia.jp/

8月30日は総選挙です。これで首相もいったん選び直しになるわけですが、私
には麻生首相にあらためて真意を聞いてみたいことがあります。

それは、麻生首相の医師に対する認識、特に「医師には社会的常識が欠けてい
る」という発言についてです。

2008年10月25日、麻生首相はオタクの聖地、秋葉原で「オタクの皆さん!」と
聴衆に呼びかけ、歓声を浴びました。

その後のインタビューで「『オタク』には世間一般的に狭くて暗いというイメー
ジがあるが、それはマスコミが作ったもの。(中略)こんなに素敵な人生はない
んじゃないかな」と述べ、オタクが次世代の日本のコンテンツ産業を担うスペシャ
リストであると語りました。

その一方で、約1カ月後の2008年11月19日に、麻生首相は医師のことを「社会
的常識がかなり欠落している人が多い」と述べました。そして、 その後すぐに
「(医師は)おれと波長が合わない人が多いと思った。まともな医師が不快な思
いをしたのであれば、それは申し訳ない」と釈明したのでした。

「オタク」とは本質的に、ある分野に没頭して一心不乱に取り組む人たちのこ
とを指しています。そうしたオタクが「素敵」だというのには異論があり ませ
ん。では、なぜ医療に懸命に取り組む医師は素敵ではなく、「社会的常識がかな
り欠落している」と形容されてしまうのでしょうか。
コスト意識や礼儀作法が欠けている医師

麻生首相の「社会的常識が欠落している」という言葉は、地方の勤務医不足に
関する議論の中で出た発言だと聞きます。麻生首相は自分で病院を経営していま
すので、いろいろな場面で医師と接触する機会が多いことでしょう。

そうした背景があって、「利益を追求しない(コストをあまり意識しない)医
師が多い」ことや、「給料を高くしても地方に医師が集まらない」ことなどから、
「社会的常識がない」という発言につながったのかもしれません。

実は、医師のことを「非常識」だと考えているのは、麻生首相だけではありま
せん。週刊新潮には「非常識な医師は患者の常識」と題する記事が掲載されるな
ど、賛成意見もあったようです。

実際に世の中には、医師には社会人としての礼儀作法が欠けていると考える人
が少なからず存在します。民間企業ならば、新人に対して電話の応対や名 刺の
受け渡し、お客様を案内する方法などを研修で教えます。ところが、医師に対し
てそういう訓練を行っている施設はほとんどありません。私もクリニックを 開
業する際に、必要に迫られて独学で覚えたくらいです。

そんなわけで、「挨拶がなっていない」とか「電話対応の態度が悪い」とか
「わがまま」だとか「敬語を使わない」とか、社会人に必要とされる基本的なマ
ナーが身についていない医師は確かにいるのです。このことから、医師を非常識
だと見る風潮があるのでしょう。

でもビジネスパーソンの場合、どれだけ人当たりが良くて礼儀作法を身に付け
ていても、中身が伴わず、仕事ができないようでは困ります。

医師も同じことです。問題は仕事の中身であって、礼儀作法は本質的な部分で
はありません。もちろん、礼儀作法を整えることによって中身が伴ってくるとい
う場合もあるのかもしれませんけれど。
愛想よく、そこそこの仕事をしていればいいのか

さて、ここで皆さんに質問です。「腕は一流だが、愛想が悪くて社会性に欠け
た医師」と、「人間味あふれて人懐っこいが、医療技術が未熟な医師」のどちら
がいいと思いますか?

一番いいのは、「腕は一流で、人格的にも優れた医師」です。医師ならば、誰
もがそれを目指すべきであるのは間違いありません。でも現実問題として、全て
の医師が両方を完全に備えているわけではありません。

私自身は、医療には「アート」に近いスキル(技術)が必要だと思っています。
なにしろ医療現場には、教科書では学べないようなことが本当にいっぱいあるの
です。

極論かもしれませんが、どれだけ社会的常識が欠けていても、どれだけ私生活
が崩壊していても、患者を治せれば医師はそれで良いはずなのです。医師の使命
は第一に医療活動です。社会的常識はその次に来るものなのです。

だから、私としては「腕は一流だが、愛想が悪い医師」の方がいい、と言いた
いところなのですが、現実を見ると、そうとも言いきれなくなります。

なぜなら医療ドラマのようにギリギリの決断が試される場面なんて頻繁に起き
るわけではありません。一流の腕ではなく並の腕であっても、95%くらいの事態
に対しては全く問題なく対処できてしまうものです。

そう考えると、さらなる高みを求めて孤高に走って、取っつきにくい人物だと
思われるよりも、腕は並でも、愛想よく95%の事態に対処していればいいのかも
しれない──。そんな風にも思えてくるのです。

でも、これだけははっきり言えるのですが、社会的常識があることと、医師と
して医療行為を一生懸命行なうこととは別の話です。いくら社会的常識を身につ
けても、卓越した技術が身に付くようにはなりません。

私たち医師は、患者のために全てを捧げるのが当然だという教育を受けてきま
した。そして、そういう医療への情熱や責任感によって日本の医療は成り立って
きた部分もあるのです。医師に常識が必要ないと言いたいわけではありませんが、
社会的常識を完全に備えて「人格者」になったところで、医療改革にはつながり
ません。

麻生首相は退任する前に、医師という職業の本質をもう一度よく考えてみてほ
しいと思います。

 

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