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臨時 vol 189 「統合医療の確立ならびに推進をうたった民主党マニフェスト」

医療ガバナンス学会 (2009年8月13日 06:13)


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慶應義塾大学医学部漢方医学センター センター長 渡辺賢治

 
●医療と社会とのつながり

総選挙を前にして各党のマニフェストを比較する記事が増えている。8月9日に
も有識者らの「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)が「政権公約検証
大会」で、経済同友会、連合、日本青年会議所、PHP総合研究所、言論NPO、日本
総合研究所、高総日本、チーム・ポリシー・ウォッチの8団体が自民、民主両党
の次期衆院選マニフェストへの評価をした内容が公表されていた。

今まで医師は日常診療に追われ、忙しくしていたために、マニフェストなど読
む暇はないのが美徳と考えられていたが、一連の医療崩壊を招いた原因として、
あまりに社会と隔絶した医師の態度が非難された。すなわち、常識では考えられ
ない過酷な労働に対して、SOSを出すことなく、燃え尽きるまで働き続けた医師
に対する批判である。医療が社会サービスの一環であるのであれば、社会の動向
と軌を一にした内部変革も必要であろう。

かく言う私も政治には全く暗い医療者の一人である。しかしながら、上記のよ
うな目で、少なくとも医療政策にだけは目を通してみたところ、自民、民主の医
療政策の精緻さにはかなり違いのあることが分かる。是非とも医療者が読んで自
分の分野での意見を活発に出されることを期待する。

ここでは自分の専門である漢方医学が民主党マニフェストに載せられているこ
とに驚き、本稿で私見を述べてみたい。
●民主党医療政策(詳細版)

注目したのは民主党医療政策詳細版である。ここには自民党のマニフェストに
は見られない詳細な医療政策のロードマップが示されている。どれもが納得でき
るよくできた内容であるが、その中に「統合医療の確立ならびに推進」という項
目がある。内容は「漢方・健康補助食品やハーブ療法、食餌療法、あんま・マッ
サージ・指圧・鍼灸・柔道整復、音楽療法といった相補・代替医療について、予
防の観点から、統合医療としての科学的根拠を確立します。アジアの東玄関とい
う地理的要件を活かし、日本の特色ある医療を推進するため、専門的な医療従事
者の養成を図るとともに、調査・研究の機関の設置を検討します。」とある。

こうした文言は自民党のマニフェストにはない。私は漢方と鍼灸以外は専門で
はないので、他のことには触れられないが、ここでは漢方・鍼灸がマニフェスト
に取り上げられた意義について述べてみたい。
●国民からの根強い支持がある漢方医学

漢方のブームは1970年代に始まるが、近年ますます見直されている。医学が発
達し、遺伝子からの創薬や分子標的薬が開発される時代に、目を見張る医学の発
達と逆行するような漢方ブームをどうとらえれば良いのだろうか。医療用漢方製
剤は1976年に大々的に保険収載されてから30年以上経て、最近のデータでは医師
の8割近くが漢方を日常診療に用いているという調査結果もある。それに加えて
一般用製剤としての漢方の売り上げも好調である。某メーカーのキャッチ「漢方
ダイエット」は流行語にもなっている。新たにこの一般用漢方製剤に参入した大
手製薬メーカーもある。

こうした現象を見る限り、国民の多くが漢方に関心を持っていることが分かる。
ただし、まだ「漢方」に対する誤解があることも事実である。多くの人が「漢方
の本場中国」という言葉に踊らされている。漢方医学は日本に伝来して1500年経
ており、江戸時代に当時の清朝での医学があまりに理論的すぎて実務に対応でき
なくなっていることから、独自の医学体系を築いた。「漢方」という言葉自体が
江戸時代になされたわが国の造語である。

これが商売にばけると「本場漢方の中国ツアー」となるのであるが、漢方自体
が日本の伝統医学であり、中国で「漢方」と言っても全く通じない。ましてや売
られているのは正規の中医学ではなく、日本人専門の商売であることが多い。中
国当局に言わせると「ばかな日本人がいる限り、こうした悪徳業者を取り締まっ
ても取り締まりきれない」ということになる。

漢方医学はわが国独自の伝統医療であり、商売を目的とするものではない、と
いうことを明確に認識してもらう必要がある。
●世界から孤立する日本の漢方

MRICの臨時vol.164で紹介させていただいた21世紀漢方フォーラム「「世界の
中で孤立する日本漢方」はおかげさまで177名の参加者を得て盛会のうちに終了
した。今後ICDの仲間入りをしようという世界の動きがある中で、まだまだ漢方
医学の国内的な盛り上がりに欠けていることを痛感する。国民の多くが支持する
中、医学教育モデル・コア・カリキュラムに入ったことで、全国80の医学部・医
科大学すべてにおいて漢方卒前教育がなされている。しかしながら折角卒前に漢
方に触れた医学生が研修医、専修医となった際に指導医から漢方を否定されるこ
とで、持続した漢方の修練が積めないことが問題である。今の医療の指導者クラ
スにはまだまだ漢方が浸透していない。しかしこれはジェネレーションが代わっ
ていく課程で徐々に漢方を取り巻く環境に変化がもたらされることが予想される。

それにも増して問題なのは医療政策を行う行政に、こうした伝統医学を見直す
機運が全くないことが懸念される。将来的な十兆円市場とも言われている生薬製
剤市場をめぐって、中韓が国策として海外展開を試みているのに比し、わが国に
は専門部署すらない。日中韓保健大臣会議の席で、中韓から伝統医学の議題が出
されても日本だけが及び腰なのは何とも情けない。
漢方医学を中心とした政策による産業振興

医療用、一般用医療用製剤として国内販売の市場拡大だけでなく、漢方を巡る
種々の基盤整備が産業育成につながる。

八角からのタミフルの抽出のように、生薬由来の創薬は、長井長義によるエフェ
ドリンの抽出以来日本のお家芸であった。一時代前はアジアの優秀な人材が日本
の生薬学を学びに集まってきたが、最近では日本の顔が見えなくなったとよく言
われる。今や生薬からの創薬の中心は欧米にまで広がり、アジアでは香港が気を
吐いている。SARSコロナウイルスの抑制に甘草由来のグリチルリチンが有効だと
の報告を出したのはドイツのグループであった。われわれの研究室でも、オリゴ
デンドロサイトの分化、髄鞘化に漢方薬が有効であることを示しており、脱髄疾
患への研究を推進しようとしているが、残念ながら厚生労働科研費は4年連続で
落ちている。難治性疾患には漢方などが効くはずがない、というのが行政の判断
であろうが、新型インフルエンザを例に取っても生薬により、大腸インターフェ
ロンが活性化し、防御に働く可能性をわれわれが示している。

もちろん臨床面ではコモン・ディジーズを中心に漢方が幅広く用いられている
が、難治性疾患に効かない,と鼻から決めつけることは間違いである。米国でも
雷公藤という生薬による関節リウマチの臨床研究が進んでおり、逆に高度医療と
して生薬からの創薬をわが国の産業振興にすることは決して間違った施策ではな
い。

また、生薬原料の枯渇が懸念される中、わが国の技術力を以ってすれば生薬の
国内栽培は可能である。農業の自給率向上とともに、品質の高い生薬産業をわが
国の産業とすることも可能である。
●アジアの時代が来ることを見据えた医療政策を

詳細はMRICの臨時vol.164で紹介させていただいので省くが、海外から孤立し
ているのは漢方だけではない。8月8日(土)夜8時から放映されたNHKのA to Z
「ニッポンは勝ち残れるか 激突 国際標準戦争」
http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/090808.htmlで、国際標準から大き
く後れをとって苦戦する日本の経済が放映されていた。携帯電話、冷蔵庫などが
紹介されていたが、このほかにもソーラー発電や海水を真水に変えるシステムな
どもドイツ・フランスはじめEU諸国が日本をはずした世界標準を意図的に作り、
そのために、日本が技術は高いのに、海外に打って出れない仕組みが作られてい
ると聞く。放映の中でも国策として取り組むドイツの迫力には鬼気迫るものを感
じた。

ひと時代前は日本はもっと世界の動向に敏感であったように思う。最近では海
外に出ていかないことが懸念されるが、昔はアメリカに行けば世界の情報が集まっ
た。しかしグローバル化の進展、および中国・インドをはじめとするアジアの台
頭の波は今後もますます続くと考えられる。中国は国策として国内外における伝
統中医学の推進を急ピッチで進めている。それは医療として世界を市場とすると
いう目的があるからである。韓国も然りである。残念ながら、わが国には有識者
や政府関係者に漢方を国策として取り上げようという機運が全く欠如している。

それは国民目線、国際目線が欠如しているからであろう。国民が求めている医
療に目を向け、今回のマニフェストに漢方医学を取り上げた民主党はその意味で
画期的である。さらにマニフェストの中に、「アジアの東玄関という地理的要件
を活かし」とある。これは米国だけを向いてきたこれまでの政策からの転換とし
て、アジアと米国をつなぐことが今後の重要な政策となることを意味している。
●WHOが注目するアジア・アフリカ

WHOが伝統医学に注目する理由は、世界保健機関という名称でありながら、世
界の医療をカバーできていないことがある。すなわち今まで世界の保健の仕組み
もほとんど欧米の先進国中心に進められてきた。しかしながら統計情報で、人口
の多いアジア・アフリカを除いたら、世界の統計にはならないのである。こうし
たことからWHOは真の世界統計情報を目指しているのである。

医療現場においても1990年代に始まる世界的な補完・代替医療の潮流の中で、
伝統医学が一気に欧米に浸透していった。ドイツでも整形外科、ペインの専門医
を中心に医療に鍼灸を取り入れている医師が多い。

慶應にも毎年欧米からの医師・医学生が4-5名ほど短期研修に来る。今夏もジェ
ファーソン大学から2名、テンプル大学から1名受け入れた。わが国の医療が欧米
から学ぶだけでなく、欧米に教えることができるものがあることを是非とも認識
して欲しいと思う。

世界は少しずつ変化していて、欧米だけではないことが示されてきている。今
後わが国の医療政策が従来通り米国だけを見ていくのではなく、アジアにも向い
ていくという確たるメッセージが重要なのではなかろうか。

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