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臨時 vol 190 「平成の大本営」 医系技官問題を考える(1)

医療ガバナンス学会 (2009年8月14日 06:10)


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妊婦は新型インフルエンザ重症化のハイリスクか?

厚生労働省医系技官
木村盛世(きむら・もりよ)

新型インフルエンザの話題は主要ニュースから姿を消し、あたかも患者は発
生していないように見えるが実はそうではない。5月には発表された新規患者数
がいったん下火になったようであったが6月には盛り返し、2009年7月24日現在の
新型インフルエンザ患者数は累計で4986人である。果たして次の流行がいつ来る
のかは誰にもわからないことであるが、今回のインフルエンザよりは致死率が高
い流行があるとして備えるのは必ず必要な事である。

インフルエンザの対策の基本は「一人の患者も国内に入れない、一人の死亡例
も出さない」のではなく「国内に入るのは当然で入ったら必ず広がるが、その広
がりをなるべく小さくする」ことである。そのための対策として重症化しやすい
グループを重点的に保護するのは理にかなったやり方である。果たして新型イン
フルエンザで重症化しやすい人たちとは誰なのだろうか。WHOも米国CDCも
糖尿病、呼吸器疾患などの基礎疾患を持つ人と妊婦と言っている。日本もそれに
ならって基礎疾患を持つ人と妊婦がハイリスク集団だといっている。基礎疾患を
持つ人はさておき、なぜ妊婦が重症化しやすい集団なのだろうか。実のところ妊
婦がハイリスクであるかどうかは本当のところ分かっていないのである。分かっ
ているのはかつてアメリカで豚インフルエンザ(H1N1)が流行した際、妊婦が死
亡したということだけである。ヒポクラテスの時代におそらくH1N1型インフ
ルエンザであろうと予測される流行があるが、その当時の症例報告をみても出産
すぐの女性の死亡例の記載はあったが妊婦は出てこない。米国CDCでも妊婦の
重症化に関するエビデンスは増えていると言及しているが、先日Lancetに、米国
13の州から報告された34例の妊婦の新型インフルエンザによる入院率は一般集
団より高かったという研究結果がだされたが、この論文が初めての学術的考察と
言ってよいであろう。

はたしてどの集団化がハイリスクなのかを調べるためにはハイリスク集団とそ
うでない集団との疾患の新規患者発生率を比べる相対危険度と呼ばれる指標が必
要だが、新規患者発生率は前向き研究のみしか計算できない。
Lancetに出された論文における後ろ向き研究では果たして妊婦というステイタス
のみで疾患の重症化しやすさを結論するのは難しい。妊娠したということでつわ
りがひどく食事が満足に摂れなかったかもしれない。あるいは運動不足になって
体力が落ちた可能性もある。以上のべた可能性は妊娠という因子ではなく妊娠に
よって生じた二次的な状況である。となれば、「食事接取量が減り栄養状態が悪
化した」、あるいは「運動不足により体力が低下した」がインフルエンザの危険
因子であって妊娠そのものがリスクファクターではないことになる。栄養状態の
悪化、口腔内状況の悪化、体力低下はインフルエンザに対するリスクと示唆され
ている項目である。こうした事項(交絡因子という)全てをインタビュー形式で
定量化して調べるのは限界がある。後ろ向き研究が決定打とならない一つの理由
はそのためだ。インフルエンザのように複数の型のウイルスによる混合感染も考
えられる場合、前向きに追っていったとしても結果の解釈が難しくなる可能性は
あるがやってみる価値はあるであろう。また後ろ向きであっても前向きであって
も1つの研究だけでなくたくさんの場所で違う集団を使った研究結果が必要であ
る。実際結核は白人よりも黒人が発病しやすいという研究結果は何十年にわたる
複数の前向き研究から生まれた結論である。実際我が国では重症化した妊婦の報
告は報告されていないようなので日本人とアメリカ人の違いがあることも十分考
えられる。

研究論文は星の数ほどある。疫学研究者個人やマスコミにとっては1つ1つの
結果が大切かもしれないが、それを政策に反映するには、果たして研究結果から
得られた結論が正しいかどうかの見極めが必ず必要である。その見極めをするの
が公衆衛生のプロである。CDCもWHOも全能ではない。時には不十分な研究
報告を出す可能性もある。疫学研究でいう「バイアス」という専門用語があるが
「因果関係調査のいかなる過程においても生じるシステマティックエラー」と定
義されている。例えばある小児がんと放射能汚染との因果関係を調べるため、症
例(小児がんに罹った子供たち)と対照(罹らなかった子供たち)の母親にイン
タビューをした結果、小児がんに罹った子供たちの母親のほうが高率に放射線に
よる検査を受けていたという研究結果が出たとする。果たしてこの因果関係は事
実なのであろうか?自分たちが小児がんの子供を持ったと仮定してほしい。「私
が何かいけないことをしたから子供はがんにかかったのではないか」と母親は思
うであろう。そして健常な子供たちをもった母親以上に「X線写真を歯医者でとっ
た」とか「胸のレントゲン写真をとった」ということが記憶として強くして残る
ことが言われている。これをリコールバイアスというのだが、バイアスの種類も
山ほどある。バイアスは統計学的処理でもコントロールすることはできない。見
つけられるか否かは専門家の優れた「鼻」にある。

我が国では大規模な疫学研究という、公衆衛生にとって必要不可欠な研究がほ
とんど行われない。それは、自称公衆衛生のプロと言ってはばからない医系技官
が公衆衛生のプロではないからだ。彼らたちが自国での疫学調査を行わない理由
は、自分たちで調査研究ができないからだ。データに関して言えば、臨床現場を
使ってかなりの数を集めているはずであるが、集めた目的も分からず解釈もでき
なければ宝の持ち腐れと言えよう。自分たちで何もできないのであればデータを
公表して、できる人たちに解析して論文を書いてもらえばよい。データを開示す
ると自分たちの権限が弱まるとでも考えているのだろうか。そうだとしたら、ま
るで「指輪物語」の世界である。WHOとCDCのデータを鵜呑みにして政策に
反映させるやり方は誰にでもできるであろう。言い方を変えれば医系技官の公衆
衛生の技量はその程度だということだ。「新型インフルエンザ予防にはヨーグル
トが効果的」という研究が海外で出たとしたら、国民すべてにヨーグルト摂取を
義務付ける局長通知でも出すのであろうか。その時は牛乳アレルギーに対して十
分配慮をしないといけない。

著者紹介
筑波大学医学群卒、ジョンズホプキンズ大学公衆衛生学修士(MPH)
専門は感染症疫学

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