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臨時 vol 196 「新型インフルエンザと輸血の問題をもっと議論しよう」

医療ガバナンス学会 (2009年8月18日 08:51)


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日赤プレスリリースに思うこと

東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
客員研究員
成松 宏人

 

 

【新型インフルエンザと輸血供給問題?血小板輸血が危ない!】

今春の新型インフルエンザ騒動は、医療関係者に危機管理について課題を突き
つけました。2009年5月、関西地区で献血者数が34%も減少したのです(朝日新聞
2009/5/23)。これは新型インフルエンザの感染拡大により外出を控える人が増え、
献血が減ったことが原因でした。

特に血小板輸血への影響は深刻です。常温保存のため、4日間しか保存できず、
在庫調整が困難だからです。血小板が不足すれば、がん治療や大手術は制限され
ます。
【病原体不活化技術】

輸血の病原体不活化は、血液を処理し核酸を壊すことによって、ウイルス・細
菌・原虫などの病原体を殺す技術です。多くの専門家は、この技術は、新型イン
フルエンザ流行時の輸血確保に有用かもしれないと考えています。

少し、専門的になりますが、ソラレン誘導体を用いた不活化技術をご紹介しま
しょう。ソラレンはレモン、セロリなどの食品に多く含まれる化合物です。この
技術を用いれば、血小板製剤の保存期限は4日から7日に延びます。なぜならば、
この方法は保存中の細菌増殖を抑制可能だからです。食べ物にたとえると「真空
パック」とか「防腐剤」といったイメージでしょうか。もし、保存期間が延びれ
ば、輸血の充足している地域から、不足している地域に血液をまわすことが容易
になります。

この技術は、世界で急速に普及しつつあります。具体的にはEU16カ国、一部の
東南アジア諸国では既に承認されています。また、米国、中国、韓国では承認の
ための審査中です。
【日赤からのプレスリリース】

我が国でも、この問題について議論が進みつつあります。ちなみに、筆者も
MRICに寄稿させていただきました。
http://medg.jp/mt/2009/06/-vol-147.html

7月28日、日本赤十字社(日赤)から「血液製剤における安全対策の進捗状況」
と題したプレスリリースが発表されました。日赤は、日本の輸血事業を独占して
いる組織で、輸血医療に対する影響力は絶大です。私は、日赤が自らの意見を社
会に示したことは評価しますが、このプレスリリースでは、国民に十分な情報を
提供しておらず、不十分だと感じます。まず、プレスリリースを引用しましょう。

『新型インフルエンザの感染は世界的に流行しており、わが国においても今秋
には更に蔓延することが想定されています。
日本赤十字社では、新型インフルエンザが蔓延し、多くの人々が感染するこ
とによって、献血にご協力いただけなくなることを考慮し、献血による輸血用血
液製剤の確保に向けた対策を検討しております。
病原体低減化(不活化)技術(以下、「病原体低減化技術」という。)の導入
により、血小板製剤の有効期間が現行の4日間を2日程度延長できるため、新型イ
ンフルエンザ対策としても有効との意見もありますが、元々在庫量が極めて少な
い状況では有効期間延長の効果は少なく、在庫の絶対量を確保することが最優先
の対策です。
したがって、新型インフルエンザ蔓延時の対応と血小板製剤の病原体低減化技
術導入による有効期間延長の問題は、別々に検討すべき課題です。
(後略)』
【不活化技術導入と血液製剤の絶対量の確保は二者択一か?】

筆者は、不活化技術の導入だけで、すべての問題が解決できるとは思っていま
せん。しかしながら、この方法は、血小板供給対策として有望であり、早急に議
論すべきです。その際には、安全性やコストについて十分な検討が必要なことは
言うまでもありません。しかしながら、今回のプレスリリースは、「このような
議論を行なうつもりはありません」と宣言しているようなものです。これは論外
です。

新型インフルエンザ流行時の対応は不活化技術だけではありません。不活化技
術のそれらの中での位置づけを議論するためにも、どの様な対応があるか総合的
に考えてみたいと思います。

これは、大きく分けて1) 輸血の絶対量の確保と2) 在庫調整による有効活用が
あります。1)はなんと言っても献血者の確保です。2)には不活化技術の導入が有
効な可能性があります。
【日赤が血液事業を独占する意味】

具体的な議論をする前に、日赤が日本の血液事業を独占している意味を考えて
みましょう。

一般論として、経済活動は、複数の企業が参入し競争した方が価格も下がり、
供給も安定します。これは「市場原理」です。しかしながら、一部の分野では、
このような供給方法をとらず、国家が独占を認めています。

代表例として電力供給があります。多くの国民は、電力供給は社会にとって必
要不可欠で、市場に依存すれば安定供給できなくなるリスクがあると考えていま
す。例えば、電気需要は季節毎に使用量が大きく変動し、真夏のピーク時に合わ
せて発電能力を維持するためには、多くの無駄を覚悟しなければなりません。こ
の無駄を省く「合理化」に失敗して停電になれば、困るのは国民です。このよう
な事態を避けるため、独占を許すことで、供給を安定化させています。

輸血供給も、国民の生命に直結する社会インフラです。国民が日赤の独占を許
しているのは、社会情勢に振り回されず、血液製剤の供給を維持できるよう願っ
ているからです。地震などの大災害では、多くの国民が怪我をして輸血が必要に
なります。

独占を認められた日赤は、市場の洗礼を受けない代わりに、高い公共心が求め
られることは言うまでもありません。なんと言っても、ボランティアから採取し
た献血を使って、「商売」しているのですから。

今回の新型インフルエンザ騒動では、国民に正確な情報を提供し、広く議論す
ることは日赤に科された使命とも言えます。
【絶対量の確保?海外から不活化製剤を輸入するというシナリオも】

話を戻して、輸血の絶対量の確保について議論しましょう。

まず、現在の血小板の供給状況をご紹介しましょう。正確な数字は公表されて
いないものの、血小板輸血は製造された製剤の90-95%が使用されているといわれ
ています。そして、残りの5-10%は使用されずに廃棄されていると推定されます。
このうちの一部が余剰在庫になって、献血者が減少した場合でもカバーすると考
えられます。

今年春の関西でのインフルエンザ流行時には献血者数が減少したにもかかわら
ず、実害は出ませんでした。これは、献血者の減少が限られた地域に限定され、
献血者減少の程度が小さかったために、余剰在庫でまかなうことができたからだ
と考えられます。この余剰在庫を増やす、もしくは危機下でも維持するのが絶対
量の確保です。

では、本格的な流行時には、この5-10%の余剰在庫だけで大丈夫なのでしょう
か?筆者はとてもこれだけの在庫では安心することはできません。今年春の際に
も震災の経験があり、危機管理ノウハウを蓄積している神戸だから、上手くいっ
たのかもしれません。

一方で、日赤は在庫の絶対量の確保のみで対応すると表明しています。たとえ
ば、新型インフルエンザ大流行時にも血小板必要量を十分にまかなえるような数
のドナーのリストを日赤が持っていて、不足時にはいつでも成分献血に応じても
らえるとの確約をもらっているというならば、筆者も安心できます。日赤はどの
程度のドナープールをもっているか、その絶対量を国民に説明する必要がありま
す。

ちなみに、今年春の関西でのインフルエンザ流行時には医療機関に輸血用血液
の節約を求める厚労省通知が出されました(平成21年5月21日発、薬食血発第
0521001号、第0521002号)。
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090525-01.html

もし、日赤がドナープールに自信があるなら、こんな通知は不要な筈です。明
らかに自己矛盾しています。

筆者はこの血小板輸血を「節約」する方法は、ほとんど効果がないと思います。
血小板製剤は貴重です。例えば濃厚血小板10単位一本の薬価は約7万5千円と高価
であるのに加えて余剰在庫もほとんどないことから、通常時でも必要最低限しか
使用していません。これ以上節約する余地はほとんどないでしょう。

次に考えられるのは献血者制限の緩和による絶対量確保です。7月29日の朝日
新聞には新型インフルエンザの流行に備えて日赤がBSE対策関連として行ってい
る英国滞在者の献血制限を一部緩和する方針を固めたことが報道されました。ま
た、ドイツのPEI(生物製剤の規制当局)は各地の血液センターに対し、新型イ
ンフルエンザ流行地域への旅行歴があるドナーからの献血の際には、病原体不活
化が必要との指示を出しました。今秋の新型インフルエンザ再流行を控え、欧州
諸国も対策に余念がないようです。

余談ですが、このような対策をとっても献血の絶対量が不足する場合は、海外
からの血液製剤の輸入も考えなければいけないでしょう。しかし、筆者の知る限
りでは、この点に関しての具体的な議論が十分になされた様子はありません。
【在庫調整による有効活用】

在庫調整に有効と考えられているのが不活化技術です。たとえば、都市部で午
後に献血された場合、すぐに肝炎やエイズに対する検査(NAT)が行われ、翌日
には結果が判明します。血小板の有効期限は4日ですから、残りの3日間で各施設
へ送付され、実際の患者さんに投与されます。地方では2日になることもありま
す。このように、時間がタイトなため、他の地域に製剤をまわすという余裕はあ
りません。

一方、不活化技術を導入すれば、有効期限jは4日から7日に延びます。この結
果、NAT検査が終了してからの時間的余裕が3日から6日に延びます。

今春の関西における日赤の対応は大変示唆に富みます。プレスリリースには、
献血者数が減少した際に最悪の事態を想定して、赤血球輸血に関しては全国から
関西地区に赤血球製剤を送るという、まさしく在庫調整を行ったことが記されて
います。非常事態の際には在庫調整が必要であることを、日赤自身が示したので
す。ただし、これは赤血球製剤の保存期限が21日と長いために可能でした。
【不活化技術の副作用と日赤・輸血専門家の態度】

不活化技術の最大の懸念は、輸血製剤に添加物を加えることによる副作用です。
実は、この件に関し世界的なコンセンサスはなく、各国に温度差があります。例
えば、欧州は安全と判断し承認済みです。一方、米国では審査員の間で意見が割
れ、承認の最終段階です。余談ですが、米国政府は、新型インフルエンザが社会
問題化すると速やかに、輸血確保と医薬品・医療機器の迅速承認を明言しました。
私は、米国政府は不活化技術を念頭においていると考えています。

日本で、不活化承認に大きな影響力を持つのは、日赤と厚労省審議会の専門家
たちです。彼らは副作用を非常に懸念しています。もし、副作用が社会問題化し
た場合、責任を問われるのは自らだと考え、その導入に強く抵抗しています。実
は、この態度は、「責任回避」という側面から考えた場合、合理的です。薬害が
生じた場合の過失に対する糾弾と比べれば、ドラッグやデバイスのラグで不作為
への糾弾など大したことはないからです。さらに、我が国の医療行政では、「権
限」と「責任」の所在が不明瞭なため、日赤や審議会の委員たちは、他者に責任
転嫁するでしょう。

もし、新型インフルエンザ問題が勃発しなければ、米国の判断を待って、「じっ
くり」と対応すれば良かったのですが、状況は変わってしまいました。不確実な
状況の中で判断することが求められています。
【欧州では副作用の報告は少ない】

では、不活化技術が導入されている欧州では、副作用は起きているのでしょう
か。欧州からの報告によれば、約16,000例に不活化された輸血が行われ、副作用
発生率は0.66%です。いずれ血小板輸血に見られる軽症アレルギー反応であり、
重篤な副作用は報告されていません。また、この頻度は、不活化しない従来の血
小板輸血でみられる副作用(3-4%)よりかなり低い頻度です。これを見る限り、短
期的には安全性は高く、血小板輸血に多い副作用の提言にもなっています。

勿論、日本人に不活化技術を導入した際に、いままで海外では指摘されていな
かったような、晩発的な副作用が出ることは否定できません。この点は、国民が
リスクとベネフィットを総合的に評価して、判断を下すしかありません。
【本当のステークホルダーは誰か?】

さて、プレスリリースに戻りましょう。後半には以下のように記載してありま
す。

『日本赤十字社では、安全対策としてこれまでに検討してきた血小板や血漿の
病原体低減化技術について、低減能、品質への影響、事業への適合性などの評価
結果を薬事・食品衛生審議会に報告してきました。

血小板製剤における病原体低減化技術は、ビタミンB2を添加して紫外線照射す
る方法を重点に、処理した血小板の機能や細菌低減能を評価し、同審議会で審議
していただいています。本年中には当面導入すべき技術についての最終的な審議
をいただけるよう、現在準備を進めているところです。』

日赤によれば、不活化技術の導入の是非は「審議会」で決めるとのことです。
筆者は、この部分に問題が凝縮されていると考えます。無責任体制です。

不活化技術を認めないという判断では上述のインフルエンザ流行時にも在庫調
整は、ほぼ不可能でしょう。最悪の場合は、患者さんが輸血不足で亡くなるかも
しれません。一方でこれを認めると、未知の副作用が起こるかもしれません。こ
んな重い判断、「審議会」の委員や日赤、厚労省の担当者だけで果たしてできる
のでしょうか?

筆者はこの問題について判断ができるのは、当事者だけだと考えます。言い換
えれば、判断の結果の影響を受けるステークホルダー(利害関係者)、つまり、
「結果責任」をとる人たちです。

では、この問題のステークホルダーは誰でしょうか?まず、第一に輸血療法を
必要としている患者、次に将来患者になる可能性のある国民、そして、患者の利
益の最大化を職業的使命としている医療関係者です。
【机上の空論に終始した審議会】

7月28日に「審議会」で「新型インフルエンザの蔓延時等における献血量の確
保について」話し合いがあったようです。その資料が公開されています。
http://www.wam.go.jp/wamappl/bb11GS20.nsf/aCategoryList?OpenAgent&CT=10&MT=030&ST=110
危機管理対策としての不活化導入の議論は全くされませんでした。

代わりに、1)官公庁・企業等における事業所献血の推進、2)複数回献血者
への緊急的な呼びかけ、3)医療機関における適正使用の更なる推進、4)海外
滞在歴による献血制限の緩和などが対策として提示されています。

1)2)ではシミュレーションが試みられていますが、官公庁の職員や献血に
熱心な人が、インフルエンザが猛威をふるっているまっただ中で果たして想定通
りに献血してくれるのでしょうか。3)の適正使用推進でのシミュレーションで
は赤血球輸血のみが取り上げられており、需給が逼迫する血小板は全く想定され
ていません。血小板に関しては在庫調整なしで乗り切る方針のようですが、この
対策だけで危機管理として十分かどうか、少なくとも筆者はとても心配です。
【さらなる情報開示と議論を】

この問題は、審議会を隠れ蓑に使う日赤と厚労省に任せていては、全く解決し
そうにありません。この問題を解決するには、徹底的な情報開示、合意形成のた
めの「本当の」ステークホルダーによる徹底的な議論が急務です。

まず、情報開示です。プレスリリースがなされたことは第一歩としては評価さ
れるべきだと思います。ただ、残念ながら不十分です。まず、新型インフルエン
ザ対策としての不活化技術の導入について日赤が頑なに議論すら拒んでいる理由
が不明です。絶対量の確保だけで乗り切れるというならば、みなが納得いく根拠
を速やかに開示すべきです。また、春に起こった関西での新型インフルエンザ流
行は秋以降の大流行に備える上で貴重な「経験」になっているはずです。このと
き行った対策の評価を含めた詳細なデータの公表が必要です。

次に議論です。今回の総選挙に向けた民主党の民主党が政策INDEX200
9に不活化技術の導入が明記されています。選挙の結果次第では、日赤・審議会
は与党と真っ向から対立することになります。
http://www.dpj.or.jp/policy/koseirodou/index2009_medic.html
【不活化技術導入のコストは200億、国民の命の値段として高いのか?】

不活化技術導入にはおおよそ200億円のコストがかかると言われています。
ちなみに何かと話題に上る「アニメの殿堂」(国立メディア芸術総合センター)は
土地・建物だけで117億円です。税金の使い道は国民が決めることです。コスト
は、不活化技術導入の言い訳にはなりません。

社会は多様化、グローバル化しました。これからも一部の専門家や担当者では、
とても判断できない問題は増え続けるでしょう。この不活化技術の導入問題は今
後の日本医療の行く末を占う試金石になると考えています。そして、この問題を
解決するのは最終的には「本当の」ステークホルダーである患者、国民、現場の
医療関係者でしかあり得ません。

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