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臨時 vol 199 「僕は医者になって楽しむ:小鷹昌明 著 『医者になってどうする!』を読んで」

医療ガバナンス学会 (2009年8月20日 09:19)


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東京大学医学部第四学年 森田知宏


2009年8月10日に獨協医科大学神経内科の小鷹(おだか)昌(まさ)明(あき)先生より、『医者になってどうする!』(中外医学社)という著書が出版された。先生は、これまでにも医療の現状に関して、幾冊かのエッセイを出版している。前著では、患者や医療者、一般の人々に向けてのメッセージが中心であったが、今回は僕ら医学生や医学部を目指す高校生に向けて発信されていた。とても興味深く読ませていただいたので、感想を述べたいと思う。
医療を良くするために努力する」、僕の目標とする医療者としてのアジェンダ(行動指針)である。だが、人の命を救う医療が、誰かの犠牲のもとで成り立っているのならば、それは正しい医療ではないと思う。つまり、提供する側も享受する側も皆、win-winとなる医療を目指すべきだと考えている。
ヒポクラテスの誓いが金科玉条のごとくもてはやされ、医者が患者に対して滅私奉公することをさかんに求める。医療を良くするための行動が、自分個人のことよりも優先されるべきであるということは、医者として確かに当たり前かもしれない。しかし、それをどんな医療者にも全員に押し付けることはエゴではないか(誰のエゴなのか、清貧を重んじる医者なのか、いい医療を欲する患者なのか、案外、医療制度の設計者のエゴなのかもしれない)。各個人のできる範囲で、できるだけ医療を良くするべく努力をすればいいのではないか。
また、医療は持続可能でなければならないとも思う。自分の生きた時代はなんとか持ちこたえられたとしても、次の世代で医療が後退するようなことがあれば、自分の世代が医療を良くしたとは言い難い。誰かの犠牲のもとで成り立つシステムは脆い。医療崩壊についてはさまざまなことが議論されているが、医学生もしくは医学部を目指す高校生が何を考えなければならないかについては、あまり語られていない。彼ら(僕ら)に根性論を振りかざしてみたところで、大半は冷めてしまうし、医師になる道を断念するものもでてくるのではないか。
そのような考えを持ちながら医学部に通っている僕が出会った本が、小鷹昌明医師の書かれた『医者になってどうする!』(中外医学社)であった。医者を目指す僕らを対象に医療の現状を訴えかけていた。若者向けの本の多くはどこか気取っていて、いい面ばかりが強調されたり、変にメッセージ性を出そうとしたりしていて、あまり好きでなかったのだが、この本は違っていた。驚くほど正直に作者の本音が書かれていた。「医学生のエゴだ」、「医師になっていないのに偉そうなこと言うな」、僕が同様なことを言ったのならば、そう思われるかもしれないが、作者は十五年目の医師である。経験や実績に裏打ちされたその言葉には、僕が考えていることよりはるかに説得力があった。
本著の特徴として、まずきれい事が書かれていなかった。医者としての悲痛な思いが随所に表れていた。たとえば、「医学部を卒業した直後には、これから患者さんのために働こうとどんな医師でも思う。しかし、卒業後三、四年すると患者は常に医療を必要として、困って病院に訪れるわけではないことに気付く。・・・ともすると、患者不信の気持ちが優位に立ってしまい、その後もそのままの気持ちで医療を行った場合には、医師にとっても患者にとっても不幸である」と書かれている。
このような苦悩の中で、作者自身は「患者の臨終の瞬間に立ち会うことで身が引き締まる思いを維持させ、初心を取り戻した」と述べている。さらに医者は、人生において大きな葛藤を抱えていると指摘する。僕がもっとも印象に残った部分は以下である。「皆が大学教授や大病院の院長になれるわけではない。多くの医師は親の後を継いで開業医になるか、一般の市中病院で勤務医として働くか、そのどちらかである。そんなこともわからず大きなリスクを背負って、いつ破滅してしまうかわからない状態で、自分の限界までかけて働いていくのか? あるいは、医療を生業として、自分の手の届く範囲の患者に対してのみ誠実な医療を実践する程度で満足して、一人の人間として楽しい生活を求めていくのか? 現実的には、この二つの狭間で、教授や大病院の院長になれない多くの医師らの心は揺れ動いているのである」
医者という職業は、もはや収入がいいなどという神話は通用せず、作者に言わせれば、「辛くて割に合わない仕事」である。さらにネガティブなこととして、「医師たちは自分の仕事に誇りを持っているが、最愛のわが子に同じ職を継がせたいかと問われた場合には迷ってしまう。医師になんかさせないで、もっと効率よく収入が得られて、余裕のある暮らしのできる職業を選択させたいと考えている」と述べている。
ここに現代の医療界の決定的な弱みが存在していると思う。医者は誇りを持っていたとしても、我が子には勧めない職業なのである。現役の先生方は確かに今、医療を必死に支えている。しかし、次世代に胸を張って勧められないのであれば、はたして医療を良くしていると言えるであろうか。「現状がおかしいことはわかっているが、それを受け入れて自分は辛くても我慢して頑張る」というのでは、問題を次世代に先送りしているだけではないのか。早い話が逃げている。現状が「ツライツライ」と嘆いているよりも、それを正すべく行動を起こす方がずっとツラいが、有意義ではないのか。僕はできることなら、自分の子供に勧められる医療の実現を目指したい。
次の世代にも受け継がれ、より良い医療の実現のためには、作者が述べるように「医療のあるがままの姿を社会に提示し、現実を受け入れてもらう」ことが必要だと思う。医療者だけが医療を良くしようと努力していたのでは、医療はけっして変えられない。将来の医療者や非医療者を巻き込むような試みが絶対に必要である。医療に無関係な人などいないからである。人々全員に”医療を良くしたい”という意識が浸透したのならば、新しい時代の医療がきっと実現できると僕は思う。
今は不況の世の中ではあるが、暮らしやすい日本を作っていくことが大切であると僕も思っている。作者は、「医師になるということは、そうした社会の歪みに対してメッセージを伝える気構えを持つことも必要だ」と述べている。「医療者は富裕層と貧困層を分け隔てなく観察する機会の多い職業であり、人間の本音に迫れる部分において、これ以上の仕事はない」と言い、「社会の状況を真剣に捉え、仕組みを変えていけるのは実は医療者だけなのかもしれない」と強調している。僕もそう思う。
「昔ながらの古い慣習に縛られない若い医師たちが、医療をキャッチアップして制度を変えていける礎となり得る」と述べたところに、作者の真意がある。「医療をあまねく提供できるシステムの維持を目標に、日本を医療崩壊の淵から救うべく私と一緒に立ちあがってもらいたい」というところに僕は大きな期待と安心とを感じた。僕自身、若輩ながら「医学生であったとしても、現在の医療に貢献できることが必ずあるはずだ」という意識を抱いている。本書が、将来の医療に向けて、医学生として自分たちに何ができるであろうかということを考えるきっかけになればいいと思う。
本書は、医療に楽観的な展望を持たせてくれるものではけっしてなかった。むしろ悲しい現実を描いていた。しかし、だからといって医者になりたくないとは思わなかった。むしろ逆境であるからこそ、医療界にはチャレンジできる多くの望みがあり、若い世代にとって特に魅力的な業界になり得ると確信した。「医者になってどうする!」と問われたら、僕は「楽しむ」と答える。人生を費やして楽しむ価値が、医療には必ずあると僕は信じている。

 

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