医療崩壊の原因となっている医師の超過労働を減らす方法は2つに分類できま
す。医師を増やすか、患者を減らすかです。訴訟リスクを減らす、コメディカル
を増やす、経済的なインセンティブを付ける、などは、医師を立ち去らせないと
いう意味で前者に入るでしょう。
一方、患者を減らす方法には、疾患そのものを減らす予防医学の取り組みがあ
ります。
例えば、WHOは先進国でのタバコによる癌の超過死亡を約4割と推計してい
ます。つまり、喫煙率が半分になると(禁煙開始後発癌リスクは急激に低下する)、
癌による死亡は2割減る。これは癌を看取る医師が25%増えたと同じ効果が生
まれるということです。
さて、現在、妊娠がわかった時点で、35%の妊婦が喫煙しています(第43
回日本周産期・新生児医学会)。このうち約8割が禁煙を試みるのですが、妊娠、
出産、授乳と過ぎるうちに、再喫煙が多発。一歳半健診の段階で、もとの7割が
喫煙しています。
悲しいことに、母親たちは子どもの受動喫煙や、次の妊娠への悪影響を心配し
ています。それでも吸ってしまう。依存症の恐ろしいところです。
ところで、ニコチン依存には体と心の2つの依存がありますが、このように長
期間の禁煙後再喫煙してしまう場合、体の依存が原因ではありません。なぜ、そ
ういえるか分かりますか?
単純な話です。禁煙している間に、体からニコチンは・・・? そう、体外に
排出されてしまうからです。もはやニコチンが切れてきたから吸いたくなる、と
いう現象は起きません。体は治っているのです。
ではなぜ吸いたくなるのか。それは、心の依存が残っているからです。つまり、
心の問題の解決が禁煙継続の鍵になるのです。
私は、喫煙者と接する中で、ニコチンの薬理的作用と、喫煙者心理を結ぶ仮説
(失楽園仮説)を抱きました。そして、喫煙者や元喫煙者は、ちょうど心のわなに
はまったような状態で、このニコチンの薬理作用と自分の心理の関係を客観的に
認識できず、そのために再喫煙してしまうと気づいたのです。
実際、失楽園仮説を手掛かりに、喫煙者が気づきの連鎖を起こし、自分の姿を
客観的に眺めることができるようになると、禁煙継続が容易となることが分かっ
てきました。そしてそのためのプロトコール(リセット禁煙)が開発され、誰でも
簡単に利用できるように、読書療法のテキストとしてまとめられたのです。
私はタバコ問題を、予防医学の中核をなす、医療の根本に関わる課題だと理解
しています。そして、その解決には、リセット禁煙などの心理的アプローチが不
可欠だと感じています。
次回から、少しずつ、喫煙者や元喫煙者の陥っている心理的トラップについて、
紹介していきます。そして、医療崩壊を緩和するためにタバコ対策をどう進める
のが効果的か皆さんと考えて行きたいと思います。