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Vol.125 <時代刺戟人コラム>第269回

医療ガバナンス学会 (2015年6月25日 06:00)


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経済ジャーナリスト

牧野義司

2015年6月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


◆中山間地域おこしの「ちょっといい話」、蕎麦屋からソバづくりに転じて見事成功
群馬県の赤城山中腹でソバ栽培に独自にチャレンジし、中山間地域での難しい農業経営に見事成功した人がいる。前歴がユニークで、何と東京小金井市での25年間に及ぶ蕎麦屋経営の経験を生かしての一念発起の結果だ、という話を聞き、ジャーナリストの好奇心で現場取材したら、これが大当たり。実に素晴らしい取り組みで、私自身が元気をもらうほどだった。そこで今回は、課題山積の中山間地域で、ソバ栽培を通じて地域おこしにチャレンジした人の「ちょっといい話」を取り上げてみよう。

農業生産法人の株式会社赤城深山ファームを経営する高井眞佐実社長がその人だ。川にたとえると、川下の蕎麦屋から流れに逆行して川上に駆け上がってのソバ専作だが、現在64歳の高井さんの取組みは、今やアクティブシニアの挑戦だ。蕎麦屋経営に区切りをつけ、40歳から新規就農の形で始めたソバ栽培は、天候など自然条件とのし烈な闘いがあり、素人が誰でも出来るという単純なものではない。高井さんはそれを克復したが、最初の5年間は試行錯誤で、苦労の連続だった、という。

◆赤城山の中腹斜面160㌶で夏・秋ソバの二期作に積極挑戦、新規就農から24年
「蕎麦屋が本当にほしい、と思うソバを自身でつくってみたい」というこだわりを持った高井さんは当初、借地して3㌶のソバ栽培からスタートしたが、今では赤城山の中山間地域の面積160㌶に及ぶ畑で広範囲にソバ栽培するほどまでに、力をつけている。とくに素晴らしいのは、時期が近接する夏ソバ、秋ソバの二期作に取り組んだことだ。

国内の大半の栽培農家が秋ソバに集中特化する中で、高井さんは、秋ソバ90㌶に加えて、夏ソバ70㌶にも挑戦した。夏ソバは、夏場の除草が大変で、収量にも制約があるため、敬遠する農家が多いそうだが、高井さんは夏場にこそ、ざるソバ需要があり新鮮な活きのいいソバを出したいという。蕎麦屋の現場ニーズを、長年の経験から知っていたからだ。

そればかりでない。ソバ栽培にあたって、高井さんは土づくりにこだわり鶏糞やソバ殻を使って有機質の土壌を実現した。そして消費者ニーズの強い安全志向に応えるため、無農薬栽培によって高品質のソバをめざした。しかもソバを製粉加工して、末端の蕎麦屋向けに販売する、いわゆる1次産業から2次、3次までの、いわゆる6次産業化にも取り組んでいる。味の改良工夫にこだわったことで、今では市場評価を得て、「赤城深山そば」のブランドによって、18都府県にほぼ全量を売り切る企業経営ぶりだ。

◆標高差使ったソバ栽培に意外な強み、北海道の平地生産とは異なる優位性見抜く
ここで興味深い話をしよう。高井さんの生産拠点である群馬県渋川市の赤城山中腹の畑は、200㍍から800㍍までの標高差の地域にある。農林水産省によると、中山間地域は、平野の外縁部から山間地までの広範な地域を指す。その点で言うと、高井さんの生産拠点は、同じ中山間地域の中でも標高が高い点ではハンディキャップのある土地と言っていい。北海道の広大な農地を使ったソバ生産の場合、標高差などは無関係の平地で、機械を駆使して効率的な生産を行えるのとは対照的だ。

ところが高井さんから話を聞いてみると、中山間地域、それも標高差のある山の中腹斜面を活用したソバ栽培に意外な強みがあることを知った。「標高差をうまく生かした栽培をすれば、やりようによってはコストダウンを図れると考えた。標高の高い畑から作付けして順番に少しずつ下に降りていき、高低差と時間差を活用した作業を行えば、平地生産のような同時集中して一気に作業する必要もなく、生産性も上がるのでないか」という。要は発想の転換が重要だと感じたのだ。

◆「現場・現物・現実」のモノづくり3現主義で中山間地域の現場に合った手法を導入
現に、高井さんが赤城山中山間地域の気象を調べると、100㍍で気温が0.6度も異なることがわかり、高地部分から500㍍も下がると3度の温度差がある。このため、ソバの種まきに1か月の時間差を設けることが可能で、大きなチャンスだと考えた、という。
高井さんは「北海道の広大な平地でソバ生産現場を見学した際、収穫期に同じ気温の下で同時集中的に大量に人員投入している。それに比べて中山間地域の標高差を使ったソバ生産ならば、人員は必要最小限で済み、トラクターなどの機械も有効活用できコストダウンが図れた。これは間違いなく強み部分だと自信を持った」と述べている。

誰もが中山間地域の、しかも赤城山の中腹の斜面という生産環境だと、機械を効率的に動かせることが出来ないばかりか、気温差も災いして温度管理が大変、かつ人員の作業配分にも苦労するなどハンディキャップが多くて苦労が多いだろうな、と勝手に思い込んでしまう。ところが高井さんは、モノづくりの3現主義、つまり「現場、現物、現実」を見極めて、その現場に合ったソバ生産手法を導入して、見事、コストダウンを図り、同時に、それによって利益も出せる経営を実現したのだ。

◆「利益を生み出すソバ生産モデルをつくれば、中山間地域に元気が出ると思った」
高井さんがなかなかの人物だと思ったのは、「ソバ生産は儲かるビジネスモデルだ、と中山間地域の農業者に刺激を与えれば、地域を元気にすることが出来る」と発想したことだ。赤城山の中山間地域では、農業者の高齢化が急速に進み、耕作放棄せざるを得ない農地が増えてきており、地域農業に将来展望を作り出す必要があると高井さんは感じていた。

ところが高井さんの周辺農家には違う現実があった。周辺の農業者は、レタスやブルーベリーといった長年、かかわった作物の生産にしがみついていた。高井さんのソバ栽培が利益を出しているのが見えても、積極的に門をたたいて「ソバ栽培方法を教えてくれ。一緒にやろう」といった声かけが皆無だった。それどころか高井さんに対して「うちも高齢化で畑を耕す余力がない。うちの畑を使ってくれないか」といった形で、半ば耕作放置化した畑の活用委託を申し入れてくるケースが増えたのだ。

◆現実は人口高齢化で「生産受委託」要請ばかり、そこで高井さんは別の地域貢献に
そこで、高井さんは、別の形で地域貢献することにした。まず、経営規模拡大を図り、若者を中心に社員化の形で地元からの雇用創出に努めた。現に、周辺農家などの若い男女が入社し、全国にソバを売り出す仕事に誇りを持つようになってくれた、という。また、農地を貸してくれた周辺農家160戸に対し2014年時点で年間800万円の賃貸料を支払った。農家によっては年間2、30万円の賃貸収入を得るケースもあるので、年金生活に入った農業者にとっては大きなサポートになっている。

高井さんは「40歳で新規就農した当初、よそ者だと警戒され孤立した時期があったが、私も必死で中山間地域の人たちのコミュニティに入ってつきあううちに、農地を貸してくれ、応援してくれる人が増えてきた。ソバ生産で何とか利益を出せるまでになったのも、みんなのおかげだ。だから、発想の転嫁で取り組めば儲かる農業に転化できるぞ、と働きかけ、地域全体で一緒にやりたかった。でも反応が鈍かったので、地元雇用の創出や農地の賃貸料支払いの形で地域へお返しするのも1つかなと割り切っている」という。高井さんの言うとおり、動かない現実には逆らえない。

◆「ソバは粗放農業で手間ひまかけないでもいい」というのは間違い、品質管理が必要
ところで高井さんの自助努力、創意工夫が現在の経営成功に結びついているのは間違いない。高井さんは面白いことを言う。「ソバは粗放農業で、荒れ地でも育つ、手間ひまかける必要がないと思っていたら大間違い。太陽、水、土の生産三要素のうち、土づくりがとくに重要だと気が付いた。化学肥料や農薬を使わず有機肥料、とくに鶏糞とそば殻を肥料にすると微生物が豊富で、ふかふかな土にこだわった畑でのそばは根の張り方が違うし葉の色つやもよくなることがわかった」という。

さらに、高井さんは「ソバは、雨に弱いのが最大の欠点だが、水はけをよくすれば問題なし。その点で赤城山麓は、年間を通して霧がまいた状態になり、水はけのいい畑となるので助かった。とくに夏場は、朝晩涼しく温度差が大きいのもプラスだった」という。

◆安全重視の国産ソバめざし中国産ソバ依存から脱却し、国産の「強み」発揮努力を
ソバの品種選びに関しても、高井さんは良質品種を選び、品質特性を維持するため毎年、種子の全量更新も行っている。「ソバは、早期に収穫すると、味がよく香りもいいので、それに努めた。ただ、収穫後のソバの傷みが早いので、乾燥調製などの工程管理、さらに保管の方法も細心の注意を払ったおかげで新そばに対する評価が大きくなった。製粉会社経由で納入する蕎麦屋さんから、『今年の新そばは出来がいいね』と評価をもらった時は、うれしかった」という。25年間の蕎麦屋経営体験が生きている、ということだろう。

今、国内ソバ供給元の中国産が、中国での都市化で生産地が減少し供給力が落ちてきたため、日本への輸出価格が上昇してきた。中国産ソバとの価格差が縮まってきたこともあって、日本国内で国産ソバ志向が高まっている。以前は、ソバの国産比率が19%だったのが、今は23%にまで上昇している、という。
しかし国産の本当の強みは、高井さんが取り組む有機質の多い土づくり、安全志向に対応する無農薬栽培などによって、安全・安心のソバを作り出すことだろう。中国産にない国産の強みはその点だ。日本人のソバ好きに対応し、生産者の自助努力が必要だ。

◆「農地バンク」と農業委の2ルート併存で農地受委託が機能せず、一本化が必要
最後に、政府が2014年から始動させた「農地中間管理機構(通称農地バンク)」のことを申し上げたい。安倍政権は、農業の成長戦略の1つとして、農業の規模拡大や経営効率化のために耕作放棄地や農家が活用していない農地を集約し、国が主導して専業農家にまとめて貸し出すことにしたが、最近の農林水産省発表では、政府が年間目標にした14万9210㌶に対し、実績がわずか5%という信じられない低調数字だ。笛吹けど踊らずだ。
高井さんが経営展開する赤城山中腹の中山間地域では、周辺農家とのニーズが一致し、農地の生産受委託をめぐる話し合いや交渉がスムーズに進み、高井さん自身の規模拡大ニーズとも合致した成功例と言っていい。しかし農業の現場では、国が都道府県に委託した農地バンクを通じた農地の受委託のやり方と、もう1つ、従来型の地域の農業委員会が自治体の市町村当局と連携して生産者と農地を借りたい人との間で利用権設定をして受委託を成立させるやり方の2つが併存し、互いに張り合う形になって機能していないのだ。

複数の現場関係者の話では、専業農家と、高齢化で耕作放棄地にしたままの兼業農家などとの間に入って、調整役を果たすべき現場自治体に問題がある。人手不足があること、業務量の多さという忙しさと利害がからむ問題に責任を負いたくないというおかしな意識の蔓延、それに2つのルートの一本化が図れない問題が重なって、機能していない。それが「農地バンク」の目標数字の異常な低迷数字につながっている。問題の所在がはっきりしているのならば動くのが政治であり、行政であることは言うまでもない。2ルートを一本化して、専業農家ニーズに応えると同時に企業の農業参入への布石を打つべきだ。

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