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Vol.132 安倍総理大臣と厚生労働省-ホールディングカンパニーをめぐる齟齬

医療ガバナンス学会 (2015年7月6日 06:00)


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亀田総合病院
小松秀樹

2015年07月06日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


◆安倍総理大臣のダボス会議発言
2014年1月22日、世界を代表する政治家や実業家が集まるダボス会議で、安倍総理大臣が日本の総理大臣として初めて基調講演を行った。

「昨日の朝私は、日本にも、メイヨークリニックのような、ホールディングカンパニー型の大規模医療法人ができてしかるべきだから、制度を改めるようにと、追加の指示をしました。既得権益の岩盤を打ち破る、ドリルの刃になるのだと、私は言ってきました。春先には、国家戦略特区が動き出します。向こう2年間、そこでは、いかなる既得権益といえども、私の「ドリル」から、無傷ではいられません。」

医療システムは、世界で正しさや標準が競われ、目まぐるしく変化し続けている。米国では近年、医療・介護事業の統合化が進んでいる。中心となっているのはIHN (Integrated Healthcare Network 統合医療ネットワーク)と呼ばれる非営利医療複合体である。メイヨ―クリニックは、IHNの老舗ともいうべき存在であり、オバマ大統領から「高い質の医療を提供しながら、医療費を低く抑えている」として称賛された。

◆IHN
IHNによって、米国でどのような変化が起きたのか。ペンシルベニア州のピッツバーグは鉄鋼の町として知られていたが、1980年以後、USスティール社が経営不振に陥り、廃墟と失業の町になった。地元の有力者が協議し、ピッツバーグ再生の最初の一手として、附属病院の競争力を高めるために、ピッツバーグ大学から附属病院を切り離した。1986年、UPMC(ピッツバーグ大学医療センター)を設立し、附属病院と提携先病院合わせて3病院を経営統合した(1)。この後10年間で世界最先端の医療・介護事業体として成長し、1996年には海外進出を含めた多角化戦略を策定した。
UPMCは20の病院、400を超える診療所、介護施設などのサテライト事業拠点を持つ。医療圏の人口は400万人。その広がりは、州や自治体の境界とは無関係で、ペンシルベニア州のみならず、オハイオ州、ニューヨーク州の一部に及ぶ。
ピッツバーグ大学、カーネギーメロン大学と一体になって、医療・介護の提供のみならず、医学教育、医師の卒後教育、研究開発で大きな成果を上げている。例えば、スターズル医師が切り開いた肝臓移植は、UPMCを舞台に発展した。
2011年6月期、ピッツバーグ大学とカーネギーメロン大学の事業収入は合計29億1900万ドルだった。これに対し、UPMCの事業収入は90億100万ドルと膨大であり、従業員は55,000人に達する。非営利法人なので、非課税であるが、2010年6月期には5億6300万ドルを地域貢献のために拠出した。内訳は、慈善医療2億1800万ドル、研究・教育2億4400万ドル、地域健康プログラムなど1億100万ドルだった。
IHNは、教育、研究を含めた巨大な医療・介護複合産業であり、世界最高水準の医療を実現し、その進歩を担っている。同時に地域で、巨大な雇用を生みだしている。
UPMCを含めて米国のIHNの特徴は、政府から独立した純民間組織であり、活動の自由度が大きいことにある。行政が活動内容に細かな指示を出すわけではない。

◆日本の大学病院と医学教区
従来、日本の大学病院は、診療規模が小さいのみならず、信頼性に問題があると思われてきた。このため、世界規模の臨床試験に参加するのが難しかった。加えて、最近明らかになった数々の不祥事によって、日本を代表する医学者たちが日常的に不正を行っているのではないかと思われ始めた(2)。
降圧剤であるバルサルタンは、単なる降圧効果以上に、直接臓器障害ひいては疾患発症を抑制する可能性があるとするデータで売上を伸ばし、年間売上1000億円を超えるに至った。しかし、京都府立医大、東京慈恵医大、滋賀大学、名古屋大学、千葉大学で行われた医師主導臨床試験にノバルティス・ファーマの社員が関与し、データを操作した疑いがもたれている(名古屋大は操作を否定している)。多額の奨学寄付金を受け取っていた大学の教授たちがこぞって宣伝に参加していた。多くは、日本高血圧学会の幹部だった。2014年1月、厚労省がノバルティス・ファーマを東京地検に告発した。
東京大学では、軽度認知障害を持つ被験者を対象としたJ-ADNI臨床研究で改ざん問題が浮上した。東大の主導で行われたSIGN試験は、慢性骨髄性白血病の治療薬をイマチニブからニロチニブに切り替える臨床試験だった。イマチニブの特許切れが近づいてきた中での、ノバルティス主導の拡販活動だったと理解されている。
そもそも、中世ヨーロッパで、大学は修道院によって、あるいは、修道院との競合で生まれた。13世紀のパリ大学のスター教授、ロジャー・ベーコンとトマス・アクィナスはいずれも修道士だった。現実とかけ離れた長期間の修行が行われ、儀式と位階獲得のために多大なコストがかけられた。
日本の大学は、現実社会から遊離している点で、ヨーロッパの古い大学の特徴を色濃く残している。日本の大学病院の臨床水準は高いとは思われていない。手術ができない外科系教授は珍しくない。大学病院の幹部医師の主たる関心事は位階争いなので、診療能力が二の次になるのは避けられない。
日本では、医学部が中核であり、医学部に附属病院が併設されている。所管する文部科学省の主たる関心事は教育・研究であって医療ではない。安倍総理大臣が言及したメイヨ―クリニックは、1886年に創設されたが、メディカル・スクールが併設されたのは、1972年である。日本の大学病院と逆で、病院があり、その附属施設として医学校が設立された。研究機関としても世界で高い評価を受けているが、日本の大学病院と異なり「患者のニーズ第一」が実質を伴うチャッチフレーズになっている。
米国、カナダの医学教育では、臨床実習が重視されている。医学教育プログラム認証基準は、多くの疾患を、実際に体験することを求めている(3、4)。単独の病院では、到底要求を満たせないので、多くの教育病院が臨床実習に参加している。日本の大学病院ではこの基準をクリアできない。

◆地域医療連携推進法人
松山幸弘氏は、米国のIHNを念頭に、ホールディングカンパニーという言葉を広めた。安倍総理大臣のダボス会議での発言は、松山氏と同様、教育、研究を含めた最先端の巨大医療事業体をイメージしている。
厚労省は、ホールディングカンパニーという言葉の意味を変えてしまった。2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書は、地域の連携を推進するために、「ホールディングカンパニーの枠組みのような法人間の合併や権利の移転等を速やかに行うことのできる道を開くための制度改正」を提唱した。地域医療連携推進法人がこれにあたる(5)。厚労省は二次医療圏を想定した小さな組織を念頭にしており、松山氏がイメージしていた世界最先端の巨大医療事業体という側面を消し去った。
地域医療連携推進法人が、IHNと根本的に異なるところは、行政の「強制力」を受けることである。社会保障制度国民会議報告書の記載が示すように、最近の厚労省は、一貫して「強制力」を強めようとしている。都道府県の権限を強め、「病床機能報告制度」と「地域医療ビジョン」によって、かつての共産圏の統制経済のように、行政が医療の需要と供給量を決めようとしている。一方で、消費税増収分を活用した基金を創設した。病院の購入する物品やサービスに消費税がかかっているにもかかわらず、診療報酬に消費税がかけられていない。消費税率引き上げ分が診療報酬に十分に反映されていないことを合わせると、この基金は、病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度であり、再投資の判断を経営者から行政が奪い取るものである。
都道府県知事は、地域医療連携推進法人に対し、理事長就任を許可し、都道府県医療審議会の意見に沿って、認可・監督を行う。また、地域関係者による地域医療連携推進協議会(仮称)を創設して、その意見を尊重させるとともに、地域関係者を理事に加えて、地域の意見を反映させる。とりわけ問題なのは、地域医療連携推進法人が、参加法人の事業計画等の重要事項について、意見を聴取し、指導または承認できるようになることである。行政の持つ権限によって、「できる」ことが「強いられる」ことになりかねない。

◆医療費の抑制
日本の年金と高齢者の医療費は、現役世代の保険料と税金が支えている。2010年には65歳以上の高齢者1人を2.57人で支えていたが、65歳以上の高齢者人口がピークになる2042年には1.34人で支えることになる。しかも膨大な財政赤字があり、これが現在も増え続けている。2013年度予算では、収入の半分が借金、支出の4分の1が借金返しだった。現役世代1人当たりの負担が同じで、国の借金が帳消しになり、かつ、新たな借金ができなくなったと仮定すると、支出は4分の3から4分2になる。2042年、一人当たりの給付は単純計算で1.34÷2.57×2÷3=0.35となる。
社会保障制度改革国民会議報告書は、財源確保、給付の抑制、効率化、能力に応じた負担増を訴えている。2014年の診療報酬改定と消費税率引き上げで、診療報酬が実質的に引き下げられた。従来、日本の病院の経営に余裕がなかったため経営状況が悪化した。もし、社会保障給付が現状の0.35になるとすれば、医療の形は大きく変貌する。無駄の削減は極めて重要だが、医療・介護を発展させることも重要である。
そもそも、日本は世界で最も高齢化率が高い割に、医療費の対GDP比は低く保たれてきた。このため、日本の病院は先進国と比べると貧相である。米国の病院用の標準的家具は、高価なため日本の病院では購入できない。医療水準を保つには、国民負担率を北欧よりさらに上げなければならないが、国民の同意を得るのは不可能といってよい。このまま診療報酬を絞り続けると、医療が荒んでくる。採算のとれない医療が増えてくると、一部の医療サービスは供給したくてもできないことになる。
日本の官僚のDNAには、江戸時代以来の質素倹約、財政再建路線が刷り込まれている。自動車や観光より、医療・介護ははるかに切実な需要である。医療・介護サービスを、雇用拡大と経済成長に組み込む知恵がなにより必要とされている。

◆混合診療
厚労省は、統制医療を強めることで財源不足を乗り切ろうとしている。従来通り、すべての医療を社会保険でカバーしようとする姿勢を崩していない。
治療に使われる高価な機器やカテーテル類の多くは輸入されている。最近発売されている薬剤は極めて高価である。進行前立腺がん患者に使われるジェブタナという薬剤は、1バイアル60万円で3週間に1回投与される。ほとんどの患者に有害事象が発生する。ジェブタナ投与群の生存期間の中央値が15.1か月、対照群は12.7か月とその差はわずかである。厚労省は、このような薬剤まで保険診療で使用することを認めている。高価な新薬の多くが外国で開発されているので、医療費として使われた金が外国に流れる。その分、現場を支えるための費用が削られる。
保険診療を行いつつ、財源不足に対応する方法として混合診療がある。混合診療は、医療保険を使いつつ、医療保険でカバーされない医療サービスを自費で購入するものである。日本では現在、医療保険で認められていない診療と保険診療の併用は原則として禁止されており、併用するとすべて自費で支払わなければならない。厚労省は、統制医療に固執し、混合診療を徹底して排除してきた。
混合診療に関して、以下の3つの選択肢が考えられる(6)。

1)混合診療を認めない。新しい高額医療もすべて国民皆保険で実施する。
どうなるか。医療費を賄うために保険料、税金を上げざるを得ない。それだけで足りずに、国債発行が増える。高齢化による経済活動の低下と相まって、ハイパーインフレになる可能性がある。
2)混合診療を認めない。新しい高額医療は取り入れない。
どうなるか。日本の保険診療が世界の医療の進歩から取り残される。一方で、民間医療保険による医療が大きくなる。国民が二つに分断される。民間医療保険加入者を、通常の健康保険に強制的に加入させるための根拠が薄弱になる。紛争化する可能性がある。
3)国民皆保険を守るために、混合診療を本格的に導入する。
日本の医師は、高血圧学会の重鎮と同様、製薬メーカーの拡販攻勢に弱い。同じ薬効でも高価な薬を使おうとする。2014年度、薬剤売上ランキングのトップは、抗血栓症薬プラビックス1288億円だった。1人1日分282.7円で、同じ目的で使われるバイアスピリン5.6円の50倍である。値段差は大きいが、心血管イベントの予防効果の差はごくわずかでしかない。薬価と効果の差を説明することを前提に、バイアスピリンとの差額の相当部分を患者負担にしてはどうか。
前述のジェブタナも、高価ではあるが、副作用が強く、わずかな効果しか期待できない。投与することが患者の幸せにつながるとは思えない。保険診療から外しても問題は生じない。

◆ガラパゴス化
現代社会では、経済、学術、テクノロジー、医療などの社会システムの分化とグローバル化が進んだ。こうした機能システムは、固有の正しさを発展させて、世界横断的な部分社会を形成し、日々その正しさを更新している。一方で、国民国家に内部化された社会システムは、政治や法システムと共鳴して、「国民生産レジーム」(トイブナー『システム複合時代の法』信山社)を形成する。国民生産レジームが、世界標準に背を向けて、変化を拒み続けると、合理性が大きく失われ、国際社会のみならず内側からも問題視されることになる。日本の農業国民生産レジームは、既得権益を擁護するために、農業を小規模に保ち、日本の農業をガラパゴス化させた。日本経済が大きくなる中で、農業の改革を阻害し続け、結果として、農家の零細化、兼業化を進めた。地方の貧困化に寄与したかもしれない。
厚労省の統制医療政策、混合診療禁止原理主義、二次医療圏内封じ込め政策は、日本医師会、全国医学部長病院長会議などの国内政治と国民生産レジームを構成し、日本の医療を世界標準からかけ離れたものにしつつある。日本の医療水準が低下すれば、国民の一部は、世界標準の医療を求める。世界の医療産業が参入しようとする。世界第2位の医療市場を持ちながら、世界から孤立して、ガラパゴス医療を継続するのは困難である。世界標準を求める圧力に抗することができなくなったとき、日本の医療は、世界に存在感を示すどころか、日本でも主導権を持てなくなる。
ガラパゴス化を防ぐためには、メディカル・スクールと研究施設を持つ、メイヨークリニックのような巨大IHNが必要である。すでに岡山大学病院がIHN創設を目指して動き始めた。筆者は、東大医学部をメディカル・スクールに改組すること、東大病院を東大から切り離してIHN化することを提案したい。成長戦略としてもきわめて有望である。
東大医学部は歴史的役割ととっくに終えている。世界で存在感を示すためには、新たな理念と組織が必要とされている。存立を危うくするような不祥事が頻発しているが、ビジョンと勇気を持って本気で状況にコミットする指導者がいない。現状の東大は改革の阻害要因になっている。逆に、東大の改革が進めば、日本の医療が大きく動き出すきっかけになる。東大にとっても大きなチャンスである。
日本の医療が世界標準作成のプレーヤーになるのか、医療国民生産レジームの望むままに国内で縮んでいくのか、安倍総理大臣と厚労省のどちらが将来の医療に対し主導権を持っているのか、注目していきたい。

1.松山幸弘:医療産業集積ピッツバーグのビジネスモデルUPMC. 竹中工務店広報誌approach, 2012年秋号.

http://www.canon-igs.org/column/pdf/120912_matsuyama_approach.pdf

2.谷本哲也:起こるべくして起きた高血圧治療薬バルサルタン事件. JB press, 2013年6月10日. http://jbpress.ismedia.jp/
3.小松秀樹:メディカル・スクールの認証基準について(その1/2). MRIC by 医療ガバナンス学会.メールマガジン; Vol.56, 2013年3月2日. http://medg.jp/mt/2013/03/vol56-12.html
4.小松秀樹:メディカル・スクールの認証基準について(その2/2). MRIC by 医療ガバナンス学会.メールマガジン; Vol.57, 2013年3月3日. http://medg.jp/mt/2013/03/vol57-22.html#more
5.小松秀樹: 地域医療連携推進法人を構想するセンス. 厚生福祉, 6153, 10-14, 2015年4月17日.
6.小松秀樹:社会保障制度改革国民会議報告書を読む, ④医療介護分野(下)・完. 厚生福祉, 6024号, 2-6, 2013年12月27日.

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