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臨時 vol 220 「適用外使用における裁判所の考えを考察する(1)」

医療ガバナンス学会 (2009年9月1日 08:24)


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国立がんセンターがん対策情報センター所属
医師・弁護士
大磯 義一郎


1 序文

昨今、薬の適用外使用について様々な立場の方々がそれぞれ主張をしている。
各主張は、それぞれの立場を反映しており、それぞれに説得的な理由がある。さ
まざまな制度が絡み合う中で、あるべき薬事行政の在り方を議論していくことは
重要であろう。

一方、現場で日々診療を行う医療者にとっては、「今、自分が目の前の患者に
対し行っている診療が適法なのか違法なのかはっきりと予測できる基準」とはど
のようなものであるかが最大の関心事であろう。

そして何よりも大切なことは、このことは、それを受けた医療者の行為を介し
て、すべての患者・国民が受けることができる医療の内容を規定することとなる
ということである。

特に、ここ10数年、医療者には過酷な司法判断が次々と下されたことが、医
師患者関係の崩壊、委縮医療、医療崩壊が導かれ、結果として国民が十分な医療
を受けられない事態へと発展する大きな原因のひとつとなった。

今回は、適用外使用に関わる最近の二つの最高裁判所判決をもとに現段階での
添付文書に対する裁判所の考えを考察し、現場の医療者の適法行為の予測のため
の基準を模索したい。

2 最高裁判所平成8年1月23日判決(民集50巻1号1項)

(1)裁判所が認定した事案の概要

本件は、昭和49年9月25日、7歳5カ月の虫垂炎の患者に対し、腰椎麻酔
としてペルカミンS(dibucaine)を投与したところ、投与12分後に虫垂根部
を牽引したことから迷走神経反射によるショックとなり、心肺停止に至った。そ
の後、蘇生行為により心拍再開するも重度の障害が残ったという事案である。

(2)主な争点

当時のペルカミンSの添付文書には、麻酔導入後10ないし15分までは2分
間隔で血圧測定すべきとの記載があったところ、医師は、当時の医療慣行に従い
5分間隔で測定していた。

原告は、添付文書に従い2分間隔で血圧測定していれば、より早期にショック
に気付き、結果として障害は残らなかったと主張した。

そこで、本件では「医師に添付文書記載の注意事項を遵守する義務があるか」
が争点と
なった。なお、因果関係についても争いはあったが、本稿では割愛する。

(3)裁判所の判断

上記争点に対し、裁判所は下記のように判示した。

「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)
につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける
患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供
する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書
に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合
には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の
過失が推定されるものというべきである。」

(4)判例の解釈

上記判決をそのまま解釈すると、医師が添付文書記載の副作用等当該医薬品の
注意事項に反する行為を行ったことにより、悪しき結果が生じた場合には、その
ことのみをもって違法性が推定されることとなり、これを覆すために、医師側で
添付文書記載の注意事項に従わなかったことにつき特段の合理的理由があること
を立証しなければならないということとなる。

そして、この判旨を添付文書記載内容(用法、用量等)すべてに適用すると、
一般的添付文書遵守義務が生じることとなり、適用外使用はすべてが原則違法と
いうこととなってしまう。

3 最高裁判所平成14年11月8日判決(判時1809号30項)

(1)裁判所が認定した事案の概要

本件は、昭和61年3月、19歳の「もうろう状態・病的心因反応」と診断され
た患者に対し、フェノバールの他、ジアゼパム、ハルシオン、ニトラゼパム、テ
グレトール、アキネトン等の複数の薬剤を投与したところ、全身の発赤、発疹、
手掌の腫脹が認められたので、テグレトールによる薬疹を疑い、テグレトールを
中止したが、フェノバールは中止しなかった。しかし、皮膚症状は増悪し、発熱、
全身浮腫、顔面の落屑等出現したため、フェノバールを中止したが、結果として、
フェノバールを原因としたStevens-Johnson症候群を発症し、両眼角膜穿孔によ
り、重度の視覚障害が残ったという事案である。

(2)主な争点

フェノバールの添付文書には、副作用の欄に「?過敏症 ときに猩紅熱様・麻
疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場
合には、投与を中止すること。 ?皮膚 まれにStevens-Johnson症候群、Lyell
症候群があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状が現れ
た場合には投与を中止すること」と記載されていた。

本件患者には、猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹には当たらない薬疹が発生し
たところ、?は例示として記載してあるだけであり、過敏症による薬疹が発生し
たのであるから、?には該当している。

原告の主張は、Stevens-Johnson症候群は上記薬疹同様、アレルギー性の機序
により発症するのであり、?の症状から?の症状へと移行することは予見できた
のであるから、結局、?の症状が発見された以上、十分な経過観察を行い、症状
の改善が認められない場合には、フェノバールを中止する義務があった、という
ものである。

そこで、「添付文書の副作用欄に直接記載されていない場合であっても、その
他医学的知見を加味して、薬剤を使用する義務」があるかが争点となった。

(3)裁判所の判断

上記争点に対し、裁判所は下記のように判示した。

「精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬
の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神
薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,
必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの
最新情報を収集する義務があるというべきである。」

(4)判例の解釈

本判決は、平成8年判決同様、添付文書の副作用等注意事項の記載に関する判
決であり、多くの評釈では、平成8年判決を更に厳しくしたものであるとされて
いる。すなわち、「医師は、平成8年判決のいう添付文書遵守義務をただ守って
いればいいのではなく、それに加え、最新の知識を収集する義務があるのであり、
添付文書に反していなくとも、得らるべき当時の最新の知見に反していた場合に
は、違法と評価される。」ということである。

4 二つの最高裁判例とその射程

(1)平成8年判決

平成8年判決の重要な背景として、判決の前年に製造物責任法(いわゆるPL
法)が施行されたこと(次回に詳述する)が指摘されている。すなわち、製薬会
社が添付文書に注意事項として記載した場合、製薬会社が責任を負うことは原則
としてないこととなる。

したがって、添付文書の記載に反した結果、生じた悪しき結果の責任は医療者
にしか問えない以上、厳格な責任判断をすべきというのが、本判決の基本的思考
であると言える。

そして、この考えは、製造物責任法上の欠陥たる「指示・警告上の欠陥(使用
説明書や注意書きの不備)」すべてにつき、同様にいえるのであるから、「添付
文書遵守義務」の範囲は平成8年判決で示された副作用等注意事項のみではなく、
用法・用量も含めた全記載に及ぶといい得る。すなわち、医師には、添付文書の
全記載につき遵守する義務があるということが導きうる。

確かに、適法行為の予測可能性という観点からは、一般的添付文書遵守義務は
明確であり、医療者は、薬の処方については、安心して行うことができると言え
る。

しかし、添付文書はそもそも薬剤を安全に使用するための情報を提供するため
に作成された文書であるところ、特に昨今の添付文書の副作用等注意事項には、
製薬会社が自らの責任を回避するために、過剰に記載している場合が見受けられ
ることは周知の事実といえ、それに盲目的に従うことが、患者の利益になるとは
言い難い。

さらに、このような義務が認められるとなると、適用外使用は一律違法と推定
されることとなる。これは、添付文書記載の適用欄に記載されている疾患名は、
ただ単に営利企業の自由意思に基づき、日本での保険適用がなされているか否か
の記載でしかないことを考えると、不当であることは明らかと言える。
(2)平成14年判決

添付文書遵守義務が、責任の空白地帯を作らないという発想から生まれたもの
であるとすれば、「添付文書を遵守していても、なお、過失責任が生ずる場合が
ある。」という責任の範囲を加重する方向への拡大はその基本的思考と矛盾しな
い。すなわち、平成14年判決のいう最新情報収集義務は、「添付文書遵守義務
を上乗せする方向に限り作用する。」という解釈が成り立つのである。

しかも、判決が要求するのは「当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最
新情報を収集する義務」であり、アメリカの法廷でしばしば見受けられる「あな
たは○○の○年○月号は読んでいますか?」「この医師は、○○も読まずに患者
を診る不届きな医師です。」という世界の話である。

このように解すると、現場医師の適法行為の予測可能性はほぼ消滅することと
なり、萎縮医療の加速、更なる医療崩壊により、患者が甚大な不利益を被ること
となるのは明らかである。

(3)小括

結論としては、両判決ともに個別の事案に対しての判断をしたもの(事例判決)
であり、判例としての射程は狭いものであると解釈することが、患者のためには
妥当であると考えられる。

ただし、添付文書記載の副作用等注意事項は、それ自体が何らかの法的拘束力
をもつものではないが、当時の医療行為の適法性判断における一資料として価値
があることは言うまでもない。

5 最近の下級審判例から(京都地裁平成19年10月23日判決(現在係争中))

(1)裁判所が認定した事案の概要

本件は、平成12年3月、ステロイド抵抗性の重症の喘息患者に対し、メソト
レキセートとエンドキサンを使用したが効果がなく、結果として、敗血症、DI
Cにより死亡した事案である。

(2)主な争点

原告は、平成8年判決を引き、適用外処方であるメソトレキセートとエンドキ
サンの投与は添付文書遵守義務違反であり、それにより、敗血症が増悪して死亡
したと主張した。

(3)裁判所の判断

上記争点に対し、裁判所は下記のように判示した。

「確かに,前判示のとおり,免疫抑制剤は喘息治療薬として適用承認を受けた
ことはなく,免疫抑制剤の使用は喘息に対する標準的・一般的な治療法として確
立したものではない。しかしながら,前判示のとおり、Aの喘息は,3月15日
の時点で,ステロイド抵抗性の重症喘息であった上,Aは,本件入院中,重度の
喘息発作を繰り返し,しかも,徐々に喘息の症状が悪化し,大量のステロイド薬
を投与しても制御が困難な状態であったところ,〔1〕ガイドラインでは,難治
性喘息に対する治療法として,免疫抑制剤の併用を考慮する場合があるとされて
いること,〔2〕平成12年当時,メソトレキセートを喘息治療に用いることの
有効性を示す研究結果が複数報告され,これをふまえて,「免疫抑制療法に対す
る結論的な評価を行うためには,なお,『臨床経験』を重ねる必要があり,現時
点でのメソトレキセートの適用は,〔1〕ステロイド薬の効果が不十分な場合
(ステロイド抵抗性喘息例),〔2〕ステロイド薬の減量・離脱が困難な症例,
〔3〕副作用のためステロイド薬の十分な投与ができない場合(ステロイド薬投
与禁忌例)などに限定されよう」などと,限定された条件の下,臨床で試みるこ
とを提唱する論文も発表されていたことからすると,被告病院医師が,Aの喘息
が上記〔1〕の場合にあたることを前提に,免疫抑制剤のうち,上記研究結果で
用いられているメソトレキセートを使用したことが直ちに違法であると言うこと
はできない。そして,エンドキサンについても,前判示のとおり,アレルギー性
肉芽腫性血管炎,ウェゲナー肉芽腫症等保険適用外の疾患を含む様々な疾患の治
療に用いられていたのであるから,そこで確認されている効果と同一の効果を期
待して使用を試みることや,メソトレキセートとの併用を試みることもまた,直
ちに違法であると言うことはできない。」

(4)判例の解釈

本件では、原告が、平成8年判決を明示して添付文書遵守義務違反を主張した
が、判決においては、裁判所は、平成8年判決、及び添付文書遵守義務の存否に
ついて言及せず、種々の資料を検討したうえで、メソトレキセートとエンドキサ
ンの使用を適法とした。

即ち、裁判所は、本件は平成8年判決の射程外であり、添付文書遵守義務も存
在しないと考えたと言える。

本件は、地裁判決であるが、現在係争中であることから上級審での判断が待た
れる事例である。

6 結語

今回は、医療者を萎縮医療から解放し、患者が適切な医療を受けられるように
するためという観点から、適法行為の予測可能性という視点で判例を検討した。

結論としては、現段階で添付文書に記載されている注意事項については、使用
方法及び副作用の予見につき、厳格な順守を求めた最高裁判例がある。しかし、
適応外疾患に対する使用に関しては、その当時の適応外薬剤の効果の知見等を種
々検討した上で、医師の裁量により適応外疾患への薬剤使用を適法とした地裁判
例がある。

つまり適用外使用について総合的に考えると、適用外使用は適応疾患、使用方
法のいずれかもしくは双方とも添付文書の記載に則らないものであるから、「適
用外使用には明確な適法判断基準は現在のところなく、裁判所によっては、過酷
な判断をされる場合がある。」といえよう。

しかし、適用外使用は、単なる保険適用の有無でしかないのであり、添付文書
の適用疾患に記載があることが有効性の一資料となるとしても、「適用疾患とし
て記載されていないこと」には何らの証拠価値も存しないということは当然のこ
とである。

また、添付文書とはそもそも薬剤を安全に使用するために必要な情報を提供す
る目的で作成された文章であり、提供する情報に過剰があっても不足がないよう
に作成されている。添付文書に対して上記のような順守義務を課す現状と、添付
文書のもつ元々の性質について、また医師の裁量の範囲については改めて議論を
深める余地があるだろう。

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