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Vol.140 「医療従事者を守ろう」−ウログラフィン誤投与事件の責任は病院にあり− 

医療ガバナンス学会 (2015年7月17日 06:00)


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「現場の医療を守る会」
代表世話人 坂根みち子

2015年7月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2014年4月18日に国立国際医療研究センター病院で起きた、研修医によるウログラフィン誤投与事件は、7月14日に禁固1年執行猶予3年の有罪判決が言い渡されました。過去の同様の事件と比べても重い判決で、世界の医療安全のスタンダードから遥かに遅れ、個人の責任を追及した恥ずべき判決でした。医療安全のイロハを学ばない検察と裁判官の不勉強も然ることながら、自らのシステムエラーと警察への届け出内規をともに放置してきた病院の責任は重大です。
現場の医療を守る会世話人と有志では、下記嘆願書を提出していました。
現場の医療者を守るために更に支援していきたいと思います。
研修医をスケープゴードにしたこのような警察への届け出は二度と起きないようにしなければいけません。

嘆 願 書
平成27年7月7日
東京地方裁判所 刑事第4部 御中
「現場の医療を守る会」世話人10名、有志

国立国際医療研究センター病院「ウログラフィン」医療事故裁判での被告人医師に対する寛大な判決を求めます。

拝啓
貴職におかれましては、連日司法の重責を担われていますことに敬意を表します。今秋より、改正医療法に基づく「医療事故調査制度」が開始されます。現場の医療を守る会は、医療現場の声を医療事故調査制度に反映するために、情報を共有し議論を深めるための集まりで、医師や看護師を始めとする医療機関関係者、法律家、政治家といった多職種の個人264名(2015年7月1日現在)が参加しています。私は、その世話人10名と有志の代表です。

今回の国立国際医療研究センター病院の事例は、脊髄造影検査にウログラフィンが使用された結果、患者が死亡したという事例であり、不運にも被害者となられた当該患者とそのご遺族に対し哀悼の意を表します。

しかし、本件は、医療界及び司法界にとって青天の霹靂ではありません。本件で使用された造影剤「ウログラフィン」による死亡事故は、過去7件発生しており、内5件で当該医師に刑事罰が科されています。8件目である本件の発生を担当医師に対する刑事処罰によって防止できなかった以上、過去の再発防止策を再検討し、医療界及び司法界が一丸となって再発防止に取り組まねばなりません。

本公判では、検察官が被告人のヒューマンエラーとしての個人責任を深く追求し、禁錮1年を求刑しております。確かに被害者の直接的な死亡原因は被告人がウログラフィンを脊髄内に投与したことです。しかし、1999年に出版された「to err is human」以降、医療安全における原因分析・再発防止はヒューマンエラーの観点からシステムエラーの観点へと移行しています。すなわち、人の注意力は不確かなものであり、いくらペナルティーなどを背景に注意喚起をしても間違いはなくならないことから、「フールプルーフ」(利用者が誤った操作をしても危険に晒されることがないよう、設計の段階で安全対策を施しておくこと)や「フェイルセーフ」(故障や操作ミス、不具合などの障害が発生することを予め想定し、それが起きた際の被害を最小限にとどめる工夫をするという設計思想)といったシステムにより安全を図る必要があるのです。ミスをした人間を責め、ミスをした人間を医療界から排除し、あるいは医療界に対して注意喚起を促したところで、人は必ず間違えるため再発防止の効力はありません。一人の人間の単純なミスが患者の死や後遺症といった重大な結果に繋がらないシステムを分析・対策すべきなのです。

本件が発生した背景にはシステムエラーが存在し、そのことは証人尋問においても指摘されています。まず、医療が高度に専門化したことに伴い、現在、医療従事者が患者に使用する薬剤の適切性の担保は薬剤師が責任を持ってチェックをすることとなっています。しかしながら、国立国際医療研究センター病院では、脊髄造影検査で使用する造影剤は、検査室の廊下にある棚から、医師が直接造影剤を取って使用しており、薬剤師による調剤や監査が行われておりませんでした。それに加え、現場において他の医療者と造影剤をダブルチェックする体制もなく、造影剤選択ミスを防ぐシステムが全く構築されていませんでした。さらに脊髄造影検査数の減少に伴い、被告人だけではなく、研修医が造影剤に関する知識を得る機会に乏しい状況にもあるにもかかわらず、国際医療研究センター病院に存在する医薬品の安全使用のための手順書等には、脊髄造影検査に関する手技や使用する造影剤に関する記載はありませんでした。
本事例は、本公判証人尋問にて弁護人による「新しい体制が事故当時にあったならば、同様の事故は避けられたと思うか」との問いに、診療科長が「そう思う」と答えたことからも示されるように、通常、病院として備えておくべき安全管理体制がとられていないことが主たる要因であり、問題の本質は、システムエラーにあることは明白です。

このように本質的な問題は、システムエラーであるにもかかわらず、過去の同種の事件では、一般予防のためと称し、最終行為者である医師個人を処罰することで、対策をしたとしてきました。本件においても、検察官は「医師の勉強不足、基本的な心構えの欠如」「同病院の医薬品の安全管理体制が十分であったか否かなどについては、今回の事故では、医師としての基本的な注意義務を怠った事案であるため、重視すべきでない」と前近代的な発言をしています。システムエラーの視点を捨象し、盲目的に個人の責任追及を行うことは、再発防止に寄与するどころか、医療安全を後退させ、医療を萎縮させると言わざるを得ません。
過去7件同様の事件が起きているにも関わらず、本件が発生したことからも「一般予防の観点から刑事罰を科すべき」との検察官の認識が誤っていることは明らかであり、直近過失に関与した医師個人を刑事罰に処するのではなく、その背後にあるシステムに対応することこそが再発防止に有効な手段なのです。

また、刑事司法による医師個人への責任追及は医療現場に多大なる悪影響を及ぼし、国民の生命・身体に著しい不利益をもたらします。その典型例が福島大野病院事件です。通常の医療を行ったにも関わらず、産科医が逮捕・勾留されたことにより、我が国の産科医療は萎縮、崩壊し、産科医数、産科医療機関数が激減しました。それにより、高度の医療を要する妊婦が適時に治療が受けられない事案が発生する等、出産リスクが上昇し、今もなお、国民が不利益を受けています。
福島大野病院事件においても、医療体制や医療安全体制の不備というシステムエラーによって生じた患者の死という結果を医師個人に帰責しようとしました。本件被告人も福島大野病院事件の被告人となった医師も、共に患者を救おうと日々医療現場に従事していた善良な医師です。システムエラーの観点からの原因分析・再発防止が行われず、最終行為者である医師のみの責任として非難するといった前近代的な対応のみで、現在の医療安全工学に則った事故調査を行わなければ、医療現場が危険なままとなるばかりでなく、医療が萎縮、崩壊することとなります。

医療界が求めているのは、未来のある若者をスケープゴートにして医療安全に何らの寄与もしない事案処理ではなく、このような残念な事案が二度と発生しないよう、科学的に分析し、再発防止をはかる医療事故調査制度です。そして、このような医療安全のための事故調査制度には、非懲罰性、秘匿性が担保されなければならないとWHOドラフトガイドラインにも示されています。個別の事案に対し、逐一、刑事司法が介入することは、一般予防どころか、かえって医療の安全を阻害するのです。

医療現場は、一刻を争う患者に対して、圧倒的に不足する人的・物的資源の中、現場医療従事者が国民の健康のためと、労働基準法度外視の長時間勤務によって維持されています。このような悪条件においては、いつでも生じうるヒューマンエラーが重大な結果に直結しないシステムを構築することが何よりも肝要です。医療界は、医療安全を積み重ね、同種の事故が発生しないよう努めていきたいと切に願っています。
国民の健康を守るため、医療をより安全にするためにも、被告人に対し、寛大な判決をお願いいたします。

「現場の医療を守る会」
代表世話人   坂根 みち子  坂根Mクリニック院長
世話人       井上 清成    井上法律事務所 弁護士
於曽能 正博  おその整形外科院長
小田原 良治  日本医療法人協会常務理事
佐藤 一樹    いつき会ハートクリニック院長
中島 恒夫    全国医師連盟理事
満岡 渉      諫早医師会副会長
岡崎 幸治    日本海総合病院研修医
森 亘平   浜松医科大学 医学部医学科 3年生
有志    伊藤 雅史  日本医療法人協会 常務理事
大磯義一郎  浜松医科大学医学部法学教授
染川 真二  弁護士法人染川法律事務所 弁護士
田邉 昇   中村・平井・田邉法律事務所 弁護士
山崎 祥光  井上法律事務所 弁護士

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