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Vol.142 「院内事故調査」実務運用指針

医療ガバナンス学会 (2015年7月22日 06:00)


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この原稿は月刊集中6月末日発売号からの転載です。

井上清成(井上法律事務所 弁護士)

2015年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.施行間近の事故調への院内準備

10月1日には初めての「医療事故調査制度」がスタートする。施行早々に現場が混乱しないよう、今から院内で準備を始めておくことが望ましい。とは言え、前のめりの準備は不要である。現在の本来の医療機能に負荷がかからない程度に、少しだけ医療安全推進体制をプラスしておけば十分に足りるであろう。

2.院内諸規則の点検

折々に、院内の諸規則を点検しておきたいところである。重要と思われるものを列挙したい。

(1)カルテ開示手続規程の整備
事故調がスタートすれば、患者遺族からのカルテ等の開示請求が増加することであろう。通常の書式のもので足りるのだが、一度点検しておくべきである。特に、カルテ等の閲覧や謄写に要する費用(特に、レントゲンフィルムなどの画像類。)をきちんと明示しておかねばならない。

(2)医療安全管理指針の見直し
特に、警察への届出について、余分な記載(「医療過誤またはその疑いが生じた場合は所轄警察署に届け出る。」といったもの)があれば、全面的に削除すべきである。既に,死亡診断書記入マニュアルでもその旨の定めが削除され、厚労省のリスクマネージメントマニュアル作成指針も失効している以上、医師法21条(異状死体届出。外表異状で判断。)を超える院内規定は削除しなければならない。

(3)公表基準の改定
今般の医療事故調では、事故報告の「非識別化」が厚生労働省令たる医療法施行規則によって明示的に義務付けられた。不特定多数の国民・住民に向けた個別事案の公表や記者会見は、それこそ当該医療従事者の「非識別化」を定めた省令への違反になってしまう。せいぜい公表は、一般的抽象的な一括公表に留めなければならない。

(4)非開示特約の明示
一部の患者側弁護士から今後は、医療安全活動の内部資料に対する執拗な開示請求が繰り返されるであろう。そこで、今までは院内規則で明示されている例の少ない「医療安全活動資料の非開示特約」を、院内諸規則のいずれかの箇所に明示的に定めることが望ましい。

3.院内事故調査委員会と紛争対策委員会

今般の医療事故調査制度にのっとった院内事故調査委員会を、あらかじめ設けておくべきであろう。これは必ず、医療安全管理委員会の傘下に設置すべきである。ただ、紛争化した場合や医療過誤対処のためには、専ら医療安全の確保を担っている医療安全管理委員会や院内事故調査委員会は、相応しくない。
そこで、患者遺族との間で紛争化してしまったり、専ら医療過誤での謝罪・補償などでの対処のためには、全く別個の系列で、院長直轄の「紛争対策委員会」(名称は苦情等対応委員会でも何でも良い。)を設けるべきであろう。

4.院内調査の運用のポイント

(1)当該医療従事者が中心
かつては院内調査というと往々にして、しかるべき担当委員によるカルテ等の医療記録の精査が中心で、それによって事案評価の方向性が事実上決めつけられてしまい、当該医療従事者からの事情聴取は、その決めつけの補強や裏付けに過ぎないこともあった。しかし、今後はそのようなことがあってはならない。当該医療従事者の供述こそが、院内調査の中心に位置付けられるべきである。

(2)院内の透明性こそが重要
かつては院内事故調査の透明性に対する誤解があった。社会や警察そして患者遺族に対する透明性が強調され、それと反対に、院内に対する秘匿性が当然のこととされることさえ散見されたものである。これは全く逆であると評されざるをえない。
本当に医療安全を向上させるためには、院内における透明性こそが大切である。甚だしくは、一部の担当委員だけが調査情報を独占していて、管理者たる院長や当事者たる当該医療従事者にさえ知られてはいけない、などという誤解さえもあった。院長や当該医療従事者は、担当委員と共に調査情報を共有しなければならない。そして、この反対に、患者遺族や社会・警察に対しては、医療安全の調査情報は秘匿されねばならないのである。

(3)外部調査委員は直ちに中立ではない
事故調査の中立性は確保されなければならない。しかし今までは、それが外部委員を中心にすることとイコールだと誤解されていた。そもそも外部委員は、それが調査主体の一人である以上、本質的に中立的とは言いえない。外部調査委員中心主義が中立性の確保につながるというのは誤解である。外部委員は、諸々の立場から院内に精通した各種の内部調査委員を中心とした調査が行われ、それらの結果を受動的・謙抑的にクールに分析・評価してこそ、はじめて中立的になりうるであろう。
正義感に燃えたホットで前のめりな外部調査委員は、中立性を崩すだけである。今後は外部委員のあり方が見直されねばならない。

5.院内調査結果の非識別化

省令で、院内調査結果報告書の「非識別化」が義務付けられた。これは、報告書の書き方に留まるものではない。「原因分析」のあり方自体を、より深化したものへと導くものとなろう。たとえば、RCA(根本原因分析)を例にとれば、それこそ文字通りに「根本原因」(当然、根本原因は一つのものに限られない。)にまで行き着かない表面上の分析(典型的には、ヒューマンエラーを指摘するだけのもの)では、非特定化はできてもそれは「識別非特定化」にすぎず、「非識別化」にまでは至っていないのが通例である。つまり、「非識別化」を指標の一つとして、より深い「原因分析」すなわち「根本原因分析」へと導こうとするものでもある。

6.遺族説明の立法趣旨

院内調査結果報告書を全面開示すべきであるという論調もあるらしい。しかし、それは遺族説明を定めた改正医療法の立法趣旨に沿わない。そもそも法律がセンター報告の前に遺族説明をするようにとした立法趣旨は、患者情報を専ら将来の医療安全のために利用活用したのだから、第三者たるセンターへ提供する前にその限りでの説明を要請したにすぎないのである。

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