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Vol.144 ウログラフィン事件の対応についての感想

医療ガバナンス学会 (2015年7月24日 06:00)


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NPO法人医療制度研究会
中澤堅次

2015年7月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


ウログラフィン誤投与事件の原因は個人の知識不足だったという病院見解がだされた。公判はこの見解に沿って行われるだろうが、これで多くの問題が隠され見えなくなる。事故調新法施行のタイミングだけに、この処理に対して感じる疑問を具体的に述べるのは意味あることだと思う。

この事故は放射線撮影室という限られた空間で起きた。同種の事故は今後どこにでも起きると考える必要はなく、この部門は、医師を除けば、職員が固定され移動も少ないから、再発防止策が有効に働く事例である。しかし、事故を医師の過ちとして処理すると、この有利な環境は利用されず。また同じ事故が繰り返されるおそれがある。

この検査に限らず、医師は患者の動きに合わせ移動し、患者ごとに異なる多くの業務が一人の医師に集中する。脊髄造影検査は、手術などと比べると比較的簡単で数も少なく、医師から見れば最重要な検査ではない。おそらく事故の当事者になった医師も、外来、入院、手術、検査など、幅広い業務の中のひとつとして検査を行ったと推測される。多忙な医師に、薬の準備という単純だが重要な業務を任せるのは危険である。単純なエラーは個人だけに止まり、個人が現場からいなくなれば、何事も変わらず再び悪夢がめぐる可能性がある。取違えたのは医師であるが、事故防止から見た、戦略上のポイントは医師にはないということである。

以上は現場を知らないものの直観による推測である。現場も知らないで余計な口出しをするなと言われるかもしれないが、それならばそうでないという証拠がほしい。院内調査はこのような部外者の邪推を晴らす意味もある。知りたいのは、事故当日の放射線撮影室に置ける人材の配置と役割、医師の一日のスケジュールと前日の勤務状況、脊髄造影検査に携わった経験のほか、病院への移動時期、医師の指導体制なども、再発防止策を練る上で知りたい事柄である。

次に、検査の指示が出され、ウログラフィンが患者に投与されるまでに、問題の薬瓶がたどった経路も含め、指示の動きを確認してほしいと思う。これも推測だが、指示は外来か病棟のコンピューター端末からから出され、予約検査だから、数日前に情報は放射線検査室に送られているはずである。検査の種類により造影剤の種類が決まるのなら、入力の段階でリスクは避けられるし、システムによる指示は薬剤部へも発せられ、患者固有で、検査限定の薬剤を準備することも可能だ。システムによってはウログラフィンが現場に送られることはない。したがって、医師が知識不足でも事故は発生しない。

多くの病院では、まだ放射線撮影室に薬品の戸棚があり、検査に連動していない在庫としてウログラフィンが収納されている場合も多い。その場合は看護師等の職員がマニュアルに沿って準備を行い、必要な薬品が準備されるのが一般的だと思う。この方式も完全とは言い難いが、注入前に医師とのダブルチェックでリスクを幾分緩和することが可能である。医師の知識不足が原因と決めつけるためには、検査の流れと関わる専門職の役割を明らかにし、なぜ間違いが起きたのか病院は調査により明らかにしなければならない。

複雑化した近代の医療では、患者を中心とし、医師、看護師、放射線技士、薬剤師など多職種による連携プレーが広く行われている。患者の体を傷つける行為が許されるのは医師と看護師であり、侵襲を加える処置は医師が行うことが一般的である。このことは医師や看護師が使うメスや針の一点に、全ての職種の業務が集中する構図であり、同時にリスクもこの一点に集中する。患者の生命を守るために多くの職種が、多様な場面で医師の業務を支援し、同時にリスクの分散を図るのが近代医療である。

医師の知識不足が原因と断定し、他の要因を示していないから、この医師は脊髄造影という危険な検査を、誰からの支援を受けずに、一人で薬剤を注射器に詰め、一人で脊髄穿刺を行い、一人で薬液を注入したとかんがえてしまう。今の病院では、そのようなことは実際ありえないので、この点も病院側は調査により明らかにする必要があると思う。

事故の発生を考える場合、医師チーム内の連携も重要である。だれがこの検査を指示したのかから始まり、この医師が検査を行うことになったいきさつ、経験の少なさを補う支援はあったのか、コメディカルの協力体制ばかりでなく、上級の医師の関わりも、良い悪いを言わないで検証が必要である。目的は患者の安全であり、知識不足を同じプロフェッションが補いリスクを軽減することは、患者の安全の本質であることは多い。

今回の報道を見る限り不思議に思うのは、この事故の総括的な責任はどこにあるのかということである。責任とは刑事責任だけでなく、損害にたいする補償、障害が残った時の補償の他、インフォームドコンセントに含まれなかった事態が起きたのだから、説明責任が発生する。これは、被害を受けた病人の権利に沿うもので正当なものである。

知識不足という院内調査の結論は、すべてが担当した医師の責任だというように聞こえる。普通は病院が最終責任を負うが、今回の病院の行動には責任をとる気配を感じない。国立だからさらに上に責任者がいて、病院だけでは決められないということか、しかし責任は上に行けばいくほど曖昧になり、昔は訴訟で負けなければ、国や自治体は賠償金を支払うことはないと聞いたこともある。

担当した個人には調査能力がなく、今後は支援センターに調査を頼むことになるが、センターも民間支援団体だから責任を取るわけはなく、この事務局長は当該病院の元院長が予定され、モデル事業の方針が踏襲されるとされている。センター調査の結果を標準に、良い悪いを決め、責任問題を論じてはならない。新制度下の調査は再発防止が目的と定義されており、責任追及のために公的意味を持たせることは、調査結果の目的外使用になる。責任調査であれば確定に膨大な時間を要し、それだけ家族の苦悩は引き延ばされる。また、民間のセンターが司法の水準となることは法治国家では考えられないことである。

新法では病院に院内調査を課している。今後は国公立の区別なく、補償を含む最終責任は病院がとることになるだろう。病院が全責任を取ることで、担当医師の証言にかかるくびきが解かれ、調査の専門性と精度が格段と上がる。病院の自主性が高まり、患者の安全に大きな変化をもたらすだろう。この場合第三者機関(医療事故支援センター)に求めることは管理ではなく、病院が責任を果たすための支援である。

当面は事故を起こした医師のためにも、知識不足という院内調査の判断の正当性を知りたいと願う。それが得られなければ、過大な懲罰を受ける可能性のある担当医師のために、同業の医師は何らかのアクションを起こすべきである。患者の苦悩を正面に見据えた意識改革は、今後の医療や倫理を考える上で、大きな前進をもたらすと確信している。

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