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Vol.151 医療過誤事件から考えるべきこと -卒後研修医教育制度の改革と、医療事故に対する刑事訴追のあり方の見直し – 1

医療ガバナンス学会 (2015年8月5日 06:00)


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国立国際医療研究センター
泌尿器科 永田 政義

2015年8月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


最近、ある医療過誤による事件によって、我が国の医療における2つの大きな問題点について考えさせられた。その問題点とは、まず研修医の卒後教育制度の問題点と、次に医療過誤事件に対する社会の対応についてである。昨年2014年4月16日、国立国際医療研究センター病院 (東京都新宿区)で、整形外科の後期研修医が78歳の女性患者の脊髄造影検査をした際、誤って尿路や胆管などの造影に使用する造影剤ウログラフィンを脊髄内に投与し、女性は急性呼吸不全により死亡に至った。その医師は、同年12月3日、業務上過失致死容疑で書類送検され、翌2015年3月9日に在宅起訴処分となった。そして、5月に2回の公判が東京地裁で開かれた。

患者が亡くなったのは、ウログラフィンを脊髄内に誤投与したためであることは、鑑定書や供述調書からもおそらく明らかである。ウログラフィンは、浸透圧が高いため、脊髄造影には禁忌とされており、赤字で「脊髄造影には禁忌」と記載されている。本邦でも、1963年以降、今回と同様の造影剤誤投与による7例の死亡事故が報告されている。もちろんその原因に、単純なヒューマン・エラーによる要因があったことには異論はない。しかし、事故を単なる個人の過誤によるものだと簡単に片付けず、この事故が起きた背景と今後起きないようにするための対策、そして医療過誤に対する適切な病院や社会の対応について、2回に分けて考えていく。

まず初めに考えなければならないのは、初期および後期研修医の卒後教育システムについてである。今回の事故が起きた国立国際医療研究センター病院は、診療科が約40科、入院ベッド数は800床を超え、450人以上の医師が勤務する、我が国を代表する先端医療機関である。特に感染症や糖尿病の高度医療で知られ、それぞれには研究センターも併設しており、昨年はエボラ出血熱が疑われた患者が搬送され、大きく報道もされた。2010年から2013年まで研修医マッチング人気病院全国第一位(大学病院以外)、研修医は学年約45人を受け入れており、大学病院以外では最大級の初期研修医教育病院として位置づけられている。初期研修の後は専門医になるための後期研修を受けるが、今回起訴された医師は初期研修を他院で行い、当院で後期研修医として勤務している1人だった。

では、このような病院でなぜ事故が起きたのか、病院の指導体制には問題がなかったのだろうか。初公判では、この後期研修医は、「指導医の立ち会いの下、脊髄造影検査を問題なくこなしていたことから、技術的には十分だと自信があった」「検査部位によって、使用する造影剤が異なることを知らなかった」と供述している。つまり、過去に上級医の指導の下、脊髄造影検査を施行した経験があり、手技自体には習熟していたが、これまでは造影剤は上級医が用意していたということである。また、看護師や放射線技師の同席はなく、薬剤のダブルチェックはなされてなかったとも報道されている。

研修医に対する指導は、指導医講習会を受講した指導医と、研修医より経験豊富な上級医とが担当する。国立国際医療研究センターは、糖尿病・感染症の拠点病院であると同時に、臨床研修の拠点病院でもある。多くの患者を診療しながら、若い医師を教育する義務がある。必要なのは指導医である。ただ、今の教育システムには、指導医をどの診療科に最低何人を配置せねばならないかという最低限の指導医数、そして初期および後期研修医を単科にそれぞれ何人まで同時に受け入れて良いのかという研修医の上限数に関しては、明確な基準があるわけではない。指導医を十分に有する科も多くあるが、事故が起きた整形外科には病院長を含めて指導医は3人しかいなかった。差が生じるのは、それぞれの病院が強みとする診療科には経験豊富な医師が多くそろう一方、そうではない診察科もあるからである。各病院がそれぞれ特定の診療科を「売り」にするほどこうした傾向は強まる。ところが、臨床研修指定病院では、研修医が必須である全ての診療科を均等に回るのであり、指導体制が不均衡になるのは良くない。このように研修医を育てる環境に構造的な問題があり、これが今回の最大の原因であると考えられる。

では、研修医側の実状はどうなのか。病院には2学年分の約80人の初期研修医が、各科をローテートしている。どの病棟にも、どの検査室にも、その科を回っている初期研修医が常にいる。医師は本来、医師免許がなければできない仕事のみを優先してすべきである。こうすることで、業務が特化できるため、医師しかできない業務に集中でき効率よくこなすことができる。研修医に限らず日本の医師は、医師免許を持たなくてもできる業務、煩雑な書類業務、外来予約などの患者の電話対応、検体および患者などの搬送などを勤務時間で割くことが多く、結果、残業が増え、勤務時間は延長する傾向にある。まさに当センターにおいても、本来看護師や看護助手が行なう仕事、患者の搬送補助や薬剤の準備などを研修医が行なっていることも多く、誰にでも使い易い研修医は医師と看護師・放射線技師・薬剤師などコメディカルの中間的存在となっていた可能性がある。

これでは、病院は十分に指導をしていないのに、安価な労働力として研修医を雇用していると言われても仕方ない。研修医が行うため、看護師や技師が、処置や検査のために医師から指示のあった薬剤を準備せず、薬剤や処置手技に対するダブルチェックが十分なされてない事態も生じていた。このことは、看護師・薬剤師・放射線技師などコメディカルの病院全体としてのレベル低下につながる可能性もある。これを受けてかどうかは定かではないが、当センターは今年度からの研修医の受け入れ人数を削減した。また侵襲的な検査をする際には、ダブルチェックを義務付けた。アメリカでは、研修医の労働時間は週80時間に規制されている。

過去の日本の研修教育制度では、しばしば指導医の数の不足、指導技能不足、研修医の教育へのあいまいな管理と評価が問題となっていた。これに対して、厚生労働省は、2004年から新しい卒後研修教育制度を制定し、初期研修医の2年間の臨床研修制度が必修となった。以前は、卒後すぐに希望の科に所属でき、他の科へのローテーションは必須ではなかった。この革新的な制度改革により、決められた教育プログラムが遂行できる臨床研修指定病院が制定されるに至った。 しかし、最近の初期および後期研修医の医療過誤は、以前として残存し、全ての解決には至ってはいない。今でも研修医は、初期研修医の研修期間中であってさえ、自らの医療行為に対する刑事的な責任は自ら負わねばならない。

今回は初期・後期研修医の数と指導医のバランスの不均衡の問題が浮き彫りになったが、一つの解決策は、各病院がそれぞれの専門性を生かしながら、研修医教育を行なってく病院間連携教育システムだろう。外科の症例件数と指導医が豊富な病院には、その病院に外科研修医としてローテーションし、また産科の症例件数と指導医が多い病院には、その病院に産科研修医としてローテーションする。臨床教育指定病院の使命は、マッチングを通して優秀な研修医を預かり、十分な指導体制の下で、十分な教育を行うことである。教育病院の医療とは、患者の安全と人権だけではなく、初期および後期研修医自身の安全と人権の確保を保持しつつ行われなければならない。

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