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Vol.152 医療過誤事件から考えるべきこと -卒後研修医教育制度の改革と、医療事故に対する刑事訴追のあり方の見直し- 2

医療ガバナンス学会 (2015年8月6日 06:00)


国立国際医療研究センター
泌尿器科 永田 政義

2015年8月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


昨年2014年4月、国立国際医療研究センター病院 (東京都新宿区)で、整形外科の後期研修医が78歳の女性患者の脊髄造影検査をした際、尿路用造影剤ウログラフィンを脊髄内に誤投与し、女性は亡くなった。医師は、同年12月3日、業務上過失致死容疑で書類送検され、翌2015年3月9日に在宅起訴処分、初公判は5月8日、東京地裁で開かれた。
この事件の原因としてあるのは、単純な造影剤の誤投与というヒューマン・エラーからのみではない。この事故から今後見直しを必要とする点は2つ、まず「患者の安全の確保」にとって、このような事故を二度と起こさないような医療基盤を構築すること、そして「研修医の安全の確保」にとっては、この医師がこの事件によって医師としての人生が終わってしまうような社会からの制裁があってはならないことである。それに関する2つの点、前回は、この事故が起きた背景と現状の医師教育制度の問題点について述べた。今回は、医療過誤に対する適切な病院や社会の対応について考えていく。

改めてこのケースのような単純な医療過誤による事故に対する対応について考えなければならない。果たして、今回のように刑事訴追、業務上過失致死容疑を適応するのが妥当であって、それによってこのような死亡事故の悲劇は減少するのだろうか。前回でも述べたように、1963年から7例の同様のウログラフィンによる死亡事故が本邦では起きている。このほとんどは若手の医師が関与した単純なエラーによる事故であるが、結果、全例で刑事告訴されている。この結果を言い換えれば、刑事告訴しても、同様の事故は繰り返されているのであって、刑事告訴すること自体に事故の再発抑制効果はないと考えられる。
日本の近年の傾向としては、医療事故に対する刑事告訴例は、2005年あたりでピークアウトし、その後減少傾向ではあるものの、1990年代より徐々に増加の一途をたどっていた。しかし、海外においても同様の誤投与による事故が報告されてもいるが、一般に単純エラーによる医療過誤に対して刑事告訴される割合は多くない。

この後期研修医は、事故の後、すぐに病院の業務を離れ、センターからは辞職することとなった。これが本人の意思によるものか、病院側からの指示によるものかどうかはわからない。少なくとも現状で刑事的な罪に問われているのは、当医師の個人のみである。初期および後期研修医の医療過誤に対して処罰することは、処罰を恐れるあまり過誤を隠蔽しやすくなるという傾向をもたらし、処罰された後には、所属科を変更したり、場合によっては医師を辞めたり、最悪の結果は、自殺に至るといった報告もある。
処罰によるこの悪い影響を鑑みると、とくに現在の不均衡な研修医教育制度の下では、過誤に対して単純に業務上過失致死もしくは傷害罪を適用したとしても、これは医療過誤の防止にはならない。今回の例でもこの後期研修医は、初公判において、「間違いありません」と事実と罪を認めた。しかし、認めているのは起訴事実であって、自らが業務上過失致死罪に相当するということを認めたわけではないと解釈する。 死亡に至った事実関係に異論はないが、それを業務上過失致死罪として刑を科すことが妥当であるとは思えない。これは、患者の安全向上の改善をもたらす結果にはならないであろう。

アメリカでは、ダナファーバー研究所病院での抗がん剤過剰投与事故の後、医療事故の原因調査分析と再発防止に巨額の費用が投資された。また、研修医の労働時間を週80時間以下にするよう労働時間の規制が行われた。またその原因調査分析の結果「過誤を罰しない」との決定がなされ、その後は過誤報告が10~20倍に増加したとのことである。事故の再発防止や原因究明のために、過誤の報告ほど貴重なものはないだろう。医師もしくは看護師が過誤を申告することにより、刑事訴追され、結果、免許を剥奪される可能性がある場合、過誤報告そのものが妨げられる原因になる。
日本でも、2015年秋を目標に、第三機関による医療事故調査組織の発足が検討されている。これは、「WHOガイドライン」と世界の動きに準拠し、日本でも、「非懲罰性」「秘匿性」「独立性」を軸とした体制となる。ただ、院内調査報告書の「遺族への交付義務化」を行うかどうかに関しては、報告書が実際に裁判に使われてきた案件も多いことから、その論点は刑事追訴の可能性を残すかどうかに帰結され、これは各方面でまさに論議がなされている。

もちろん個人が自らの事故については反省すべきである。しかし、これに業務上過失致死罪事故が適応されてしまった場合、事故を起こした現場となった病院管理者側の罪は問われなくてもよいのだろうかということに帰結する。管理者側が罪に問われないとすれば、今後この国立国際医療センター病院は、この研修医を守る方向に動いていくのだろうか。個人を責めず、リスク・マネジメントを含めたシステムの改善が、国立国際医療センター病院には求められると同時に、患者の人権だけでなく、研修医の人権を守れる日本の研修教育制度の改善も早急に求められる。今後の病院がとる動きに注目したい。

 

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