医療ガバナンス学会 (2015年8月6日 15:00)
【医療法改定の意味】: 2006(平成18)年の医療法改定で、第3章「医療の安全の確保」が追加された。病院等の管理者に課している部分は以下の通りである。■「医療安全の確保のための措置」:病院等の管理者は、医療の安全を確保するための指針の策定、従業者に対する研修の実施、その他の医療安全を確保するための措置を講じなければならない。■
『To err is human; building a safer health system』、2001年に出版されたこの本は、医療安全にとってのバイブルとなっている。「人は間違い犯すもの、それをシステムでカバーしよう」ということが国際水準である。 1999年に起きた横浜市立大学の患者取り違え事件や都立広尾病院の消毒薬誤投与事件が二度と起きないよう、病院管理者に国際水準の医療安全を求めたのが、この2006年の医療法改定の意味である。
【公判内容から】: 第二回公判レポート(m3.com、2015.5.25配信)は次のように述べている。
「診療科長は、『我々にも至らない点があった』などと述べ、病院の医療安全管理体制に問題が有ったことを認めた。」
「国立国際医療研究センター病院には、『診療必携』や医薬品の安全使用のための手順書などがあるが、これらには脊髄造影検査に関する手技や使用する造影剤に関する記載はなかったという。
一般的にオーダリングシステムでは、禁忌薬を使う際にはアラートが出る。しかし、国立国際医療研究センター病院では、脊髄造影検査で使用する造影剤は、オーダリングシステムへの入力は不要で、検査室の廊下にある棚から、医師が造影剤を取って使っていた。そのほか、看護師や診療放射線技師などと造影剤をダブルチェックする体制にはなく、誰が検査の補助に入るかについての決まりはなかったという。
今回の事故後、国立国際医療研究センター病院では、脊髄造影検査について、(1)マニュアルの作成、(2)診療必携の改定、(3)看護師や診療放射線技師が立ち会い、手術時のタイムアウトと同時に、患者の名前、薬剤の名前などを確認しあう―などの見直しを行った。弁護人による『新しい体制が事故当時にあったならば、同様の事故は避けられたと思うか』との問いに、『そう思う』と診療科長は答えた。」
以上の内容から、病院管理者の医療法違反は明らかであろう。
【病院管理者への批判】:
病院管理者の医療法違反のために、患者だけでなく、現場の医師を守ることが出来なかったことになる。それが第二回公判での被告医師の父親の陳述書、および第三回公判(同、2015.6.8.配信)での弁護側の量刑酌量の意見に現れている。
「(被告医師の)父親の陳述書は、遺族への謝罪のほか、国立国際医療研究センター病院の体制を指摘した内容だ。『日本の医療の頂点に立つ病院だと認識していた』、『診療の危機を回避する手順書などがなく、患者や医療者を守る体制構築が不十分だったことは大変遺憾』などがつづられていた。」
「弁護側は、(中略)第2回公判で、証言した国立国際医療研究センター病院の整形外科診療科長は、同院のマニュアルにウログラフィンに関する注意事項が記載されていなかったなど、病院の医療安全体制は十分ではなかったと述べていることなどにも触れ、量刑判断において斟酌するよう求めた。」
【病院管理者の対応】: 病院Hpにある『ご挨拶』で、中村利孝院長は次のように述べている。
「平成27年4月1日より私どもの病院は、国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院となりました。病院の役割としては、1.主要な診療科を網羅した医療提供体制の下で、国際水準の医療を行うこと、2.チーム医療に基づく高度で専門的な総合医療の実践・普及と研究開発に貢献すること、が、より明確になりました。」
医療過誤が起きたのが平成26年4月16日、同18日には中村院長が厚労省で会見を行って謝罪している。中村院長は整形外科医であり、病院Hp「診療科目・スタッフ紹介一覧」では整形外科のトップに紹介されている。この挨拶文が書かれたのは平成27年4月1日以降である。『国際水準』に程遠く、『チーム医療』に基づかない医療を行っている病院であることをさらけ出しておきながら、よくもこのような挨拶文が書けたものだ。整形外科のトップとして、また病院管理者としての責任は重い。
【医療界・医学界、全体の改革を】: 病院Hpに「病院の理念・患者の権利と義務・沿革」が載っている。「理念・基本方針」の第一が「診療と研究を統合し、患者の立場を尊重した医療を実践します」となっているが、「尊重するだけの医療の実践」ではダメである。「患者の人権(尊厳ある命)を守る(擁護する)医療の実践」をその第一に挙げなければ、同じようなことを繰り返すだろう。医療法第一条の2でも「医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし」と言っているではないか。「尊重するだけの医療」から「守る(擁護する)、保持する医療」への転換が必要である。尊重から擁護への転換は、小さいようであるが、実はコペルニクス的転回なのだ。
病院の理念・基本方針などは、病院創設時に決められて、その後はなかなか変更しにくいものである。特に初代院長が医学界・医療界の重鎮であればある程、変更に踏み切る院長は現れないであろう。ちなみに「沿革」を見ると、初代総長は高久史麿となっている。現・日本医学会会長だ。重鎮として、最後のお仕事として、医学界・医療界の大転換を進めてもらいたいものである。
ご意見やご批判を、bpcem701@tcct.zaq.ne.jp へ頂ければ幸いである。