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臨時 vol 226 「平成の大本営 医系技官問題を考える (2)」

医療ガバナンス学会 (2009年9月4日 08:12)


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厚生労働省医系技官
木村盛世(きむら・もりよ)

「人の生命を保全し、人の疾病を復治し、人の患苦を寛解するの外他事あるも
のにあらず」
緒方洪庵 扶氏医戒之略より

新型インフルエンザも蔓延期に突入した。ウイルス自体は高い病原性を持たず
それゆえ致死率も0.5パーセント程度と推測されている。季節性インフルエンザ
の致死率0.1パーセント、1918年に流行した当時の新型インフルエンザ(スペイ
ンかぜ)の2%と比較するとそれほどの致死性インフルエンザではない。

ウイルスの病原性はこの程度であるのにもかかわらず、対策を行う厚生労働省
では強いインフルエンザ台風が駆け巡っている。そのあおりを受けて現場の医療
機関のみならず国民までもが新型インフルエンザ台風のあおりを強く受けている。
9月台風の季節であるが、自然災害のみならず人的災害の被害まで被る国民はた
まったものではないだろう。

すでに蔓延状態となっているにも関わらず、新型インフルエンザ患者の「追跡
調査」加えて「濃厚接触者探し」とくれば否応なく「とてつもない伝染病の大流
行」が起こったというイメージが先行するのは当然であろう。明らかに政府の対
策の間違いである。患者の追跡調査や濃厚接触者探しが効を奏するのは結核や天
然痘と言った病気である。患者を見つけ、患者と一緒にいた時間が長い人たちに
適切な対策をすることで病気の広がりを抑えることができるからだ。結核では接
触者に対して抗結核剤の1種類を飲ませることで結核病発病を予防し、天然痘の
場合は予防接種を行う。

これに対してインフルエンザの場合は接触者からの発病を抑える有効な方法は
なく、インフルエンザの診断がついた時には既に不特定多数の人に感染が広がっ
ている可能性が高い。カゼに対しての追跡調査の意味がないのはそのためだ。確
かに新しいタイプのインフルエンザであるから今までよりも警戒しなければなら
ない。しかし、だからと言ってインフルエンザの特性を変えることは不可能であ
るから、インフルエンザウイルスにあった対策をしなければならない。

インフルエンザのように特効薬もなく100%有効な予防策もない疾患につい
ては、手持ちの駒を効率よく使いまわした総合的な対策が必要である。その中に
は手洗い励行、咳エチケット、病気の際の休職徹底からワクチンにいたる予防対
策、そして消炎剤、タミフルあるいは2次感染を防ぐための抗生剤投与などが考
えられる。その中でもワクチンは我が国の対策自体もっとも立ち遅れている分野
の一つであり、免責規定、副反応に対する補償など国民の根本的理解を求める議
論が早急になされなければならない。

ところが日本の新型インフルエンザ対策の現状をみると検疫強化、学校閉鎖、
マスク等の対策用品、タミフルといった各論における議論が中心で、”木をみて
森を見ず”の政策になっている。一研究者ならいざ知らず、国家の社会保障の根
幹である医療を一手に引き受ける厚労省のすべきことではない。学校閉鎖につい
ても発生初期ならいざ知らず蔓延期になってしまった今行うことは、意味がない
どころか働く親たちの就業に大きな影響を与え、ひいては経済的損失を招く恐れ
がある。

こうした政策の不備が訂正もされないまま継続されているのはなぜか、という
命題について論じると「医系技官」の存在に突き当たる。前回にも論じたように
医系技官は医師免許を持つ行政官である。しかし臨床現場をほとんど知らず加え
て公衆衛生のプロでもない。医師と素人の中間的ともいえる集団が、日本の医療
を実質上牛耳っていることに大きな問題がある。

では、医系技官は必要なのだろうか。私は必要だと思う。しかし今の医系技官
はいらないだろう。感染症ひとつにしても、ハンセン病、薬害エイズ問題など社
会的に大きな失敗をしながらも、過去から何も学んでいないどころか、今回の検
疫騒ぎに象徴される人権無視の対策を平気でやってのけるからだ。ではどうした
らよいだろうか。

まずは大きな外科手術だろう。今の課長、局長と言った幹部は自分たちの天下
り先だけを考えて仕事をしており、行動すべてが保身のためで国民の方をまった
く向いていない。彼らたちを再教育するのは費用効果的に意味のある方法ではな
いので、辞めてもらうべきであろう。そして、臨床現場からあるいは研究の場か
ら優れた人材を集めることである。人を集めるのはたやすいことではないがボロ
ボロになった医療制度を立て直すためには「鉄(きん)の草鞋(わらじ)を履い
て」でも探さねばなるまい。

もう一つは医系技官の公衆衛生学研修である。残念ながら日本の公衆衛生学教
育のレベルは欧米やアジアの一部諸国に比べて大きく立ち遅れているのが現状で
ある。そのため多くの日本人が海外の公衆衛生大学院で学ぶために留学する。た
くさんの日本人が海外で学んでいるのならいっそのこと、有名校の一つを日本に
誘致したらどうだろうか。規模にもよるが、公衆衛生の基本である疫学や生統計
学あるいは国際保健学などと言った分野だけ限ったものにすれば、医学部などと
比べて設立にかかる費用は少ないだろう。ここで医系技官の教育を必須にするこ
とを考えては如何なものか。もちろん門戸は医系技官にかぎる必要はない。当面
講師陣は日本人だけでなく海外からきてもらうしかないが、時が経るにつれ日本
人の専門家も多く育ってくるであろう。そして何より海外に流出した優秀な頭脳
が日本に帰ってきてくれることを望む。私が学んだジョンズ・ホプキンズ大学で
出会った優秀な日本人は誰一人として日本に帰ってこない。それは日本に魅力が
ないからだと思う。こうした人たちが日本で教鞭をとったり研究することは日本
の公衆衛生学のレベルを引き上げる力になるはずである。

そして最も大切なことは医師としての責任をもつことである。私が滞在してい
たメリーランド州では、医系技官(Medical officer)であろうが基礎医学の教
授であろうが必ず週一回の外来診療が義務づけられていた。専門として学んだの
が結核疫学だったので、結核研究者や行政で働く医師は呼吸器の外来で患者を診
察し必要とあれば処置も行う。もちろんx線写真の読影能力も必要とされる。日
本にもこの制度を導入したらどうかと思う。医師は人(患者)の傍にいてこそ医
師である。この言葉は患者一人を相手にする臨床医であっても国民全体の健康を
考える医系技官であろうとも分け隔てなく当てはまる医師の本質である。第一、
日進月歩の医療界の中で患者も診ず、論文も読まずでは妥当な対策が立てられる
はずもない。現場を知ろうとしない医系技官は医師免許を捨てたらどうだろうか。

 

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