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Vol.165 国立国際医療研究センター病院事件

医療ガバナンス学会 (2015年8月20日 06:00)


この原稿は月刊集中7月末日発売号からの転載です。

井上法律事務所
弁護士  井上清成

2015年8月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.若き研修医に重罰―医療安全後進国
国立国際医療研究センター病院の若き研修医が、造影剤ウログラフインの誤投与により業務上過失致死罪で東京地裁に公判請求されていたところ、この7月14日、検察官の求刑通りの禁錮1年、執行猶予3年の有罪判決が下された。「被告人の過誤は初歩的であって、その過失の程度は重い。」という類いの判決理由である。
医療上の単純ミスを過失が重いなどとして刑事罰で裁く、という我が国の運用は、まさに医療安全の後進国そのものと評してよい。国立国際医療研究センター病院事件は、医療安全を巡るシステムの後進性を象徴する事件とも言えよう。
医師としていよいよこれから、という若き研修医に重罰を与えるのは、我が国全体の医療機能の維持・増進という観点からして、さらには医療安全の確保・推進という観点からしても、国民全体に利益を与える取扱いとはおよそ言い難い。

2.次には行政処分―医業停止は背理
有罪判決がこのまま確定すれば、当面、若き研修医は前科一犯となる。社会的制裁としてはもう十分であろう。
ところが、次には医師法第7条に基づく厚生労働大臣による行政処分が控えている。通例ならば、最短3ヶ月から最長2年くらいの幅の間での医業停止となってしまう。たとえば、医業停止1年といった具合いでの医道審議会を経た上での行政処分である。しかし、判決理由によれば、今は医療関係の研究に携わって社会に貢献する方法を模索し実践しているらしい。そのような若き研修医に、行政処分はもう不要であろう。

そもそも、医療倫理に反したわけでもなく、未熟で単純ミスをした若き研修医に対して、医業を停止させることは、再発防止の観点からすればそれこそ背理である。辛い心情の中で現場で修練を積んでもらってこその再発防止であろう。
若き研修医に医業停止処分をしてはならない。

3.遺族の怒りー病院とその関係者の責任
有罪判決後の遺族会見では、国立国際医療研究センター病院自体やその関係者の責任にも言及があったらしい。
遺族の一人は大要、「事故を想定した上で安全管理体制を構築して、一人でも犠牲者が出ないような体制をきちんと作っていくのが、病院の安全管理だと思う。その意味では、病院の関係者にもきちんとした形で、責任を取ってほしいと思っている。」と述べていたようである。

また別の遺族は大要、「我々遺族は病院側に対しても激しい怒りを持っている。形通りの謝罪しかなく、(公判で)証言に来た医師以外は、結局、病院側の関係者は裁判の傍聴にも来ていなかったようだ。全てを、担当していた医師の個人的な責任にしようと考えているのかと思う。そうした病院側の対応にも非常に怒りを感じている。」とやはり述べていたらしい。
病院自体とその関係者は、いかなる責任を取ろうとしているのであろうか。

4.病院自体の責任―特定機能病院承認取消?
病院が遺族に対して誠実な対応をすべきなのは、最低限、言うまでもない。真摯な謝罪と相当額の損害賠償は当然であろう。
しかし、それだけに留まらない。国立国際医療研究センター病院は特定機能病院でもある。特定機能病院の承認取消を検討すべきことかも知れない。
未熟な若き研修医の単純ミスが直ちに患者死亡につながってしまった医療安全管理体制には、遺族の感じた通りに、大きな欠陥があったと思われる。ヒヤリ・ハットに留まることができたはずのところが、アクシデントにまで直ちに至ってしまったのは、特定機能病院に相応しくない医療安全基盤であったとも評しえよう。そのような医療安全管理の基盤を、そのまま放置していた不作為の責任こそが病院自体の責任である。

だが、病院の責任はそれにも留まらない。「医療過誤による死亡が発生したら、所轄警察署に届け出る。」という趣旨の旧態依然たる院内規則を改定もせずに放置し、サッサと警察に届け出て、サクサクと猛スピードで医師個人の刑事責任として処理してしまったことの責任である。
特定機能病院承認取消となる群馬大学医学部附属病院や東京女子医科大学病院は、医療安全基盤の面でも事後処理の面でも、(結果としてはガバナンス不足として世論の非難にさらされてしまいはしたが、)常に医療安全管理体制の維持や再構築に向けて、難しいながらも尽力しつつ努めていた。それら両面では、国立国際医療研究センター病院よりも、よほど誠実であったと感じる。仮りに現行の特定機能病院承認取消の厚労省による運用を是認したとするならば、今回、国立国際医療研究センター病院の特定機能病院承認取消がなされないとしたら、不公平感は免れない。
厚労省としても、塩崎厚労大臣肝入りの特定機能病院タスクフォースだけでお茶を濁すわけにもいかないであろう。

5.関係者の責任―医療事故調査・支援センターのポスト辞退
今回の誤投与死亡事故は、大局的に冷静に分析するならば、かつてからの継続した医療安全の脆弱な基盤の上で、たまたま今回、若き研修医の手で死亡直結のトリガーが引かれてしまった事例である。本当の道義的・社会的責任は、脆弱な医療安全基盤をそのまま放置していた不作為にこそあると言わざるを得ない。また、ストレートに若き研修医の刑事罰につながってしまったのも、(医師法第21条の異状死体届出ならぬ)「異状死届出(医療過誤死亡の自主的な任意の警察届出)」という旧態依然たる院内規則を改定もせずに放置した不作為責任に由来する。そこで、関係者の道義的・社会的責任が問われるとしたら、それらの不作為をしていたその時代の管理者達であろう。

この10月1日からは、もっぱら医療安全の確保を目指し新たにパラダイムシフトした医療事故調査制度がスタートし、その中核は第三者機関たる医療事故調査・支援センターとなる。したがって、少なくとも今回の事故の関係者として道義的・社会的責任を負うべき者達は,新設の医療事故調査・支援センターのポストに就いてはならない。もしも推されることがあったとしても、関係者としての責任を感じて潔く辞退すべきであろう。

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