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Vol.166「上海」と「相馬」で考えた「高齢化問題」

医療ガバナンス学会 (2015年8月21日 06:00)


この原稿はForesightより転載です。

http://www.fsight.jp/articles/-/40232

相馬中央病院・内科医
森田知宏

2015年8月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「未富先老」――現在の中国が抱える課題である。経済発展が進む一方で少子高齢化が急速に進み、「国が豊かになる前に高齢化が進んでしまう」という状況を表す言葉だ。2014年時点での65歳以上人口の割合は10.1%に達している。なかでも高齢化が急進するのが上海だ。その上海にある中国有数の名門、復旦大学が主催した経済討論会「上海フォーラム2015(Shanghai Forum 2015)」(5月23日~25日)に出席し、都市部高齢化に関するセッションに参加してきた。私は福島県相馬市の総合病院に勤務する内科医だが、相馬市も高齢化が急速に進んでいる地域であるため、上海の状況は他人事ではなく、大変な衝撃と刺激を受けた。

◆上海の急激な高齢化

上海は中国最初の高齢化都市と言われている。上海市の『上海統計年鑑2014』によると、2013年の人口は1432万人と東京都の約1300万人を上回る大都市で、65歳以上人口の割合は256万人(17.9%)。中国全体より20年先行していると言われる。現時点ではまだ東京都の22.5%ほどではないが、60歳以上まで年齢幅を広げると今年中には全体の30%を超えると言われており、東京都以上に急激な高齢化が進行しているのだ。

復旦大学の姜慶五教授は、「これからの公衆衛生の一番の課題は高齢化対策だ」と指摘する。姜氏はマカオ特別区政府衛生局顧問を務める一方で、復旦大学公共衛生学院(School of Public Health)の学長も務めていた、中国公衆衛生研究の第一人者である。

その姜教授によれば、上海の特徴は、「1人っ子政策」の影響で、子供を1人しか持たない両親が高齢者の半数以上を占めることである。現在も出生率は0.7と、東京の1.1よりも低い。子供が独立した後、高齢の親だけが残った家庭が増加し、中国では「空巣家庭」と呼ばれているという。

高齢者のみの家庭は、いずれ配偶者と死別して独居高齢者世帯となる。中国では、自宅で親の介護をしていないと親不孝と思われることもあり、本来ならばそうした独居高齢者を生みにくい文化であった。しかし、同じく国家重点大学である「華東師範大学」の彭亮教授著『上海高龄独居老人研究』(2011年)によると、1998年から2008年までの10年間で、上海市の独居高齢者(65歳以上、以下同)は3.69万人から7.7万人に倍増し、高齢者に占める割合は1.5%から2.8%へとこれもほぼ倍増している。さらに2013年現在では約20万人、高齢者人口の8%へと急増しているのだ。

ちなみに、日本では以前から核家族化が進んでいるため、日本全体で独居高齢者の高齢者人口に占める割合は、2010年時点で男性11.1%、女性20.3%(内閣府『平成26年版高齢社会白書』より)と、上海よりも高い。しかし、私が勤務する病院の上海出身の事務職・朱旭瑾氏によると、「上海では独居高齢者への対策が遅れていて社会問題となっており、市民全体の問題意識が高まっている」という。

【http://health.sohu.com/20130330/n371075247.shtml】

◆遅れている「社会的孤立」対策

上海では高齢化に伴い、慢性疾患の患者数も増加している。糖尿病を例にとると、国家重点大学である「上海交通大学」医学部のYu Xu医学博士らが2013年の米医学誌『米国医師会雑誌(JAMA)』に発表した論文では、中国全体での成人の糖尿病有病率は11.6%に上昇し、糖尿病有病数は1億1390万人に上ると推定された。他にも、60代以上では半分以上が高血圧と診断されるなど、慢性疾患の有病率は増加している。

これら「高齢者」「独居」「慢性疾患」などの条件が重なると、家の中に閉じこもって、誰とも接触しない状況に陥りやすい。こういった状況は「社会的孤立」と呼ばれ、健康な高齢者に比べて、死亡率を1.26倍、1年以内の再入院率を5.31倍、認知症発症率を2.34倍に上昇させるなど、様々な身体的・精神的悪影響があることがイギリスやアメリカの大学・研究機関による研究から明らかになっている。さらに、都市部では社会的孤立が起きやすいなどの報告もあり、上海は中国のなかでも社会的孤立の危険が高い地域と言える。
無論、上海市当局も様々な高齢化対策を打ち出してはいるが、社会的孤立の対策はまだまだ発展途上だ。たとえば、人口29万人の商業中心地である静安区を例に挙げる。

同区は第2次世界大戦前の高級マンションが今でも残るなど古くから栄えた地域だが、65歳以上の人口は20%を超えており、高齢化への問題意識が高い。「静安区予防医学会(Jing’an Preventive Medicine Association)」は「老年友好社区(Age-Friendly Community)」をめざす方針を打ち出している。具体的には住居のバリアフリー化を進める、高齢者向けの体操や手芸などのサービスを導入する、高齢者が低価格で食事をとることができる食堂を整備するなど、高齢者が生活しやすい環境を整えるというもの。いずれも社会的孤立に対して有効な施策ではあるが、会長のDing Xiaocang氏は、「まだまだ今後のさらなる具体的な取り組みが必要だ」と指摘している。

その社会的孤立対策の柱の1つは、住居政策だろう。何しろ、上海にはバリアフリーに配慮したような高齢者向けのマンションがまだまったくと言っていいほど整備されておらず、高齢者は各地域に散在して暮らしている。そのため、高齢者向けのサービスなどを集中して行うことができない。さらに、散在して住むこと自体が高齢者の「独居」につながってしまう。対策の1つとして、私が勤務する相馬市で試みが進んでいる、高齢者のコミュニティづくりを促す集合住宅が必要ではないだろうか。国家の性質上、住宅整備は日本よりも上海のほうが対応が早いだろうし、世界に先駆けたモデル地区を作ることができるかもしれない(『JBpress』2015年4月20日の拙稿「日本の将来を救う福島県浜通りの高齢化対策」を参照)。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43570

◆「定年引き上げ」は朗報

さらに、高齢者の社会参画も進める必要がある。特に男性にとっては、定年退職が社会的孤立の大きなリスク因子となっている現実がある。その点も考慮してか、今年3月に開かれた全国人民代表大会(全人代)では、現行で男性60歳、女性50歳としている定年を引き上げることが決定された。基本的には年金制度維持のための策だが、この施策により、勤労を通じて社会との関係を維持できる高齢者が増える可能性がある。加えて、これは日本にも通じる課題であるが、定年を過ぎても働けるように多様な雇用形態を用意することが重要だ。

また、健康年齢を延ばすための方策を考えることも必要だろう。しかし、これは日本に比べて難易度が高いと思われる。なぜなら中国では、医療施設、設備や保険制度が地方部にまで整備される前に高齢化が全国的に進行すると見られているからだ。現在の上海でも、急増する医療需要に見合うだけの医療資源が人的にも施設的にも非常に乏しい。

医療保険も、出身地や職種などで細かく分かれて大きな格差があり、国民皆保険とは言いがたい。個人の経済状況によって医療を受けられるかどうかが変わってしまうのが実情だ。上海と日本の医療保険いずれも利用経験がある上海在住の実業家・梁栄戎氏は、「年をとった後に加入するなら、日本の保険の方が安心だ。どちらか選べと言われたら、間違いなく日本の保険を選ぶ」と言う。

◆中国富裕層の動向

高齢者の社会的孤立は、日本でも中国でも共通点が多い。上海は東京から飛行機で3時間ほどであり、移動コストが低い。現在「爆買い」と言われる中国人観光客による大量消費が話題になっている。国土交通省観光庁がまとめた『訪日外国人消費動向調査』(2015年4月30日更新)によると、中国人の旅行者による消費額は2015年1~3月で2775億円であり、昨年の同時期と比較して2.34倍も増加した。また、不動産取引の調査会社『ジョーンズ ラング ラサール』の調査によると、中国人による日本の商業用不動産の購入額は2014年に2億ドルを超え、前年の3倍以上に達している。近い将来、中国の富裕高齢者が、日本の介護サービスや医療保険などを大量消費、それこそ「爆買い」する状況が生まれるかもしれない。日本も、さらなる高齢化対策をたてる必要がある。

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