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Vol.167アベノミクスと日本の財政~持続可能性へ「第三の道」を~

医療ガバナンス学会 (2015年8月24日 06:00)


前衆議院議員(元財務省官僚)
松田政策研究所代表
松田 学

2015年8月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●消費増税は延期されたが、日本の医療は大丈夫なのか。
いま、日本は政治を失っています。政権交代が期待できるだけの受け皿は、野党側に育っていません。その中にあって、多少の波瀾はあっても、一定の安定度を維持していくと見込まれる安倍政権は、あらゆる対立軸を巧みに取り込み、与野党間での政治上の選択肢は国民には見えなくなっています。

確かに、政界が長年にわたり課題先送りを続けてきた日本では、どの政党が政権をとっても最低限必要な課題解決のために安定政権の樹立が望まれました。しかし、例えば国家存続に必要な財政再建は、将来、日本をどの程度の水準の消費税率の国にするのかの合意形成なくして不可能な課題です。それは日本がいかなるタイプの超高齢化社会を目指すのかに係る究極の国民選択を要するテーマです。

未来の日本を選択する国民の営みなくして課題の根本解決はありません。各政党は自らの描く日本の将来像と、それに対応する消費税率を示し、国民に選択肢を与えるべき局面です。しかし、現実の政治はそのレベルまで到達していません。むしろ、目先の景気ばかりを論じ、本当の課題は先送りです。

菅義偉・内閣官房長官は、昨年末の予想外の解散総選挙の背景として、2015年10月に予定通り消費税率を10%まで、さらに2%引き上げることができる経済環境ではなかったことを、最重要の要素として挙げています。つまり、このまま増税を延期すれば、政変になりかねなかったということです。財務省だけではなく、党内の実力者も皆さん、予定通りの税率引上げで、安倍総理に対する包囲網が出来上がっていたからです。
それはそれで一つの判断だったかもしれません。ただ、消費税は税収の全額が社会保障に回る、事実上の目的税です。医療や社会保障の問題を解決していく上で、その財源としては圧倒的に不足している消費税を本当にどうするか。恐らく、消費税率を最低でも10%台半ばまでは引き上げないと、どんな医療改革案でも現実には大きな制約を受けてしまうでしょう。経済が悪いからといって、税率引上げを延期していていいものなのか。

そもそも高齢化の進展する日本では、社会保障に国の財源を奪われ、それ以外の政府支出のGDP比率はOECD諸国の中で最低レベルという、先進国で最もおカネのない政府になっています。その中で、医療にどれだけの財源を確保できるのか。他方で、マクロ経済を考えると、医療システム側の要請に応えられるだけの消費増税は簡単ではないという現実もあります。
日本の医療を取り巻く環境条件を考える上で、財政問題の実態と、そのブレークスルーの道を考えてみることには、一定の意味があると思い、本稿で一つの提言をすることといたしました。

●アベノミクスの刹那主義が財政問題を糊塗していないか。
まず、現在の経済財政運営の根本にあるアベノミクスですが、長期安定政権を狙う政権は、政治に対する国民のあらゆる要請に応える品揃え豊富なデパートのようになるのでしょう。第一の矢の金融政策はリフレ派、第二の矢の財政政策はケインズ主義、第三の矢の成長戦略は新自由主義と、本来は相矛盾する思想的立場の「ごった煮」です。旗幟不鮮明、対立軸の曖昧化で、野党結集に切り口を与えない手の込んだ政策体系といえます。異次元の金融緩和が効いている間は様々な矛盾も糊塗されるでしょう。
しかし、日本の本質的な課題は、より長期的な視点から、人口減少と超高齢化社会の進展にどう対応していくかを考えることにあります。その上で、何でもありの安倍政治にも欠けているものがあるとすれば、それは将来に向けた「持続可能性」かもしれません。

この問題が最も先鋭に現われるのが財政です。安倍政権は2020年度での財政プライマリーバランス達成を目標に掲げ、そのために、17年4月に消費税率を10%に上げ、名目で3%台後半まで経済成長率を引き上げても目標達成に不足する9.4兆円を、それ以上の消費増税によらずに歳出抑制などで埋める方針を示しています。しかし、これだけの規模の歳出を削るとすれば、年金の大幅カットか、医療や介護の自己負担を大きく増やすかしか解決策はありません。それも国民負担の増大です。恐らく、政治的に困難でしょう。
ただ、プライマリーバランスそのものは財政再建の本質ではありません。より重要なのは、政府の債務残高が名目GDPに比してどの程度の規模かを示す「公債等残高の対GDP比率」が低下に向かうことです。安倍政権は政府の「中長期の経済財政に関する試算」(本年2月)で、上述の9.4兆円の穴が開いたままでも、この比率が低下していく姿を23年度までは描いてみせました。国民に社会保障給付の大幅削減という痛みを迫らずとも、財政は大丈夫だとの言い訳になるものです。ただ、そこには、アベノミクスによる力づくでの金利抑制が、23年度までは国債金利を抑えるマジックが隠されています。

そもそも、国債の金利が成長率より低い状態さえ続けば、財政は改善していくものです。問題は、現在のような日銀による「国債爆買い」が、いつまで持続可能かという点にあります。上記の政府試算も、20年度以降は市場金利が成長率を上回るノーマルな状態に戻ることを想定しています。これは数年かけて国債の金利に反映されていきます。23年度から先が問題なのです。
しかし、これは筆者も国会で取り上げたことですが、政府は24年度以降の試算を公表してきませんでした。その頃には、団塊の世代が全員、後期高齢者世代に入り、年金に加えて医療や介護が財政を大膨張させていくという問題が加わります。
10年以上先の「不都合な真実」は隠して、今さえよければ良いという刹那の経済政策がアベノミクスだということであってはなりません。

●衝撃的な日本財政の「不都合な真実」
昨年春に政府の財政制度審議会に提出された2060年度までを推計期間とする長期試算は、名目3%の経済成長が永続するとの前提のもと、たとえ20年度にプライマリーバランスを達成しても、その後の数年間でさらに46兆円もの収支改善努力をしなければ、公債等/GDP比率の上昇が止まることはないことを示唆しました。
この数字は消費税率換算で15%分にも相当する、かなり衝撃的な「不都合な真実」です。単純計算では、消費税率は25%を超えることになります。努力の全てを消費増税に求めなくても、先の9.4兆円なども合せれば、今後10年の間に、歳出の削減か増税によって、財政面からの日本経済への負荷が60兆円規模で発生する計算になります。
恐らく日本経済はこれに耐えられず、3%の名目成長率どころではなくなるでしょう。経済財政運営の枠組みを大きく転換する以外に、解決策はありません。ここでは、その方策の一つとして「財政健全化とは本来何なのか」に立ち返ることを提案してみます。

●知られざる大蔵省の大罪
それは赤字国債の縮減です。目標をこの点に絞り込む。実は、国債の世界も「ごった煮」なのです。
普通国債の発行残高は今年度末で807兆円。市場では国債という一つの金融商品ですが、調達した資金の使途に応じて、公共事業や出資などのように将来世代に資産を残す支出の財源として財政法で発行が許されている建設国債(同266兆円)と、社会保障給付のように資産を残さずツケだけを残す使途に充てられるため財政法が禁じている赤字国債(同531兆円)に分類されます。両者は本来、財政運営において明確に峻別すべきものなのです。見合いの資産があるなら、その範囲での借金は許されるはずです。「味噌も糞も一緒」に「国債=悪」と決め付けるから、財政再建は非現実的になってしまっています。

実は、日本は他の主要先進国には例がない「国債の60年償還ルール」という仕組みを営んでいる国です。そのもとで、国債は満期が来てもほとんどが借り換えられ、60年かけて税金で返済される形になっています。60年とは二世代です。後世に残る道路や橋のようなインフラなら、後の世代も便益を得ますから、その財源となる建設国債は税負担を世代間で公平にならすことになり、合理的です。
問題は、赤字国債にも60年償還ルールが適用されていることです。赤字国債の発行という財政法違反の「特例」が常態化して40年、その本格発行に踏み切った当時の大平蔵相は、これを生涯悔み、早期償還を望んでいたようです。ここで悪知恵を働かせたのが大蔵省でした。赤字国債も60年償還の対象に入れたのです。そこには理屈はなかったことは、当時の主計局の担当者だった私の先輩が白状しています。

こうした「飛ばし」のおかげで毎年度の予算編成はラクになり、国民は国債の痛みを感じることなく、社会保障の財源を将来世代に依存することで超高齢化社会に突入することができました。しかし、負担の先送りはいずれ、巨額の負担を国民に迫ります。それが前述の「不都合な真実」です。

●赤字国債は減らす一方で建設国債は弾力化するツイスト・オペレーション
赤字国債は徹底的に削減する。一方で、そのための財政健全化が経済にもたらす60兆円もの負荷をオフセットするべく、建設国債については発行を弾力化して政府投資を増やす。このような「ツイスト・オペレーション」を仕組んではどうでしょうか。
日本の金融資産は家計だけで1,700兆円、法人部門なども含めれば3,400兆円にものぼります。それが、必ずしも有利でない海外運用や、富を生まない赤字国債に相当部分が回っている現状は、国全体でみた運用資産のポートフォリオの質の悪さを示すものです。
赤字国債が減る範囲内で建設国債が増え、それで国富が増えるなら、日本の資産運用はより健全になります。国内で積まれている巨額なおカネは、日本の未来を創る投資に回ってこそ意味があります。

●バランスシートによる公会計改革と国家経営システムの構築を。
コンクリートだけが政府投資ではありません。長期的な生産性向上に寄与する国家基盤の構築、活力ある超高齢化社会の建設、エネルギーなど総合安全保障の確立など、政府でなければできない投資は数多くあります。それが赤字国債の弊害と混同されて進まないようでは、日本の未来は開かれないでしょう。
ただし、こうした財政運営に転換するために欠かせない大前提は、公会計改革です。バランスシートで政府投資を厳格な資産-負債管理のもとに置き、バラマキに陥ることなく将来への意味ある投資を選別する戦略的長期計画を策定する。必要なのは、国の支出や収入の中身にもメリハリを効かせられるような「国家経営システム」の構築です。

私は政治的には保守の立場に立って政治活動をしてきた者ですが、米国のティーパーティーのように「小さな政府」を主張することだけが保守政治の本質ではないと考えてきました。次世代に向けた夢と責任ある国づくりに人間の叡智を働かせる政治こそが、保守主義の真髄であってほしいと願っています。
もし、こうした財政運営に転換できれば、赤字国債の縮減→社会保障に必要な財源の確保、ということを、経済成長を阻害することなくできるようになり、超高齢化社会の課題解決に向けた最低条件がクリアーできることになります。もちろん、それはあくまで最低条件であって、より本質的には、日本の巨額の金融資産を活力ある超高齢化社会を運営する財源へと活かしていくことを考えていかなければなりません。
それは、例えば医療について、それをコスト=負担としてだけではなく、医療や健康の分野にバリューの部分を組み立て、そこに資産保有者のおカネが自らの意思で投じられていくような仕組みを構築することです。
そのような提案ができるのは、医療の現場を知る医療界だけです。明日の医療を設計するために、多くの関係者と建設的な議論をしていきたいと思っております。

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